資料175 会沢正志斎「時務策」


 

 

        時務策                   会沢正志斎

 国家厳制アリテ外国ノ往来ヲ拒絶シ給フハ、守国ノ要務ナルコト勿論ナレドモ、今日ニ至テハ、マタ古今時勢ノ変ヲ達観セザルコトヲ得ザルモノアリ。東照宮ノ御時、西洋ノ邪教人心ニ大害アルコトヲ深察シ給ヒ、厳禁ヲ設ケ邪徒ヲ尽
(ことごと)ク殺戮セラレシガ、其(その)根柢未(いま)ダ絶(たえ)ズシテ、寛永ノ変起ルニ及(および)テ外国ヲ拒絶シ給フコト、号令厳粛ニシテ今ニ至ルマデ国家ノ厳制タリ。然(しかる)ニ近時、外夷シバシバ来テ通信ヲ請フ。幕府ニテモ通信ノ事ニハ其弊ナシトセラルヽニモアルベカラザレドモ、時勢ヲ斟酌アリテ権宜(けんぎ)ノ道ヲ用(もちい)給ヒシナルベシ。天下ヲ治(おさむ)ルニハ時ヲ知ルヲ要ス。
 東照宮ノ御時ハ、天下ノ勢強盛ニシテ外国ハ甚
(はなはだしくは)張大ナラズ。邪教ノ徒モ人心ヲ蠱惑(こわく)スルノミニシテ、未ダ叛逆ノ甚キニ至ラズ、故ニ外国ヲ尽(ことごと)ク拒絶スルニ至ラズ、其中ニモ通信セラレシ国々モアリシナリ。島原ノ賊起リテハ、外国ヨリ来リ窺(うかが)フコト天下ノ大害ナルヲ洞察アリテ、東照宮ノ法制ヨリ一段防禁ヲ増加アリテ、通信ヲ絶チ外国ヲ尽ク拒絶シ給フ。是(これ)時措(じそ)ノ宜(よろし)キヲ得テ変通ノ道ニ叶(かない)シナルベシ。今時(こんじ)ノ如キハ、外国甚ダ張大ニシテ、万国尽ク合従(がっしょう)シテ皆同盟トナリ、譬(たとえ)バ春秋(しゅんじゅう)ノ時ニ、斉桓(せいかん)・晋文(しんぶん)盟主トナリ、諸侯ヲ合セテ好(よしみ)ヲ通ジ、若シ諸侯ノ中ニ会盟ニ与(あずか)ラザルモノアレバ、諸侯兵ヲ合セテ是(これ)ヲ伐ツ、是ニヨリテ一日モ孤立シテ国ヲ保ツコトアタハズ、今外国ノ勢モマタカクノ如シ。是ト好ヲ結バザル時ハ、外国ヲ尽ク敵ニ引受テ、其間ニ孤立ハナリ難キ勢ナレバ、寛永ノ時トハ形勢一変シテ、今時外国ト通好ハ已(や)ムコトヲ得ザル勢ナルベシ。サレドモ通好シテ外患ナキ時ハ、人心怠惰ヲ生ジ兵力弱ク外侮ヲ受テ、彼ガ心ノ儘ニイカナル事ヲ要求センモ測リ難シ。富国強兵ノ政行レテ士気ヲ磨励シ、彼ヨリ和ヲ破ルコトアラバ、速(すみやか)ニ打破ルベシトノ気焔アラバ、彼ガ虚喝ヲ畏レズ、天下衰弱ニ至ラズシテ不虞ノ変ニ応ズベシ。又通好スル時ハ邪教ノ入易(いりやす)キ患(うれい)アリ。サレドモ寛永ノ時ハ、邪教ノ毒久(ひさし)ク人心ニ漸漬(ぜんし)シテ天下ニ滋蔓(じまん)シタレバ、是ヲ禁ジ難シ。今ハ、邪教ノ邪ナルコトハ、天下ノ人不(いわず)シテ是ヲ知ル。寛永ニ比スレバ禁ジ易キ勢ナキニ非ズ。邪教未ダ滋蔓セザルニ及デ、微(び)ヲ絶チ漸(ぜん)ヲ杜(ふさ)グコト、尤(もっとも)急務ナルベシ。久ク持論スル所アレドモ今此(ここ)ニ贅(ぜい)セズ。
 血気ノ小壮ハ、大敵ヲ引受ナバ打破
