資料408 源義経「腰越状」(『吾妻鏡』による)
腰 越 狀 源 義 經
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左衛門少尉源義經乍恐申上候意趣者被撰御代官其一爲 勑宣之御使傾 朝敵顯累代弓箭之藝雪會稽耻辱可被抽賞之處思外依虎口讒言被默止莫太之勲功義經無犯而蒙咎有功雖無誤蒙御勘氣之間空沈紅涙倩案事意良藥苦口忠言逆耳先言也因茲不被糺讒者實否不被入鎌倉中之間不能述素意徒送數日當于此時永不奉拜恩顔骨肉同胞之儀既似空宿運之極處歟將又感先世之業因歟悲哉此條故亡父尊靈不再誕給者誰人申披愚意之悲歎何輩垂哀憐哉事新申狀雖似述懷義經受身體髮膚於父母不經幾時節故頭殿御他界之間成孤被抱母之懷中赴大和國宇多郡龍門之牧以來一日片時不住安堵之思雖存無甲斐之命京都之經廻難治之間令流行諸國隱身於在々所々爲栖邊土遠國被服仕土民百姓等然而幸慶忽純熟而爲平家一族追討令上洛之手合誅戮木曾義仲之後爲責傾平氏或時峨々巖石策駿馬不顧爲敵亡命或時漫々大海凌風波之難不痛沉身於海底懸骸於鯨鯢之鰓加之爲甲冑於枕爲弓箭於業本意併奉休亡魂憤欲遂年來宿望之外無他事剩義經補任五位尉之条當家之面目希代之重職何事加之哉雖然今愁深歎切自非佛神御助之外者爭達愁訴因茲以諸神諸社牛王寶印之裏不插野心之旨奉請驚日本國中大小神祇冥道雖書進數通起請文猶以無御宥免我國神國也神不可禀非禮所憑非于他偏仰貴殿廣大之御慈悲伺便冝令達高聞被廻秘計被優無誤之旨預芳免者及積善之餘慶於家門永傳榮花於子孫仍開年來之愁眉得一期之安寧不書盡愚詞併令省略候畢欲被垂賢察義經恐惶謹言 左衛門の少尉(せうじよう)源義經、恐れ乍(なが)ら申し上げ候。意趣は、御代官の其の一(ひとつ)に撰ばれ、勅宣の御使(おんつかひ)と爲(な)りて朝敵を傾(かたむ)け、累代(るいだい)弓箭(きゆうせん)の藝を顯はし、會稽(くわいけい)の耻辱を雪(すす)ぐ。抽賞を被(かうむ)るべきの處に、思ひの外(ほか)虎口の讒言(ざんげん)に依つて莫太(ばくだい)の勲功を默(もだ)し止(や)めらる。義經犯すこと無くして咎(とが)を蒙(かうむ)る。功有りて誤り無しと雖(いへど)も、御勘氣(ごかんき)を蒙るの間(あひだ)、空しく紅涙に沈む。倩(つらつら)事の意(こころ)を案ずるに、良藥口に苦く、忠言耳に逆(さか)ふ先言なり。茲(これ)に因つて、讒者(ざんしや)の實否(じつぷ)を糺(ただ)されずして、鎌倉中(かまくらぢう)に入れられざるの間、素意を述ぶること能はず。徒(いたづ)らに數日を送る。此の時に當つて、永く恩顔を拜し奉らざれば、骨肉同胞の儀、既に空しきに似たり。宿運の極まる處か、將又(はたまた)先世(ぜんぜ)の業因(ごふいん)を感ずるか。悲しい哉。此の條、故亡父の尊靈再誕(さいたん)し給はざれば、誰人(たれひと)か愚意の悲歎を申し披(ひら)き、何(いづ)れの輩か哀憐(あいれん)を垂れんや。事新しき申し狀、述懷に似たりと雖も、義經、身體髮膚(しんたいはつぷ)を父母に受け、幾時節(いくじせつ)を經ず。故頭殿(こ・かうどの)御他界の間、孤(みなしご)と成り、母の懷(ふところ)の中に抱(いだ)かれ、大和の國宇多の郡(こほり)龍門の牧(まき)に赴きしより以來(このかた)、一日片時(へんし)も安堵の思ひに住せず、甲斐無きの命を存(ながら)ふと雖も、京都の經廻(けいぐわい)難治の間、諸國に流行せしめ、身を在々所々に隱し、邊土遠國(へんどをんごく)を栖(すみか)と爲(な)して、土民百姓等(ら)に服仕(ぶくじ)せらる。然れども幸慶(かうけい)忽ち純熟して平家の一族追討の爲に、上洛せしむるの手合(てあひ)に、木曾義仲を誅戮(ちうりく)するの後、平氏を責め傾けん爲(ため)に、或る時は峨々たる巖石(がんせき)に駿馬を策(むちう)ち、敵の爲に亡命を顧みず、或る時は漫々たる大海に風波の難を凌(しの)ぎ、身を海底に沉(しづ)めんことを痛まず、骸(かばね)を鯨鯢(けいげい)の鰓(あぎと)に懸く。加之(しかのみならず)甲冑(かつちう)を枕と爲し、弓箭(きうせん)を業(わざ)と爲す本意(ほい)は、併(しか)しながら亡魂の憤りを休め奉り、年來の宿望を遂げんと欲するの外(ほか)、他事無し。剩(あまつさ)へ義經五位の尉(じよう)に補任(ふにん)せらるの条、當家の面目、希代(きたい)の重職、何事か之(これ)に如(し)かんや。然(しか)りと雖も、今愁へ深く歎き切なり。自(みづか)ら佛神の御助(おんたすけ)に非(あら)ざるの外は、爭(いかで)か愁訴を達せん。茲(これ)に因(よ)つて諸神諸社の牛王寶印(ごわうほういん)の裏(うら)を以て、野心を插(さしはさ)まざるの旨、日本國中大小の神祇(じんぎ)の冥道(みやうだう)を請(しやう)じ驚かし奉り、數通(すつう)の起請文(きしやうもん)を書き進(まゐ)らすと雖も、猶ほ以て御宥免(ごいうめん)無し。我が國は神國なり。神は非禮を禀(う)くべからず。憑(たの)む所は他に非ず、偏(ひとへ)に貴殿の廣大の御慈悲を仰ぐ。便冝(びんぎ)を伺ひ高聞に達せしめ、秘計を廻(めぐ)らされ、誤(あやまり)無きの旨を優ぜられ、芳免に預からば、積善(しやくぜん)の餘慶を家門に及ぼし、永く榮花を子孫に傳へよ。仍(よ)つて年來の愁眉(しうび)を開き、一期(いちご)の安寧を得んこと、愚詞を書き盡(つく)さず。併(しか)しながら省略せしめ候ひ畢(おは)んぬ。賢察を垂れられんことを欲す。義經、恐惶謹しんで言(まを)す。 |
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(注) 1. この「源義経「腰越状」(『吾妻鏡』による)」の本文は、国文学研究資料館に出ている |