資料39 万葉集の「戯書」(戯訓)                                     

                                                                    
          
万葉集の「戯書」(戯訓)について

 
  わが国の現存最古の歌集『万葉集』(全20巻)は、7~8世紀の、
 短歌を主として長歌・旋頭歌・仏足石歌を含む歌約4500首を収めて
 いるが、そのころ日本にはまだ固有の文字がなかったので、歌はす
 べて漢字を用いて表記されている。いわゆる「万葉仮名」である。
  万葉集における万葉仮名の漢字の使い方を見ると、漢字を表音文
 字としてその音を借りる方法と、漢字を表意文字として訓読する方
 法とがあるが、その用字法にはさまざまな工夫が見られ、単純では
 ない。
  ここでは、そのうちのいわゆる「戯書」
(戯訓)といわれる用字
 法を取り上げて、まとめてみた。
  ただ、戯書
(戯訓)については、どこまでを戯書(戯訓)と見るか
 について、当然人によって見解の分かれるところがあるので、その
 点お読みいただく際に留意していただきたい。

   [付記] 不備な点が多いと思いますが、徐々に整備して
      いきたいと考えています。
       お気づきの点をお知らせいただければ幸いです。


    戯書=万葉集の用字法。漢字の形態・意義を自由に利用し
      て遊戯的・技巧的にそれを使用したもの。
      
<引用者注:例は省略しました。> (『広辞苑』第6版)

  
*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  
                    

 

  万葉集の「戯書」(戯訓)  
 
              
歌の終わりの( )内の漢数字は巻数を、
                     算用数字は国歌大観の番号を表します。

 

 

 

 

 

        目次                            
         1.文字上の戯れによるもの
         2.擬音語によるもの
         3.数の遊戯によるもの
         4.義訓の複雑なもの
         5.ゲームの用語によるもの
         6.その他
        
【解説】(1~6)
         [用例の補遺](用例以外の歌の番号)
        (付) その他の
戯書(戯訓)的表現のいくつか
        
(注)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1.文字上の戯れによるもの

 

 

 

 

 

   山上復有山

 

 

 

 

 

[用例] 虚蝉乃 世人有者 大王之 御命恐弥 礒城嶋能 日本国乃 
     石上 振里尓 紐不解 丸寐乎為者 吾衣有 服者奈礼奴  毎
       見 恋者雖益 色二山上復有山者 一可知美 冬夜之 明毛不
       得呼 五十母不宿二 吾歯曽恋流 妹之直香仁(九・1787)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.擬音語によるもの

 

 

 

 

 

  (1)神楽声・神楽・楽  (2)追馬  (3)喚犬 (4)喚鶏

 

 

 

 

 

  (5)馬声  (6)蜂音  (7)牛鳴   
[用例]
   (1)神楽声浪乃 四賀津之浦能 船乗尓 乗西意 常不所忘
                        (七・1398) 
      神楽浪之 志賀左射礼浪 敷布尓 常丹跡君之 所念有計類
                          (二・206)
     浪之 思賀乃辛碕 雖幸有 大宮人之 船麻知兼津
                         (一・30)
  (2)・(3)
     宮材引 泉之追馬喚犬二 立民乃 息時無 恋渡可聞
                       (十一・2645)
      音耳乎 聞而哉恋 犬馬鏡 直目相而 恋巻裳太口
                       (十一・2810)
   (4)朝扉開而 物念時尓 白露乃 置有秋芽子 所見喚鶏本名
                                    (八・1579)
   (5)・(6)
     垂乳根之 母我養蚕乃 眉隠 馬声蜂音石花蜘蛛荒鹿 
     異母二不相而(十二・2991)
          
   <注>「蜘蛛」の「蛛」は、原文「虫」に「厨」。
  (7)如是為哉 猶八戍牛鳴  大荒木之 浮田之社之 標尓不有
     尓(十一・2839)
 

 

 

 

 

 

3.数の遊戯によるもの
   (1)二々(二二)・重二・(並二)  (2)二五  (3)十六 
  (4)八十一  (5)三五 
   
(注)万葉集の「二二」の表記は、正確には「二々」の「々」が「こ」を押しつぶしたよう
      な形の踊り字になっています。
       なお、「並二」は『万葉代匠記』の「前」を「並」の誤字とする説によったものです
      が、この説は最近採用されていないようですので、( )を付けて出しておきました。

[用例]
  (1)瀧上之 御舟乃山尓 水枝指 四時尓生有 刀我乃樹能
     弥継嗣尓 万代 如是二々知三 三芳野之 蜻蛉乃宮者 
     神柄香 貴将有 国柄鹿 見欲将有 山川乎 清々 諾之
     神代従 定家良思母(六・907)
       
