斑駒(ぶちごま)の骸(むくろ)をはたと抛ちぬ Olympos なる神のまとゐに
もろ神のゑらぎ遊ぶに釣り込まれ白き齒見せつ Nazareth の子も
天(あめ)の華石の上に降(ふ)る陣痛(ぢんつう)の斷えては續く獸(けもの)めく聲
小き釋迦摩掲陀の國に惡を作(な)す人あるごとに靑き糞(ふん)する
我は唯この菴沒羅菓(あんむらくわ)に於いてのみ自在を得ると丸呑にする
年禮の山なす文(ふみ)を見てゆけど麻姑のせうそこ終にあらざる
憶ひ起す天に昇る日籠(こ)の内にけたたましくも孔雀の鳴きし
此星に來て栖みしよりさいはひに新聞記者もおとづれぬかな
或る朝け翼を伸べて目にあまる穢を掩ふ大き白鳥
雪のあと東京といふ大沼の上に雨ふる鼠色の日
突き立ちて御濠(みほり)の岸の霧ごめに枯柳切る絆纏の人
大池の鴨のむら鳥朝日さす岸に上りて一列(つら)にゐる
日の反射店の陶物(すゑもの)、看板の金字、車のめぐる輻(や)にあり
惑星は軌道を走る我(われ)生きてひとり欠し伸せんために
重き言(こと)やうやう出でぬ吊橋を渡らむとして卸すがごとく
空中に放ちし征箭(そや)の黑星に中りしゆゑに神を畏るる
脈のかず汝達(なむたち)喘ぐ老人(おいびと)に同じと藥師(くすし)云へど信ぜず
「友ひとり敢ておん身に紹介す。」「かかる樂器に觸れむ我手か。」
綴ぶみに金の薄(はく)してあらぬ名を貼(お)したる如し或人見れば
寡慾なり火鉢の縁に立ておきて煖まりたる紙巻をのむ
おのがじし靡ける花を切り揃へ束(たば)に作りぬ兵卒のごと
一夜をば石の上にも寢ざらんやいで世の人の讀む書(しよ)を讀まむ
默(もだ)あるに若かずとおもへど批評家の餓ゑんを恐れたまさかに書く
あまりにも五風十雨の序(ついで)ある國に生れし人とおもひぬ
伽羅は來て伽羅の香(か)、檀は檀の香(か)を立つべきわれは一星(せい)の火
すきとほり眞赤に強くさて甘き Niscioree の酒二人が中は
今來ぬと呼べばくるりとこち向きぬ囘轉椅子に掛けたるままに
うまいより呼び醒まされし人のごと圓き目をあき我を見つむる
何事ぞあたら「若さ」の黄金を無縁の民に投げて過ぎ行く
君に問ふその脣の紅はわが眉間なる皺を熨(の)す火か
いにしへゆもてはやす徑寸(わたりすん)といふ珠二つまで君もたり目に
舟ばたに首(かうべ)を俯して掌(たなぞこ)の大さの海を見るがごとき目
彼人はわが目のうちに身を投げて死に給ひけむ來まさずなりぬ
君が胸の火元あやふし刻々に拍子木打ちて廻らせ給へ
我と(われ)いふ大海の波汝(なれ)といふ動かぬ岸を打てども打てども
接吻の指より口へ僂(かゞな)へて三とせになりぬ吝(やぶさか)なりき
搔い撫でば火花散るべき黑髮の繩に我身は縛られてあり
散歩着の控鈕の孔に挿す料に摘ませ給はん花か我身は
顔の火はいよよ燃ゆなり花束の中に埋(うづ)みて冷やすとすれど
護謨をもて消したるままの文(ふみ)くるるむくつけ人と返ししてけり
爪を嵌む。「何の曲をか彈(ひ)き給ふ。」「あらず汝(な)が目を引き搔かむとす。」
み心はいまだおちゐず蜂去りてコスモスの莖ゆらめく如く
まゐらするおん古里の雛棚にこの Tanagra の人形(にんぎやう)一つ
籠(こ)のうちに汝(なれ)幸(さち)ありや鶯よ戀の牢(ひとや)に我は幸あり
わが魂(たま)は人に逢はんと拔け出でて壁の間をくねりて入りぬ
善惡の岸をうしろに神通の帆掛けて走る戀の海原
好し我を心ゆくまで責め給へ打たるるための木魚の如く
厭かれんが早きか厭くが早きかと爭ふ隙や戀といふもの
頰(ほ)の尖の黶子(はゝくそ)一つひろごりて面に滿ちぬ戀のさめ際
うまいするやがて逃げ出づ美しき女(をみな)なれども齒ぎしりすれば
Messalina に似たる女(をみな)に憐を乞はせなばさぞ快からむ
