資料156 国民学校国語教科書『初等科國語二』(本文)


 

     

  『初等科國語 二』   


     
もくろく
    一   神の劒
    二   稻刈
    三   祭に招く
    四   村祭
    五   田道間守
    六   みかん
    七   潛水艦
    八   南洋
    九   映畫
    十   聖太子
    十一  養老
    十二  ぼくの望遠鏡
    十三  火事
    十四  軍旗
    十五  ゐもん袋
    十六  雪合戰
    十七  菅原道眞
    十八  梅
    十九  小さな温床
    二十  雪舟
    二十一 三勇士
    二十二 春の雨
    二十三 大れふ
    二十四 東京
 
 

 

 




    一 神の劒 

 神武天皇は、日向
(ひうが)をおたちになって、大和(やまと)の方へお進みになりました。
 はるばると海を渡って、紀伊
(きい)の熊野(くまの)といふ村にお着きになりますと、ふいに、大きな熊(くま)が山から出て來て、すぐ、またかくれてしまひました。
 天皇は、ふしぎに、ねむくおなりになりました。お供をしてゐた大勢の御軍人
(みいくさびと)たちも、ねむくなりました。いつのまにか、天皇は、おやすみになっていらっしゃいます。御軍人たちもみんな、ぐうぐうねてしまひました。
 この村に、高倉下
(たかくらじ)といふ人がゐました。夜、ふしぎなゆめを見ました。
 天照大神
(あまてらすおほみかみ)が、たけみかづちの神といふ強い神樣に、かう仰せになってゐます。
「日本の國は、今、たいそうさわがしいやうである。わがみこたちも、なんぎを
 してゐられるであらう。」
 すると、たけみかづちの神は、
「この劒を、天皇にさしあげることにいたしませう。熊野の村に、高倉下といふ者
 がをりますから、その者の倉
(くら)を目あてに、この劒を落します。──高倉下
 よ。朝になったら、きっとこの劒を、天皇にさしあげるやうに。」
 この御聲とともに、劒が天から落ちて來ました。
 高倉下は、はっと目がさめました。朝早く起きて、倉へ行って見ますと、屋根をつき拔けて、ゆめに見た神樣の劒が、ちゃんとありました。
 高倉下は、急いで、天皇のおやすみになっていらっしゃるところへ、かけつけました。
 高倉下が、劒を天皇にさしあげると、
「おお、長くねたものだ。」
と仰せになって、天皇はお目ざめになりました。さうして、劒をお受け取りになりました。
 すると、あの熊になって出て來たわる者たちは、この劒で、みんな殺されてしまひました。
 御軍人たちは、目をさましました。勇ましくふるひ立って、大和へ進軍しました。


    二 稻刈

 學校がすむと、すぐ、たんぼへ行きました。今日は、うちの稻刈です。よいお天氣で、あちらでもこちらでも、稻を刈ってゐます。
 田のあぜに、むしろを敷いてもらって遊んでゐた弟が、遠くから私を見つけて、
「ねえさん。」
と喜んで呼びました。
「ただいま。」
といって、私はかばんをおろしました。
 稻を刈ってゐられたおとうさんと、おかあさんは、腰をのばしながら、
「やあ、もう學校がすんだのか。早かったな。」
「そこのかごの中に、おいもがあるから、二人でおあがり。」
といはれました。
 ふかしたさつまいもをかごから出して、弟といっしょにたべました。
 稻がだんだん刈られて來るせゐか、いなごが、たくさんこちらへ飛んで來ます。さうして、稻の葉や莖に止ります。取らうとしても、なかなかつかまりません。
 大きなのが一匹、すぐそばの稻の葉に止りました。そっと近づくと、くるりと葉のうらへまはって、足の先だけ見せてゐます。右の手で、すばやく、葉といっしょにつかまへました。左の手で、頭のあたりをつかむと、あと足をふんばって、逃げさうにしました。あわてて、ぎゅっとつかんだら、あと足が取れてしまひました。下に置くと、飛べないので、地面をはって行きます。
 弟は、いなごを飼ふのだといって、土でかこひをこしらへました。いなごは、せまいかこひの中から、外へはひ出さうとします。
「この牛は、しやうがないぞ。」
と、大きな聲で弟がひとりごとをいひます。弟は、牛を飼ってゐるつもりなのです。私は、をかしくなってふきだしました。
 赤とんぼが、すいすいと、空を飛んでゐます。
 ざくざくと、稻を刈る音が聞えます。私も、何か手つだはうと思って、おとうさんや、おかあさんの方へ行きました。刈ったあとには、くくった稻の束が、田の上に並べてあります。
 おかあさんは、刈るのをやめて、稻の束をまとめて、稻かけの方へ運んでゐられます。私も、少しづつ持って運びました。
 一人ぼっちになって遊んでゐた弟が、たいくつして、
「ああん。」
といひました。おかあさんが、
「おまへ、行って遊んでおやり。」
といはれたので、私は、また弟の方へ行きました。
 それから、夕方まで、弟といっしょに遊びました。



    三 祭に招く

 うらの山で、もずが鳴いてゐます。氏神樣のお祭のころになりました。去年、あなたといっしょにお參りして、樂しかったことが思ひ出されます。
 今年は、二十五日のお祭の日が、ちゃうど日曜日になります。二十四日の午後から、ねえさんをさそって、ぜひ來てください。
 毎年ある花火は、今度はやめださうですが、二十四日の晩は、いろいろな店が出てにぎはひます。お祭の日は、おかぐらや、すまふがあります。それに今年は、五年めに一度ある牛行列が通るさうです。牛にきれいな着物を着せ、牛飼が、赤白のたづなを引いて通るのは、まるで繪のやうださうです。
 どうぞ、ぜひおいでください。母も、みよ子も、お待ちしてゐます。
  十月十八日                         とし子
 ゆり子樣

 お手紙、ありがたうございます。去年のお祭のことを思ひ出して、急になつかしくなりました。お手紙のことを姉に申しましたら、たいへん喜んで、ぜひ參りたいといってゐます。
 久しぶりでおあひして、みなさんといっしょに、氏神樣へお參りをしたり、おかぐらや、すまふを見たりしたいと思ひます。今年は、めづらしい牛行列が見られるさうですね。今から樂しみにしてゐます。
 二十四日の午後三時ごろ、そちらへ參ります。どうぞ、おかあさんによろしくおっしゃってください。
 みよ子さんのおみやげに、わたしの作ったお人形さんを、持って行ってあげたいと思ひます。                        さやうなら。
  十月二十日                        ゆり子
 とし子樣


    四 村祭

 村のちんじゅの神樣の、
 今日は、めでたいお祭日。
  どんどんひゃらら、
  どんひゃらら、
 朝から聞える笛たいこ。

 としも豐年滿作で、
 村はそう出の大祭。   
  どんどんひゃらら、
  どんひゃらら、
 夜までにぎはふ宮の森。

 治る御代に、神樣の
 惠みたたへる村祭。
  どんどんひゃらら、
  どんひゃらら、
 聞いても心が勇みたつ。


    五 田道間守
(たぢまもり)

