資料146 国民学校国語教科書『よみかた 四』(本文)

 
                            

        
『よみかた 四』



 

 もくろく
一   富士山
二   早鳥
三   海軍の にいさん
四   乘合自動車
五   菊の 花
六   かけっこ
七   かぐやひめ
八   たぬきの 腹つづみ
九   金の 牛
十   滿洲の 冬
十一  鏡
十二  神だな
十三  新年
十四  いうびん
十五  にいさんの 入營
十六  雪の 日
十七  白兎
十八  たこあげ
十九  豆まき
二十  金しくんしゃう
二十一 病院の兵たいさん
二十二 支那の子ども
二十三 おひな樣
二十四 北風と南風
二十五 羽衣

 

 



 
 

 

 

     一 富士山

 どこから 見ても、いつ 見ても、
 富士の お山は 美しい。

 白い あふぎを さかさまに、
 かけた 下から 雲が わき、

 すそ 引く はての 松原に、
 太平洋の 波が 立つ。

 やさしいやうで ををしくて、
 たふとい お山、神の 山。

 日本一の この 山を、
 世界の 人が あふぎ見る。


    二 早鳥

 昔、あるところに、一本の くすの木が 生えました。たいへんな 勢で、ひるも 夜も、ぐんぐんと のびて いきました。
 何年か たつ うちに、この くすの木は、今まで 見た ことも 聞いた ことも ないほど、大きな 木に なりました。
 とうとう その てっぺんは、空の 雲に とどくやうに なりました。大きな 枝は 四方に ひろがって、どこから どこまで つづいて ゐるのか、わからないほどに なりました。
 毎朝 日が 出ると、この 木の 西がは は、何十と いふ 村々が、日かげに なります。午後に なると、東がはの 何十と いふ 村々が、日かげに なります。
「どうも 困った もの だ。」
「お米が 半分も できない。」
「なんとか ならない ものかなあ。」
あちらの 村でも こちらの 村でも、かう いって、この 大木を 見あげました。
 ある ちゑの ある おぢいさんが いひました。
「しかたが ない。この 木を 切る ことに しよう。」
みんなは びっくりして、
「こんな 大きな 木を、切って いい もの でせうか。」
と いひますと、おぢいさんは、
「でも、この 木は、切るより ほかに みちが あるまい。」
と いひました。
  そこで 切る ことに なりました。
 こんな 大きな 木の こと ですから、それは それは、大さわぎ でした。何十人、何百人と いふ 木こりが、長い 間 かかって、やっと 切りたふす ことが できました。
 こんどは、切りたふした 木を、どうするかと いふことに なりました。すると、ちゑの ある おぢいさんが、
「くりぬいて、舟を 作るが よい。」
と いひました。
 そこで、大勢の 大工を 集めて、舟を 作る ことに なりました。何年か たって、とうとう 一さうの 舟が できあがりました。海に 浮かべて みると、今まで 見た ことも 聞いた ことも ない、大きな 舟でした。
 大勢の せんどうが 乘りこんで、
「えいや、えいや。」と こぎました。
おどろいたのは、その 舟の 早い こと です。かいを そろへて 一かき 水を かくと、舟は 七つの 大波を 乘りきって、鳥の とぶやうに 走ります。
「なんと いふ 早い 舟 だらう。」
「ふしぎ だ、ふしぎ だ。」
と、せんどうたちも、見て ゐる 人も いひました。すると、あの ちゑの ある おぢいさんが、
「いや、ふしぎでも 何でも ない。あの 勢の よい くすの木で、作った 舟 だ、勢の よいのが あたりまへさ。考へて みれば、この すばらしい 舟に なる ために、あの 木は、ぐんぐん のびたのかも しれない。鳥のやうに 早い 舟 だから、早鳥と いふ 名を つけよう。」
と いひました。
 そののち、早鳥は、たくさんの 米や、麥や、豆を つんで、都の 方へ たびたび 通ひました。その おかげで、日かげに なって 困って ゐた 村々は、だんだん ゆたかに なって いったと いふこと です。


    三 海軍の にいさん

 ぼくが 本を 讀んで ゐると、くつの 音が して、だれか うちへ はいって 來ました。出て 見ると、海軍の にいさん でした。
  にいさんは、にこにこしながら ざしきへ あがって、おとうさんに ごあいさつを しました。うらの 畠に ゐた おかあさんも かけて 來て、頭から 手ぬぐひを 取りながら、
「よく かへって 來ましたね。」
と うれしさうに おっしゃいました。
 にいさんは、前よりも ずっと 色が 遒 なって、強さうに 見えました。
 おかあさんは お茶を 入れて、
「ほんたうに しばらく でしたね。まあ、一つ おあがり。」
と おっしゃいました。
 ぼくは うれしくて、にいさんの まはりを とび歩きました。
 にいさんは、
「勇、大きく なったね。いい 子に なった。」
と いひました。
「ぼくも 大きく なったら、海軍 だよ、にいさん。」
と いふと、
「それは いい。大ぢゃうぶ なれるよ。」
と、にいさんは ぼくの 頭を なでて くれました。
 ぼくは うれしくて たまりません。にいさんの ばうしを かぶると、おとうさんが、
「かはいらしい 水兵さん だぞ。」
と いって、お笑ひに なりました。ばうしには、金で 字が 書いて ありました。
「大日本、その 次は 何と 讀むの、にいさん。」
「大日本帝國。」
「あ、わかった、大日本帝國海軍。」
「さう だ、よく 讀めたね。」
 にいさんと いっしょに、おふろに はいりました。それから、みんなで ごはんを いただきました。
 にいさんは、しじゅう にこにこしながら、軍かんや ひかうきの おもしろい 話を、いろいろと して くれました。にいさんの 乘って ゐる 加賀は、かうくうぼかんで、たくさんの ひかうきが、廣い かんぱんから 勇ましく とんで 行くさう です。
「軍かんと いっても、加賀などは、動く ひかうぢゃうのやうな もの ですよ。」
と、にいさんは いひました。
 おとうさんは、「ほう、ほう。」と いひながら、かんしんして 聞いて いらっしゃいました。
 ねる 時には、ぼくは にいさんと 並んで ねました。