(うちやぶり)テ神州ノ武勇ヲ万国ニ輝サンナドヽモイフベケレドモ、兵法モ、彼ヲ知リ我ヲ知ルニ非レバ戦勝ヲ制シ難シ。今外国ノ火器、近時ニ至テ益(ますます)(たくみ)ヲ極(きわめ)タレバ、短兵(たんぺい)長兵ヲ論ゼズ、勝敗ハ兵ヲ用ルモノヽ巧拙ニヨルベシ。是(これ)武勇アリトイヘドモ必勝ヲ期シ難キ一ツナリ。
 神州ノ武勇ハ勿論ナレドモ、太平久ク、勇士モ往昔ヨリハ少ク、身体軟弱ニシテ肥甘軽煖
(ひかんけいだん)ニ習ヒ、寒暑風雨ニ堪ヘズ、戦場ノ坐作進退ニ習ハズ、将帥(しょうすい)タルモノ多クハ世禄(せろく)※(糸+丸)(がんこ)子弟ニシテ兵ヲ知ラズ、兵法ヲ論ズルモノハ陳跡(ちんせき)花法(かほう)ニ固滞シテ実用ニ疎ク、俄ニ戦場ニ臨(のぞみ)テハ、山村ノ民ヲシテ舟楫(しゅうしゅう)ヲ操(あやつ)ラシメンニ、船中ノ働キモナシ得ズシテ空(むなし)ク手ヲ束(つかぬ)ルガ如ク、倉皇失措(そうこうしっそ)スルノミナルベシ。外国ハ鄙陋(ひろう)ノ蛮夷ナリトイヘドモ、百戦ノ実地ニ試(こころ)ミ、用兵ノ術ニ鍛練シ、火器精巧ニシテ数百歩ノ外ニ折衝ス。我ニ奇計妙策ノヨク是ニ当ルモノ無(なか)ランニハ、是(これ)心ハ勇ナリトモ必勝ヲ期シ難キノ二ナリ。
 民命ハ聖天子ノ尤
(もっとも)(おもん)ジ給フ所ナリ。然ルニ必勝ノ成算モナク、一旦憤激ノ故ヲ以テ民命ヲ一搏(いっぱく)ニ投ジ、元元(げんげん)ノ塗炭ヲ顧(かえりみ)ザルコトハ、宸衷(しんちゅう)ニ於テ忍バセ給ハザランカト、恐多クモ伏察シ奉ル也。サレバ少壮推鋒(すいほう:摧鋒さいほうノ誤リカノ徒、一己ノ私忿(しふん)ヲ以テ、臣下ノ身トシテ聖明ヲ要(よう)シ、且誣(しい)テ不仁ノ道ニ陥レ奉ランハ、其人ノ心ニモ自ラ畏縮スベキコトナラズヤ。若シ一朝兵結ビ禍連(つらな)リテ解(とけ)ザル時ハ、兵ノ勝敗モトヨリ意外ニ出(いづ)ルコトニシテ、千古ノ覆轍モ少カラズ。万一将帥誤テ喪敗スルコトモアランニ、其時ニ至テ、秦檜(しんかい)ノ如キ奸悪ニハアラズトモ、一時ノ敗ニ懲リテ和ヲ結(むすば)ントセバ、降(こう)ヲ請フガ如キ姿ニナリ、西洋ノ習ニテ軍費ノ償(しょう)ヲ責取ラレ、国力給シ難キコトモ料(はか)リ難ク、第一、神州ハ万国ヨリモ帝国ト号シテ古ヨリ尊(たっとば)レシヲ、後日ニ及デ万一尊号ニ瑕疵ヲ生ズル事ニモ至ラバ、国体ヲ辱(はずかしむ)ルコトコレヨリ甚シキハナカルベシ。遠慮ナケレバ近憂アリトモ云ヘバ、深ク思ハザルベケンヤ。
 或
(あるひと)ノ曰ク、
将帥誤テ喪敗ストモ国ノ存亡モ論ズルニ足ラズ、決シテ和スルコトアルベカラズ。
 答テ
曰ク、国ノ存亡ヲ謀(はか)ルハ上ニ在ル人ノ任ナリ。下トシテハ、事ノ是非ヲバ論ズルトモ、謀猷(ぼうゆう)ヲ己(おの)ガママニ決スルコトアタハズ。前文ノ意ハ、在位ノ人、若シ兵敗レテ和ヲ議セントスルニハ、カクノ如キ患アレバ、兵ヲ用(もちい)ンニモ初ヨリ後患ヲ慮(おもんぱかり)テ持重スベキコトヲ云(いえ)ルナリ。喪敗セバ和ヲ請フベシト云ニハアラズ。
 
