資料474 田中正造翁の直訴状
         



        田中正造翁の直訴状
        
 

 

        謹 奏           
                                          田中正造 ㊞

 草莽ノ微臣田中正造誠恐誠惶頓首頓首謹テ奏ス  伏テ惟ルニ田間ノ匹夫敢テ規ヲ踰
  エ法ヲ犯シテ
鳳駕ニ近前スル其罪實ニ萬死ニ當レリ  而モ甘ジテ之ヲ爲ス所以ノモノハ洵ニ國家生
  民ノ爲ニ圖リテ一片ノ耿耿竟ニ忍ブ能ハザルモノ有レバナリ  伏テ望ムラクハ
陛下深仁深慈
ガ至愚ヲ憐レミテ少シク乙夜ノ覧ヲ垂レ給ハンコトヲ
 伏テ惟ルニ東京ノ北四十里ニシテ足尾銅山アリ  近年鑛業上ノ器械洋式ノ發達スル
  ニ從ヒテ其流毒益々多ク其採鑛製銅ノ際ニ生ズル所ノ毒水ト毒屑ト之レヲ澗谷ヲ埋
  メ溪流ニ注ギ渡良瀬河ニ奔下シテ沿岸其害ヲ被ラザルナシ  加フルニ比年山林ヲ濫
  伐シ煙毒水源ヲ赤土ト爲セルガ故ニ河身激變シテ洪水又水量ノ高マルコト數尺毒流
  四方ニ氾濫シ毒渣ノ浸潤スルノ處茨城栃木群馬埼玉四縣及其下流ノ地數萬町歩ニ達
  シ魚族斃死シ田園荒廢シ數十萬ノ人民ノ中チ産ヲ失ヒルアリ營養ヲ失ヒルアリ或ハ
  業ニ離レ飢テ食ナク病テ藥ナキアリ  老幼ハ溝壑ニ轉ジ壯者ハ去テ他國ニ流離セリ
  如此ニシテ二十年前ノ肥田沃土ハ今ヤ化シテ黄茅白葦滿目慘憺ノ荒野ト爲レルアリ
 
夙ニ鑛毒ノ禍害ノ滔滔底止スル所ナキト民人ノ痛苦其極ニ達セルトヲ見テ憂悶手
  足ヲ措クニ處ナシ  嚮ニ選レテ衆議院議員ト爲ルヤ第二期議會ノ時初メテ狀ヲ具シ
  テ政府ニ質ス所アリ  爾後議會ニ於テ大聲疾呼其拯救ノ策ヲ求ムル茲ニ十年而モ政
  府ノ當局ハ常ニ言ヲ左右ニ托シテ之ガ適當ノ措置ヲ施スコトナシ  而シテ地方牧民
  ノ職ニ在ルモノ亦恬トシテ省ミルナシ  甚シキハ即チ人民ノ窮苦ニ堪ヘズシテ群起
  シテ其保護ヲ請願スルヤ有司ハ警吏ヲ派シテ之ヲ壓抑シ誣テ兇徒ト稱シテ獄ニ投ズ
  ルニ至ル  而シテ其極ヤ既ニ國庫ノ歳入數十萬圓ヲ減ジ又將ニ幾億千萬圓ニ達セン
  トス  現ニ人民公民ノ權を失フモノ算ナクシテ町村ノ自治全ク頽廢セラレ貧苦疾病
  及ビ毒ニ中リテ死スルモノ亦年々多キヲ加フ
  伏テ惟ミルニ
陛下不世出ノ資ヲ以テ列聖ノ餘烈ヲ紹ギ德四海ニ溢レ威八紘ニ展ブ  億兆昇平ヲ謳歌
  セザルナシ  而モ輦轂ノ下ヲ距ル甚ダ遠カラズシテ數十萬無告ノ窮民空シク雨露ノ
  恩ヲ希フテ昊天ニ號泣スルヲ見ル  嗚呼是レ聖代ノ汚點ニ非ズト謂ハンヤ  而シテ
  其責ヤ實ニ政府當局ノ怠慢曠職ニシテ上ハ
陛下ノ總明ヲ壅蔽シ奉リ下ハ家國民生ヲ以テ念ト爲サヾルニ在ラズンバアラズ  嗚呼
  四縣ノ地亦
陛下ノ一家ニアラズヤ  四縣ノ民亦
陛下ノ赤子ニアラズヤ  政府當局ガ
陛下ノ地ト人トヲ把テ如此キノ悲境ニ陷ラシメテ省ミルナキモノ是レ
ノ默視スルコ
  ト能ハザル所ナリ
 伏テ惟ルニ政府當局ヲシテ能ク其責ヲ竭サシメ以テ
陛下ノ赤子ヲシテ日月ノ恩ニ光被セシムルノ途他ナシ  渡良瀬河ノ水源ヲ清ムル其一
  ナリ  河身ヲ修築シテ其天然ノ舊ニ復スル其二ナリ  激甚ノ毒土ヲ除去スル其三ナ
  リ  沿岸無量ノ天産ヲ復活スル其四ナリ  多數町村ノ頽廢セルモノヲ恢復スル其五
  ナリ  加毒ノ鑛業ヲ止メ毒水毒屑ノ流出ヲ根絶スル其六ナリ 加此ニシテ數十萬生
  靈ノ死命ヲ救ヒ居住相續ノ基ヘヲ回復シ其人口ノ減耗ヲ防遏シ且ツ我日本帝國憲法
  及ビ法律ヲ正當ニ實行シテ各其權利ヲ保持セシメ更ニ將來國家ノ基礎タル無量ノ勢
  力及ビ富財ノ損失ヲ斷絶スルヲ得ベケンナリ  若シ然ラズシテ長ク毒水ノ横流ニ任
  セバ
ハ恐ル其禍ノ及ブ所將サニ測ル可ラザルモノアランコトヲ
 
