(注)
1.表に「鉄軒友部伸吉墓」、裏に上記の文章が彫られています。 2.碑陰の本文は、全11行、1行30字になっています。 最後に付け足した2行の文は、初めの1字を下げて29字と12字です。 3.改行は、碑陰の通りにしてあります。闕字も、碑文の通りです。 漢字もできるだけ原文に合わせてあります。 4.上記の友部伸吉の墓は、水戸市六反田の六地蔵寺にあります。 5.鉄軒友部伸吉は、立原翠軒と杏所について書かれた『立原両先生』 (大正4年刊)の著者とされる人物です。 『立原両先生』=無名居士著、友部鉄軒校訂。大正4年、仙台で刊行。 内容は、立原翠軒伝・立原杏所伝。 6.上記の『立原両先生』については、前田香径著『立原翠軒』(昭和38年6月
25日、立原善重発行・限定版1,000部)に詳しい解説があります。 7.資料147に「立原翠軒墓誌」が、資料149に「立原杏所墓碑銘」があります。
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