(あるひと)又曰ク、国家ノ法制ヲ失(うしない)テ和好ヲ通ズルハ神州ノ恥ナレバ、死ヲ以テ其制ヲ守ルベシ。文永・弘安ノ如キモ、蒙古ノ使ヲ斬リ、天下必死ニ決シテ遂ニ是ヲ撃尽(げきじん)セリ。宋ノ岳飛(がくひ)等ノ如キモ、心ヲ戦ニ決シ誓(ちかっ)テ金虜(きんりょ)ヲ破リ、国恥ヲ雪(きよ)メントス。是等ノ大義ニ当テハ、万民トイヘドモ生ヲ捨テ死ヲ効(いた)スベシ、民命ヲ顧ルニ遑(いとま)アラズ。
  答テ
曰ク、外国ヲ一切ニ拒絶トイフコト、寛永ノ良法トイヘドモ、其本(もと)ハ天朝ノ制ニモ非ズ、又東照宮ノ法ニモ非ズ、寛永中ニ時宜ヲ謀(はかり)テ設給ヒシ法ナレバ、後世マデ動(うごか)スベカラザル大法トハイヘドモ、宇内(うだい)ノ大勢一変シタル上ハ、已ムコトヲ得ズシテ時ニ因テ弛張アランコト、一概ニ非ナリトモ云難シ。此一事ノミヲ守ラントシテ、国ノ存亡ヲ論ゼズ、其他ヲ顧ズ、偏(ひとえ)ニ固ク執リ守ラント云ハ、一偏(いっぺん)ノ論ナルベシ。文永ノ時ハ、蒙古、其(その)強大ニ誇テ来リ寇(こう)スルノミニシテ、深患アルニアラズ。サレバ是ヲ一時ニ摧(くじき)テ足レリ。宋ノ金虜ハ宋国ヲ併呑(へいどん)セント欲ス。南侵ノ勢ヲ止メザレバ、宋ノ地尽(つく)ルコト有(あり)テ遂ニ滅亡ニ至ルベシ。死力ヲ出(いだ)シテコレヲ撃チ、驕虜ヲ懲(こら)シテ国恥ヲ雪(きよ)ムルハ、其(その)国家ヲシテ夷虜ノ患ヲ免(まぬか)レシメ、民命ヲ保全スルノ義ニ当ルナリ。当今ノ勢ハ、海外ノ万国皆和親通好スル中ニ、神州ノミ孤立シテ好ヲ通ゼザル時ハ、諸国ノ兵ヲ一国ニテ敵ニ受ケ、国力モ堪ヘ難キニ至ルベシ。時勢ヲ料(はか)ラズシテ、寛永以前ノ政令ヲモ考ヘズ、其以後ノ時変ヲモ察セズシテハ、明識トハ云難カルベシ。
 小壯ノ論ハ、義ニ当テハ国家ノ存亡ハ論ズルニ足ラズ、唯其
(その)義ヲ行フベシナドヽ唱(となう)ルモノモアランカ、天下ハ天下ノ天下ニシテ一人ノ天下ニアラズ、然ルニ臣下ノ身トシテ、天下ヲ一己ノ私物ノ如ク軽々シク是ヲ一搏ニ抛(なげうた)ントスルハ、臣子ノ心ト云ベカラズ。況(いわん)ヤ天朝ハ天照皇大神以来皇統正(ただし)クマシマシテ、万国ノ中ニ比倫スベキ国アルコトナシ。然(しから)バ国家ノ重キコト、他ノ国々ト同日ノ論ニ非ズ。