年六十一而シテ老病日ニ迫ル  念フニ餘命幾クモナシ  唯萬一ノ報効ヲ期シテ敢
 テ一身ヲ以テ利害ヲ計ラズ  故ニ斧鉞ノ誅ヲ冒シテ以テ聞ス情切ニ事急ニシテ涕泣
  言フ所ヲ知ラズ  伏テ望ムラクハ
聖明矜察ヲ垂レ給ハンコトヲ  
痛絶呼號ノ至リニ任フルナシ
   明治三十四年十二月 
                    草莽ノ微臣田中正造誠恐誠惶頓首頓首 ㊞





      * * * * * * * *


 (読み仮名つき本文)
  
読みについて、お気づきの点を教えていただければ幸いです。



        謹 奏(きんそう)           
                                          田中正造 ㊞         

 草莽(そうもう)ノ微臣田中正造誠恐誠惶(せいきょうせいこう)頓首頓首(とんしゅとんしゅ) 

   
(つつしみ)テ奏ス  伏(ふし)テ惟(おもんみ)ルニ田間(でんかん)ノ匹夫(ひっぷ)
  
(あえ)テ規(のり)ヲ踰(こ)エ法ヲ犯シテ
鳳駕
(ほうが)ニ近前(きんぜん)スル其(その)罪實(まこと)ニ萬死(ばんし)ニ當(あた)
  リ  而
(しか)モ甘(あまん)ジテ之(これ)ヲ爲(な)ス所以(ゆえん)ノモノハ洵(まこと)
  
ニ國家生民ノ爲(ため)ニ圖(はか)リテ一片ノ耿耿(こうこう)(つい)ニ忍ブ能(あた)
  
ハザルモノ有レバナリ  伏(ふし)テ望ムラクハ
陛下深仁深慈
(しんじんしんじ)ガ至愚(しぐ)ヲ憐レミテ少シク乙夜(いつや)ノ覧(らん)
   
ヲ垂(た)レ給ハンコトヲ
 伏シテ惟
(おもんみ)ルニ東京ノ北四十里ニシテ足尾銅山アリ  近年鑛業上ノ器械洋
  式ノ發達スルニ從ヒテ其
(その)流毒(りゅうどく)益々(ますます)多ク其(その)採鑛製銅
  ノ際ニ生ズル所ノ毒水ト毒屑
(どくせつ)ト之(こ)レヲ澗谷(かんこく)ヲ埋メ溪流(けい
   りゅう)
ニ注(そそ)ギ渡良瀬河(わたらせがわ)ニ奔下(ほんか)シテ沿岸其害(そのがい)
  被
(こうむ)ラザルナシ  加(くわ)フルニ比年(ひねん)山林ヲ濫伐(らんばつ)シ煙毒(え
   んどく)
水源ヲ赤土ト爲(な)セルガ故ニ河身(かしん)激變シテ洪水又水量ノ高マルコ
  ト數尺毒流四方ニ氾濫シ毒渣
(どくさ)ノ浸潤スルノ處茨城栃木群馬埼玉四縣及其下
  流ノ地數萬町歩ニ達シ魚族斃死
(へいし)シ田園荒廢シ數十萬ノ人民ノ中(う)チ産ヲ
  失ヒルアリ營養ヲ失ヒルアリ或ハ業ニ離レ飢
(うえ)テ食ナク病(やみ)テ藥ナキアリ
  老幼ハ溝壑
(こうがく)ニ轉ジ壯者(そうしゃ)ハ去(さり)テ他國ニ流離セリ  如此(かく
   のごとく)
ニシテ二十年前ノ肥田(ひでん)沃土(よくど)ハ今ヤ化シテ黄茅(こうぼう)
  葦
(はくい)滿目(まんもく)慘憺(さんたん)ノ荒野(こうや)ト爲(な)レルアリ 
 
