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北 方 未 來 考 （抄） 德 川 齊 昭
一、 諸向へ
此の度、松前、蝦夷、唐太（からふと）島々一圓御領地に御任せ遊ばされ候に付、
右の地へ入らせられ、永世（えいせい）天下の御爲、海防（かいばう）等の義專ら御
心を御用ひ遊ばされ樣にとの上意を蒙らせられ候へば、夫れぞれ御人割り遊ば
され候處、彼の地へ御供（おとも）仰付けられ候者の中には、迷惑（めいわく）の
者も之れあるべく、又、御供仰付けられざる中には、遺憾（ゐかん）に存じ候者
も之れあるべく候へ共、何程北地の御儀は御急務、天下の御爲に候とて、江水
御有用の御人指し置かれず候ては御指し支に相成り候故、尊慮（そんりよ）を以て
夫れぞれ仰出され候御事に候へば、一同承知し奉り、北地へ仰付けられ候者
も、又、江水（かうすゐ）へ御殘りに相成り候者も、夫れぞれ武備（ぶび）專ら相心
掛け、同じ御奉公の事に候故、私の存意に叶（かな）ひ申さず候とて、いさゝか
文武を怠り申さざる樣、且つ又、御用便よろしく、北地の儀も御模通り相成り
候樣にと心がけさせらるべき由（よし）仰出（おほせいだ）され候。
一、北地へ供に召し連れ候は、武備あるの者は勿論に候へ共、大臣の忰共（せがれ
ども）は召し連れ申すべし。左候時は彼の地へ行く行くさし置き候□相成り、彼
の地は必ず本の樣に相成るべく候。小給（せうきふ）の者のみ召しつれ候ては、我
等死去の後は必ず北地へ參り候大臣之れなき樣相成るべき事。（必ず北地の開
發（かいはつ）中絶致すべく候也。）
一、山野邊（やまのべ）、鈴木等を初め、家中の二三男等夫れぞれに十六以上は殘ら
ず召し出し、（但し、給金は少々にて、土地遣はし候よし申し達す。）
一、北地の内願相整ひ申し候はゞ、早速（さつそく）鶴千代麿簾中の儀、何れより成
りとも引取り申すべき事。（此の方娘を遣はし候と違ひ、直ちに約束は出來申
すべく、何分手輕に早く引取るべし。）
（附箋）
追て考ふるに、此の度の儀は最初の儀故云々と申す。此の度計（ばか）りに
ても簾中（れんちゆう）を北地迄下し度き趣きに口上にて申し取り相濟み候は
ゞ、以來簾中は相止め、源威（げんゐ）殿の趣きにいたし然るべく、萬一、公
邊より如何の譯と御尋ね之れあり候節、北地へ召し連れ候儀相成り候はゞ云
々と、夫れ次第にてさし置き候へば尚ほ以ての事なり。
右は北地へとみ宮一同參策（さんさく）すべきなり。實に江戸より國勝手申し付け
候てさへ、女子は勿論我が住むべき水戸へ下るにだになきかなしめば、况や蝦
夷へ行かんはなきかなしむべけれど、とみ宮まで行く事とならば下々迄の思ひ
入れも相違すべく、又、萬一、我等不快等の節にも家中共の心配も薄く候は
ん。又、簾中（れんちゆう）迄彼方（かなた）に居り候へば、全くの腰かけと思ふ人
もなく、皆々落付き心にて彼の地へ行くべければ、かたがた右樣にするには、
鶴千代の簾中之れある時は、公邊の御聞濟みもよく、又、御守殿（ごしゆでん）に
ても格別（かくべつ）御さびしくも之れなく候へば、願ひも叶（かな）ふといふ物
なり。鶴千代の簾中來らば、我等、とみ宮は駒込へ先づ退いて御守殿に遠ざか
り有る方、追て北地に行く爲にはよろしきなり。其の内萬々一出火等もあら
ば、必ず我等、とみ宮は駒込（こまごめ）へと思ふなれば、兼てとみ宮へも申し聞
かし置くなり。