 
垂仁(すゐにん)天皇の仰せを受けた田道間守は、船に乘って、遠い外國へ行きました。
 遠い外國に、たちばなといって、みかんに似た、たいそうかをりの高いくだものがあることを、天皇は、お聞きになっていらっしゃいました。田道間守は、それをさがしに行くことになったのです。
 遠い外國といふだけで、それが、どこの國であるかは、わかりません。田道間守は、あの國この島と、たづねてまはりました。いつのまにか、十年といふ長い月日が、たってしまひました。
 やっと、あるところで、美しいたちばなが生ってゐるのを見つけました。
 田道間守は、大喜びでそれを船に積みました。枝についたままで、たくさん船に積みました。さうして、大急ぎで、日本をさして歸って來ました。
「さだめて、お待ちになっていらっしゃるであらう。」
さう思ふと、田道間守には、風を帆にいっぱいはらんで走る船が、おそくておそくて、しかたがありませんでした。
 日本へ歸って見ますと、思ひがけなく、その前の年に、天皇は、おかくれになっていらっしゃいました。
 田道間守は、持って歸ったたちばなの半分を、皇后にけん上しました。あとの半分を持って、天皇のみささぎにお參りしました。枝についたままの、美しい、かをりの高いたちばなを、みささぎの前に供へて、田道間守は、ひざまづきました。
「遠い、遠い國のたちばなを、仰せによって、持ってまゐりました。」
かう申しあげると、今まで、おさへにおさへてゐた悲しさが、一度にこみあげて、胸は、はりさけるばかりになりました。田道間守は、聲をたてて泣きました。
 田道間守は、昔、朝鮮
(てうせん)から日本へ渡って來た人の子孫でした。しかし、だれにも負けない忠義の心を持ってゐました。
 泣いて泣いて、泣きとほした田道間守は、みささぎの前にひれふしたまま、いつのまにか、つめたくなってゐました。


    六   みかん

  寒い冬の風が吹くころは、みかんの木といふ木に、むしろやこもの着物を着せて、暖くしてやります。それでみかんの木は、しもや雪をじっとこらへて、靜かに眠ってゐます。
 春になって、暖い太陽が山一面にかがやきだすと、このみかんの木に若芽がすくすくとのびあがり、やがて、まっ白な花が咲いて、何ともいへない、よいかをりがあたりに滿ちあふれます。その花が散ったあとには、かはいらしい悗ふ蕕生ります。
 夏が來て、海の方から、そよそよと風が吹いて來ると、この實は、日に日に大きくなります。すると、いろいろな害虫が、葉や枝にとりついて、みかんの木を苦しめます。そのままにしておけば、みかんの木は、弱ってしまひますから、いろいろな藥で、害虫を何べんも除きます。かうして育てたみかんの實は、秋のお祭のたいこが、村々に鳴りひびくころになると、ぼつぼつ、黄色みをおびて來ます。もうかうなったらしめたものです。
 秋が終りに近づき、そろそろ冬が始るころには、この黄色にだんだん赤みが増して來て、おいしさうなみかんが、山といふ山、谷といふ谷を、うづめつくしてしまひます。そのけしきの美しさと、みかんを作った人たちの喜びとは、ことばでは、とてもいひあらはすことができません。
 かごを持って山へのぼる人、みかんをせおって山をおりて來る人、上手にはさみを使って、みかんを取りながら、みかん取り歌を歌ふ人たちで、急に、山はにぎやかになります。
 山から取って來たみかんは、一家そう出で、いろいろな種類に分けて、きちんと、箱につめて送り出します。その時は、目がまはるほどにいそがしいのです。しかし、長い間かはいがって育てたみかんが、日本中はもちろん、遠い支那へも、滿洲へも、旅だつのだと思ふと、心が勇んで、みんなにこにこしながら、せっせと働きます。
 かうして、あたたかい心で育てられ、しんせつな手で、荷作りされたみかんは、汽車や汽船にのせられて、ふるさとを出發して行きます。
    

       七   潛水
(せんすゐ)

 春雄、をぢさんは、今度、潛水艦の艦長を命ぜられた。今日は、潛水艦のことを話してあげよう。
 潛水艦は、からだが小さい。だが、軍艦旗を朝風になびかせながら、軍港を出て行く時、港内にゐる軍艦と、たがひにあいさつのラッパを吹きかはして、海の上を進んで行くのは、何ともいへないゆくゎいなものだ。
 ところで、この潛水艦が、水の中へもぐるのだと聞くと、沈んだきりで、浮かないことがありはしないかと、思ふものもあるやうだが、今の潛水艦は、うまくできてゐるから、そんなしんぱいは、まったくない。もぐりたいと思へば、いつでも、潛水艦の中のたくさんのタンクへ、水を入れて沈む。その水を押し出せば、自由に海の上へ浮くことができるのだ。
 水の中へもぐったら、海の上が見えないだらうと思ふであらうが、細長い望遠鏡
(ばうゑんきやう)のやうなものがあって、海の上をすっかり見渡すことができる。また、水の中で音を聞きわける機械もあって、敵艦の進んで來る音を聞きわけながら、敵に近寄ることもできる。だから、潛水艦の乘組員の中には、どんな音でも聞きわけるやうな人が、ゐなくてはならない。春雄も、今のうちから、いろいろな音が、聞きわけられるやうにしておくことがだいじだよ。
 これらのほかに、みかたの潛水艦どうしで、信號しあふ機械がある。海の深さが、どのくらゐあるか、敵艦までどのくらゐはなれてゐるか、自分の乘ってゐる潛水艦が、今、何メートルの深さに沈んでゐるか、どれほどの早さで走ってゐるか、それらを一々はかる機械がある。だから、潛水艦は、水の中にもぐってゐても、海の上にゐるのと同じやうに、どこへでも行くことができる。
 潛水艦には、大砲もある、機關銃もある。中には、飛行機を持ってゐるものもあるが、やはり、いちばんだいじな武器は魚雷だ。魚雷をうち出すと、生きた魚のやうに、水の中をくぐりながら、敵艦をめがけて行って、つきあたる。山のやうな戰艦や、巡洋
(じゆんやう)艦や、航空母(かうくうぼ)艦も、この魚雷にはちぢみあがってしまふのだ。思っただけでも、ゆくゎいではないか。
 潛水艦は、見はりをしてゐる大きな敵艦にこっそり近寄ったり、遠く海を乘りこえて、敵の港の中へしのびこんだりして、ふいうちをする。そのためには、乘組員に、勇氣とおちつきがたいせつだ。かうした勇氣やおちつきは、子どもの時から、きたへるやうにしなければならない。
 どうだ春雄、大きくなったら、をぢさんのやうに、潛水艦に乘って、お國のために、働きたくはないかね。