(つと)ニ鑛毒ノ禍害ノ滔滔(とうとう)底止(ていし)スル所ナキト民人ノ痛苦其極
  
(そのきょく)ニ達セルトヲ見テ憂悶(ゆうもん)手足ヲ措(お)クニ處ナシ  嚮(さき)
  選レテ衆議院議員ト爲
(な)ルヤ第二期議會ノ時初メテ狀ヲ具シテ政府ニ質(ただ)
  所アリ  爾後
(じご)議會ニ於テ大聲疾呼(たいせい・しっこ)(その)拯救(じょうきゅう)
   
ノ策ヲ求ムル茲(ここ)ニ十年而(しか)モ政府ノ當局ハ常ニ言(げん)ヲ左右ニ托(たく)
   
シテ之ガ適當ノ措置ヲ施スコトナシ  而(しか)シテ地方牧民ノ職ニ在ルモノ亦(また)
   
(てん)トシテ省(かえり)ミルナシ  甚(はなはだ)シキハ即チ人民ノ窮苦(きゅうく)
  堪
(た)ヘズシテ群起(ぐんき)シテ其保護ヲ請願スルヤ有司(ゆうし)ハ警吏(けいり)
  派
(は)シテ之ヲ壓抑(あつよく)シ誣(しい)テ兇徒(きょうと)ト稱シテ獄(ごく)ニ投ズ
  ルニ至ル  而
(しか)シテ其極(そのきょく)ヤ既ニ國庫ノ歳入(さいにゅう)數十萬圓ヲ減
  ジ又將
(まさ)ニ幾億千萬圓ニ達セントス  現(げん)ニ人民公民ノ權(けん)を失フモ
  ノ算ナクシテ町村ノ自治全ク頽廢
(たいはい)セラレ貧苦疾病(ひんく・しっぺい)及ビ毒
  ニ中
(あた)リテ死スルモノ亦(また)年々多キヲ加フ
  伏
(ふし)テ惟(おもん)ミルニ
陛下不世出
(ふせいしゅつ)ノ資(し)ヲ以(もっ)テ列聖ノ餘烈ヲ紹(つ)ギ 德(とく)四海
  
(しかい )ニ溢(あふ)レ威(い)八紘(はっこう)ニ展(の)ブ  億兆(おくちょう)昇平ヲ謳
  歌
(おうか)セザルナシ  而(しか)モ輦轂(れんこく)ノ下(もと)ヲ距(へだた)ル甚(はな
   は)
ダ遠カラズシテ數十萬無告(むこく)ノ窮民(きゅうみん)(むな)シク雨露(うろ)
  恩ヲ希
(こいねが)フテ昊天(こうてん)ニ號泣スルヲ見ル  嗚呼(ああ)(こ)レ聖代ノ
  汚點
(おてん)ニ非(あら)ズト謂(い)ハンヤ 而(しか)シテ其責(そのせめ)ヤ實(まこと)
  
ニ政府當局ノ怠慢曠職(たいまん・こうしょく)ニシテ上ハ
陛下ノ總明ヲ壅蔽
(ようへい)シ奉(たてまつ)リ下ハ家國民生ヲ以テ念(ねん)トと爲(な)
   
サヾルニ在(あ)ラズンバアラズ  嗚呼(ああ)四縣ノ地亦(また)
陛下ノ一家ニアラズヤ  四縣ノ民亦
陛下ノ赤子
(せきし)ニアラズヤ  政府當局ガ
陛下ノ地ト人トヲ把
(とり)テ如此(かくのごと)キノ悲境ニ陷(おちい)ラシメテ省(かえり)
  
ミルナキモノ是(こ)ノ默視(もくし)スルコト能(あた)ハザル所ナリ
 伏
(ふし)テ惟(おもんみ)ルニ政府當局ヲシテ能(よ)ク其責ヲ竭(つく)サシメ以(もっ)
  

陛下ノ赤子
(せきし)ヲシテ日月(じつげつ)ノ恩ニ光被(こうひ)セシムルノ途(みち)(た)
   