2か所の「々」は、「こ」を押しつぶしたような形の踊り字。
        御食向 淡路乃嶋二 直向 三犬女乃浦能 奥部庭 深海
         松採 浦廻庭 名告藻苅 深見流乃 見巻欲跡 莫告藻之
     己名惜三 間使裳 不遣而吾者 生友奈重二(六・946)
    鶏之鳴 東国尓 高山者 佐波尓雖有 朋神之 貴山乃
     儕立乃 見皃石山跡 神代従 人之言嗣 国見為 築羽乃
     山矣 冬木成 時敷時跡 不見而往者 益而恋石見 雪消
     為 山道尚矣 名積叙吾来並二(三・382)
           (「並二」は、『万葉代匠記』の説によるもの。)
  (2)狗上之 鳥籠山尓有 不知也河 不知二五寸許瀬 余名告
     奈(十一・2710)  
  (3)安見知之 和期大王波 見吉野乃 飽津之小野笶 野上者
     跡見居置而 御山者 射目立渡 朝獦尓 十六履起之 夕
     狩尓 十里蹋立 馬並而 御獦曽立為 春之茂野尓
                         (六・926)
  (4)若草乃 新手枕乎 巻始而 夜哉将間 二八十一不在国
                        (十一・2542)
  (5)飛鳥 明日香乃河之 上瀬 石橋渡 下瀬 打橋渡 石橋
     生靡留 玉藻毛叙 絶者生流 打橋 生乎烏礼流 川藻毛
     叙 干者波由流 何然毛 吾王能 立者 玉藻之母許呂 
     臥者 川藻之如久 靡相之 冝君之 朝宮乎 忘賜哉 夕
        宮乎 背賜哉 宇都曽臣跡 念之時 春部者 花折挿頭
     秋立者 黄葉挿頭 敷妙之 袖携 鏡成 雖見不厭 三五
     月之 益目頰染 所念之 君与時々 幸而 遊賜之 御食
     向 木缻*之宮乎 常宮跡 定賜 味沢相 目辞毛絶奴 
     然有鴨 綾尓憐 宿兄鳥之 片恋嬬 朝鳥 往来為君之  
         夏草乃 念之萎而 夕星之 彼往此去 大船 猶預不定見
         者 遣悶流 情毛不在 其故 為便知之也 音耳母 名耳
         毛不絶 天地之 弥遠長久 思将往 御名尓懸世流 明日
     香河 及万代 早布屋師 吾王乃 形見河此焉(二・196)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *缻=原文は「缶」と「瓦」が、左右逆の字。

 

 

 

 

4.義訓の複雑なもの

 

 

 

 

 

  (1)火  (2)義之・大王  (3)金
  (4)角  (5)烏  
[用例]
   (1)吾恋 嬬者知遠 往船乃 過而応来哉 事毛告
                       (十・1998)
       
   (2)印結而 我定義之 住吉乃 浜乃小松者 後毛吾松
                         (三・394)
      世間 常如是耳加 結大王 白玉之緒 絶楽思者
                         (七・1321)
 
   (3)野乃 美草苅葺 屋杼礼里之 兎道乃宮子能 借五百磯
       所念(一・7)
  (3)・(4)  
     百小竹之 三野王 厩 立而飼駒 厩 立而飼駒 草
     社者 取而飼曰 水社者 挹而飼曰 何然 大分青馬之 
     鳴立鶴(十三・3327)
 
   (5)寒過 暖来良思 朝指 滓鹿能山尓 霞軽引
                         (十・1844)

 

 

 

 

 

5.ゲームの用語によるもの
  (1)折木四
   (2)切木四  (3)一伏三起・一伏三向
  (4)三伏一向 (5)諸伏 
[用例]
  (1)真葛延 春日之山者 打靡 春去往跡 山匕丹 霞田名引
     高円尓 鸎鳴沼 物部乃 八十友能壮者 折木四哭之  来
        継比日 如此続 常丹有脊者 友名目而 遊物尾 馬名目而
        往益里乎 待難丹  吾為春乎 決巻毛 綾尓恐 言巻毛
        湯々敷有跡 予 兼而知者 千鳥鳴 其佐保川丹 石二生
        菅根取而 之努布草 解除而益乎 往水丹 潔而益乎  天皇
        之 御命恐 百礒城之 大宮人之 玉桙之 道毛不出  恋比
        日(六・948)
       
「湯々敷有跡」の「々」は、「こ」を押しつぶしたような形の踊り字。

   (2)左小壮鹿之 妻問時尓 月乎吉三 切木四之泣所聞 今時
         来等霜(十・2131)
 
   (3)梓弓 末中一伏三起 不通有之 君者会奴 嗟羽将息
                        (十二・2988)
         菅根之 根毛一伏三向凝呂尓 吾念有 妹尓縁而者 言之
      禁毛 無在乞常 斎戸乎 石相穿居 竹珠乎 無間貫垂
        天地之 神祇乎曽吾祈 甚毛為便無見(十三・3284)
 
   (4)春霞 田菜引今日之 暮三伏一向夜 不穢照良武 高松之
     野尓(十・1874)

   (5)吾恋者 千引乃石乎 七許 頸二将繋母 神之諸伏
                          (四・743)

 

      

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 6.その他
  (1)向南  (2)青頭鶏   (3)左右手・左右・二手・諸手
  (4)毛人髪   (5)水葱少熱  (6)味試  (7)水烏
  (8)丸雪   (9)変水  (10)西渡   (11)五十戸
  (12)言
[用例]
   (1)向南山 陳雲之 青雲之 星離去 月矣離而(二・161)

   (2)足檜之 山川水之 音不出 人之子姤 恋渡青頭鶏
                       (十二・3017)

   (3)大海尓 荒莫吹 四長鳥 居名之湖尓 舟泊左右手
                        (七・1189)
         国遠 直不相 夢谷 吾尓所見社 相日左右
                       (十二・3142)
     久方之 天漢原丹 奴延鳥之 裏歎座都 乏諸手
                        (十・1997)
     如是谷裳 妹乎待南 左夜深而 出来月之 傾二手
                       (十一・2820)

   (4)人言乎 繁三毛人髪三 我兄子乎 目者雖見 相因毛無
                       (十二・2938)

   (5)早去而 何時君乎 相見等 念之情 今曽水葱少熱
                       (十一・2579)

   (6)海之底 奥津白玉 縁乎無三 常如此耳也 恋度味試
                        (七・1323)

   (7)玉藻苅 辛荷乃嶋尓 嶋廻為流 水烏二四毛有哉 家不
     念有六 (六・943)

   (8)丸雪降 遠江 吾跡川楊 雖苅 亦生云 余跡川楊
                        (七・1293)

  (9)白髪生流 事者不念 変水者 鹿煮藻闕二毛 求而将行
                         (四・628)
       
原文の「煮」は、「者」の下に「火」の字。

  (10)東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡(一・48)