（附箋）
本文認め候處出火も之れあり、一度簾中駒込へ住居申出も致し候處、又
小石川へ來る樣相成り候へば、此の策も無になる。
一、内願整ひ候上は、大船の造第一なり。雛形（ひながた）は千年作らしめたる形に
て、今少し水入深く有りたし。又、釘は銅を用ひ、鐵釘の處は釘へ燒（や）き付
け、うるしにて打ち、其の上へ木蓋（きぶた）をすべし。扨て又、萬一異船より
大玉を打ちかけて船穿（うが）つとも、少さきせんにて留める愚案（ぐあん）あり。
（但し、舟の大きさにより十本もかけべし。帆の多き程はしりよき筈なり。）
一、難船に相成る時は、船中の水大切なりは愚考あるなり。（此處へ記さず。）
一、難船（なんせん）にて荷打ちするは、荷を多くつみて船足入り過る故なり。故
に定めより上積む事は嚴重（げんぢゆう）禁（きん）ずべし。扨て、據なく積むな
らば、左の如く愚考。
渡り九尺餘、長さは七間にも長くヰド皮の如くし、三分の一上の方を明け、
三分が二荷をつめ、口をよくして太きつなにて船の左右へ付引きすべし。萬々
一難船に成り候ても、船の左右（さいう）に重りあれば船のかへる事なし。（但
し、船の行は遲くなるとも已むなし。）船の儀と大筒（おほづつ）等の儀は色々愚
考あれ共、書取り兼ぬる故略す。
一、諸士自分にて賣買の儀は禁じ候とも、係（かか）り役に應じて人召抱（めし
かゝ）へ置き、右に賣買致させ候事は指ゆるし然るべきや。さもなくしては、勝
手をよく致し候事相成る間敷（まじく）や。勝手惡しければ自ら武備の屆き申す
間敷成る事。
一、難船に成りては如何とも爲す事叶はずとも、叶はず迄も備はなくして叶はざ
るは、我等の乘船は勿論、大臣等誰にても、非常の節の備せんには、箱を拵へ
置き、（箱は檜にて厚さ三四寸計り、三分が一下へ鉛又は鐵を張る。委細圖の
如し）。……圖は略す。
一、鶴千代麿簾中引取り置き、追て婚姻（こんいん）の儀願通り相整ひ候はゞ、右ヶ
條出願申すべし。（但し、文義は其の節に至り認め申すべく、全く心覺え候ヶ
條のみを此處に記す者なり。其の時に至り、尤もに聞ゆる樣には如何にも成る
なり。）
一、大きく丈夫なる船造作の事、○簾中同道の事、（是は時宜敷（よろしき）節（せ
つ）、先づ水戸へ下し、瑞龍參拜、鹽湯治抔の書が然るべきか。）○彼の地規格
（きかく）立ち候迄參府御免（さんぷごめん）、規格立ち申し候はゞ、五六ヶ年に一
度づゝ御機嫌（ごきげん）伺ひをして出府の事、○以來忰（せがれ）出來、當主四十
にも相成り候はゞ北地詰（づめ）仰付けられ候ことの事、御參府の節風により候は
ゞ、浦賀よりも參府歸國致させ度の事、○異船は是れ迄燒き拂ひに候へ共、別
に木品等取集め船造作も入用掛り候故、模樣かへ候て用ひ申し度きの事、○銅
板の事、○二三男等彼の地へ分家に取立て、竝に出府御目見席の事、○北地の
佛寺相止め申し度き事、○國名願ひの事、○北地に長く之れある者官位御進
め、江水より北地へ下り兼ね候者は御沙汰の事、○御手傳（おてつだひ）御免の
事、右願ひ通りに整ひ申候はゞ、常州邊（じやうしうあたり）非常の事も之れあり候
節、嫡子幼年に候はゞ水戸へ罷り下り下知之れあるやう、讃州（さんしう）初めへ
御達しに相成る樣との事、（尤文ヶ條の儀、表向（おもてむ）き老中へ家老を以て
指出し候願書竝に直書の案文の趣末に有り、北地整はゞ、鶴千代簾中の願ひ第
一なり。）
一、松前への渡りかけに、オコシリ島へ [水戸殿領分の]馬牧といふ石にて成り
