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 | 1. | 上記の「1.枕石寺の草創 2.枕石寺の建立及び移転」の本文は、だいぶ前に枕石寺を訪れたときに頂いた案内の印刷物から転記しました。 |  |  | 
			
				|  |  | 2. | 文中に、「枕石寺9代目、道清法師の時に現在地に移転、ここに移ってから昭和50年で434年、建立以来実に763年、……となる」とあるのは、平成22年(2010年)現在に直せば、「平成22年で469年、建立以来実に798年、……となる」となります。 |  |  | 
			
				|  |  | 3. | 常陸太田市のホームページには、枕石寺の紹介が次のように出ています。 枕石寺(ちんせきじ)
 親鸞聖人の法弟入西房道円の開基と言われる寺院で、真宗24拝の第15番寺。開基当初は大門地域にあったが、その後内田町に移され、天文9(1540)年に現在の場所に移建されました。開基の道円は、北面の武士(平安後期に上皇の御所の守護などにあたった武士)であったが、とある罪により大門地域に隠棲していました。建暦2(1212)年の雪の夜、関東教化のために当地を訪れた親鸞は、一夜の宿を頼んだが、道円はこれを断りました。そこで親鸞は、「寒くとも たもとに入れよ 西の風 弥陀の国より 吹くと思へば」と詠んで、石を枕に身を横たえたといいます。親鸞の偉大さに感銘を受けた道円は、師の行為にちなんでこの寺を「枕石寺」と名付けたといいます。本尊は、延宝元年(1673)年に徳川光圀公が寄贈した阿弥陀如来で、寺宝として親鸞の筆とさる六字名号、大心海の文字が刻まれた、親鸞が身を横たえたという枕石が所蔵されています。なお、この枕石は、年に1度、11月26日にのみ公開されています。
 所在地:常陸太田市上河合町1102-1
 電 話:0294-72-2652
 引用者注:引用者の判断で、文中、一部手直しをした個所があります。
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				|  |  | 4. | 語句の読みについて 日野左衛門尉頼秋……ひのさえもんのじょう・よりあき
 常陸国大門の里………ひたちのくに・おおかどのさと
 入西房道円……………にゅうさいぼう・どうえん
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				|  |  | 5. | 枕石寺は、倉田百三の戲曲『出家とその弟子』でも知られているお寺です。 『出家とその弟子』は、岩波文庫で読むことができます。また、これはワイド版岩波文庫にも入っています。
 参考: 岩波書店による岩波文庫『出家とその弟子』についての紹介文
 苦境にあって『聖書』と『歎異抄』を熟読した倉田の代表作。「今日のアジアにおいてこれほど純粋な宗教的芸術作品をわたしは知らない」(ロマン・ロラン)
 
 岩波文庫の『出家とその弟子』は、青空文庫に入っていますので、そこで読むこともできます。
 青空文庫
 →『出家とその弟子』 (底本:岩波文庫)
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				|  |  |  | 資料342に、「枕石寺(大峰貫道編『親鸞聖人二十四輩順拝記』より)」があります。 資料343に、「大門村枕石寺・日野左衛門の事(佐竹智応編『御開山聖人御伝記絵鈔』より)」があります。
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