  (11)橘乎 守部乃五十戸之 門田早稲 苅時過去 不来跡為等霜
                          (十・2251)
  (12)明闇之 朝霧隠 鳴而去 鴈者恋 於妹告社(十・2129)  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解説】

 

 

 

 

 

1.文字上の戯れによるもの
    山上復有山=出
 

 

 

 

 

 

  山の上に山がある、ということで、「出」という漢字になります。
 歌では、「色二山上復有山者」で、「色に出(い)でば」となります。
   「見るごとに 恋はまされど 色に出でば 人知りぬべみ ……」
  「色に出づ」とは、心の中の思い、特に、秘めた恋心が表情やしぐ
 さに表れることをいいます。

  当時中国から来ていた『玉台新詠』巻十の古絶句四首の中に次の
 一首があります。
    藁砧今何在 山上復有山 何当大刀頭 破鏡飛上天
     (藁砧(かうちん)今何(いづく)にか在る。山上復た山有り。
     何(いつ)か当(まさ)に大刀の頭(かしら)なるべき。
     破鏡飛んで天に上るとき。)
  「藁砧」とは、藁を打つ台石のこと。美しい石を「玞」というので、
 藁砧で玞を暗示したものです。ところが、玞は夫と同音なので、藁砧で
 「夫」を指します。「山上復有山」は「出」。「大刀の頭」は大刀のか
 しら(頭)にあるもの、すなわち「環」。「環」は「還」と同音で、
 かえる意。「破鏡」は、円い鏡の欠けたもの、つまり、満月の欠けた
 月、即ち、ここでは満月(十五日)以後の欠けた月、すなわち十五日
 以後の月をいいます。
  一首の意味は、「夫は今どこにいるだろう。家から外に出ている。
 いつ帰ってくるだろう。月の半ばを過ぎたころであろう。」となりま
 す。
   この「山上復有山」の文字を、日本で模倣して、万葉集のこの歌で
 使っているわけです。
   
(漢詩については、日本古典文学大系 5 『萬葉集二』 の頭注によりまし
    た。ただし、漢詩の読みその他に一部手を加えてあります。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.擬音語によるもの

 

 

 

 

 

  (1)神楽声・神楽・楽=ささ  

 

 

 

 

 

   「ささなみ」(神楽声浪・神楽浪・楽浪)は、琵琶湖の西南沿岸地方
 の古名。神楽のはやしことばに、ササというのがあるので、「神楽声」
 を「ささ」と読むのだそうです。「神楽」「楽」はそれの略で、同じく
 「ささ」と読みます。
  「ささなみの」は、多く「志賀」にかかる枕詞として使われます。
    なお、巻十六・3887 に、「神楽良能小野」(ささらのをの)の例が
 あって、「ささなみ」以外の例として注目されます。

 

 

 

 

 


      
古事記中巻の歌謡が、「ささ」というはやしことばの例としてよく挙
 げられているので、古事記の本文を次に示しておきます。仲哀天皇の項
 です。 


          
於是還上坐時、其御祖息長帶日賣命、釀待酒以獻。爾其御祖
   御歌曰、
    許能美岐波 和賀美岐那良受 久志能加美 登許余邇伊麻 
    須 伊波多多須 須久那美迦微能 加牟菩岐 本岐玖流本
    斯 登余本岐 本岐母登本斯 麻都理許斯美岐叙 阿佐受
    袁勢 佐佐
   如此歌而、獻大御酒。爾建内宿禰命、爲御子答歌曰、
    許能美岐袁 迦美祁牟比登波 曾能都豆美 宇須邇多弖弖
    宇多比都都 迦美祁禮加母 麻比都都 迦美祁禮加母 許
    能美岐能 美岐能 阿夜邇宇多陀怒斯 佐佐
   此者酒樂之歌也。

    
(ここ)に還り上り坐(ま)しし時、其の御祖(みおや)息長帯
  
(おきながたらし)日売命(ひめのみこと)、待酒を醸(か)みて献ら
      しき。爾
(ここ)に其の御祖、御歌(みうた)(よ)みしたまひ
      しく、
    この御酒
(みき)は 我が御酒ならず 酒(くし)の司(かみ)
     
常世(とこよ)に坐(いま)す 石(いは)立たす 少名御神
    
(すくなみかみ)の 神寿(かむほ)き 寿(ほ)き狂ほし 豊
    寿
(ほ)き 寿(ほ)き廻(もとほ)し 献(まつ)り来(こ)
     
御酒ぞ 乾(あ)さず食(を)せ ささ
   とうたひたまひき。如此
(かく)歌ひて大神酒を献りたまひき。
     爾
(ここ)に建内宿禰命、御子の為に答へて歌曰(うた)ひけらく、  
     この御酒
(みき)を 醸(か)みけむ人は その鼓(つづみ)
      
臼に立てて 歌ひつつ 醸みけれかも 舞ひつつ 醸み
     けれかも この神酒の 神酒の あやにうた楽
(だの)
     ささ
   とうたひき。此
(こ)は酒楽(さかくら)の歌なり。
      
(日本古典文学大系1『古事記』昭和33年6月5日第1刷発行・
                昭和38年8月10日第5刷発行
による。同書236~239頁)
     

  
(2)追馬=そ (3)喚犬=ま
  馬を追うときの声「そ」、犬を呼ぶときの声「ま」によって、
 「追馬」を「そ」、「喚犬」を「ま」と読むということです。
  馬を追う声を「そ」ということについては、次の例があります。
   左奈都良能 乎可尓安波麻伎 可奈之伎我 古麻波多具等毛 
   和波素登毛波自(十四・3451)
 「左奈都良(さなつら)の岡に粟(あわ)蒔きかなしきが駒は食(た)
  ぐとも我(わ)は そ(素)ともはじ(ソとも追うまい)」
      (「もはじ」は「も追はじ」の約音。)
   口語訳は「左奈都良の岡に粟を蒔いて、いとしい人の馬が食べても、
  私はそれを「ソッ」と追ったりなどしません。」
 