然ルヲ一己ノ心ノママニ進退シテ、天下ノ存亡ヲ論ゼズナドト、口吻(こうふん)ニ任セテ軽率ニ論ズベケンヤ。民命ヲ論ゼズナドイフコトモ、大義ニ当(あたり)テハサルコトナキニモ非ズ。当今ノ世モ、戦フベキ時ニ臨(のぞみ)テハ戦フテ当然ナレドモ、容易ニ戦ヲ好ムベキ時ニ非ルコト前ニ論ズルガ如シ。戦フベキトキニ非シテ強(しい)テ戦テ人ヲ殺ントスルハ、不仁モ亦甚シ。海内ノ百姓(ひゃくせい)皆升平ノ徳沢ヲ蒙リ、其生ヲ安(やすん)ジテ世ヲ渡ルハ、天下ノ至慶ナリ。然(しかる)ヲ今、軽易ニ事ヲ生ジテコレヲ兵火ニ苦マシメントスルハ何ノ心ゾヤ。今万民下ニ安堵シ、上ニハ幕府ノ廟議、富国強兵ノ政、大果断アリテ、天下ノ耳目一新ス。コレヨリ富強ノ国トナリテ、神州ノ武威海外ニ輝(かがやか)ンコト、伏(ふし)テ庶幾(こいねが)フ所ナリ。九天ノ上ニハ聖天子好生ノ盛徳マシマセバ、必(かならず)仁暴ノ二ツヲ明察マシマシテ、万民ヲシテ兵燹(へいせん)ヲ免(まぬかれ)シメ、仁寿(じんじゅ)ノ域ニ※(路−各+齊)(のぼ)セ給ンカト、東陬(とうすう)ニ在トイヘドモ窃(ひそか)ニ瞻仰(せんぎょう)シ奉ルナリ。
 或人ノ一説ニ、客気ノ少年中ニハ、鸞輿
(らんよ)ヲ大坂ニ移シ奉ントイフモノアリト聞及ブ。大坂ハ浜海ノ地ナレバ、外虜海岸ヨリ直ニ行宮(あんぐう)ニ犯シ逼(せまら)ンモ測リ難ク、甚ダ危キ事ナレバ、※(手偏+晉)(しんしん)諸公モ、カクノ如キ疎率(そそつ)迂闊ナル拙謀ニハ必(かならず)従ハルベカラズ。サレドモ筆ノ序(ついで)ニ、聞(きけ)ルマヽニコヽニ附論スルナリ。
 右ニ論ズル所モ、必シモ外国ヲ拒絶スベカラズトイフニアラズ。万国ノ形勢ヲ審察シテ、拒絶シテ宜シキニ当ル時アラバ拒絶スベシ。必シモ戦フベカラズトイフニアラズ。孫子始計ノ如ク、廟算シテ彼ヲ知リ我ヲ知リ、我ニ算ヲ得ルコト多クバ戦フベシ。算ナクシテ妄
(みだり)ニ戦フベカラズ。孔子モ、暴虎馮河(ぼうこひょうが)シテ死テ悔ナカランモノニハ与(くみ)シ給ハズ、事ニ臨テ懼レ、謀ヲ好(このみ)テ成サンモノニ与シ給フ。サレバ万事ニ就テ、其難キヲ知テ後ニ行フベシ。軽易無謀ニシテ暴虎馮河センハ、実ニ危キ事ニシテ、天下ノ大事ヲ敗(やぶ)ルニ至ルベシ。