利(と)き爪に汝(な)が膚こそ破れぬれ鎖(くさり)取る我が力弛みて
氷なすわが目の光泣き泣きていねし女(をみな)の項を穿つ
貌花のしをれんときに人を引くくさはひにとて學び給ふや
美しき限集ひし宴會の女獅子(めじし)なりける君か、かくても
心の目しひたるを選れ汝(なれ)まこと金剛不壞の戀を求めば
汝(な)が笑顔いよいよ匀ひ我胸の悔の腫ものいよいようづく
此戀を猶續けんは大詰の後なる幕を書かんが如し
彼人を娶らんよりは寧我(われ)日和も雨もなき國にあらむ
慰めの詞も人の骨を刺す日とは知らずや默(もだ)あり給へ
富む人の病のゆゑに白かねの匙をぬすみて行くに似る戀
鬪はぬ女夫(めを)こそなけれ舌もてし拳をもてし靈(れい)をもてする
處女(しよぢよ)はげにきよらなるものまだ售(う)れぬ荒物店の箒(はゝき)のごとく
觸れざりし人の皮もて飲まざりし酒を盛るべき囊を縫はむ
黑檀の臂の紅蓮の掌に銀盤擎げ酒を侑むる
「時」の外(と)の御座(みくら)にいます大君の謦咳(しはぶき)に耳傾けてをり
註文すわが心臟を盛る料に焰に堪へむ白金(はくきん)の壺
拙(つた)なしや課役(えだち)する人寐酒飲むおなじくはわれ朝から飲まむ
怯れたる男子なりけり Absinthe したたか飲みて拳銃を取る
ことわりをのみぞ説きける金乞へば貸さで戀ふると云へば靡かで
世の中の金の限を皆遣りてやぶさか人の驚く顔見む
大多數まが事にのみ起立する會議の場(には)に唯列(なら)び居(を)り
をりをりは四大假合(けがふ)の六尺を眞直に竪てて譴責を受く
勳章は時々(じじ)の恐怖に代へたると日々(ひび)の消化に代へたるとあり
とこしへに饑ゑてあるなり千人の乞兒に米を施しつつも
輕忽(きやうこつ)のわざをき人よ己(し)がために我が書かざりし役を勤むる
「愚」の壇に犠牲(いけにへ)ささげ過分なる報を得つと喜びてあり
火の消えし灰の窪みにすべり落ちて一寸法師目を睜りをり
寫眞とる。一つ目小僧こはしちふ。鳩など出だす。いよよこはしちふ。
まじの符を、あなや、そこには貼(お)さざりき櫺子(れんじ)を覗く女(おみな)の化性
書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(おみな)來てわが讀みて行く字の上にゐる
夢なるを知りたるゆゑに其夢の醒めむを恐れ胸さわぎする
かかる日をなどうなだれて行き給ふ櫻は土(つち)に咲きてはあらず
仰ぎ見て思ふところあり蹇(あしなへ)の春に向ひて開ける窓を
何一つよくは見ざりき生(せい)を踏むわが足あまり健(すくやか)なれば
世の中を駈けめぐり尋ね逢ひぬれど喘止まねば物の言はれぬ
十字鍬買ひて歸りぬいづくにか埋(う)もれてあらむ寶を掘ると
狂ほしき考浮ぶ夜の町にふと燃え出づる火事のごとくに
魔女われを老人(おいびと)にして髯長き侏儒のまとゐの眞中(まなか)に落す
我足の跡かとぞ思ふ世々を歴て踏み窪めたる石のきざはし
圓壟の凝りたる波と見ゆる野に夢に生れて夢に死ぬる民
舟は遠く遠く走れどマトロスは只爐一つをめぐりてありき
をさな子の片手して彈(ひ)くピアノをも聞きていささか樂む我は
Wagner はめでたき作者ささやきの人に聞えぬ曲を作りぬ
彈じつつ頭(かうべ)を掉れば立てる髮箒(はゝき)の如く天井を掃く
一曲の胸に響きて門を出で猛火のうちを大股に行く
死なむことはいと易かれど我はただ冥府(よみ)の門守る犬を怖るる
防波堤を踏みて踵を旋さず早や足蹠(あのうら)は石に觸れねど
省みて恥ぢずや汝(いまし)詩を作る胸をふたげる穢除くと
我詩皆けしき臟物(ざうもつ)ならざるはなしと人云ふ或は然らむ
(明治42年5月1日)
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