   用例の「泉之追馬喚犬二」は、「泉の柮(そま)に」と読みます。
   「柮(そま)」は、樹木を植えつけて、材木を切り出す山のこと。
    「犬馬鏡」(2810・2980・3250)は「喚犬追馬鏡」(3324)の略
  で、「まそかがみ」と読みます。「まそかがみ」は、「ますかがみ」
  とも言い、「ますみのかがみ」の略です。きれいに澄んで、はっきり
  映る鏡のことです。

 (4)喚鶏=つつ 
   鶏を呼ぶとき、当時ツツtutuといったことによるといいます。「つ」
  は、今の「つ」と違って、「トゥ(tu)」という発音でしたから、
  「つつ」よりは「トト」に近い音だったでしょう。「つつ」は接続助詞で、
   例文の「白露乃 置有秋芽子 所見喚鶏本名」は「白露の置ける秋萩見え
   つつもとな」と読み、「白露の置いた秋萩が見えていて、よしなく愁いを
   そそることだ。(白露の置いた秋萩が目に入って仕方がない。)」という
  意味になります。
 
  (5)馬声=い  (6)蜂音=ぶ  
   「馬声」は、馬のいななきの声。当時の人々は「イイン」と聞いて
  いたのでしょう。「蜂音」は、蜂の羽音「ぶ」。
   例文の「石花」は、「セ」。『和名抄』に、「尨蹄子、和名、勢。
  貌似犬蹄、而附石生者也。兼名苑注云、石華。二三月皆紫舒花、附
  石而生。故以名之。」とある由です。セとは、カメノテ(海産の節
  足動物)の古称です。
   
『広辞苑』によれば、「かめのて[亀の手・石蜐]フジツボ目フジツボ亜目の甲殻類。
    暗褐色の石灰質鱗片で被われた肉質の短い柄をもつ。頭状部は大小32~34枚の石灰板
    がある。形が亀類の手に似る。長さ約4センチメートル。各地沿岸の岩礁に付着。汁
    の身などにして食用。」
  
「馬声蜂音石花蜘蛛荒鹿」は、従って、「いぶせくもあるか」と読
  みます。「いぶせし」は心が晴れないこと。
<注>「蜘蛛」の「蛛」は、
   原文は「虫」に「厨」です。
「鬱悒」と表記される例が多く、611・1479・
   1568・2720・2949 に「鬱悒」の表記が見られます。
     (なお、175・189・220 は「鬱悒」を「おほほし」と読ませており、
  769 は「鬱」一字で「いぶせし」と読ませています。2263 は「いぶ
  せき」に「烟寸」という漢字を当てています。) 

     
この一句は、故意に動植物の名によって記してある点が注目されます。
    ※ 馬のいななきが、古代には「い」と表記されたことについて
     は、橋本進吉博士に
駒のいななきという文章があって、こ
     れは
電子図書館『青空文庫』で読むことができます。

 (7)牛鳴=む 
  「牛鳴」は、牛の鳴き声の擬音語「む」。従って例文の「戍牛鳴」
  は、「まもらむ」と読みます。「戍」は「守る」。「牛鳴(む)」を、
  ここでは推量の助動詞として使っています。 

3.数の遊戯によるもの
  (1)二々(二二)*・重二・(並二)=し  
    
*「二二」の表記は、「二」の次に「こ」を押しつぶしたような形の
      繰り返し符号が使われています。

  掛け算の九九によるもので、二二が四で「し」と読まれます。
  例文の「如是二々知三」は「かくし知らさむ」。
    「かく」は副詞。「し」は、強意の助詞。「知ら」は四段活用
    の動詞。「さ」は上代の尊敬の助動詞「す」の未然形。「む」
    は推量の助動詞。
   口語訳は「このようにお治めになるだろう」となります。
   例文の「生友奈重二」は、「生けりともなし」(生きた心地もしな
  い。「生け-り-と-も-なし」)。「重二」は、二を重ねるで、二二が
  四、つまり「し」。 
 
   [例文の「名積叙吾来並二」の「並二」は、二を並べて二二が四。ただ
  し、この「並二」は前に触れたように『万葉代匠記』によるもので、今
   は「並二」を「煎」とする本が殆んどです。日本古典文学大系4の『萬
  葉集一』にも「名積叙吾来煎」となっていて、「なづみぞわが来(け)
   る」と読んでいます。
(頭注に、「来る─来てここにいる意。ケルはキアルの
    約。
kiarukeru」とあります。)新日本古典文学大系1の『萬葉集一』に
   も「名積叙吾来煎」となっていますが、「なづみぞ我(あ)が来(け)
   る」と、「吾」を「我(あ)」と読ませています。]

 (2)二五=とを  
   九九の「二五、十」。ここでは「十」を「とを」と読ませています。       「不知二五寸許瀬」(不知(いさ)とを聞こせ)
   口語訳は、「さあ、知らない、とおっしゃい。」
  (「とを」の「と」は引用の格助詞、「を」は間投助詞。)
 
 (3)十六=しし
    「十六履起之」(鹿猪(しし)履(ふ)み起こし)
   九九の「四四、十六」。奈良時代には、食用となる獣を「しし」と
  言い、特に、猪(いのしし)や鹿を区別するときは、「ゐのしし」
  「かのしし」と言いました。

 (4)八十一=くく  
    九九、八十一。「二八十一不在国」(憎くあらなくに。「憎くはな
  いのに。」)憎く-あら-な-く-に。「な」は打消の助動詞「ず」の未
  然形(古形)。「く」は「言はく」の「く」と同じもので、活用語に
  付いて、その語を名詞化する語。従って、直訳すると、「憎くないこ
  とであるのに」となります。(「く」語法に対して、「あく」説の考
  え方もあります。)