    四 乘合自動車

 きのふ 乘合自動車に 乘って、ホ町の をばさんの ところへ 行きました。松並木を 通りぬけると、たんぼでは、稻を さかんに かり取って ゐました。
 しばらく 行くと、牛の 引いて ゐる 車を おひこしました。サ村の 入口で、ルックサックを せおった 中學校の 生徒さんが、二人 乘りこみました。
 道が だんだん のぼりに なって、自動車は 大きな 音を たてて、ぐんぐん のぼりました。兩がはから さし出た 木の 枝が、まどに とどきさう でした。黄色や、赤い 木の 葉で、車の 中が 明かるいほど でした。
 たうげに 來た 時、生徒さんが、
「海が 見える。」
と 大きな こゑで いひました。山と 山との 間に、海が 光って ゐました。
 たうげを おりた ところで、また 止りました。そこで、女の 子が 一人 乘りました。外では、その 友だちが 四人 並んで、「さやうなら、さやうなら。」と いって、手を ふりました。
 川へ 來ました。橋を わたらうと すると、向かふからも 乘合自動車が 來ました。めいめい 左へ よって、すれすれに 通りました。うんてんしゅさんが おたがひに 手を あげて、元氣よく あいさつを しました。
 ホ町に 近い ところで、どこかの おばあさんが 乘りました。ふろしきづつみを さげて ゐましたが、結びめから、小さな 日の丸の 旗が のぞいて ゐました。私が わきへ よって 席を あけると、おばあさんは 腰を かけながら、
「ありがたう、ぼっちゃんは どこまで。」
と たづねました。
「ホ町の をばさんの ところへ 行くの です。」
と 答へますと、
「さう ですか、わたしも ホ町まで 行きますよ。出征する 孫が、今日 汽車で 通りますのでね、見送りに 行く ところなん ですよ。」
と いひました。
 道の まん中で、にはとりが たくさん ゑさを ひろって ゐましたので、うんてんしゅさんが、「ブウブウ。」と、ラッパを ならしました。にはとりは、おどろいて 右と 左へ 逃げました。
 まもなく ホ町に はいって、いうびんきょくの 前で 止りました。をばさんの うちの 三郎さんが、私の おりるのを 見つけて、笑ひながら 走って 來ました。


    五 菊の 花

  秋空 高く
  はれ わたり、
  菊の 花 咲く
   明治節。

  天皇陛下 の
  おぢいさま、
  明治の みかどを
   あがめませう。

  菊は たふとい
  ごもんしゃう、
  私たちの
   すきな 花。

  天皇陛下 の
  おぢいさま、  
  明治の みかどに
   ささげませう。


    六 かけっこ

 一年生の 旗取が すんで、いよいよ ぼくたちの かけっこに なりました。
 ぼくたち 七人は、白い 線に そって 並びました。
「用意。」
と 先生の 聲。
「どん。」
聞くが 早いか、かけだしました。
 そのうちに、二人が ぼくを 追ひこしました。
「負ける ものか。」
ぼくは 一生けんめいに 走りました。
「早く、早く。」
「しっかり。」
おうゑんの 聲も、ごちゃごちゃに なって 聞えます。
 もう 何も 見えません。ぼくは む中で 走りました。すると、何かに つまづいて ころびました。
「しまった。」
と 思ひながら、すぐ はね起きました。が、もう みんなから、すっかり おくれて ゐました。
「よさうか。」
と 思ひました。しかし、おとうさんが、「負けても よいから、しまひまで 走れ。」と、おっしゃったのを 思ひ出して、また 一生けんめいに 走りました。
「わあ。」
と 手を たたいて、笑って ゐる ものも ある やう でした。きまりが わるいと 思ひながら、ぼくは おしまひまで 走りつづけました。すると、先生が にこにこして、
「太郎君、えらいぞ。ころんでも、よく しまひまで 走った。かんしん、かんしん。」
と いって、ほめて くださいました。