       八   南洋

 今日は日曜日で、子ども常會の日です。勇さんのうちで、げんとう會がありました。
 正男さんも、太郎さんも、次郎さんも、花子さんも、春枝さんも、ゆり子さんも、みんな集りました。
 勇さんのおとうさんは、にこにこして、
「今日は、おもしろい南洋の寫眞を、うつしてあげませう。」
といはれました。
 遒せ罎鬚呂辰董部屋を暗くしました。かべには、白い布がはってあって、それに、南洋のけしきが、次から次へとうつって行きました。
 いちばん初めに、美しい日の丸の旗のひらめいてゐる昭南島のけしきがうつりました。
「どんなことがあっても落ちないと、イギリスがいばってゐたシンガポールも、わが陸海軍の勇ましい兵隊さんたちによって、攻め落されてしまひました。名も、昭南島とあらためられて、このやうに日の丸の旗が、南の空にひるがへってゐるのです。」
と勇さんのおとうさんが説明されたので、みんなはうれしくてたまりませんでした。
 悗こい法靜かにかげをうつしてゐるやしの木の寫眞がうつりました。
「南洋の海は、明かるくてまっさをですから、着物でもひたしてそめたいと思ふほどの美しさです。その海面にかげをうつすのがやしの木で、こんなけしきは、南洋のどこへ行っても見ることができます。」
 寫眞がかはりました。あたり一面に、ぱっと白い花をまき散らしたやうです。
「あっ、らくかさん部隊だ。」
「まあ、きれいだこと。」
と、勇さんと、花子さんがいっしょにいひました。
「勇ましい日本のらくかさん部隊が、スマトラの空から、地上へおりて行くところです。」
かういって、勇さんのおとうさんは、スマトラを始め、南洋からたくさんのせきゆが出ること、せきゆは飛行機を飛ばしたり、自動車や船を走らせたりするのに、なくてはならないものであることを、お話しになりました。
「をぢさん、ゴムも南洋から出るのでせう。」
と、正男さんがたづねました。
「さうです。世界中のゴムの大部分は、南洋から出るのです。では、ゴムの木をうつしませう。──木の幹にすぢがつけてあるでせう。そのみぞをつたはって、ぽたりぽたりと落ちる木の汁を、茶わんのやうな器で受けます。それを集めて、かためると、ゴムができるのです。あなたがたが使ふ消しゴムや、ゴムまりも、はるばる南洋から海を渡って來たゴムで作ったものです。」
また、ちがった寫眞が出ました。
「何だらう。まるで、大きなおぼんが浮いてゐるやうだなあ。」
と、太郎さんが、大きな聲でいひました。
「めづらしいでせう。これは、ジャワの植物園にある鬼ばすといふ大きなはすです。葉のさしわたしが一メートルもあって、南洋の小さな子どもが、よく葉の上に乘って遊びます。」
「をぢさん、鬼ごっこはできませんか。」
と、次郎さんがいったので、みんなが笑ひました。
「まさか、鬼ごっこはできないでせう。」
と、勇さんのおとうさんも笑ひながら、
「さあ、次には、あなたがたのすきな動物をうつしませう。何がうつるか、あててごらんなさい。」
といはれました。
「わにかな。」
と、まっ先にいったのは勇さんでした。
「くじゃくかしら。」
と、春枝さんがいひました。
「あっ、象
(ざう)が出た。」
次郎さんは、うれしさうな聲でさけびました。
「これはおまけですが、タイ國の寫眞です。よくなれた象が、大きな材木を、運んでゐるところです。」
 正男さんがいひました。
「南洋ってかはってゐて、おもしろいところですね。ぼく、行ってみたくなりました。」
みんなもさう思ひました。
 すると、その時、寫眞がかはって、田植をしてゐるところがうつりました。
「日本の寫眞ね。」
と、ゆり子さんがいひました。
 勇さんのおとうさんは、
「なるほど、日本によく似てゐますね。しかし、これも南洋の田植です。日本と同
 じやうに、南洋でもお米を作ってゐるのは、おもしろいことではありませんか。
 これから、しっかりと手をつないで行く日本も南洋も、みんなお米のできる國な
 のです。
 それでは、今日のげんとう會は、これでおしまひにしませう。」
といはれました。
 遒せ罎鮗茲蠅里韻襪函∈まで暗かった部屋が、ぱっと明かるくなりました。空は、今、寫眞で見た南洋の海のやうに、悄垢箸垢澆ってゐました。


       九   映畫

 映畫の幕は、
 たったあれだけなのに、
  山がうつる、川がうつる。

 映畫の幕は、
 たったあれだけなのに、
  五階、六階、家が出て來る。

 映畫の幕は、
 たったあれだけなのに、
  何十臺の戰車が通る。

 映畫の幕は、
 たったあれだけなのに、
  何萬トンの、ほら、軍艦だ。 


       十   聖
(しやうとく)太子

 聖太子は、お生まれつき、たいそう賢いお方でありました。
 ある日、太子は、御兄弟のかたがたと、お庭で遊んでいらっしゃいました。みんな、お小さいかたがたのことですから、初めは、仲よくしていらっしゃいましたが、そのうちに、何か、ちょっとしたことで、つい、けんくゎが始りました。
 太子の御父君を、橘豐日尊
(たちばなのとよひのみこと)と申しあげました。のちに、御位におつきになって、用明天皇と申しあげるお方であります。尊は、お子樣たちが、何か大きな聲をして、さわいでいらっしゃるのをお聞きになって、お庭へ出てごらんになりました。
 すると、お子樣たちは、
「きっと、おとう樣にしかられるにちがひない。」
とお思ひになって、みんな逃げておしまひになりました。
 しかし、聖太子だけは、お逃げになりませんでした。お逃げにならないばかりか、つつしんで御父君の前へお進みになりました。
 尊は、
「なぜ、あなたは逃げないのですか。」
とおたづねになりました。
 太子は、
「おとう樣のお心にそむいて、けんくゎをいたしました私たちでございます。橋をかけて、天へ逃げることもできません。穴をほって、地にかくれることもできません。不孝のおとがめを、つつしんでお受けいたすばかりでございます。」
とおっしゃいました。
 橘豐日尊は、太子のこのおことばを、お聞きになって、たいそうお喜びになりました。
 これは、聖太子が、四歳の御時のことであったと申します。

 
       十一  養老
(やうらう)

     
村の人が、二人で話をしてゐる。
村の人一 「もみぢが、きれいになりましたね。」
村の人二 「たきのあたりは、ずゐぶんみごとでせう。」
村の人一 「ときに、あなたは、あの感心な子どものうはさを、お聞きですか。」 
村の人二 「ああ、あのいつも、たきぎをせおって歩く子どものことでせう。毎日
     山へ行って働いて、歸りには、年取ったおとうさんのおすきなものを、
     いろいろ買って來るといふことですね。」
村の人一 「さうです。その子です。その子について、このごろ、ふしぎな話があ
     るのです。」
村の人二 「どういふ話ですか。」
村の人一 「なんでも、その子が、山で酒の流れてゐるところを、見つけたといふ
     のです。」

村の人二 
「なるほど、それはふしぎな話ですね。」
村の人一 「きっと、子どもの孝心が、神樣にとどいたのだらうと、みんながいっ
     てゐます。」
村の人二 「それにちがひありますまい。」
村の人一 「おや、うはさをすればかげとやら、向かふから、あの子がやって來ま
     したよ。」
     
そこへ、たきぎをせおった子どもが、出て來る。
子ども  
「こんにちは。」
村の人一二「こんにちは。」
村の人一 「よくせいが出ますね。」
子ども  「いや、まだいっかう役にたちません。」
村の人二  「おとうさんは、元氣になられましたか。」
子ども  「おかげさまで、どうやら、うちで仕事をしてをります。」
村の人一  「それは何よりです。聞けば、あなたは、山で酒を見つけたといふこと
     ですが、ほんたうですか。」
子ども  「はい、ほんたうでございます。この間、私が、山でたきぎを拾ってゐ
     ますと、つい、足がすべってころびました。起きようとすると、その
     へんに、酒の香がいたします。ふしぎなことだと思って、あたりを見
     ますと、石の間から、水が流れ出てをります。それが酒でございまし
     たので、父のみやげに持って歸りました。」
村の人一  「それは、めでたい話だ。あなたの孝行のせゐですよ。まあ、おとうさ
     んをだいじにしておあげなさい。」
子ども  「ありがたうございます。では、ごめんください。」
     