共、木にて成り共印を立て、扨て風により火を放ちて燒き拂ひ、南部大馬を二
三十も放し、（但し男馬は牧に及ばず、よき馬をえらぶべし。）是を仕事の初
めとすべし。（吉成又衛門、吉野英臣、馬乘政五郎等へ申し付け然るべきや。
金藏もよろし。）是は此の如くして置き、蝦夷地開く中には自から馬數出來る
なり。
一、馬を渡す船は、五六石積より千石積迄の船へ馬の四十疋を締め、横にねかし
いくつも重ね、其の上へ棚板（たないた）の如きをし、又上へ並べ、二重にも三重
にもつめるなり。牛は四足締めずして何れも太き網すかりへ入れて、追々大船
へ積むなり。（馬は四足を締め網へ入れてはね板まで引付け上る。牛は四足を
網へ通して同斷にす。船より出づる時も同斷なり。）馬は追々島々へ色は分つ
て放つべし。牛は一切島へ放つべからず。是は食用になる物にて、島々に在る
時は、敵人の合力（がふりよく）と成るなり。蝦夷城下へは多くすべし。
一、北地手に入り候はゞ、早速（さつそく）受取り渡しに遣す人物大切なり。（吉成
（よしなり）又衛門、大内淸衛門同道、其の人多かるべし。）大銃、玉藥（たまぐす
り）竝に貯米等は讓受け候て之れあるべく、（但し、松の行所により持參致す
べく、先より讓渡すよし申さずば一切此の方より求め申す間敷）扨て又、此の
度は如何樣の法令に相成り候やと、請負（うけおひ）人共疑惑（ぎわく）して役人の
方へ賄賂をつかひ候儀は指見えの處、明白に行ひ候は惡し、又取るも惡し、賄
賂の證文のみ取り置くべし。必ず是迄より賄賂金多く成りても請負申受け度く
存じ、是迄より賄賂金多くそへけれ共、我等行はざる中は返答相成らざる由承
り置き、追て夫れだけを收納へ込めて納めさすべし。其の場所々々へつめ候人
は（蝦夷の城下より勤番（きんばん）なり）手當遣（つか）はさずしては叶はざる事
なれば、右賄賂（わいろ）金だけ收納（しうなふ）に入れ候へば、手當金（てあてきん）
にも扱ひよし。人心服さん事を思ひ、初めより無人なし過るは惡し。（吉成又
衛門の外には、吉野、福地、安島（あじま）など、又下なる所は、夫れぞれ人物
見立て申すべし。大内淸衛門などの者も掛合せ召し連れ申すべし。）
一、先づ初めは彼の地勝手も相分からずば、是迄松前にて人數指出し置き候所々
へ人數指出し置き申すべく候。我等下り一覽の上にて下知致すべく候。
一、三四月の頃我等松前へ下り、直樣（すぐさま）風を待ちて石狩（いしかり）川より
登り、同川續き右方なる湖水へ船かけして、四方八方風に任せて燒き拂ひ、ユ
ウイ山等へ登りて地形を見、城郭に相成るべき要害（えうがい）の地にて津のよろ
しき處、且つ又西北に山を受けて温く（是は草木の模様にて知るべし。）見ゆ
る地へ居城を築きて、然るべき處へ其の地の雜木を取集め、小屋がけして城普
請の下知有るべし。兵粮米等は右の湖水を目當てとして、右へ追々人夫より小
屋迄運すべし。（草木花咲き實のるも、内に陽氣を含む故なり。故に中國へ蹈
み入りて開くべし。但し、馬牛は岡廻しこすべし。）
一、大臣、小臣共、多分城下より二三里より十里内外の處へ土着申付け、城下へ
は一切妻子之れなき樣致すべく候處、初めより左樣にも相成り難く候へ共、後
には此の如しといふ組立て之れなき時は目立て相違する故、初めより行く行く
土着の段申し達すべし。
一、城普請は門櫓（もんやぐら）渡（わた）り矢倉（やぐら）を初めとして、我等を初め