    七 かぐやひめ

 昔、竹取の おきなと いふ おぢいさんが ありました。毎日 竹を 切って 來て、ざるや かごを 作って ゐました。
 ある日、根もとの たいそう 光って ゐる 竹を、一本 見つけました。その 竹を 切って、わって 見ますと、中に 小さな 女の 子が ゐました。
 おぢいさんは 喜んで、その 子を 手のひらに のせて、うちへ かへりました。小さいので、かごの 中へ 入れて、おばあさんと 二人で 育てました。
 この子を 見つけてから、おぢいさんの 切る 竹には、たびたび 金が はいって ゐました。おぢいさんは、だんだん お金持に なって いきました。
 この子は、ずんずん 大きく なりました。三月ほど たつと、もう 十七八ぐらゐの むすめに 見えました。光るやうに 美しいので、家の 中も 明かるいほど でした。おぢいさんは、この 子に かぐやひめと いふ 名を つけました。
  世間では、光るやうに 美しい かぐやひめの ことを 聞いて、
「むすこの 嫁に したい。」
「いや、うちへ もらひたい。」
などと いふ 人が、たくさん ありました。何ごとにも すなほな かぐやひめ でしたが、いつも おぢいさんに、
「私は、どこへも まゐりたう ございません。」
と いって、ことわって もらひました。
 かうして ゐる 間に、何年か たちました。ある年の 春の ころから、月の 出る 晩に なると、かぐやひめは 月を 眺めて、じっと 考へこむやうに なりました。
 秋に なって、月が だんだん 美しく なりました。八月の 十五夜も 近く なった ある夜、かぐやひめは 聲を たてて 泣きました。
 おぢいさんや おばあさんは、大さわぎ です。かぐやひめは、「なぜ 泣くのか。」と 聞かれて、はじめは だまって ゐましたが、しまひに 悲しさうに 答へました。
「私は、もと、月の 世界の もので ございます。長い 間 おせわに なりましたが、この 十五夜には、月の 世界から 迎へに まゐりますので、かへらなければ なりません。私は、お二人に お別れするのが、何よりも 悲しう ございます。」
 この ことばを 聞いて、おぢいさんも おばあさんも びっくりしました。
「それは たいへんな こと だ。だが、迎へに 來ても けっして わたさないから、安心して、泣く ことは おやめ。」
と、おぢいさんが いひました。
 おぢいさんは、なんとかして かぐやひめを 引止めたいと 思ひました。
 おぢいさんは 考へに 考へた すゑ、この ことを とのさまに 申しました。すると とのさまは、
「それは ざんねんで あらう。よし、その 晩 けらいたちを たくさん やって、おまへの うちを 守らせる ことに しよう。」
と おっしゃいました。
 いよいよ 十五夜に なりました。おぢいさんの 家の まはりを、弓矢を 持った とのさまの けらいたちが、いくへにも とりかこみました。
 おばあさんは、しめきった 一間の 中で、しっかりと かぐやひめを だいて をります。おぢいさんは、その 入口に 立って 番を して をります。
 夜中ごろに なると、急に お月さまが 十も 出たかと 思ふほど、あたりが 明かるく なりました。
「さあ、來たぞ。」
と、とのさまの けらいたちは、弓に 矢を つがへましたが、ふしぎに 手足の 力が なくなって、どうする ことも できません でした。
 その時、大勢の 天人が、雲に 乘って おりて 來ました。すると、しめきった 一間の 戸が、ひとりでに あきました。おばあさんの 手に、しっかりと すがりついて ゐた かぐやひめの からだは、ひとりでに 外へ 出て 行きました。もう、だれの 力でも、なんとも することが できません でした。かぐやひめは、おぢいさんと おばあさんに、
「とうとう お別れしなければ ならない 時が まゐりました。お二人の ご恩は けっして 忘れません。どうぞ、月の 夜には、私の ことを 思ひ出して ください。私も、あの 月の 世界から、お二人を 拜んで をりませう。」
と いって、天人の 用意して 來た 車に 乘りました。
 かぐやひめを 乘せた 車は、大勢の 天人に かこまれながら、しづかに 天へ のぼって 行きました。


    八 たぬきの 腹つづみ 

  「さあ さあ、集れ、月が 出た。
   みんなで つづみの 打ちくら だ。」
   お山の 上では 親だぬき、
   ぽんぽこ あひづの 腹つづみ。

   やぶの かげから 木かげから、
    ぬっくり ぬっくり、子だぬきが、
   出て 來て お山へ 集って、
   ずらりと 並んで わ に なった。

   空には まるい お月さま、
   ぽっかり 浮かんだ 白い 雲。
   月に うかれて 腹つづみ、
   ぽんぽこ ぽんぽこ 打ちだした。


    九 金の 牛 

 これは 滿洲の 話 です。
 海の 中に、小さな 島が ありました。その 島に、一匹の 金の 牛が ゐました。
  おなかが すいたので、草を たべようと 思って、あちら こちら 歩きましたが、この 島には、一本の 草も 生えて ゐません でした。
 金の 牛は、小高い 岩の 上に あがって、四方を 見わたしました。海の 向かふに、もう 一つ 島が 見えました。その 島には、みどりの 草が 一めんに 生えて ゐました。
「なんと おいしさうな 草 だらう。一口 たべたいなあ。」
と、金の 牛は、ひとりごとを いひました。すると、ふしぎに 今まで すいて ゐた おなかが、急に いっぱいに なりました。
 次の 日も、金の 牛は、岩の 上に あがって、みどりの 島を 眺めました。やはり、おなかが いっぱいに なって、よい 氣持に なりました。
 かうして、金の 牛は、おなかが すくと、みどりの 島を 眺めては、おなかを いっぱいに しました。おかげで、金の 牛は、おなかが すいて 困ると いふことは ありませんでした。
 ところで、ある日の こと、金の 牛は、ふと こんな ことを 考へました。
「ここから 見るだけでも、おなかが いっぱいに なるの だから、あの 島の 草を ほんたうに たべたら、どんなに おいしい だらう。」
 金の 牛は、もう、じっとして ゐられなく なりました。
 いきなり 海を めがけて、どぶんと とびこみました。
 金の 牛は、じぶんの からだが 金で あった ことを、すっかり 忘れて ゐたの です。そのまま 海に 沈んで しまひました。