時務策畢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       (注) 1. 上記の「時務策」の本文は、『日本思想大系 53 水戸学』(岩波書店、1973年4月
           28日第1刷発行)によりました。「凡例」によれば、底本は尊経閣文庫所蔵写本の由
           です。
          2. 原文には振り仮名はついていないと思われます。校注者による振り仮名(現代仮
           名遣い)は、引用者の判断によって省略したものがあり、また、引用者の補ったもの
           もあります。
                   3. 『日本思想大系 53 水戸学』の本文には、校注者(瀬谷義彦氏)の頭注があって、
           参考になります。
            なお、同書巻末の解題(瀬谷義彦氏)によれば、「「時務策」は会沢正志斎が、文久
           二年(1862)、死去の前年、八十一歳の高齢で書いたもので、会沢の開国論などと称
           して、一部の研究者の間には、その存在が早くから知られていた一文である」とのこと
           です。そして「文久二年の時点における正志斎の思想を知る上に、この「時務策」は短
           文ではあるが、極めて重要なものである」。「文久二年閏八月五日原田明善に与えた
           書状では、「時務策」と全く同じく、現在の攘夷鎖国の論を、時勢を知らざるものであり、
           神州を孤立させ、世界を敵にする行動であると痛烈に攻撃してやまなかった。「時務策」
           は(略)突然主張されたものではなく、藩末の対立する諸情勢の中から発展したもので
           あることを知る必要があろう。今日まで「時務策」は一部に知られただけで、広く流布し
           なかったので、伝本は劣である。本巻では尊経閣文庫所蔵本を底本とし、二、三の写
           本によって校訂した」とあります。(同書、504〜506頁)
          4. 資料136に「会沢安(正志斎)『及門遺範』」があります。
            資料426に「会沢正志斎『新論』巻上(読点のみの本文)」があります。
            資料427に「会沢正志斎『新論』巻下(読点のみの本文)」があります。
          5. 会沢正志斎(あいざわ・せいしさい)=江戸後期の儒学者。名は安
(やすし)。水戸藩
                 士。藤田幽谷に学ぶ。彰考館総裁・弘道館総教。著「新論」で尊王攘夷を
                 唱え、幕末期の政治運動に大きな影響を与えた。(1782〜1863)
                                                
(『広辞苑』第6版による)
                        会沢正志斎(あいざわ・せいしさい)=(1782〜1863)幕末の儒学者。水戸藩士。
                 名は安
(やすし)。藤田幽谷に学びその思想を祖述・発展させた。彰考館総
                 裁。藤田東湖とともに藩の尊攘運動を指導。著「新論」「迪彙篇」など。
                                              
  (『大辞林』第二版による)
           
6. 『幕末維新館』というサイトの「幕末人物名鑑」の中に、会沢正志斎が取り上げて
           あります。
 ( 『幕末維新館』 → 幕末人物名鑑 → あ → 会沢正志斎 ) 
          7. 『維新の散歩道』というサイトの「明治維新人物名鑑」の中にも、会沢正志斎が
           出ていて参考になります。   
              ( 『維新の散歩道』 → 明治維新人物名鑑 → 「会沢正志斎」をクリック  → 会沢正志斎 )
                         
 (お断り) 現在は見られないようです。
          8. 『[偉人録] 郷土の偉人を学ぶ』というブログに、「会沢正志斎・茨城の偉人」のペ
           ージがあります。

 

 
 

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