 (5)三五=もち
   三五、十五で、「三五月」は「十五月」となり、十五日の月、つま
  り望月(満月)となるので、「三五月」を「もちづき」と読みます。
  望月を「十五月」と書いた例(十三・3324)もあります。
   例文の「三五月之 益目頰染」は、「望月(もちづき)の いやめ 
  づらしみ」と読みます。 
  ☆ 九九について、少し触れておきます。
    城地 茂 氏の『
日本数学史・天文学史』というホームページの 
   「和算の源流」から、九九についての記述を引いておきます(要約)。
     九九の歴史は古く、中国の春秋時代にまで遡ることができる。
    九九という言い方は、「九九、八十一」から始まる形式だった
    からで、そのことは後漢の墓から出土した竹簡によって分かる。
    現在のように小さな数から言うようになったのは、5世紀ごろ
    のこと。日本に九々が伝えられたのは、遣唐使によって中国の
    算学が伝えられた時が初めで、奈良時代か、その少し前である。

4.義訓の複雑なもの
 (1)火=なむ
   五行説で、木火土金水の火は南に当たるので、火を南の音「ナム」
  に当てたもの。(木=東、火=南、土=中央、金=西、水=北。序で
  に、色と季節を当てると、木=青・春、火=赤・夏、土=黄・土用、
  金=白・秋、水=黒・冬 となります。「青春」「白秋」という語の
  起こりが分
ります。)
   従って例文の「事毛告火」は、「言(こと)も告げなむ」と読みま
  す。
(ここの「なむ」は、未然形に付いて他にあつらえ望む意を表す終助詞。)
  
「せめて一言でも言伝(ことづ)てを伝えてほしい。」の意。

  (2)義之・大王=てし
  「義之」は正しくは「羲之」で、中国東晋の書家・王羲之のこと。
   
(日本古典文学大系4『萬葉集一』には、「義と羲通用した」とあります。)
   
王羲之はすぐれた書家だったので、「羲之」を「てし(手師)」と
  読みます。「大王」を「てし」と読むのは、父と同じくすぐれた書家
  であった子の王献之に対し、羲之を大王と言ったためです。
     
王羲之=中国東晋の書家。行書・楷書・草書において古今に冠絶、
       書聖として尊ばれる。羲之の真跡は既に滅んで見ることはでき
       ないが、模写本・拓本として多くの作品が伝わっている。拓本
       では行書の「蘭亭序」「集王聖教序」、草書の「十七帖」など
       が著名。精密な模写本である「喪乱帖」「孔侍中帖」が日本に
       伝存している。
        羲之の第7子・王献之も書の名人で、父とあわせて二王の称
       がある。そこで、父を大王、子を小王として区別した。
     
例文の「我定義之」「結大王」は、それぞれ「我が定めてし」「結び
  てし」と読みます。「てし」は、いずれも、完了の助動詞「つ」の連用
  形「て」に、過去の助動詞「き」の連体形「し」が付いたものです。
  「てしまった」という意味です。
   なお、資料86に、
王羲之「蘭亭序」があります。    
 
 (3)金=あき・にし (4)角=ひむがし
   例文の「金野」「金厩」は、それぞれ「あきのの(秋の野)」「にし
  のうまや(西の厩)」と読みます。五行説では、「金」は、季節は秋、
  方角は西に相当します。
   また、例文の「角厩」は、「ひむがしのうまや(東の厩)」と読みま
  す。「角」は、音を清濁高下によって分けた「角徴宮商羽」の五音の一
  つで、五行の木、方角の東に相当する、ということです。
 
 (5)烏=ひ 
   例文の「朝烏指」は、「あさひさす(朝日さす)」と読みます。
  「烏」は太陽(日)を意味します。太陽の中には三本足の烏(からす)が
   住み、月の中には兎がいるという伝説から、烏兎で日月を表すのです。

5.ゲームの用語によるもの 
 (1)折木四=かり
   (2)切木四=かり  
 (3)一伏三起・一伏三向=ころ  (4)三伏一向=つく
 (5)諸伏=まにまに
     上の四つは、いずれも「樗蒲」(ちょぼ。和名、かりうち)という
  ゲームに由来するものです。四つの木片を投げて、その表裏によって
  点数を数えるゲームだといいます。
   四つの木片ですから、表裏の変化は次の5種類になります。
    一伏三起  二伏二起  三伏一起  四伏  四起
  「折木四」と「切木四」を「かり」と読んでいるのは、ゲームの名前が
  「かりうち」で、四枚の木片を「かり」と言うので、「折木四」「切木
  四」と書いて「かり」に当てたものだといいます。
   また、一枚が裏で三枚が表のものを「コロ」(一伏三起・一伏三向
  =ころ)、三枚が裏で一枚が表のものを「ツク」(三伏一向=つく)、
  と言ったのであろう、ということです。
   用例では、「折木四哭」と「切木四之泣」は、「哭」が泣く意なの
  で、「哭」と「泣」を同じく「ね」(泣き声)と読んで、両方とも「か
  りがね」と読みます。「雁が音」です。「折木四哭」では格助詞「が」
  を補って読み、「切木四之泣」では「之」を「が」と読ませています。
  「末中一伏三起」は「末の中ごろ」、「根毛一伏三向凝呂尓」は
  「ねもころごろに」(こまごまと、至らぬ隈ない気持ちで)と読みま
  す。(「ねもころごろ」は「ねもころ」の「ころ」を繰り返した形。)
  「暮三伏一向夜」は「ゆふづくよ」と読みます。
  「諸伏」は「四伏」、すべての木片が伏した最上の目で、これを出
  した者が意のままに継続することができるので、「四伏」即ち「諸伏」
  で「まにまに」(「随意」)の表記としたものの由です。
  (「まにまに」の表記「随意」は、98、369、412、2537、2691、
   2830 に見られます。)
   なお、「諸伏」の読みについては、日本古典文学大系4『萬葉集一』
  