    十 滿洲の 冬

 寒さの ために、まどガラス 一めん、まっ白に こほったのは きれいな もの です。この 氷の もやうは、どれ 一つとして 同じ ものが ありません。人が かいても、こんなに きれいには かけない でせう。
 白い 菊の 花が、咲きそろったやうなのも あります。
 白い くじゃくが、羽を いっぱいに ひろげたやうなのも あります。
 星が 並んで、光って ゐるやうなのも あります。
  子どもたちは、この 氷の 上に、指で 字を 書いたり、人の 顔を かいたりして 遊びます。
  晝に なると、いつのまにか、ガラスの 氷も すっかり 消えますが、次の 朝には、また 新しい ちがった もやうが、美しく あらはれます。
 ガラスの 氷も きれい ですが、じゅ氷と いふのは もっと きれい です。これは、木の 枝と いふ 枝が、すっかり 氷に 包まれて しまふの です。ちゃうど 水しゃうで 作った 木のやう です。
 この じゅ氷に 朝日が さすと、きらきらと 光って、みごとな もの です。風が 吹いて 來ると、木の 枝が ふれあって、からからと かはいらしい 音を たてます。
 滿洲に 住んで ゐる 日本の 子どもたちは、いくら 寒くても、元氣よく スケートを します。
 さいしょは、スケートを つけて 氷の 上に 立つ ことも、なかなか むづかしいの ですが、そのうちに 一メートル、五メートル、二十メートルと、だんだん うまく すべれるやうに なるの です。のちには、すべりながら まがったり、後向きに すべったり、友だちと 手を つなぎあったりして、思ふままに すべります。かう なると、おもしろくて おもしろくて たまりません。
 寒ければ 寒いほど、子どもたちは 喜びます。それは、寒いほど、スケート場の 氷が かちかちに なって、すべりよく なるから です。
 滿洲人の 子どもは、木で こしらへた こまを、氷の 上で まはして 遊びます。細い 棒の 先に ひもを つけて、その ひもで こまの 腹を たたきます。すると、こまは 勢よく ぐんぐん まはります。ほっぺたを つめたい 風に 赤くしながら、む中に なって まはします。


    十一 鏡

      ねえさん
 花子さんは、日の あたる ところへ、小さな 鏡を 持って 出ました。
 鏡で 日の 光を 受けると、きらきら 光ります。花子さんは、その 光を、二かいの 窓の しゃうじに あてて みました。すると、その しゃうじを あけて、中から ねえさんが のぞきました。
花子さんは、ねえさんの 顔へ 光を あてました。ねえさんは、
「おお、まぶしい。」
と いって、手で 顔を かくしました。さうして、
「いたづらな 花子さんね。」
と いって、笑ひました。

      をんどり   
 勇さんが、えんがはで、鏡を 持って 遊んで ゐました。そこへ、勇さんに よく なれた をんどりが、ゑさでも もらへるのかと 思って、やって 來ました。
 勇さんは、をんどりに 鏡を 見せました。
 をんどりは、ちょっと おどろいて、逃げださうと しましたが、急に ひきかへして、鏡の 方へ よって 來ました。
 をんどりは、首の 毛を さか立てて、鏡に うつる 自分の かげを めがけて、とびついて 來ます。鏡の 中の をんどりも、首の 毛を さか立てて ゐます。
「おや、自分の かげを、ほかの をんどりと 思って ゐるの だな。」
と、勇さんは 思ひました。
 をんどりは、力いっぱい 鏡を くちばしで つつきます。
 たいへんな けんくゎに なりました。
 勇さんは、かはいさうに なって、鏡を ひっこめました。すると、をんどりは、元氣よく 羽ばたきを しながら、
「こけこっこう。」
と 聲高く 歌ひました。

      おかあさん
 昔、孝行な 娘が ありました。おかあさんが、長い 間 病氣で ねて ゐましたので、晝も 夜も、一心に かいはうしましたが、病氣は わるく なるばかり でした。
 ある日、おかあさんは 娘を そばへ 呼んで、何か 包んだ 物を わたしました。
「これを おまへに あげるから、だいじに しまって おおきなさい。もし おかあさんに あひたかったら、これを あけて ごらんなさい。」
と いって、おかあさんは、まもなく なくなって しまひました。
 娘は 泣いて 悲しみましたが、しかたが ありません。それからは、おとうさんと 二人で、さびしく くらして ゐました。
 娘は、ふと、おかあさんの くださった 物の ことを 思ひ出しました。そっと 一間へ はいって、包を あけて 見ますと、中から 出たのは、一枚の 鏡 でした。
 まだ、鏡と いふ ものが、めったに ない ころの こと でしたから、娘には、それが 何で あるか わかりません でした。
 そっと のぞいて 見ると、女の 顔が うつって ゐます。子どものやう ですが、なくなった おかあさんに そっくりでした。娘は 思はず、
「おかあさん。」
と いって、鏡を だきしめました。


    十二 神だな

 もう すぐ お正月なので、おぢいさんは、神だなを おかざりに なりました。
 新しい しめなはを はったり、さかきを あげたり なさいました。
 小さい 三方に、白い 紙と うら白を しいて、鏡餅を のせて お供へに なりました。おみきも お供へに なりました。
 それから、おざしきの 床の間にも、鏡餅を おかざりに なりました。
 おぢいさんは、
「さあ、これで いつ お正月が 來ても いいぞ。」
と おっしゃいました。
 夕方、神だなに あかりを あげて、みんなで 拜みました。
 小さい 弟が、
「神さま、お喜びね。」
と いひました。
 新しい しめなは、白い 紙、うら白の 葉、何もかも さっぱりと きれいに 見えて、もう お正月に なったやうな 氣が しました。


