資料72 種梅記(原文)
                



         
種 梅 記
 

 

種梅記
予自少愛梅庭植數十株天保癸巳始就國國中梅樹最
少南上之後毎歳手自採梅實以輸於國使司園吏種之
偕樂園及近郊隙地今茲庚子再就國所種者鬱然成林
開華結實適會弘道館新成乃植數千株於其側又令國
中士民毎家各植數株夫梅之爲物華則冒雪先春爲風
騒之友實則含酸止渇爲軍旅之用嗚呼有備者无患數
歳之後文葩布國軍儲亦可充積也孟子不云乎七年之
病求三年之艾可不戒哉聊記以示後人云
天保十一年歳次庚子冬十月 景山撰文并書及篆額

                

 



 

   注    1.本文は、本川桂川編著『金石文化の研究 第三集』(金石文化研究会、1951年
         1月刊)
によりました。 ただし、碑文の本文1行目上から9字めの「千」を、関孤
        圓著『
梅と歴史に薫る 水戸の心』(川又書店、昭和45年1月1日発行)、その他の本文
        によって、「十」と改めました。
       2.改行は碑文の通りにしてあります。
        3.上掲の関孤圓著『
梅と歴史に薫る 水戸の心』所収の「種梅記」とも照合しました
        が、碑文の本文5行目上から7字めの「植」が、『
梅と歴史に薫る 水戸の心』では
        「種」になっています。
       4.「種梅記」の碑は、弘道館の鹿島神社社殿のわきに建っています。高さ約
        190cmの碑石は、屋根で覆われていますが、かなり損傷しています。弘道館
        内に「種梅記」の拓本があって、碑の文面が見られる由です。
       5.「種梅記」の碑文の文字数は、初めに「種梅記」の3字、本文は171字、年月
        撰文者名等が21字で、合計195字となっています。上部に、「種梅記」の篆額
        の文字があります。
       6.弘道館にある碑の前の立札には、次のような解説が記されています。
               種梅記碑
          この碑は徳川斉昭(烈公)が天保四年(1833)就藩したと
          き、領内に梅が少ないことを知り、江戸屋敷の梅の実を集
          め、水戸に送って育苗し、偕楽園や弘道館、さらに領民の
          家々まで植えさせた由来を記してあります。また、梅は花
          を観賞するばかりでなく、その実は戦いのときの副食として
          役立つので蓄えておくようにといった梅の効用についても
          述べてあります。
          碑文は、烈公の自選で、碑は天保十二年(1841)に建てら
          れたものです。 

       7. 次に「種梅記」の書き下し文を示してみます。 
(読み仮名は、現代仮名遣いで示し
          ました。)  

 

種梅記
予少
(わか)きより梅を愛し、庭に數十株を植う。天保癸巳、始めて國に就く。國中に梅樹最も少なし。南上の後、歳毎(としごと)に手づから梅の實を採り、以て國に輸(おく)り、司園の吏(り)をして之(これ)を偕樂園及び近郊の隙地(げきち)に種(う)ゑしむ。今茲(ことし)庚子、再び國に就く。種うる所の者、鬱然として林を成し、華を開き實を結ぶ。適々(たまたま)弘道館の新たに成るに會ひ、乃(すなわ)ち數千株を其の側(かたわら)に植ゑ、又國中の士民に令して家毎に各々數株を植ゑしむ。夫(そ)れ梅の物たる、華は則ち雪を冒(おか)して春に先んじて風騒の友と爲(な)り、實は則ち酸を含んで渇(かわ)きを止(とど)め軍旅の用と爲る。嗚呼、備へ有らば患(うれ)ひ无(な)し。數歳の後、文葩(ぶんぱ)國に布(し)き、軍儲(ぐんちょ)も亦充積すべきなり。孟子云はずや、「七年の病に三年の艾(もぐさ)を求む」と。戒めざるべけんや。聊(いささ)か記して以て後人に示すと云ふ。
天保十一年、歳
(とし)庚子に次(やど)る冬十月 景山撰文并びに書及び篆額


(語注)天保癸巳……天保4(1833)年。
    南上………江戸に上
(のぼ)ること。
    庚子………天保11(1840)年。
    風騒………詩歌・文章を作ること。また、そのような
       風雅なおもむき。
    文葩………諸橋轍次氏の『大漢和辞典』巻5、591頁に
       「文葩 ぶんぱ。美しい花。〔川齊昭、種梅記〕
       文葩布
國。」と出ています。  
    軍儲………戦時のたくわえ。
    七年の病に云々……『孟子』離
婁上にある言葉。猶七年
       之病求三年之艾也。(
猶ほ七年の病に三年の艾
       を求むるがごときなり。)七年の長い病に、三
       年も乾かした艾
(もぐさ)を急に求めて灸をすえ、
       治そうとするようなものだ。すぐの間には合わ
       ないことをいう。

 

 

        8. 『くろばね商店会』というサイトで、「種梅記碑」の写真が見られます。
                        
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