(岩波書店・昭和32年5月第1刷発行、昭和38年8月第9刷発行)では、「もろ
  ふし」と読んで、頭注に「神の諸伏─未詳」としてありますが、1999
  (平成11)年5月発行の新日本古典文学大系1の『萬葉集一』では、こ
  れを「まにまに」と読んでいます。

   このことについて、小学館『
日国フォーラム』というホームページの
  「
小林祥次郎の発掘・日本のことば遊び」の中の「万葉集の戯書」に、
      「これは古くから字のとおりにモロフシと読んでいましたが、昭和三
      十年代に、樗蒲では四枚すべてが伏したのが最上の目で、これを出し
      た者は思いのままに継続できるので、全部が伏した「諸伏」が思いの
    ままの意味のマニマニになるのだとする説が出て、これが一般化して
      います。」
    と説明があります。

      この「樗蒲」(ちょぼ)については、金思燁著『記紀萬葉の朝鮮語』
  (六興出版、昭和54年8月20日初版発行)の中で、金氏は、「「樗蒲」
   
(ちょぼ)・拆木四」について、この遊技は朝鮮北方の夫余族が考案した
  ものが朝鮮全域に伝わり、今日まで遊ばれているもので、それが古代に
  おいて倭国にまで伝わり、この遊技に使う一種の骰子
(さいころ)の名称
  が万葉集の表記に数か所戯書されている、とされています。以下、金氏
  のこの遊技についての説明を引かせていただきます。

   この遊技は、駒を進める絵双六の絵紙に似た図がある。それには二十
   八か所の通過点がある。これを「馬田」(マルバッ・
(略)・mal-pat)
      という。また骰子に当るものを柶
(サ)といって、長さ十センチ、太さ
   約二センチほどの丸太二本を縦割りにして
(かまぼこ型になる)、この四本
   を地面に転がし、その出た形によって名称と点数が違う。
  ──金氏の説明によって、柶の形の名称と点数を表にしてみると、次の
  ようになります。
    

    (サ)の 形

  名  称

  得  点

   三伏一向(仰)

   ト・豚

     

   二伏二向(仰)

   ケ・犬

     

   一伏三向(仰)

  コロ・象

     

      四向(仰)

  ユッ・牛

     

     四伏

   モ・馬

     5 

   何人が遊んでもよいが、二組に分けて、交互に四本の柶を一人が片手
   で持って地面に転がし、その出た得点だけ駒を進めていって、各組が
   持っている四個の駒を他の組より先に二十八通過点を通過し終ると勝
   つのである。この遊技を漢字用語では「樗蒲」
(ちょぼ)、または柶戯、
   擲柶などといい、朝鮮語では「ユッ」(
(略)・jus)という。
    
(以上、同書 103~104頁。なお、引用文中に(略)としてあるのは、ハングル
        文字が書いてあるところです。うまく表記できないので(略)としました。)

   
なお、司馬遼太郎氏の『街道をゆく』28(耽羅紀行)(朝日新聞社、昭和
   61年11月30日第1刷発行)
にも、この遊戯について触れてあって、金思燁著
  『記紀萬葉の朝鮮語』からの紹介があります。ここには、「昭和八年、牛
  込の建設社という出版社から刊行された酒井欣の『日本遊戯史』という
  名著」についての紹介もあり、この本に、「うつむきさい」という遊戯
  について詳しい考証がある、として、酒井欣氏が万葉集巻13の3284の歌
  の「一伏三向」を「コロ」と読んでいることを紹介しておられます。
                    
(『街道をゆく』28、214~217頁)

6.その他
(人によっては戯書(戯訓)と見ないものをも含む。)
  (1)向南=きた
   南に向かうのは北なので、「向南」で「きた」。
   用例の「向南山」は、「きたやま(北山)」と読みます。    

  (2)青頭鶏=かも 
   「頭の青い鶏(のような鳥)」は鴨なので、「青頭鶏」は「かも」
  と読みます。用例の「恋渡青頭鶏」は、「こひわたるかも(恋ひわ
  たるかも)」で、「かも」は感動の終助詞です。
  (日本古典文学大系6『萬葉集三』の頭注には、「斐松之の三国志注
  に「青頭鶏者鴨也」とある(新考)。」とあります。「新考」は、井上
  通泰の『萬葉集新考』のことです。)
 
   (3)左右手・左右・二手・諸手=まで
   『岩波古語辞典』(1974年発行)に、
     「まで[真手・両手]《マは接頭語》左右の手。両手。「御手洗
    (みたらし)に若菜すすぎて宮人の─に捧げて御戸(みと)開く
     める」<山家集> ▽上代には、助詞マデに「二手」「左右手」
    「諸手」などの字を当てた例がある。」
   とあります。
    「左右」は、「左右手」の略です。
     
   (4)毛人髪=こちたし   
   「毛人」は蝦夷(えみし、えぞ)のことで、蝦夷の人は毛深いので、
    その毛深さが「甚だしい」という意味で、「毛人髪」を「こちたし」
  と読ませたものです。
   「こちたし」は「うるさい、わずらわしい。度を越している、おびた
  だしい」の意の形容詞で、用例の「人言乎  繁三毛人髪三」は「ひと
  ごと(人言)をしげ(繁)みこちたみ」と読んで、「人の噂がうるさ
  くわずらわしいので」の意です。「こちた」は形容詞「こちたし」の
  語幹、「み」は原因・理由を表す接尾語です。
 