    十三 新年

  門松 立てて、しめかざり して、
  うち中 そろって、
   新年 おめでたう ございます。

  お宮へ まゐって、學校へ 行って、
  「君が代」 歌って、
   新年 おめでたう ございます。

  たこあげしたり、羽つきしたり、
  みんな にこにこ、
    新年 おめでたう ございます。

  書きぞめの 字は「昭和の 光」、
  上手に できて、
   新年 おめでたう ございます。


    十四 いうびん

 今まで、羽を ついて ゐた 花子さんと 春枝さんは、こんどは、いうびんごっこを することに しました。
 花子さんは、弟の 一郎さんを 呼んで 來ました。一郎さんは 喜んで、悗 紙を 小さく 切って、切手を こしらへました。
 春枝さんは、はがきと ふうとうを こしらへました。
 花子さんは、おかあさんから 大きな 紙の 箱を いただいて 來て、ポストを こしらへました。
 花子さんと 春枝さんは、えんがはで、兩方に 分れて すわりました。一郎さんは、まん中に ポストを おいて、その そばに すわりました。
 花子さんと 春枝さんは、だまって 何か 書きはじめました。
 その 間に、一郎さんは、かばんを 取りに 行きました。一郎さんが、もとの ところへ かへって 來ますと、ポストの 中には、もう 二枚の はがきが はいって ゐました。一郎さんは、それを かばんに 入れて、くばりに 出ました。
「すず木さん。」
と いって、一枚を 花子さんに わたしました。
「林さん。」
と いって、一枚を 春枝さんに わたしました。
 花子さんは、にこにこして 讀みました。
「新年 おめでたう ございます。」
春枝さんも、受取った はがきを 讀んで みますと、やっぱり
「新年 おめでたう ございます。」
と 書いて ありました。
「あら、おんなじ ですね。」
と いって、二人とも 笑ひました。
 一郎さんが 大きな 聲で、
「もう ありませんか。あったら 早く 出して ください。」
と いひました。
 花子さんは、
「こんどは、私が 先に 書きますから、春枝さん、ごへんじを ください。」
と いって、手紙を 書きました。さうして、一郎さんの ところへ 持って 行って、
「四錢の 切手を 一枚 ください。」
と いひました。
 一郎さんが 切手を わたしますと、花子さんは それを はって ポストへ 入れました。
 一郎さんは、その 手紙を 春枝さんの ところへ 持って 行って、
「林さん。」
と いって、わたしました。
 春枝さんが あけて 見ますと、
「あしたから 學校が 始りますが、また いっしょに 行きませう。朝 さそって ください。」
と 書いて ありました。
 春枝さんは、
「お手紙を くださって、ありがたう ございます。あしたの 朝 きっと おさそひしますから、待って ゐて ください。」
と 書いて、切手を はって ポストへ 入れました。


    十五 にいさんの 入營

  愬學校の 服を 着て、赤い たすきを かけた にいさんは、しんるゐの 人たちに 送られて、兵營の 門まで 來ました。
  にいさんは、ここで みんなに あいさつを して 門の 中へ はいりました。おとうさんと 私も はいりました。
 門を はいると、ゑい兵所に、兵たいさんが 七八人 腰を かけて ゐました。
 廣い 庭の 中ほどには、何本も 立札が 立てて ありました。
 にいさんは、兵たいさんに あんないされて、そちらへ 行きました。にいさんと 同じやうな 人が、たくさん ゐました。
 金すぢの えりしゃうを つけた 兵たいさんが 來て、名を 呼始めました。だんだん 呼んで いって、
「山田 武。」
と、にいさんの 名を 呼びました。にいさんは 大きな 聲で、
「はい。」
と 答へました。私は、なんだか、自分が 呼ばれたやうに 思ひました。
 廣い 庭の 向かふに 兵舎が 立って ゐます。そこへ にいさんたちは 行きました。
 おとうさんと 私は、つきそひの 人たちの 休む ところで 待って ゐました。馬に 乘った 軍人さんが、門を はいって 來ると、ゑい兵所に ゐる 兵たいさんが、
「けい禮。」
と 元氣な 聲で いって、立ちあがって けい禮を しました。
 まもなく、新しい 軍服を 着た 一人の 兵たいさんが、私たちの ところへ 來ました。見ると、それが にいさん でした。見ちがへるほど りっぱな 兵たいさんに なって ゐたので、私は びっくりしました。にいさんは、
「おとうさん、お待たせしました。國男、これは にいさんが 着て ゐた 服 だ。おまへ 持って かへって おくれ。」
と いって、ふろしき包を わたしました。
 にいさんの 赤い えりしゃうには、星が 一つ ついて ゐました。おとうさんは にこにこして、
「りっぱな 兵たいさん だな。これなら、ごほうこうも できよう。しっかり たのむよ。」
と おっしゃいました。