子どもは、おじぎをして歸る。
村の人一  「感心な子どもですね。」
村の人二  「ほんたうに。」
     
二人の村の人は、子どもの後姿をじっと見てゐる。

 
そののち、この親孝行な子どもの話が、都にも傳はりました。
 おそれ多くも、時の天皇が、それをお聞きになって、わざわざ、そのところへ
 お出ましになりました。さうして、子どもの孝行をおほめになって、年號を、
 「養老」とお改めになりました。


       十二  ぼくの望遠鏡
 
 机の引出しを、かたづけてゐると、いつか、おぢいさんにいただいた、古いめがねの玉と、おとうさんに買っていただいた、小さな虫めがねが出て來た。
「これは、いいものが見つかった。」と思ひながら、ぼくは、この二つを、重ねたり、別々にしたりして、机の上を見たり、外のけしきを、のぞいたりしてゐた。
 そのうちに、ふと、おもしろいことを發見した。
 左の手に、めがねの玉を持って、目から遠くはなした。すると、向かふのけしきが、小さく、さかさまに見えた。そのさかさまに見えるけしきを、大きくして見ようと思って、右手に虫めがねを持って、のぞいて見た。ぼくはおどろいた。どこかの屋根が、めがねの玉いっぱいにひろがって、つい、そこにあるやうに見えるではないか。それは、ここから百メートルもはなれてゐる、向かふの家の屋根であった。
「おもしろい。これで、いつか、おとうさんのお話に聞いた望遠鏡が、できるかもしれない。」かう思ひつくと、ぼくは、もう、じっとしてゐられなくなった。
 ぼくは、畫用紙を取り出した。さうして、その一枚をぐるぐると巻いた。ちゃうど、めがねの玉が、はまるくらゐの大きさに巻いて、その一方のはしに、めがねの玉をはめた。きちんとはまった時、巻いた紙を、糸できりきりと巻いて、動かないやうにした。これで、一本の筒
(つつ)ができあがった。
 次に、もう一枚の畫用紙を、ぐるぐると巻いた。さうして、さっきの筒の中へ、ちゃうど、するするとはいるくらゐの大きさに作って、そのはしに、虫めがねをとりつけた。
 かうしてできた二本の筒は、うまくはまり合って、長く延したり、ちぢめたりすることができる。
 さあ、できたぞと思ふと、うれしくてたまらない。うまく見えるか、どうか。
 外をのぞいて見た。長い物が、ぼんやり見える。二つの筒を、延したり、ちぢめたり、かげんしてゐるうちに、はっきりした。電柱だ。針金が、六本あることまでわかる。
 もっと下を見る。屋根だ。しゃうじだ。おや、だれかが、しゃうじの間から顔を出してゐる。ぼくは、もう、むちゅうだった。急いで、おかあさんのところへ行った。
「おかあさん、來てごらんなさい。早く早く。」
 おかあさんは、目をまるくして、
「何です。正男さん、大きな聲をして。」
「何でもいいから、來てください。」
ぼくは、おかあさんを引っぱるやうにして、つれて來た。さうして、ぼくの望遠鏡をのぞいてもらった。
「まあ、よく見えるね。でも、すっかりさかさまぢゃないの。」
「さかさまでも、よく見えるでせう。」
「なるほどね。向かふの家のせんたく物が見えます。あ、人がこっちを見てゐる。
 森の木がきれいですね。」
 しばらく見てゐられたおかあさんは、おっしゃった。
「おまへはえらいね。だれに海悗討發蕕辰燭痢」
ぼくは、とくいだった。
「だれにも海悗討發蕕呂覆い里任后ぼくが考へて作ったのです。」


       十三  火事

 日がくれてまもなく、けたたましく、半鐘
(はんしよう)が鳴りだしました。
 窓をあけて見ると、西の方の空が、まっかにそまってゐます。火事は、少しはなれた川向かふの町だと、すぐわかりました。おとうさんは、夜業をやめて、急いでしたくをして、家を出られました。おとうさんは、警防員なのです。
 おとうさんを送り出してから、おかあさんは、
「火事は、をぢさんのうちの方角だから、わたしは見まひに行きます。おとうさんは、消防の役目でお働きになるのだから。」
といって、出て行かれました。
 をぢさんのうちの方角と聞いて、私は、恐しくなりました。おばあさんもしんぱいさうです。
 家の前を、警防團の人たちが、ポンプを引いて、勢よくかけて行きました。遠く走るポンプ自動車のサイレンの音も聞えます。
 向かふの空に、ぱっと火の粉があがったり、また、少し暗くなったりします。半鐘の音、サイレンの音、人の聲などが入りまじって、遠くの方で聞えます。
「だいぶ大きいらしいぞ。」
と、道を通る人が、話し合ってゐました。
 火事は、なかなか消えさうに見えません。
「さよ子、おまへは、あした、學校があるのだから、しんぱいしないで、もうおやすみ。」
と、おばあさんにいはれて、私は、ねどこの中へはいりましたが、火事が氣になって、なかなか眠れませんでした。
 朝、おかあさんに呼び起されて、目をさますと、をぢさんや、をばさんが、うちへ來てゐられます。私はびっくりしました。ゆうべの火事で、をぢさんのうちも、燒けたさうです。火もとからは、だいぶはなれてゐましたが、風しもになってゐたので、一度運び出した荷物まで燒けてしまったのださうです。
 私は、
「をばさん、猫はどうしました。」
と聞きました。をばさんは、
「どうしたかわかりません。荷物をかたづける時、どこにもゐませんでした。何べんも呼んでみたけれど。燒け死んだのかも知れません。」
「かはいさうに。」
と、私はいひました。
 やがて、おとうさんが、歸って來られました。
 おとうさんは、をぢさんやをばさんに、
「ほんたうにきのどくだったが、けがのないのが、まあ、何よりのしあはせだ。
 わたしは、消防にばかり働いてゐて、手傳ひもできず、まことにすまなかっ
 た。」
といはれました。すると、をぢさんは、
「いや、手傳ひは、ねえさんに十分してもらひました。それよりも、あの風に、四つ
 つじで、火事を消しとめたのは、えらいてがらです。町のめぬきの場所が助ったの
 は、まったく警防團のかたがたのおかげです。」
 みんな、つかれきってゐます。平生は元氣なをばさんが、今日は、いちばんしょんぼりとして、さびしさうに見えます。
「をばさん、これから、ずっと私のうちにいらっしゃいね。」
といひますと、をばさんは、
「ああ、たうぶん、やっかいになりますよ。」
といって涙をこぼされました。
 あとで聞けば、この火事には、燒け死んだ人もあったさうです。さうして、こんな大火事の起ったのも、ある家の子どもが、マッチをすって、そのもえがらを捨てたのが、もとだといふことです。
「子どもの火あそびが、いちばんいけない。やめることだ、やめることだ。」
おとうさんは、ひとりごとのやうに、かういはれました。