皆々先づ是に住居すべし。
一、城普請に取りかゝりては、日々下知するなれ共、九月末よりは普請（ふしん）
も相成り兼ね候はん故、一と先づ松前へ引取り、又明年三四月頃より取りかゝ
るべし。（普請の儀、地方へ申し聞かせ候は勿論ながら、蝦夷人を多く遣ふべ
し。）
一、城普請出來候ならば、勤番家中の者共は皆、櫓、渡り矢倉等、又は見付（みつ
け）等初めより假宅にも相成る樣拵へ、夫れぞれわりつけ詰中住するなり。但
し、何れの矢倉等へも大筒、小筒、玉藥、弓矢等備へ預け置くは、異變（いへん）
の事之れあるの節は、直ちに用の立つ樣にするなり。故に櫓（やぐら）等の數は
多く造作す。常に櫓に人住む時は、自から非常の事も早く見付け、又、直ちに
打ち拂ふ事も早き爲なり。
一、大筒方見付々々、關所々々へ住宅申し付け、大筒をも預け備ふ。
一、ユウイ山を北に取りて城郭とするならば（只たとへなり。）松前の方へ海道
一つマスホヽ川（カラフトへの近くなり）アツケシの邊へ一つと三つに道をし
て、夫れより船付き等の方へ枝道（えだみち）を付くべし。扨て又、家中を土着に
致し候儀、大臣、小臣、海道の左右、或は關所（せきしよ）の近くへ大小の臣取り
交へて割付くべし。（圖は略す）
一、家中土着は皆、圖の如き趣きにて、常に知る所へ住宅、備所々々は皆勤番に
すべし。尤も繁多（はんた）の役は城下へ妻子等指置くも少しはあるべし。知行所
は皆一まとめに遣すべし。又、目附、小十人目附、徒目附（かちめつけ）、下兩役
抔も土着（どちやく）の間に交ぜ置くべし。醫師も同斷。（圖は略す。）
一、大臣一人へ小臣百人づゝも支配とすべし。大臣外へ出で候節は、外大臣へ支
配（しはい）を頼み預けて出づべし。大小の臣共皆要路（えうろ）々々にて知行遣す
べき事。
一、大臣、小臣共、追々土地にて遣はし、百姓も多分農兵に仕立て、（但し、漁
民にても同斷。非常の節は武用に相成り候樣、常々漁事（ぎよじ）無きの節は武藝
仕込（しこ）み置くべし。）戰士（せんし）は何人にても多き程よければ、服し來る
浪士等へは土地を渡して侍に取立つべし。
一、牛馬多からざれば土地は開けざる者なり。年々、南部、津輕等より牛馬數百
徙（うつ）すべし。駄馬、駄牛尤も多く徙すべし。多き内には良馬の出來るはさ
し見えなれば、格別に上々の馬を撰ぶに及ばず。尤も男馬抔は上を撰ぶべし。
男馬は數少しにてもよし。馬は島々へ色別して放し、又、城郭（じやうくわく）作
るべき處へもふやすべし。牛は城郭近くへ多くふやすべし。（但し、城下より
ふえて追々先きざきへ行屆（ゆきとゞ）き候樣にすべし。たとへ多く相成り候て
も、島々へは一切放ち申す間敷く候。）入用はかゝり候共、牛馬は早くふえ候
仕法（しはふ）に之れなくては、地は開け申さぬものなり。
一、海防場所々々年番を立て、勤番（きんばん）にいたさせ申すべき事。たとへば
一ヶ年は松前、一ヶ年は知行所、又一ヶ年は城下、又一ヶ年は知行所、又一ヶ
年は江着と申す如く、右樣之れなき時は、自から請負人へ馴れ合ひ、不正出來
申し候。但し、遠近によりて日數等の定めは之れあるべきや。勝手方、先手目
附等、總て十干と十二支の如く、いつも組合せの同じ樣に相成らず候樣定の申
すべく候。
一、勤番にて持場へつめ候者は、故障（こしやう）なき所にて魚漁等免（ゆる）し、割
合を以て夫れぞれ役得（やくとく）にも相成る樣致させ、又は玉藥の備に致すべき