    十六 雪の 日

  ちら ちら ちらと
  雪が ふる。
  すずめ 親子の
  ものがたり。
 
 「山は 大雪、
  日は くれる。
  烏が 急いで
  かへったよ。

  烏の かん太は
  寒からう。
  さ、やすまうよ。」と
  親すずめ。

 「やすみませう。」と
  子すずめが、
 「今夜は だいぶ
  つもる でせう。」

  すずめ 親子の
  ねた あとは、
  さら さら さらと
  雪の 音。


    十七 白兎

 白兎が、島から 向かふの 陸へ 行って みたいと 思ひました。
 ある日、はまべへ 出て 見ると、わにざめが ゐましたので、これは よいと 思って、
「君の 仲間と ぼくの 仲間と、どっちが 多いか、くらべて みようでは ないか。」
と いひました。わにざめは、
「それは おもしろからう。」
と いって、すぐに 仲間を 大勢 つれて 來ました。白兎は それを 見て、
「君の 仲間は ずゐぶん 多いな。ぼくらの 方が 負けるかも しれない。ぼくが、君らの せなかの 上を、かぞへながら とんで 行くから、向かふの 陸まで 並んで みたまへ。」
と いひました。
 わにざめは、白兎の いふ とほりに 並びました。白兎は「一つ、二つ、三つ、四つ。」と かぞへながら、渡って 行きました。もう 一足で 陸へ あがらうと いふ 時、白兎は、
「君らは うまく だまされたな。ぼくは ここへ 渡って 來たかったの だ。あははは。」
と いって、笑ひました。
 わにざめは それを 聞くと、たいそう おこりました。一番 しまひに ゐた わにざめが、白兎を つかまへて、からだの 毛を みんな むしり取って しまひました。
 白兎は 痛くて たまりません、はまべで しくしく 泣いて ゐました。その時、大勢の 神樣が お通りに なって、
「おまへ、なぜ 泣いて ゐるのか。」
と おたづねに なりました。白兎が 今までの ことを 申しますと、神樣は、
「それなら、海の 水を あびて、ねて ゐるが よい。」
と おっしゃいました。
 白兎は すぐ 海の 水を あびました。すると、痛みが いっそう ひどく なって、どうにも たまらなく なりました。
 そこへ、大國主のみこと と いふ 神樣が おいでに なりました。この かたは、さきほど お通りに なった 神樣がたの 弟さん です。兄樣がたの 重い ふくろを せおって いらっしゃったので、おそく おなりに なったの です。
 この 大國主のみことも、
「おまへ、なぜ 泣いて ゐるのか。」
と おたづねに なりました。白兎は 泣きながら、また 今までの ことを 申しました。大國主のみことは、
「かはいさうに。早く 川の 水で からだを 洗って、がまの ほ を しいて、その 上に ころがるが よい。」
と おっしゃいました。
 白兎が その とほりに しますと、からだは、すぐ もとのやうに なりました。喜んで 大國主のみことに、
「おかげで すっかり なほりました。あなたは、おなさけ深い おかた ですから、今は 重い ふくろを せおって いらっしゃっても、のちには きっと おしあはせに おなり でせう。」
と 申しました。


    十八 たこあげ

 をぢさん、この間 作って いただいた たこを、今日 あげて みました。ほんたうに よく あがりました。
 あの 日から、毎日 雪が 降ったり 雨が 降ったりして、あげられなかったの ですが、今日は よい お天氣でした。それに 日曜なので、朝から あげて 遊びました。
 あの たこを、次郎と 二人で 外へ 持って 出た 時は、みんなが、「へんな たこ だ。」と いって、笑ひました。こんな たこは、今まで だれも 見た ことが ないの でせう。口わるの 三ちゃんは、
「なん だ、骨が 二本しか ないぢゃ ないか。こんな ものが あがる ものか。」
と いひました。ぼくは だまって ゐました。
 みんな、めいめいの たこを あげて ゐます。
 次郎に たこを 持たせ、ぼくは 糸を 少し のばして、風に 向かって 走りました。たこは すっと あがりました。けれども、空で 二三べん まはって、落ちて しまひました。
「やあい。」
と いったのは、やはり 三ちゃん だったやう です。
 をぢさんに 海悗 いただいたやうに、たこの 糸めを なほして、下糸を 少し つめました。今度は あがりました。十メートルばかり 糸を 出して、かげんを 見て ゐますと、たこは 左の 方へ かたむきます。それで また おろして、たこの 右の かたへ、紙の テープを つけました。
 三度めに あげた 時は、たこは まっすぐに あがりました。ちゃうど よい 風が 吹いて 來て、糸を のばすと ぐんぐん あがります。四五十メートル のばした 時は、だれの たこよりも 高く あがって ゐました。次郎は 喜んで、
「ばんざい。」
と いひました。
 ぼくは 糸を どんどん くり出しました。みんなが、
「わあっ。」
と いひました。
 とうとう 百五十メートルの 糸を みんな 出しました。だれの たこ だって、ぼくの たこの 足もとにも よりつけません。ほかの たこは、下の 方で あがったり 落ちたりして ゐますが、ぼくの たこは、高い 空に 小さく 見えて、すわったやうに 動きません。
 みんなが ぼくらの そばへ 來て、
「よく あがって ゐるな。」
「ちょっと 糸を 持たせて くれたまへ。」
「よく 引っぱって ゐるな。」
などと いひます。
 ぼくも 次郎も、うれしくて うれしくて たまりません。この よく あがった ところを、をぢさんに 見せて あげたいと 思ひました。


    十九 豆まき

 今日は 節分で、豆まきの 日 です。
「太郎、今年から おまへが まくの だ。」
と、おとうさんが おっしゃいました。
 おかあさんは、豆を たくさん いって ますに 入れ、神だなに お供へに なりました。ぼくは、早く 晩に なれば よいと 思ひました。
 だんだん うすぐらく なると、あちらでも こちらでも、豆まきの 聲が 聞えます。おとうさんが、
「うちでも そろそろ 始めるかね。」
と おっしゃって、神だなから、ますを おろして くださいました。
 ぼくは、少し きまりが わるかったが、思ひきって、
「福は 内、鬼は 外。」
と 聲を はりあげて、豆を まきました。方々の へやを まいて 歩くと、妹や 弟が 後から ついて 來て、「きゃっ、きゃっ。」と 大さわぎを して、豆を 拾ひました。
 ぼくも おもしろく なって、だんだん 大きな 聲を 出しながら、豆を まきました。そのうちに うっかりして、「鬼は 内、福は 外。」と いったので、みんなが 笑ひました。
 しまひに えんがはへ 出て、「鬼は 外、鬼は 外。」と いひながら、豆を 庭へ 向かって 元氣よく まきますと、おかあさんが 雨戸を ぴしゃりと おしめになりました。
 それから、みんなで 豆を 年の 數だけ たべました。