       十四  軍旗

 軍旗、軍旗、
 天皇陛下の
 みてづから、
  お授けくださる尊い軍旗、
  わが陸軍のしるしの軍旗。

 軍旗、軍旗、
 天皇陛下の
 おことばを、
  心にきざんでみ國を守る、
  わが陸軍のいのちの軍旗。

 軍旗、軍旗、
 天皇陛下の
 御前に、
  死ぬるかくごで敵地に進む、
  わが陸軍のひかりの軍旗。

 軍旗、軍旗、
 天皇陛下の
 みいくさに、
  いつでも勝っててがらをたてる、  
  わが陸軍のほまれの軍旗。


       十五  ゐもん袋

    
寒い夜
 外では、寒い風が吹いてゐます。
 夕飯のあとで、火ばちにあたってみかんをたべながら、みんなで、戰地の兵隊さんの話をしました。
「めっきり寒くなって、兵隊さんたちも、さぞ、お困りだらう。」
と、おぢいさんがいはれました。
「兵隊さんに、このみかんをあげたいなあ。」
といって、弟が、たべかけてゐたみかんを見せました。
「おかあさん、うち中で、ゐもん袋を作って送ってあげませうよ。」
と、私がいふと、
「それはいいね。では、これから、こしらへることにしませう。」
と、おかあさんがいはれました。
「さあ、どんなも品物を送ってあげるかな。ひとつ、めいめいで考へてみよう。」
と、おとうさんがいはれました。
 私は、何にしようかと思ってゐると、弟は、自分の机の前へ行って、何かさがし始めました。さっきから、せっせと、くつ下をあんでゐたねえさんがいひました。
「おとうさん、このくつ下は、おとうさんのにと思って、あんでゐたのですけれど、
 これを送ってはいけないでせうか。」
「いいとも、送っておあげ。」
 おかあさんは、
「別にこれといって、送ってあげるやうなものもないが、うち中でついたかき餅と、
 あなたたちが手傳って作った干柿と、それに、栗もあるから、それを入れることに
 しませう。」
といはれました。
「ぼくは、これを入れよう。」
さういひながら、弟が持って來た圖畫を見ますと、子どもが、手をあげてけい禮をしてゐる繪でした。
そのそばに、
「ヘイタイサン、サムイデセウ。ゲンキデ、ハタライテクダサイ。シッケイ。タダ
 シ。」
と、クレヨンで書いてありました。
「あら、いやだ、しっけいなんて。」
と、私がいひますと、
「いやいや、兵隊さんは、きっと喜ばれるだらう。なかなかいい思ひつきだ。」
と、おとうさんにほめられたので、弟はとくいになりました。
 私は、私のだいすきな、かはいい人形と、ゐもん文を入れました。
    
兵隊さんからの手紙
 ある日のこと、知らない兵隊さんから、手紙が來ました。急いであけて見ますと、いつか送ったゐもん袋のお禮の手紙でした。
 私は、それを、みんなの前で讀みました。
 支那の廣い野原は、今、白い雪で一面におほはれてゐます。川の水も、堅い氷の
 下で眠ってゐます。外は、零下
(れいか)二十度といふ寒さです。
 午後の演習をすまして、兵舎へ歸って來ると、ゐもん袋が來てゐました。私は、
 とびあがって喜びました。開いてみると、あなたのゐもん文といっしょに、いろ
 いろな品物が出て來ました。
「おい、かき餅が來たぞ。干柿もある。栗もある。みんな集れ。」
 と、私は思はず大聲でいひました。友だちの兵隊は、「何だ、何だ。」といひな
 がら、まはりに、大勢集って來ました。
 だんろの火で、かき餅を燒きました。
「久しぶりで、内地のにほひをかいだ。」
「干柿はうまいなあ。郷土の味がする。」
 などといひながら、みんなで、おいしくいただきました。
 ただしくんの圖畫は、ぼくたちの室のかべにはりました。その前に立って、「タ
 ダシクン、シッケイ。」といったりします。あたたかい毛糸のくつ下を見て、み
 んなは、
「ぼくに、ちょっと、はかしてくれ。」
「ぼくにも。」
 といって、かはるがはる、はきました。
 あなたのお人形は、私のポケットにしまってあります。戰爭する時も、お人形さ
 んは、私といっしょです。
 いろいろとありがたうございました。ときどき、おうちのことや、學校のことを
 知らせてください。私も、戰地のやうすを知らせてあげませう。みなさんに、よ
 ろしくお禮を申しあげてください。さやうなら。


       十六  雪合戰

 雪が降った。あたりが明かるくなって、氣がはればれとする。
 學校へ行く時、雪の上を歩いて行った。ふり返って、足あとを見ると、くねくねと、曲ってついてゐた。向かふから、友田くんと小野くんがやって來た。
「おはやう。」
「おはやう。」
三人が、並んでまた雪の上を歩いたら、足あとも、並んでついた。學校の窓も、廊下
(らうか)も、雪で明かるい。
 體操の時間になった。外に集るやうにと、先生がいはれた。きっと、雪合戰をするのだらうといって、みんなは喜んだ。
「集れ。」
先生の大きな聲がする。みんなは、雪の上に集って並んだ。
「今日は、雪合戰をする。前列は赤、後列は白。」
兩方に分れて、それぞれ陣地についた。
「築城始め。」
の號令で、兩軍は、一生けんめい、雪のかたまりをこしらへては、それを積み重ねた。高さ一メートル半ばかりの山を作って、その上に、旗を立てるのである。山は、たちまちできあがった。先生は、兩方の山の高さをはかられた。
 みかたの城には、赤い旗がひるがへり、敵の城には、白い旗がなびいた。
 友田くんも、小野くんも、今日は敵だ。にこにこしてこちらを見てゐる。
「たまを作れ。」
みんなは、雪のたまを、いくつもいくつもこしらへた。やがて先生が、
「笛を鳴らしたら、たまを投げる。次に進めの號令を掛けたら、攻撃を始める。」
といはれたので、みんなは、雪のたまをかかへた。
「ピリー。」と、笛が鳴った。「わあ。」といひながら、たまを投げ始めたが、とどかない。少しづつ前進する。ぼくは、友田くんをめがけて投げた。うまく頭のところへ飛んで行ったが、友田くんが、ひょいとしゃがんだので、それてしまった。友田くんも、ぼくをねらふ。今度こそうまくあててやらうと、力いっぱい投げてやった。そこへ、どこからかたまが飛んで來て、ぼくの胸にあたった。「ようし。」といひながら、たまをつかんだ時、「進め。」の號令が掛った。
 兩軍は、「わあ。」といって、かけて進んだ。敵の城の旗を取れば、勝つのだ。しかし、城を守ってゐる隊もゐるから、すぐには取れない。白い旗は、つい、目の前にひらひらしてゐるが、手がとどかない。守る隊も、必死だ。ぼくが、山をのぼりかけると、兩足をしっかりとつかまへて、引っぱる者がある。見ると、小野くんだ。ぼくがころぶと、二三人が、ばたばたと倒れかかって來た。やっと起きあがる。まだ、白い旗がひらひらしてゐる。みかたはと思って、ちょっとふり返ると、赤い旗も、まだ立ってゐる。
「今のうちだ。」
と元氣を出して、みかた三人が、しっかり腕を組んで進んだ。三人のうち、だれか一人が、雪の山にのぼって、旗を取るのだ。ぼくは、まっ先にのぼりかけた。むちゅうになってよぢのぼった。とうとう、旗に手がとどいた。ぼくは、山の上に立ちあがって、その旗をふった。
「萬歳。」
と、みんなが、喜びの聲をあげた。
 笛が鳴ったので、兩軍は、もとの位置に並んだ。先生はいはれた。
「今日は赤の勝ち。しかし、どちらもよく戰った。この次に雪が降ったら、またやる
 ことにする。わかれ。」
どやどやと、みんなが、ぼくのところへ寄って來た。
「うまくやったなあ。」
といって、ぼくの肩をたたく者がある。友田くんだ。
「今度は、ぼくが取ってみせるぞ。」
と、小野くんがいふ。
 いつのまにか、空がくもって、雪がさかんに降りだして來た。
 小野くんと、友田くんと、ぼくと、三人仲よく骸爾憬鼎辰胴圓辰拭