   (5)水葱少熱=なぎぬる
    「水葱」は「なぎ」という水生植物の名前。これを、動詞「和(な)ぐ」
  の連用形「なぎ」に用いたものです。
   「少熱」は少し熱いということで、「水葱(なぎ)の羹(あつもの)が
  まだ少し温かい状態にある意、即ち『ぬるし』」と新日本古典文学大系3
  『萬葉集三』の脚注にあります。
   「水葱少熱」で「なぎぬる」、心が穏やかになった、の意です。「ぬる」
  は完了の助動詞「ぬ」の連体形です。

   (6)味試=なむ  
   「味を試みる」ことは「嘗(な)める」ことなので、「味試」で
  「なむ」(下二段活用の動詞の終止形)となります。
   用例の「恋度味試」は「恋ひわたりなむ」で、ここの「なむ」は、
  完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」に、推量の助動詞「む」の終止形
  の付いたものです。「ずっと恋いつづけることであろう」の意です。
 
   (7)水烏=う
   水にいる烏(からす)で、鵜。「水烏二四毛有哉」は、「鵜にしも
  あれや」と読みます。
 
   (8)丸雪=あられ
   丸い雪で、霰(あられ)。この表記は、この1例だけだそうです。

   (9)変水=をちみづ 
   「変水」は、若返りの水。「をつ」は、若返るの意。神仙思想によ
  るもので、月の神が持つという、飲むと若返る霊水のことです。
   古くは「恋水」として、「なみだ」としゃれて読んだといいますが、
  「変水」が正しいということになり、「をちみづ」ということになった
  そうです。 

  (10)西渡=かたぶく
   例文の「月西渡」を「月かたぶきぬ」と読んだのは、賀茂真淵です。
  すばらしい読みですが、正しい読みであるかを疑う人もいないではない
  ようです。次にこの歌の読みを示しておきます。
     東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて
     かへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ
   格調の高い、歌聖・柿本人麻呂の歌です。

  (11)五十戸=さと
   戸令に「凡戸以五十戸為里」とある由で、「五十戸」を「さと」(里)
   と読みます。藤原宮木簡にも「五十戸」と書いて「さと」と読ませた例が
  あるそうです。山上憶良の有名な「貧窮問答歌」(五・892)にも、「楚
  取五十戸良我許恵波」(楚
(しもと=笞)取る里長(さとをさ)が声は)と
  あります。(この里長は「五十戸良」と書かれていますが、『爾雅』釈詁
  下に「良は首なり」とあるそうです。巻十六の3847の歌には「五十戸長」
  と書かれています。<「戸令」、「藤原宮木簡」及び『爾雅』釈詁下の例
  は、新日本古典文学大系1『萬葉集一』(岩波書店1999年発行)の脚注他
  によりました。>)

  (12)言=われ・あれ
   用例の「鴈者言恋」の「言」は、元暦校本に「吾」とあり、「言」は
  「吾」と同意の由です。「鳴而去 鴈者言恋 於妹告社」は「鳴きて行く
  鴈(かり)は我(あ)が恋 妹(いも)に告げこそ」と読まれます。詩経
    に「彼の汾の沮洳、言その莫を采る」(魏風・汾沮洳)とあり、鄭玄箋
    に「言は我なり」とあるそうです(新日本古典文学大系2『萬葉集二』
    の脚注)。
   これは、戯書
(戯訓)とは違うかもしれませんが、特殊な読みなので、
  ここに取り上げました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[用例の補遺]
  上の用例に掲げた以外の例を、国歌大観の番号によって示しておきます。
  ただし、適当に拾っただけで、すべてを網羅したわけではないことを、
 お断りしておきます。
   (太字は、上に掲げた例文の番号を再掲しています。)

1.文字上の戯れによるもの
    山上復有山(出・いづ)
1787
  これは、上例一つだけで、他にはありません。

2.擬音語によるもの
 
(1)神楽声(ささ)1398
     神楽(ささ)
206  154 1253  3887 
    楽(ささ) 
30  29  32 33  218 305 1715 3240
  (2)・(3)
    追馬喚犬(そま)
2645
    喚犬追馬(まそ)3324
    犬馬(まそ)
2810 2980 2981 3250
  (4)喚鶏(つつ)
1579 3330
 (5)馬声(い)・(6)蜂音(ぶ) 
2991
 (7)牛鳴(む)
2839
  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.数の遊戯によるもの
  (1) 二々(二二)* ・重二・並二=し  

 

 

 

 

 

      二々(二二)(し)907 3298 3318
    
正確には「二」の次に「こ」を潰した形の繰り返し符号が使われています。)

 

 

 

 

 

   重二(し)946
   並二(し)
382(神田本)

 

 

 

 

 

   (2)二五(とを)2710
  (3)十六(しし)
926 239 379 1804 3278 
  (4)八十一(くく)
2542 789 1495 3242 3330
  (5)三五(もち)
196 

 

 

 

 

 

4.義訓の複雑なもの

 

 

 

 

 

  (1) 火(なむ)1998  3298
  (2)義之(てし)394 1324 2578 3028
    大王(てし)
1321 2092 2602 2834
  (3)金(あき)  
7  1700 2005 2013 2095 2301
     金(にし)
3327
 (4)角(ひむがし)
3327
  (5)烏(ひ) 
1844 

 

 

 

 

 

5.ゲームの用語によるもの
  (1)折木四(かり)
948
   (2)切木四(かり)
2131
   (3)一伏三起(ころ)
2988
       
一伏三向(ころ)3284
   (4)三伏一向(つく)
1874
   (5)諸伏(まにまに)
743
   「随意」を「まにまに」と読ませた例は、
         98 369 412 2537  2691  2830

 

 

 

 

 