    二十 金しくんしゃう

  軍人さんの胸は、
  くんしゃうでいっぱいです。
  花のやうなくんしゃう、
  日の丸のやうなくんしゃう、
  金のとびの金しくんしゃう。

  昔、神武天皇のお弓に止った
  あの金のとびが、
  今、軍人さんの胸にかがやいて、
  りっぱなてがらを
  あらはしてゐるのです。


    二十一 病院の兵たいさん

 この前の日曜日に、兵たいさんの病院へ、ゐもんに行きました。戰爭できずを受けたり、病氣になったりした兵たいさんが、大勢いらっしゃいました。そのかたがたへ、花をさしあげました。それから、學校のことや、うちのことなど、いろいろお話しました。
 兵たいさんたちは、たいそう喜んでくださいました。
 私は、また、きっとお見まいにまゐりますといって、かへりました。
 四五日たって、兵たいさんから、お手紙がまゐりました。
 この間は、お見まひくださって、ありがたう。あなたがたのやうな子ど
 もさんが、ゐもんに來てくださると、私たちは、ほんたうにうれしいの
 です。あなたのいらっしゃった時は、少しきずが痛んでゐましたが、あ
 なたのお話がおもしろかったので、痛みも忘れるほどでした。
 きれいな花を、わざわざ持って來てくださって、ありがたう。あの花が、
 私の枕もとで、今もまだ咲いてゐます。枯らしてはたいへんだと思って、
 毎朝、水をとりかへてゐます。
 この次には、何か、ゐもんひんを持って來てくださるとのことでしたが、
 そんなしんぱいをしないでください。あなたがたが來て、お話をしてく
 ださるのが、何よりもうれしいのです。その代り、今度は、この前のや
 うに、はづかしがらないで、ぜひ、いうぎをして見せてください。
 あれから、きずもだんだん痛まなくなりました。この次におあひする時
 には、戰爭のことや、支那の子どもたちのお話をしてあげませう。


    二十二 支那の子ども

 ここは、支那のある町です。
せまい通には、赤いらふそくや、にはとりの卵や、あひるの卵や、にんにくや、はすの實などを、戸口に並べてゐる店があります。
 のき先に、大きなぶたの肉をぶらさげ、大きなはうちゃうで、一きれ一きれ切取って、賣ってゐる店もあります。
 今、日本の兵たいさんが、車にいっぱい荷物をつんで、この通にさしかかりました。町の男や女たちが、この兵たいさんに、ていねいにあいさつします。何かわからぬことを、がやがや話したり、にこにこ笑ったりしながら、立止って、兵たいさんを見てゐるものもあります。
 このせまい通には、買物をする人たちがたくさんゐるので、兵たいさんは、車を引きながら、ときどき、
「ちょっとごめんよ。」
といひます。すると、みんなは、すぐよけて兵たいさんを通らせます。
 通をぬけて、町の入口の門のところまで來ますと、そこには、日本の兵たいさんが、銃を持って番をしてゐます。車を引いてゐる兵たいさんが、けい禮をします。番をしてゐる兵たいさんも、けい禮をします。口にはいひませんが、おたがひに、
「ごくらうさま。」
「ごくらうさま。」
と、心の中でいってゐるにちがひありません。
 門を過ぎると、廣場があります。そこで遊んでゐる支那の子どもたちが、車を引いてゐる兵たいさんを見ると、
「兵たいさん。」
「兵たいさん。」
といって、やって來ました。
 子どもたちは、ちゃんと、「兵たいさん」といふ日本語を、おぼえてゐるのです。でも、その後は、がやがや何かわからぬことをいひながら、三四人は、車のかぢ棒にとりつきます。おくれて來た二三人は、車の後押しをします。みんな一生けんめいです。
 かうして、たくさんの支那の子どもたちに手つだはれながら、日本の兵たいさんは、にこにこして車を引いて行きます。
 すると、とつぜん一人の子どもが、大きな聲で、
  惷高く
  日の丸あげて、
と歌ひだしました。それについて、子どもたちは聲をそろへて歌ひました。
  惷高く
  日の丸あげて、
  ああ、美しい、
  日本の旗は。


    二十三 おひな樣

 春が來ました、おひな樣。
 さあさ、かざってあげませう。

 まあ、お久しい、だいり樣。
 あなたは一番上の段。

 赤いはかまの官女さん、
 三人並んで次の段。

 笛やたいこでにぎやかな
 五人ばやしは三の段。

 かざればみんなにこにこと、
 おうれしさうなおひな樣。

 あられ、ひし餅、桃の花、
 なたねの花も供へませう。


    二十四 北風と南風

 北風と南風は、たいそう仲がわるいやうです。
 冬の間は、寒い北風が、びゅうびゅうと吹きまはって、雪やあられを降らせたり、水をこほらせたりします。
 しかし、北風が少しゆだんをしてゐると、暖い南風が、そっとやって來ます。さうして、北風の作った雪の山や、氷の池を、少しでもとかさうとします。すると、北風は、すぐ南風を追ひはらひます。
 こんなことを、何べんもくりかへしてゐるうちに、冬が終に近づきます。今までは、うとうと眠って、弱い光を出してゐたお日樣が、目をさまして、暖い光を送るやうになります。
 かうなって來ると、南風は、もう前のやうに負けてばかりはゐられません。
「北風、おまへは、もう北國へかへってしまへ。」
と、南風がいひます。すると、北風は、
「なあに、まだおまへの出て來る時ではない。わたしは、もう一度おまへを追ひはらって、野や山をまっ白にしてやる。」
と答へます。さうして、ありったけの力を出して、南風を追ひたてます。野や山が、また、雪でまっ白になります。
 しかし、南風は、すぐに元氣をとりかへします。南の國から、大勢の仲間をつれて來て、北風をどしどしと追ひまくります。雪でも氷でも、かたはしからとかして、野や山を暖くします。暖い雨を、何べんか降らせます。すると、草や木が、だんだんと芽をふき、花のつぼみがふくらんで來ます。
 南風はいひます。
「北風が、雪や氷で、野山をまっ白にした代りに、私は、赤い花や、みどりの若草で、野山をかざって見せよう。」
 