       十七  菅原道眞
(すがはらのみちざね)

 天神樣にまつられてゐる菅原道眞といふかたは、生まれつき賢い人でありました。その上、小さい時から、よく勉強しましたので、のちには、すぐれた、りっぱな人になりました。學問では、道眞の上に出る人はないと思はれてゐました。
 ある時、都良香
(みやこのよしか)といふ人の家で、弓の會がありました。若い人たちが、大勢その家に集って、かはるがはる、的をめがけて弓を引いてゐるところへ、道眞もやって來ました。すると、人々は、
「あの人は學問はできるが、弓はどうだらう。」
「さあ、どうだらうな。」
「だめ、だめ。机の上の勉強ばかりで、腕は線香より細いんだ。」
などと、小さな聲で、ささやき合ひました。
 平生から、學問では、とてもかなはない道眞を、今日はひとつ、弓でいぢめてやらうと思ったのでせう、一人の若い男が、つかつかと進み出て、
「どうです。あなたも、弓をおやりになりませんか。」
といひながら、弓と矢を、道眞につきつけました。
 おそらく、しりごみするだらうと思はれた道眞は、その弓矢を靜かに受け取り、前へ進んで、きっと身がまへました。すると、今まで、やさしさうに見えた道眞が、急にがっしりと二王樣か何かのやうに、強さうに見えだしました。
 あたりはしんとして、せき一つするものもありません。
「ひゅう。」と、音高くつるからはなれた矢は、「ぽん。」と的のまん中の星を、射拔いて立ちました。
 道眞は、つづいて、第二の矢を引きしぼりました。
 これも、みごとに、ちゃうど第一の矢とすれすれに並んで、まん中を射拔きました。
 第三、第四、第五と、道眞は、目にもとまらぬ手早さで、矢をつがへ、矢を放ちました。的をはづれる矢は、一本もありませんでした。
 みんなは、ただ、よったやうになって、大きなため息をつくばかりでありました。


       十八  梅

 「あ、梅だ。
  梅が咲いてゐる。」と、
   勇さんがいひました。

 「まあ、うれしい。
  春が來たのね。」と、
   花子さんがいひました。

 「まだ、寒いのに、
  感心な花だこと。」と、
   ゆり子さんがいひました。

 「花もきれいだけれど、
  にほひがいいのね。」と、
   春枝さんがいひました。

 「梅は、花よりも
  にほひが咲くのです。」と、
   正男さんがいひました。

  みんなは、
  正男さんのいったことが、
   おもしろいと思ひました。  


       十九  小さな温床

「春子、チューリップが咲いたよ。來てごらん。」
と、にいさんが、外から窓ごしにいったので、私は、急いで庭へ出ました。
 いつか、にいさんが作った小さな温床に、今日も、おだやかな冬の日が、いっぱいにさしこんでゐます。見ると、まん中の鉢に、美しいチューリップの花が一つ、にっこり笑ったやうに咲いてゐます。
「まあ、きれいね。」
と、私は思はずいひました。ふっくらとした花びらがだきあって、まだ十分咲ききらない花は、ちゃうど、おひな樣のぼんぼりのやうなかっかうです。下の方は白で、花の口もとのところに、こい紅
(べに)をさしてゐます。ほんたうに、手に取って、さはってみたいやうな氣がします。
 すみれも、一週間ばかり前から咲きだしました。それこそ、ほんたうのすみれ色をした花が、暖い日を受けて、びろうどのやうに、つやつやしてゐます。すゐせんの花が四つ、かはいらしいさくらさうや、ひなぎくも、咲いてゐます。きうりの芽生えも、目だって大きくなりました。
 たった一メートル四方ぐらゐの廣さですが、ここばかりは、寒い冬も知らないやうに、みどりの葉が生き生きして、赤や、白や、むらさきの花が、美しく咲いてゐます。
「わたしのお人形さんを、ここへ入れてやりたいなあ。」
と、ひとりごとのやうに、私はいひました。
「どうして。」
「中は暖い春ですもの。」
 にいさんは笑って、
「お人形さんが、汗をかくだらう。このガラスのふたをすると、少しすかしておいても、日中は、二十四五度ぐらゐになるから、春といふよりは夏だよ。」
「でも、夜は寒いでせうね。」
「地の下には、枯れた葉などが入れてあるから、夜もぽかぽか暖いよ。」
と、にいさんはいひました。


       二十  雪舟

 雪舟が、子どもの時の話です。
 お寺の小僧になってまもないころ、ある日、和尚
(をしやう)さんにたいそうしかられました。
「おまへは、また繪をかいてゐるのか。いくらいっても、繪ばかりかいて、ちっと
 もお經をおぼえない。おまへは、口でいって聞かせるだけでは、だめだ。」
かういひながら、和尚さんは、雪舟を引っぱって、本堂へ行きました。
 ぶるぶる、ふるへてゐた雪舟は、大きな柱にくくりつけられました。
 初めは、ただ恐しさでいっぱいでしたが、さびしい本堂の柱にくくりつけられて、じっとしてゐる間に、雪舟は、いろいろと考へつづけました。
「いつも、お經を讀まうと思ふのだけれど、机に向かふと、つい、繪がかきたくて
 たまらなくなる。あすからは、きっと、一生けんめいにお經を習はう。わたしが、
 ここで、こんなにしかられてゐようなどとは、おとうさんも、おかあさんも、ゆめ
 にもお知りにならないだらう。」
こんなことを考へてゐると、雪舟は、何だか悲しくなって、とうとう、しくしく泣きだしました。
 涙が、とめどなくこぼれました。ぽたり、ぽたりと落ちて、本堂の板の間をぬらしました。
 少し泣きつかれて、ぼんやり、足もとを見てゐた雪舟は、何氣なく、足の親指で、板の間に落ちた涙をいぢってみました。
 すると、今まで悲しさうだった雪舟の顔は、急に明かるくなって來ました。雪舟は、足の親指を使ひながら、涙で、板の間に繪をかき始めたのでした。
 自分の部屋へ歸ってゐた和尚さんは、しばらくすると、雪舟がかはいさうになりました。もう許してやらうと思って、また本堂へ行きました。
 夕方に近い本堂は、少し暗くなってゐました。和尚さんは、どんなに、さびしかったらうと思って、急いで行って見ると、びっくりしました。大きなねずみが一匹、雪舟の足もとにゐて、今にもとびつきさうなやうすです。かまれては、かはいさうだと思って、和尚さんは、「しっ、しっ。」と追ひましたが、ふしぎに、ねずみは、じっとして動きません。近づいて見ると、それは、生きたねずみではありませんでした。雪舟が、板の間に、涙でかいたねずみでした。
 和尚さんはおどろきました。急いでなはを解いてやりながら、
「わたしがわるかった。おまへは、繪かきになるがよい。これほど、おまへが上手だ
 とは、今まで知らなかった。」
といひました。雪舟は、にっこりしました。
 そののち、雪舟は、一心に繪を習ひました。學問もしました。
 雪舟は、とうとう、日本一の繪かきになりました。