6.その他
  (1)向南(きた)
161
  (2)青頭鶏(かも)
3017 
   (3)左右手(まで)
1189 2327
     左右(まで) 
3142 34 533 549 550 614 1134 1327  
         1465 1602 1647 1960 2518 2759 2913 2935 
         2959 2995 3227 3270 3289          
         二手(まで)
2820 79 238 1902 
     諸手(まで)
1997 
   (4)毛人髪(こちたし)
2938
   (5)水葱少熱(なぎぬる)
2579
  (6)味試(なむ)
1323
  (7)水烏(う) 
943  4189
   (8)丸雪(あられ)
1293(万葉集にはこの1例のみ)
  (9)変水(をちみづ)
628 627
  (10)西渡(かたぶく)
48
   (11)五十戸(さと)
2251 892 3847
   (12)言(われ・あれ)
2129 2973 3324

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(付) その他の戯書(戯訓)的表現のいくつか
 
(1)念西 余西鹿歯 為便乎無美 吾者
五十日手寸 応忌鬼尾
                         
(十二・2947)
     「鹿歯(しかば)」(過去の助動詞「しか」+助詞「ば」)
    「
五十日(いひ)」(動詞「言ひ」)
    「
鬼尾(ものを)」(助詞「ものを」)
   などは、戯書
(戯訓)的意識で書いていると言えるでしょう。
    歌の普通の表記は、「思ひにし余りにしかばすべを無み吾は言ひ
   てき忌むべきものを」

   

 

 

 

 


  (2)言云者 三々二田八酢四 小九毛 心中二 我念羽奈九二
                          
(十一・2581)
     この歌は、数字を意識的に多く使って表記しています。
    「言(こと)に言へば耳にたやすし少なくも心のうちに我が思はな
   くに」

 

 

 

 

 

   (3)海津路乃 名木名六時毛 渡七六 加九多都波二 船出可為八
                            (九・1781)
    この歌も、数字を多く使っています。(六つ)
       「海つ路(ぢ)の和(な)ぎなむ時も渡らなむかく立つ波に船出す
    べしや」
  (4)中々二 死者安六 出日之 入別不知 吾四九流四毛(十二・2940)
     この歌も、数字を五つ使っています。
     「なかなかに死なば安けむ出づる日の入る別(わき)知らぬ吾し苦
     しも」

 

 

 

 

 

   (5)完了の助動詞「つる」と感動の助詞「かも」の続いた「つるかも」
    を「鶴鴨」と表記してあるところにも、戯書
(戯訓)的な意識が見られ
    ます。
      吾背子乎 且今々々跡 待居尓 夜更深去者 嘆鶴鴨
                          (十二・2864)

 

 

 

 

 

      「吾が背子を今か今かと待ち居(を)るに夜の更けゆけば嘆きつる
    かも

     この
「鶴鴨」の表記は、上に掲げた「嘆鶴鴨」(他に 2885 2893
    など)のほかに、「見
鶴鴨」(2720) など、数多く見られます。

 

 

 

 

 

    
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   (注)

 

 

 

 

 

   1.「万葉集の「戯書」(戯訓)」をまとめるに当たって、次の書籍等を参考にさせていただき
     ました。

 

 

 

       (1)日本古典文学大系『萬葉集一~四』(岩波書店、昭和32年~昭和38年)
       (2)新日本古典文学大系『萬葉集一~四』(岩波書店、1999年~2003年)
       (3)平凡社版『世界大百科事典27』(1988年初版発行、1989年印刷)
       (4) 小学館『日国.NET』というホームページがあり、その中の「日国フォーラム
        というページの「小林祥次郎の発掘・日本のことば遊び」に「万葉集の戯書」が
        あって、万葉集の戯書
(戯訓)について大変分かりやすく説明がなされています。
        大いに参考にさせていただきました。
                     
小学館『日国.NET』 → 下方の「日国フォーラム」をクリック
                 → 下の「日国アーカイブ」の「小林祥次郎の
発掘・日本のことば遊び
                  → 目次の「第13回 万葉集の戯書」 

                 ここには、上に取り上げたものの他にも、いくつか例が挙げてありま すので、ぜひ
        ご覧ください。(下の「お断り」をご覧ください。)
        (これらの内容は、小林祥次郎著
『日本のことば遊び』<勉誠出版・平成16年8月
        30日初版発行>に収められています。)
      お断り:
「日国フォーラム」の「日本のことば遊び」には、現在は「回文」だけが出て
        いて、その他は削除されているようです。したがって、小林祥次郎氏の「万葉集
        の戯書」については、同氏の
『日本のことば遊び』<勉誠出版
>を見ることにな
        
るようです。   (2016年8月18日記)
      2.
『古事記正解』というサイトがあり、そこに「『萬葉集』テキスト」があって、万葉集
       の全巻の原文と読み下し文とを見ることができます。
     3. 山口大学教育学部表現情報処理コースの作成による
『万葉集検索』というサイト
      があり、そこで萬葉集の語句による本文検索ができて便利です。
     4. 群馬県立女子大学名誉教授・北川和秀先生の
『北川研究室』というサイトに、
      「万葉集年表」「万葉集諸本(写本・版本)一覧」「万葉集の主な注釈書一覧」など
      があって参考になります。 
     5. 文字の謎に関する話には、次の資料があります。
      (1)  
資料232「小野篁広才の事(『宇治拾遺物語』より)」   
         
例の12個の「子」をどう読むかという話です。ここには、『江談抄』に出ている、
        文字に関する謎の話も出ています。

      (2)  資料403「魏武嘗過曹娥碑下」(『世説新語』捷悟第十一より)
        『世説新語』に出ている、曹娥の碑に書きつけられた
黄絹幼婦外孫臼」の
        8文字をどう読むか、ということに関する話です。

      
  

             

 

 

 

 

 

 

 

 

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