資料455 平家物語「大地震」(巻第十二より)

     
  
    
 
      
平家物語「大地震(だいぢしん)」    巻第十二より
 

 

   平家みなほろびはてて、西國(さいこく)もしづまりぬ。國は國司にしたがひ、庄は領家(りやうけ)のまゝなり。上下安堵しておぼえし程に、同(おなじき)七月九日(ここのかのひ)の午刻(むまのこく)ばかりに、大地(だいぢ)おびたゝしくうごいて良(やゝ)久し。赤縣(せきけん)のうち、白河のほとり、六勝寺皆やぶれくづる。九重(くぢう)の塔もうへ六重(ろくぢう)ふりおとす。得長壽院(とくぢやうじゆゐん)も三十三間(げん)の御堂(みだう)を十七間(けん)までふりたうす。皇居をはじめて人々の家々、すべて在々所々の神社佛閣、あやしの民屋(みんをく)、さながらやぶれくづる。くづるゝ音はいかづちのごとく、あがる塵(ちり)は煙(けぶり)のごとし。天暗うして日の光も見えず。老少ともに魂(たましゐ)をけし、朝衆(てうしゆ)(ことごと)く心をつくす。又遠國近國(をんごくきんごく)もかくのごとし。大地(だいぢ)さけて水わきいで、磐石(ばんじやく)われて谷へまろぶ。山くづれて河をうづみ、海たゞよひて濱をひたす。汀(みぎは)こぐ船はなみにゆられ、陸(くが)ゆく駒は足のたてどをうしなへり。洪水みなぎり來(きた)らば、岳(をか)にのぼ(ツ)てもなどかたすからざらむ、猛火もえ來(きた)らば、河をへだててもしばしもさんぬべし。たゞかなしかりけるは大地震(だいぢしん)なり。鳥にあらざれば空をもかけりがたく、龍(れう)にあらざれば雲にも又のぼりがたし。白河・六波羅、京中(きやうぢう)にうちうづまれてしぬるものいくらといふかずをしらず。四大種(しだいしゆ)の中に水(すゐ)(くわ)(ふう)は常に害をなせども、大地(だいぢ)にをいてはことなる變を(ノ)なさず。こはいかにしつる事ぞやとて、上下(じやうげ)遣戸(やりど)障子(しやうじ)をたて、天のなり地のうごくたびごとには、只今ぞしぬるとて、こゑごゑに念佛申(まうし)おめきさけぶ事おびたゝし。七八十・九十(くじふ)の者も世の滅するな(ン)どいふ事は、さすがけふあすとはおもはずとて、大(おほき)に驚(おどろき)さはぎければ、おさなきもの共も是(これ)をきいて、泣(なき)かなしむ事限りなし。法皇はそのおりしも新熊野(いまぐまの)へ御幸(ごかう)(ツ)て、人多くうちころされ、觸穢(しよくゑ)いできにければ、いそぎ六波羅殿へ還御(くわんぎよ)なる。道すがら君も臣もいかばかり御心(みこゝろ )をくだかせ給ひけん。主上(しゆしやう)は鳳輦(ほうれん)にめして池の汀(みぎは)へ行幸(ぎやうがう)なる。法皇は南庭にあく屋をたててぞましましける。女院(にようゐん)・宮々は御所共(ごしよども)皆ふりたおしければ、或(あるは)御輿(おんこし)にめし、或(あるは)御車(おんくるま)にめして出(いで)させ給ふ。天文博士(はかせ)ども馳(はせ)まい(ツ)て、「よさりの亥(ゐ)(ね)の刻にはかならず大地(だいぢ)うち返すべし」と申せば、おそろしな(ン)どもをろかなり。
 昔文德(もんどく)天皇の御宇(ぎよう)、齊衡(さいかう)三年三月八日(やうかのひ)大地震(だいぢしん)には、東大寺の佛の御(み)くしをふりおとしたりけるとかや。又天慶(てんぎやう)二年四月(しんぐわつ)五日(いつかのひ)の大地震には、主上(しゆしやう)御殿をさ(ツ)て常寧殿(じやうねいでん)の前に五丈のあく屋をたててましましけるとぞうけ給はる。其(それ)は上代の事なれば申(まうす)にをよばず。今度(こんど)の事は是(これ)より後(のち)もたぐひあるべしともおぼえず。十善帝王(じうぜんていわう)都を出(いで)させ給(たまひ)て、御身を海底にしづめ、大臣公卿大路(おほち)をわたしてその頸(くび)を獄門にかけらる。昔より今に至るまで、怨靈(をんりやう)はおそろしき事なれば、世もいかゞあらんずらむとて、心ある人の歎(なげき)かなしまぬはなかりけり。

 

 

           

  
(注) 1.上記の「平家物語「大地震」(巻第十二より)」の本文は、日本古典文学大系33『平家物語 下』
      (高木市之助・小澤正夫・渥美かをる・金田一春彦・校注、岩波書店・昭和35年11
月5日第1刷発
        行、昭和38年10月30日第3刷発行
)に拠りました。
      2. 日本古典文学大系の凡例に、「本書の本文は龍谷大学図書館所蔵の平家物語を底本とし、章
      節を分ち、段落を切り、句読点の類を施し、傍らに漢字・仮名を振り、清濁を区別し、文字を若干改
      めた」、「校合には主として高良神社本と寂光院本とを用い、云々」「底本の仮名遣は一切改めな
      い」「片仮名は原則として平仮名に改めた」等とあります。詳しくは、同書を参照してください。
      3. 資料365に、同じ地震を取り上げた「方丈記(大地震)」があります。
      4. 『理科年表 平成23年(東京天文台編、平成22年11月30日・丸善株式会社発行)の「日本付近のお
      もな被害地震年代表」によれば、この平家物語や方丈記に記された元暦2年の地震は次の通り
      です。
(表記を変えてあります。)

          発生年月日 :〔日本暦〕元暦2年(文治元年)7月9日 (〔西暦〕1185年8月13日)
           震源の位置 : 北緯 35.0度 東経 135.8度 
           マグニチュード: (約) 7.4 
          地   域 : 近江、山城、大和 
          被  害 : 京都、特に白河辺の被害が大きかった。、社寺・家屋の倒潰破損多く、
                死者多数。宇治橋落ち、死者1。9月まで余震多く、特に8月12日の強い
                余震では多少の被害があった。

              因みに、1995年(平成7年)1月17日に起こった阪神・淡路大震災は、
                  震度 7
                  マグニチュード 7.3
              2011年(平成23年)3月11日に起こった東日本大震災は、
                  震度 7
                  マグニチュード 9.0             
       だったそうです。震度7は、地震階級の最大の震度です。

        参考 : 気象庁の震度階級は「震度0」「震度1」「震度2」「震度3」「震度4」「震度5弱」「震度5強」
                              「震度6弱」「震度6強」「震度7」の10階級となっています。
      5. 気象庁のホームページに、「気象庁震度階級関連解説表」があります。
         
 ( PDF形式 235KBの「気象庁震度階級関連解説表」もあります。)
      6. 『東京大学地震研究所 地震予知研究センター』のホームページがあります。
      7. フリー百科事典『ウィキペディア』に、「平家物語」の項があります。





 
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