(注) | 1. |
この高村光太郎「最低にして最高の道」は、昭和21年8月6日発行の文部省教科書『中等國語一[後]』に掲載された詩です。 筑摩書房版の『高村光太郎全集』(昭和32年10月10日第1刷発行、昭和51年10月10日第2刷発行)の巻末後記には、この詩は、「昭和15年7月10日作。「大きく生きよう」の原題で『家の光』に発表された」とあります。太平洋戦争中の昭和17年(1942)1月に発行された詩集『大いなる日に』に収められました。 |
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2. | 『中等國語一[後]』の教科書は、昭和21年度の1年間だけしか使われませんでした。翌昭和22年には新制中学が発足して、新しい教科書が作られたからです。新しい教科書には、光太郎のこの詩は載りませんでした。 | ||||
3. | 本文に用いられている平仮名の「く」を縦に長く伸ばした形の繰り返し符号は、普通の仮名に直してあります。(「こそこそ」「のびのび」) | ||||
4. | 『中等國語 一[後]』掲載の「尊徳先生の幼時」の本文が資料214に、島木赤彦の「湖畔の冬」が資料220にあります。 | ||||
5. | 筑摩書房版の『高村光太郎全集』(昭和32年10月10日第1刷発行、昭和51年10月10日)に出ている本文を、次に示しておきます。(全集
298~299頁) 最低にして最高の道 もう止さう。 ちひさな利慾とちひさな不平と、 ちひさなぐちとちひさな怒りと、 さういふうるさいけちなものは、 あゝ、きれいにもう止さう。 わたくし事のいざこざに 見にくい皺を縱によせて この世を地獄に住むのは止さう。 こそこそと裏から裏へ うす汚い企みをやるのは止さう。 この世の拔驅けはもう止さう。 さういふ事はともかく忘れて、 みんなと一緒に大きく生きよう。 見かけもかけ値もない裸のこころで らくらくと、のびのびと、 あの空を仰いでわれらは生きよう。 泣くも笑ふもみんなと一緒に、 最低にして最高の道をゆかう。 (補注)詩中の「けち」には、傍点( 、)がついています。 ここではそれを太字で代用しました。 |
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