資料365 方丈記(大地震)



        方丈記      大地震

   また、おなじころかとよ、おびたゝしくおほなゐふること侍(り)き。
  そのさま、よのつねならず。山はくづれて河をうづみ、海はかたぶきて陸地(ろくじ)をひたせり。土さけて水わきいで、いはほわれて谷にまろびいる。なぎさこぐ船は波にたゞよひ、道ゆく馬はあしのたちどをまどはす。みやこのほとりには、在々所々(ざいざいしよしよ)、堂舍塔廟(だうしやたふめう)、ひとつとしてまたからず。或はくづれ、或はたふれぬ。ちりはひたちのぼりて、さかりなる煙の如し。地のうごき、家のやぶるゝおと、いかづちにことならず。家の内にをれば、忽(たちまち)にひしげなんとす。はしりいづれば、地われさく。はねなければ、そらをもとぶべからず。龍ならばや、雲にものらむ。おそれのなかにおそるべかりけるは、只(ただ)地震(なゐ)なりけりとこそ覺え侍(り)しか。
 かく、おびたゝしくふる事は、しばしにてやみにしかども、そのなごり、しばしはたえず。よのつね、おどろくほどのなゐ、二三十度ふらぬ日はなし。十日・廿日すぎにしかば、やうやうまどほになりて、或は四五度、二三度、若(もし)は一日(ひとひ)まぜ、二三日に一度など、おほかたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。
 四大種(しだいしゆ)のなかに、水(すい)・火(くわ)・風(ふう)はつねに害をなせど、大地にいたりてはことなる変(へん)をなさず。昔、齊衡(さいかう)のころとか、おほなゐふりて、東大寺の仏のみぐしおちなど、いみじき事どもはべりけれど、なほこのたびにはしかずとぞ。すなはちは、人みなあぢきなき事をのべて、いさゝか心のにごりもうすらぐとみえしかど、月日かさなり、年へにしのちは、ことばにかけていひいづる人だになし。
 すべて世中(よのなか)のありにくゝ、わがみとすみかとの、はかなく、あだなるさま、またかくのごとし。いはむや、所により、身のほどにしたがひつゝ、心をなやます事は、あげて不可計(かぞふべからず)。



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  漢字を多く当てて、読みやすくした本文を、次に示します。



  また、同じころかとよ、おびたゝしく大地震(おほなゐ)ふること侍りき。
 そのさま、よのつねならず。山は崩れて河を埋(うづ)み、海は傾(かたぶ)きて陸地(ろくじ)をひたせり。土裂(さ)けて水涌(わ)き出(い)で、巖(いはほ)割れて谷にまろび入(い)る。なぎさ漕ぐ船は波にたゞよひ、道行(ゆ)く馬はあしの立(た)ちどをまどはす。都のほとりには、在々所々(ざいざいしよしよ)、堂舍塔廟(だうしやたふめう)、一つとして全(また)からず。或は崩れ、或は倒(たふ)れぬ。塵灰(ちりはひ)たちのぼりて、盛りなる煙の如し。地の動き、家のやぶるゝ音、雷(いかづち)にことならず。家の内にをれば、忽(たちまち)にひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも乘らむ。恐れの中に恐るべかりけるは、たゞ地震(なゐ)なりけりとこそ覺え侍りしか。
 かく、おびたゝしくふる事は、しばしにて止(や)みにしかども、その余波(なごり)、しばしは絶えず。よのつね、驚くほどの地震(なゐ)、二三十度ふらぬ日はなし。十日・廿日過ぎにしかば、やうやう間遠(まどほ)になりて、或は四五度、二三度、もしは一日(ひとひ)まぜ、二三日に一度など、大かたその余波(なごり)、三月ばかりや侍りけむ。
 四大種(しだいしゆ)の中に、水(すい)・火(くわ)・風(ふう)は常に害をなせど、大地に至りては異(こと)なる変をなさず。昔、齊衡(さいかう)のころとか、大地震(おほなゐ)ふりて、東大寺の仏の御首(みぐし)落ちなど、いみじき事ども侍りけれど、猶(な)ほこの度(たび)には如(し)かずとぞ。すなはちは、人皆あぢきなき事を述べて、いさゝか心の濁(にご)りもうすらぐと見えしかど、月日かさなり、年經(へ)にしのちは、言葉にかけて言ひ出づる人だになし。
 すべて世の中のありにくゝ、我が身と栖(すみか)との、はかなく、あだなるさま、またかくのごとし。いはむや、所により、身の程にしたがひつゝ、心をなやます事は、あげて計(かぞ)ふべからず。 


  (注) 1.   上記の「方丈記(大地震)」の本文は、日本古典文学大系30『方丈記 徒然草』(西尾實・校注、岩波書店・昭和32年6月5日第1刷発行、昭和39年2月15日第8刷発行)の「方丈記」に拠りました。
 日本古典文学大系の凡例に、「古典保存会複製大福光寺本方丈記を底本とした」、「育徳財団複製前田家本方丈記および古典文庫複製一条兼良本方丈記によって校訂を加えた」、「底本は漢字と片仮名のつづけ書きで、段落を切らず、濁点・句読点もないが、本書では片仮名を平仮名に改め、校注者の見解によって、章を分け、段落を切り、濁点・句読点を施した」、「本文の仮名遣は歴史的仮名遣に統一した」、「底本の送り仮名が不足で読みにくいと思われる場合は、それを補い、( )に入れた」とあります。   
   