    二十五 羽衣 

 白いはまべの
 松原に、
 波がよったり、
 かへったり。

 かもめすいすい
 とんで行く、
 空にかすんだ
 富士の山。

      
一人の漁夫が、みほの松原へ出て來ます。
漁夫「今日は、よいお天氣だ。なんとまあ、よいけしきだらう。」
      
けしきに見とれながら歩いてゐますと、どこからか、よいにほひ
      がして來ます。見ると、向かふの松の枝に、きれいな物がかかっ
      てゐます。
漁夫「あれは何だらう。」
      
漁夫は、そばへよってよく見ます。
漁夫「着物だな。こんなきれいな着物は、見たことがない。持ってかへって、
   うちのたからにしよう。」
      
漁夫は、その着物を取って、持って行かうとします。
      松の木の後から、一人の女が出て來ます。
女 「もし、それは私の着物でございますが、どうなさるのでございますか。」
漁夫「いや、これは私が拾ったのです。持ってかへって、うちのたからにしよ
   うと思います。」
女 「それは、天人の羽衣と申しまして、あなたがたにはご用のない物でござ
   います。どうぞ、お返しくださいませ。」
漁夫「天人の羽衣なら、なほさらお返しはできません。この國のたからにいた
   します。」
天人「それがないと、天へかへることができません。どうぞ、お返しください
   ませ。」
漁夫「いや、返されません。」
      
天人は、悲しさうな顔をして、じっと空を見あげます。天人の
      しをれたやうすを見て、
漁夫「おきのどくですから、羽衣をお返しいたしませう。」
天人「それは、ありがたうございます。では、こちらへいただきませう。」
漁夫「お待ちください。天人のまひを、まって見せていただけませんか。」
天人「それでは、お禮にまひませう。でも、その羽衣がないと、まふことがで
   きません。」
漁夫「といって、羽衣をお返ししたら、あなたは、まはずにかへっておしまひ
   になるでせう。」
天人「天人は、うそといふものを知りません。」
漁夫「ああ、これは、はづかしいことを申しました。」
      
漁夫は羽衣を返します。天人は、それを着て、靜かにまひます。
天人「月の都の天人たちは、
   みんなそろってまひ上手。

   遒ぐ瓩里修蹐劼任泙佞函
   月はまっ遒笋澆量襦

   白い衣のそろひでまふと、
   月は十五夜まんまるい。」
      
天人は、まひながら、だんだん天へのぼって行きます。
 
右に、左に
 ひらひらと、
 ゆれるたもとが
 美しい。

 白いはまべの
 松原に、
 波がよったり、
 かへったり。

 いつのまにやら
 天人は、
 春のかすみに
 つつまれて、

 かもめすいすい
 とんで行く、
 空にほんのり
 富士の山。



 

(漢字表)
  富 士 平 洋 世 界 勢 午 困 半 集 名
  麥 豆 讀 頭 遏〇 書 帝 加 賀 合 稻
  徒 友 元 結 席 腰 征 孫 菊 治 節 皇
  陛 線 意 聲 追 負 育 嫁 晩 眺 泣 悲
  迎 別 安 申 守 弓 番 恩 腹 打 親 滿
  洲 島 匹 岩 寒 羽 指 晝 包 住 場 細
  棒 鏡 受 窓 毛 孝 娘 物 餅 供 床 昭
  知 錢 始 營 服 着 所 札 武 舎 休 烏
  兎 陸 仲 多 渡 樣 主 兄 降 骨 糸 
  度 福 内 鬼 拾 數 胸 院 爭 枕 支 那
  卵 肉 荷 銃 過 語 押 久 段 官 笛 桃
  暖 終 眠 弱 芽 衣 漁 夫 返 靜     



                        (以上)

 

 



   (注) 1. 『よみかた 四』の教科書は、著作権所有 著作兼発行者 文部省・昭和16年8月4日
         発行。印刷所は、共同印刷株式会社となっています。
          これは、『複刻 国定教科書(国民学校期)』(ほるぷ出版刊、昭和57年2月1日)に
         よりました。原本所蔵は、中村紀久二氏の由です。
        2. 「漢字表」の漢字の下に括弧をつけて記してあるページの数字は、省略しました。
        3.  資料105に 『ヨミカタ 一』の本文(全文) があります。
                     資料106に 『ヨミカタ 二』の本文(全文) があります。
             資料144に 『よみかた 三』の本文(全文) があります。
           資料154に 『初等科國語 一』の本文(全文) があります。
           資料156に 『初等科國語 二』の本文(全文) があります。
   
                     資料179に 『初等科國語 三』の本文(全文) があります。
                     資料186に 『初等科國語 四』の本文(全文) があります。
                資料189に 『初等科國語 五』の本文(全文) があります。
                     資料196に 『初等科國語 六』の本文(全文) があります。
            資料199に 『初等科國語 七』の本文(全文) があります。
           資料210に 『初等科國語 八』の本文(全文) があります。    

 



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