一刹那(いつせつな)千もとの杉のおほ幹(みき)とふもとの湖(うみ)と見する稻妻
旅やかた人を可笑(をか)しと卓(しよく)のもとわが足踏みし憎き足かな
草藉(し)きて臥すわが脈(みやく)は方(はう)十里寢ねたる森の中心(ちゆうしん)に搏(う)つ
大床(おほゆか)もとどろに仇(あだ)の足(あし)のおと迫(せま)るとおぼえ心おそれぬ
夜の森の刻(きざ)めるごとき輪廓(りんくわく)のうへにまたたく白(しろ)がねの星
くしび一つ秘めごと一つ世にあれと森わけ入らで踵(くびす)めぐらす
萬人(まんにん)の肩(かた)すりてゆく白晝(はくちゆう)の大路(おほぢ)さびしく足は疲れぬ
死の騎士(きし)は森にさやらす拗人(すねびと)の深山(みやま)の家に闖然(ちんぜん)と入る
わが足はかくこそ立てれ重力(ぢうりよく)のあらむかぎりを私(わたくし)しつつ
火の影をひたとまもりて歩み出づる森ゆ我(あ)を呼ぶ前(さき)の世の友
しめりたる土を足踏み闇に立つ墓より墓に手觸(てふ)れて行きぬ
あはつけき沓(くつ)に飽ける目塗下駄(ぬりげた)の素足(すあし)に醒めぬ春雨の窓
羅馬なるぺとろの椅子に汝(なれ)居らば足(あし)吸ひにゆくわれ猶太(ゆでや)びと
森ひとつ隔てて君と我とあり苅らむやうなき荊蕀(けいきよく)の森
廊(らう)をゆく中(なか)の一人(ひとり)の足のおとふと聞きわきて我をいぶかる
抱(だ)かれゆく丈(たけ)なる髮のなびくかな足疾(あしと)き駒の鬣(たつがみ)とともに
かるららの山に切(き)らせし白石(しらいし)の段(だん)を踏ませむ足とささやく
獸(けもの)追ふせこ森に入るわきもこが寢くたれ髮にわが指(および)入る
不靈(ふれい)の子(こ)うしろゆ呼べばかへりみず入りぬ人啖(く)ふ鬼すむ森に
足裏(あなうら)の魚の目いはく大空に冲(のぼ)りのぼりて星になる見よ
な誇(ほこ)りそ汝(なれ)みやこびと煙突(えんとつ)の森に家居し炭を食(は)む人
(明治40年10月1日『明星』)
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