       二十一 三勇士

「ダーン、ダーン。」
ものすごい大砲の音とともに、あたりの土が、高くはねあがります。機關銃の彈が、雨あられのやうに飛んで來ます。
 昭和七年二月二十二日の午前五時、廟巷
(べうかう)の敵前、わづか五十メートルといふ地點です。
 今、わが工兵は、三人づつ組になって、長い破壞筒
(はくわいとう)をかかへながら、敵の陣地を、にらんでゐます。
 見れば、敵の陣地には、ぎっしりと、鐵條網が張りめぐらされてゐます。この鐵條網に破壞筒を投げこんで、わが歩兵のために、突撃の道を作らうといふのです。しかもその突撃まで、時間は、あと三十分といふせっぱつまった場合でありました。
 工兵は、今か今かと、命令のくだるのを待ってゐます。しかし、この時とばかり撃ち出す敵の彈には、ほとんど、顔を向けることができません。すると、わが歩兵も、さかんに機關銃を撃ち出しました。さうして、敵前一面に、もうもうと、煙幕を張りました。
「前進。」
の命令がくだりました。待ちに待った第一班の工兵は、勇んで鐵條網へ突進しました。
 十メートル進みました。二十メートル進みました。あと十四五メートルで鐵條網といふ時、頼みにする煙幕が、だんだんうすくなって來ました。
 一人倒れ、二人倒れ、三人、四人、五人と、次々に倒れて行きます。第一班は、殘念にも、とうとう成功しないで終りました。
 第二班に、命令がくだりました。
 敵の彈は、ますますはげしく、突撃の時間は、いよいよせまって來ました。今となっては、破壞筒を持って行って、鐵條網にさし入れてから、火をつけるといったやり方では、とてもまにあひません。そこで班長は、まづ破壞筒の火なはに、火をつけることを命じました。
 作江伊之助
(さくえいのすけ)、江下武二(たけじ)、北川丞(じよう)、三人の工兵は、火をつけた破壞筒をしっかりとかかへ、鐵條網めがけて突進しました。
 北川が先頭に立ち、江下、作江が、これにつづいて走ってゐます。
 すると、どうしたはずみか、北川が、はたと倒れました。つづく二人も、それにつれてよろめきましたが、二人は、ぐっとふみこたへました。もちろん、三人のうち、だれ一人、破壞筒をはなしたものはありません。ただその間にも、無心の火は、火なはを傳はって、ずんずんもえて行きました。
 北川は、決死の勇氣をふるって、すっくと立ちあがりました。江下、作江は、北川をはげますやうに、破壞筒に力を入れて、進めとばかり、あとから押して行きました。
 三人の心は、持った一本の破壞筒を通じて、一つになってゐました。しかも、數秒ののちには、その破壞筒が、恐しい勢で爆發するのです。
 もう、死も生もありませんでした。三人は、一つの爆彈となって、まっしぐらに突進しました。
 めざす鐵條網に、破壞筒を投げこみました。爆音は、天をゆすり地をゆすって、ものすごくとどろき渡りました。
 すかさず、わが歩兵の一隊は、突撃に移りました。
 班長も、部下を指圖しながら進みました。そこに、作江が倒れてゐました。
「作江、よくやったな。いひ殘すことはないか。」
 作江は答へました。
「何もありません。成功しましたか。」
 班長は、撃ち破られた鐵條網の方へ、作江を向かせながら、
「そら、大隊は、おまへたちの破ったところから、突撃して行ってゐるぞ。」
とさけびました。
「天皇陛下萬歳。」
作江はかういって、靜かに目をつぶりました。


       二十二 春の雨

 もえて明かるい若草に、
 しとしと、細い雨が降る。
 雨はこぬかか、糸のやう。

 ここは川ばた、やなぎの芽、
 ぬれて、しづくが落ちるたび、
 ひろがる波のわがまるい。

 春は春でも、まだはじめ、
 村から町へゆるやかに、
 少しにごって行く水よ。

 卵のからを浮かべたり、
 わらの切れはし浮かべたり、
 えびやめだかも、泳がせて。 


       二十三 大れふ

 ぼくらは、はしけに乘って、ぐんぐん沖へ出ました。
 おだやかな海です。文治と、へさきにすわって、船があがると、からだを浮かすやうに、船がさがると、からだを沈めるやうにしてゐました。
「にいさん、はま屋の船だよ。」
文治が指さしたので、見ると、船が一さう走ってゐます。屋號を染めぬいた小旗も見えます。子どもが、船のまん中にゐます。
「あれは、きっとはま屋の正治くんだよ。正治くん、正治くん。」
と大聲に呼びながら、文治が立ちあがりかけると、ともにゐた船方が、
「あぶない。」
といひました。
 あとをふり返ると、もう矢島の岬
(みさき)も見えません。目のとどくかぎりはまっさをな水です。
 やがて網場へ來ました。何十さうといふ船が、今、思ひ思ひに網を張ってゐるところです。白波を立てながら、行ったり來たりして、まるで戰場のやうです。ぼくらの網船は、もう網をたぐり始めました。
「さあ、のう。」
と、一人がおんどを取ると、大勢の船方が、みんなこれに合はせて、
「やっさ、やっさ。」
と網をたぐります。だれもかれも、日に燒けたからだから、玉の汗を流してゐます。
 網が、せばまって來た時、網船は、ぼくらの乘ってゐる船を呼びました。
 網船二さうの間へ、まっすぐに乘り入れました。大きなたもで、網から、いわしをどんどんぼくらの船へあげます。見るまに、船の中には、いわしの山が築かれます。いわしの重みで、船がぐっと傾くほどです。
 ぼくらの船は、左右の網船から、竿で押されながら、しだいに網の外へ出ます。出ると、機械をいっぱいに掛けて、もとの海岸へ急ぎました。
 いつのまに立てたのか、へさきには、大れふを知らせるまっかな吹流しが二本、威勢よく風にひるがへってゐました。