ナシ  渡良瀬河ノ水源ヲ清(きよ)ムル其(その)一ナリ  河身ヲ修築シテ其(その)天然
  ノ舊
(きゅう)ニ復スル其二ナリ  激甚(げきじん)ノ毒土ヲ除去スル其三ナリ  沿岸無量
  ノ天産
(てんさん)ヲ復活スル其四ナリ  多數町村ノ頽廢(たいはい)セルモノヲ恢復(かい
   ふく)
スル其五ナリ  加毒ノ鑛業ヲ止メ毒水(どくすい)毒屑(どくせつ)ノ流出ヲ根絶ス
  ル其六ナリ 加此
(かくのごとく)ニシテ數十萬生靈ノ死命ヲ救ヒ居住相續ノ基(もと)
  ヲ回復シ其
(その)人口ノ減耗(げんこう)ヲ防遏(ぼうあつ)シ且(か)ツ我日本帝國憲法及
  ビ法律ヲ正當ニ實行シテ各
(おのおの)其權利ヲ保持セシメ更ニ將來國家ノ基礎タル無
  量ノ勢力及ビ富財
(ふざい)ノ損失ヲ斷絶スルヲ得(う)ベケンナリ  若(も)シ然(しか)
  
ラズシテ長ク毒水ノ横流(おうりゅう)ニ任(まか)セバハ恐ル其禍ノ及ブ所將(ま)サニ
  測
(はか)ル可(べか)ラザルモノアランコトヲ
 
年六十一而(しか)シテ老病日ニ迫(せま)ル  念(おも)フニ餘命幾(いくば)クモナシ
  唯
(ただ)萬一ノ報効(ほうこう)ヲ期シテ敢(あえ)テ一身(いっしん)ヲ以テ利害ヲ計(は
   か)
ラズ  故ニ斧鉞(ふえつ)ノ誅(ちゅう)ヲ冒(おか)シテ以テ聞(ぶん)ス情(じょう)
  
(せつ)ニ事(こと)(きゅう)ニシテ涕泣(ていきゅう)言フ所ヲ知ラズ  伏(ふし)テ望ム
  ラクハ
聖明
(せいめい)矜察(きょうさつ)ヲ垂(た)レ給ハンコトヲ  痛絶(つうぜつ)呼號(こごう)
  
ノ至リニ任(た)フルナシ
   明治三十四年十二月 
                     草莽ノ微臣田中正造誠恐誠惶頓首頓首 ㊞ 

 

 

 

 
    (注) 1.上記の「田中正造翁の直訴状」は、『田中正造全集』第3巻(岩波書店、1979(昭和54)
        年1月19日発行)所収の「直訴状(謹奏)」 によりました。ただし、句読点を省略し、当用漢字
        を旧漢字に改めてあります。

             読み仮名つき本文」は、引用者が主として『田中正造とその郷土』というサイトにある「足
        
尾鉱毒事件の直訴状全文」(注3参照)のルビを参考にさせていただいて書いたものですが、
        一部、読みの異なる箇所があります。お気づきの点を教えていただければ幸いです。

        2. この「直訴状(謹奏)」は、幸徳秋水によって起草され、田中正造自身によって加筆・抹消
        等の修正がなされましたが、ここに掲げたものは、田中正造によって修正された形のもので
        す。
        3. 『田中正造とその郷土』というサイトに、「佐野が生んだ偉人 田中正造 その行動と思
        想」があり、たいへん参考になります。
         そこに「天皇への直訴(上訴)」というページや「足尾鉱毒事件の直訴状全文」のページが
        あり、「直訴状全文」は主な漢字にルビがついていてたいへん読みやすくなっています。
        4. 田中正造(たなか・しょうぞう)=政治家。下野小中村(栃木県佐野市)生れ。自由民権
             運動に参加。1890年(明治23)以来衆議院議員に当選。足尾銅山鉱毒問題解決
            に努力、1901年天皇に直訴。以後も終生鉱毒問題に力を注いだ。
(1841-1913)
          
足尾(あしお)=栃木県日光市の地名。1610年(慶長15)発見の銅山があり、初め幕
            府直轄、明治以後民営、1973年採掘中止。

          
足尾鉱毒事件(あしお・こうどくじけん)=古河財閥の経営する足尾銅山より流出する鉱
            毒によって災害を受けた渡良瀬川下流の農民たちが、鉱業停止・損害賠償を求め
            て請願・反対運動を起こし、特に1890年代以降、大きな社会問題にまで進展した
            事件。衆議院議員田中正造はこれを積極的に支援し、天皇への直訴にまで及んだ。

                                                 (以上、『広辞苑』第6版による。)
        5. 『青空文庫』に、田中正造の「直訴状」があります。これも岩波書店の『田中正造全集』に
        よったもので、ここには幸徳秋水が起草した形と、田中正造が加筆・削除・修正した箇所が
        示されていて参考になります。

        6. フリー百科事典『ウィキペディア』に、「田中正造」の項があります。
        7. 『国立国会図書館』のサイトの「近代日本人の肖像」に、「田中正造」があります。
          『国立国会図書館』 → 「電子展示会」 → 「近代日本人の肖像」 → 「田中正造」
    


          



  
    


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