    2.   日本古典文学大系本の「校異」に、次のようにあります(同書、48頁)。

 〇「只地震なりけりとこそ覺え侍りしか」の次に兼良本には次のような文がある。句読点は読解の便宜をはかって校注者がほどこした。

 「其中に或武者ひとり子の六七はかりに侍りしか、ついちのおほひの下にこ家をつくりて、はかなけなるあとなし事をしてあそひ侍しか、俄にくつれうめられて、あとかたなくひらにうちひさかれて、二の目なと一寸はかりつゝうちいたされたるを、父母かゝへてこゑをおしますかなしみあひて侍しこそ、哀にかなしく見侍りしか、子のかなしみには、たけき物も恥をわすれたりとおほえて、いとをしくことわりかなとそ見侍りし。」(兼)

 これを、普通の表記に改めて記しておきます。

 「その中に、或る武者(もののふ)、ひとり子の六つ七つばかりに侍りしが、築地(ついぢ)のおほひの下に小家(こや)を作りて、はかなげなる跡なし事をしてあそび侍りしが、俄かにくづれ埋(う)められて、あとかたなく、平(ひら)にうちひさがれて、二つの目など一寸ばかりづゝうち出(いだ)されたるを、父母かゝへて聲をおしまず悲しみあひて侍りしこそ、哀れにかなしく見侍りしか。子のかなしみには、たけき者も恥を忘れたりとおぼえて、いとほしく、ことわりかなとぞ見侍りし。」
   
    3.   〇方丈記(ほうじょうき)=鎌倉初期の随筆。鴨長明著。1巻。1212年(建暦2)成る。仏教的無常観を基調に種々実例を挙げて人生の無常を述べ、ついに隠遁して日野山の方丈の庵に閑居するさまを記す。簡潔・清新な和漢混淆(こんこう)文の先駆。略本がある。   
 〇鴨長明(かも・の・ちょうめい)=鎌倉前期の歌人。菊大夫と称。下鴨神社の禰宜(ねぎ)の家に生まれ、管弦の道にも通じた。和歌を俊恵(しゅんえ)に学び、1201年(建仁1)和歌所寄人(よりうど)に補任、04年に出家、法名、蓮胤。大原山に隠れ、のち日野の外山(とやま)に方丈の庵を結び著作に従った。著「方丈記」「発心集」「無名抄」など。かものながあきら。(1155?-1216)  (以上、『広辞苑』第6版による。)   
   
    4.   『理科年表 平成23年』(東京天文台編、平成22年11月30日・丸善株式会社発行)の「日本付近のおもな被害地震年代表」によれば、方丈記に記された元暦2年の地震は次の通りです。(表記を変えてあります。)

元暦2年の地震
 発生年月日 :〔日本暦〕元暦2年(文治元年)7月9日 (〔西暦〕1185年8月13日)
 震源の位置 : 北緯 35.0度 東経 135.8度 
 マグニチュード: (約) 7.4 
 地   域 : 近江、山城、大和 
 被  害 : 京都、特に白河辺の被害が大きかった。、社寺・家屋の倒潰破損多く、死者多数。宇治橋落ち、死者1。9月まで余震多く、特に8月12日の強い余震では多少の被害があった。

因みに、1995年(平成7年)1月17日に起こった阪神・淡路大震災は、
 震度 7
 マグニチュード 7.3

2011年(平成23年)3月11日に起こった東日本大震災は、
 震度 7
 マグニチュード 9.0             

だったそうです。震度7は、地震階級の最大の震度です。

 参考 : 気象庁の震度階級は「震度0」「震度1」「震度2」「震度3」「震度4」「震度5弱」「震度5強」「震度6弱」「震度6強」「震度7」の10階級となっています。
   
    5.   気象庁のホームページに、「気象庁震度階級関連解説表」があります。( PDF形式 235KBの「気象庁震度階級関連解説表」もあります。)    
    6.  『東京大学地震研究所 地震予知研究センター』のホームページがあります。        
    7.  資料453に、「鴨長明『方丈記』」があります。     
    8.   岩波文庫『新訂 方丈記』(市古貞次・校注、1989年5月16日発行)の紹介文には、「長明自筆といわれる大福光寺本のすべての影印と翻字を付した」とあります。
 なお、ワイド版岩波文庫『新訂 方丈記』もあります。      
   
    9.   岩波書店からは、新日本古典文学大系『方丈記 徒然草』(佐竹明広・久保田淳 校注、1989年1月12日発行)も出ています。    
    10.  フリー百科事典『ウィキペディア』に、「方丈記」の項があります。    
11.  青空文庫にも、『國文大観 日記草子部』(明文社・1906(明治39)1月30日初版発行、1909(明治42)年10月12日再版発行)を底本とした『方丈記』の本文があります。
    12.   『新訂校註 日本文學大系 第二巻 』(監修:久松潜一・山岸徳平、風間書房・昭和30年4月15日発行)の中に、『土佐日記・和泉式部日記・更級日記・清少納言枕草子・方丈記・方丈記(彰考館本)・徒然草』があります。
 この本は『国立国会図書館デジタルコレクション』で見られますが、見るためには利用者登録をして、個人サービスを利用する必要があります。
   
    13.  『国書データベース』宮内庁書陵部所蔵の『方丈記』を見ることができます。    
    14.   駒澤大学総合教育研究部日本文化部門『情報言語学研究室』のホームページでも『方丈記』の本文が見られます。
   
    15.  萩原義雄氏の「鴨長明自筆本『方丈記』について」という論文があります。    
    16.  『方丈記DB』というホームページで、『方丈記』の本文と現代語訳・語釈等が見られます。    







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