       二十四 東京

 今日、東京といふ映畫を見せてもらひました。
 初めに、廣い野原がうつりました。ところどころに林があって、どこかで、小鳥の鳴く聲がしてゐました。
「ここは、むさし野です。東京の近くには、かうした靜かな野原が、ひろがってゐます。」
といふ説明の聲がしました。
 むさし野が、うすくなって消えると、船の汽笛が「ボー。」とひびきました。さうして、大きな貨物船が、目の前にあらはれました。汽船から、たくさんの荷物がおろされます。
「あれは、臺灣
(たいわん)からのバナナです。」
 水の流れが見えて、隅田
(すみだ)川のけしきになりました。川をさかのぼって行くと、りっぱな橋が、次から次へとかかってゐました。橋の下をくぐって通る時、「ゴー。」といふ電車のひびきがして、寫眞がかはりました。
 たくさんのレールが光って、何臺もつづいた大きな電車が來る、汽車が來る。
「東京、東京。」
と呼ぶ聲がして來ました。
 東京驛の前にある大きな建物が、じゅんじゅんにあらはれ、馬場先門の廣場があらはれました。
 正面に、松の木が茂ってゐて、白いやぐらが見えました。私は、すぐ宮城だといふことがわかりました。
二重橋がうつりました。
 目の前にをがむ二重橋、
 けだかい、美しい二重橋。
二年生の時に習った詩が、思ひ出されました。「君が代」の音樂が始りました。私たちは、きちんとすわりなほして、おじぎをしました。
 ときは木の茂った清らかな道がうつりました。
「ここは、明治神宮の參道です。」
 お參りの人が、たくさん通ります。その中に、子どももまじってゐました。あの子どもたちのやうに、お參りしたいものだと思ひました。
 さくらの花が、いっぱいに咲いてゐるところがあらはれました。風が吹いてゐるらしく、さくらの枝がゆれてゐます。花と花との間から、大きな鳥居が見えました。それから、ま正面に、靖國
(やすくに)神社がうつりました。「海ゆかば」の音樂が、おごそかにひびき始めました。菊の御紋のついたまん幕が、風にゆれてゐました。
 たくさんの菊の鉢が並んでゐます。目のさめるやうな菊の花です。日比谷
(ひびや)公園の菊のてんらん會でした。
 ふんすゐが、勢よくあがってゐます。その後に、りっぱな建物があらはれました。
「これは。上野の帝室博物館です。」
 大きな木が立ってゐて、その根もとに、金網の張ってある池が出ました。水鳥が、たくさん泳いでゐました。猿
(さる)が、上手にぶらんこをしてゐました。白熊(しろくま)が、頭をふってゐました。きりんが、せいのびをしたやうなかっかうをしてゐました。ライオンが、大きな聲を出しました。
「ここは、みなさんに喜ばれる上野の動物園です。」
(ざう)が、のそりのそりと歩いてゐます。
(とら)が、じっとこちらを向いてすわってゐます。
 鳩
(はと)が、何十羽となく集って來て、ゑさを拾ってゐるところが出ました。小さな女の子が、豆をまいてやりました。
「ゴーン。」と、かねがひびいて、淺草の大きなお寺があらはれました。
 にぎやかな銀座
(ぎんざ)通が、うつりました。兩側には店が並んでゐて、人が、すれあふほどたくさん歩いてゐます。電車や、自動車が、ひっきりなしに通ります。
やなぎの並木が、にぎやかな通をきれいにかざってゐました。
 にはかに、笛とたいこの音がひびいて來て、ずらりと並んだお祭のちゃうちんが、うつりました。「わっしょい、わっしょい。」といふ元氣な子どもたちの聲がして、みこしをかついだ子どもたちが、もみあひもみあひ出て來ました。
 そのにぎやかな元氣な聲が、急にかはって、「ザー。」といふ機械の動く音になりました。印刷
(いんさつ)の工場です。山のやうに積まれた紙が、機械の間を流れるうちに、字がすられ、繪がすられ、たちまち本になって出て來ます。
 次から次へ、大勢の生徒さんたちが、足並みをそろへて行進して來ます。それが美しいわになったかと思ふと、體操をしたり、いうぎをしたりします。
「これは、明治神宮の競技場です。」
空には、白い雲がぽっかり浮かんで、日の丸の旗がひるがへってゐます。
 勇ましい音樂が始りました。大勢の人が、並んで演奏してゐます。
「今、音樂を放送してゐるところです。」
 放送局のアンテナが、空高くうつりました。よく召譴振を、鳥がむらがって飛んでゐましたが、今度は、遠い空から飛行機がやって來て、やがて着陸しました。
「ここは、空のげんくゎん東京飛行場です。」
 今、飛び出さうとする飛行機に、乘客が乘ってしまふと、いきなり爆音がして、みるみる、鳥のやうに小さくなります。
 ここで、いちばん初めに出たむさし野がまたうつりました。ずっと野原の向かふに、富士山が光って見えます。
「夕やけ小やけ、
 あした天氣になあれ。」
こんな子どもの歌が、聞えて來ました。
 そのうちに、空も消え、野原も消え、みんな消えてしまひました。





  殺 刈 敷 置 飼 束 招 氏 去 參 繪 姉
  豐 惠 似 積 歸 后 忠 義 陽 散 害 藥
  除 増 種 類 旅 働 港 由 機 械 員 關
  器 雷 常 會 寫 眞 攻 説 汁 園 材 映
  畫 幕 階 臺 萬 賢 穴 不 歳 役 仕 事
  傳 改 望 古 巻 延 柱 警 防 角 團 粉
  燒 猫 捨 授 尊 袋 飯 品 圖 堅 演 習
  郷 味 築 投 撃 必 倒 腕 肩 勉 的 身
  王 射 放 温 鉢 僧 經 堂 解 點 條 網
  張 突 班 成 無 秒 爆 移 染 傾 威 京
  貨 驛 建 詩 清 社 紋 公 博 館 技 奏
  局 



  

 

 

 

  

 

      (注) 1. 『初等科國語 二』の教科書は、昭和17年7月10日発行、昭和17年7月31日翻刻発行。
        著作兼発行者 文部省。翻刻発行兼印刷者 日本書籍株式会社。
          これは、『複刻 国定教科書(国民学校期)』(ほるぷ出版刊、昭和57年2月1日)により
        ました。原本所蔵は、千葉県教育センターです。

        2.  
教科書巻末の漢字表の漢字には、「殺(8) 刈(8) 敷(9) ……」のように、漢字の下
        に頁数が表記されていますが、ここでは省略しました。
       3. 『初等科國語 二』の教科書は、国民学校3年生後期用の教科書です。
       4.   資料105に 『ヨミカタ 一』の本文(全文) があります。
                     資料106に 『ヨミカタ 二』の本文(全文) があります。
             資料144に 『よみかた 三』の本文(全文) があります。
                     資料146に 『よみかた 四』の本文(全文) があります。
             資料154に 『初等科國語 一』の本文(全文) があります。
 
                     資料179に 『初等科國語 三』の本文(全文) があります。
                     資料186に 『初等科國語 四』の本文(全文) があります。
               資料189に 『初等科國語 五』の本文(全文) があります。
                     資料196に 『初等科國語 六』の本文(全文) があります。
            資料199に 『初等科國語 七』の本文(全文) があります。
           資料210に 『初等科國語 八』の本文(全文) があります。

       5. 「五 田道間守」について。
        (1) 『万葉集を携えて』というホームページに、「記紀の旅」というコーナーがあり、そこの
          「記紀 の旅 中巻」に「垂仁天皇陵・田道間守」というページがあって大変参考になりま
          す。(古事記・日本書紀の本文(書き下し文)や、垂仁天皇陵・田道間守陪塚の写真、田
          道間守を祭神とする「中嶋神社」の写真と神社の由緒書、万葉集の田道間守が出てくる
          大伴家持の長歌、和歌山県海南市橘本にある田道間守を祀った橘本神社(
きつもとじんじゃ
          の紹介などが出ています。)
        (2) 『初等科音楽 一』(昭和17年2月24日発行、国民学校初等科第3学年用)に収められて
                  いる「田道間守」という唱歌のメロディーを、次のホームページで聞くことができます。       
             『童謡 唱歌 懐かしい名歌』 → 索引「た」 → 『田道間守』

            参考までに、 『初等科音楽 一』所収の「田道間守」の歌詞を記しておきます。
                   田道間守
(たぢまもり)
              1. かをりも高いたちばなを、
                 積んだお船がいま歸る。
                 君の仰せをかしこみて、
                 萬里の海をまっしぐら、
                 いま歸る、田道間守、田道間守。
              2. おはさぬ君のみささぎに、
                 泣いて歸らぬまごころよ。
                 遠い國から積んで來た
                 花たちばなの香とともに、
                 名はかをる、田道間守、田道間守。
        (3) 田道間守(たじまもり)=記紀伝説上の人物。垂仁天皇の勅で常世国
(とこよのくに)に至り、
                  非時香菓
(ときじくのかくのこのみ)(橘)を得て10年後に帰ったが、天皇の崩後であっ
                  たので、香菓を山陵に献じ、嘆き悲しんで陵前に死んだと伝える。
                                                 
 (『広辞苑』第6版による)

 

 

 

 

 

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