事。一ヶ所毎に役人（先手目附、勝手方抔（など）なり。武役より兼ねる。）さ
し置き、（但し、醫師は□るなり。）足輕には所の者を殘らず非常の節用に立
て候樣、兼ねて仕込み置き候へば、同心（どうしん）、足輕等は多分遣はし候には
及ばず候。
一、請負人共、城下へ元店を出させ申すべく、店を出さゞる分は請負を取り放
す。大坂其の外よりも出柵（でみせ）を出させ、城下榮え候樣。（湯屋、米屋、
第一出來申すべき事。）
一、城下より放れ、然るべき地へ遊里を立てさせ申すべく、正論（せいろん）に於い
ては如何と申し候はんが、城郭を築き候抔一日暮しの者召し遣し候に、遊里之
れなき時は、長く蝦夷には居兼ね申し候はん。且つ又たとへば十萬金城普請へ
かけ候て、其の十萬金を蝦夷へ落させ候は、遊里と湯屋（ゆや）の外は之れある
間敷（まじく）、且つ又、何にても遊里之れある處は榮え申し候へば、遊里は城
普請一同に致させ申すべく候。
一、八方共海岸より城下迄の間、三里か五里位の處々へ番家を立て、別に小屋が
けし、右の内へ兼ねて薪を入れ置き、海岸へ異船來り候節は、合圖（あいづ）に火
をつけ、段々に合圖を續け申すべく候。（但し、右樣致し候ても心付かず、續
き候てかゝり上げ申さず候儀も之れあるべく候へ共、不行屆きとて捨て置き候
は猶ほなほ屆かせん之れなし。）
一、城下より四方何れも山谷之れあるべく候へば、箱根の關所の如く左の圖に倣
ひ、道を開き申すべく候。（圖は略す。）
一、關所の近くへは別して、大小の家中取り交ぜ土着（どちやく）置くべし。
一、關所は一ヶ所に之れなく、城迄へは二三ヶ所通りて城へ行く樣にすべし。東
の關三ヶ處、西北南同斷。
一、城郭をのみ堅固（けんご）にせんと人々心得る事なれ共、有り來りは之れなく、
新たに北地を開かんとならば、海を渡り來れば何れも城郭同樣の心得にて、防
禦の都合（つがふ）よき樣に道を開かすべし。關所々々見付見付を出入せざれば外
を成らざる樣にすべし。國中を城に作るべし。
一、蝦夷人は漁事、獵事申付け候は勿論なれ共、家中の家來又は百姓などにも申
付くべし。又、中々にきようの者にて好み候者は、何業にても致させ申すべく
候。
一、蝦夷人を馴（な）らす事肝要（かんえう）なり。必ず是迄は馬鹿に見下し、惠（め
ぐ）みをかけ申す間敷（まじく）と存じ候へば、惠みさへ致し候はゞ必ず骨を折る
働き申し候はんと存ぜられ候。是迄の蝦夷通事、蝦夷敎授に申し付け、此の者
へ下知して敎へさせ申すべく候。
一、蝦夷地の儀は水戸と違ひ嚴寒（げんかん）なれば、着服抔（など）何を用ひ候とも
勝手（かつて）次第、寒さを凌ぐやうにすべし。蝦夷人とても暖きを好むべけれ
ば、綿入（わたいれ）等の柔かなる所をも免すべし。（但し、夫れもあまり程にこ
え候へば、必ず蝦夷人身弱く相成るべく候へば、年にて免し然るべき事。）冠
（かむ）り物、はき物、入湯また膝を折りて座す事抔是迄禁制なれども、以後は
勝手にすべし。扨て、又ひげをすり、髮をたばねさせ申すべく、是も初めは好
まず候はんが、二三年も右の通り致し候はゞ、長くひげ之れあり、又らん髮は
うるさき故、必ず此の法の風には直ちに化すべし。又、日本言葉をつかはせ、
夷語禁じ、女夷は眉をすらせ、未だ縁づかざるは眉をすらず、總て日本の百姓
目當てにすべし。
（鼇頭）
本文髮ひげ、夷人にて是迄のを好む事に候はゞ、何れも先づ夷人の如くし
て、少くして將軍の命の由にて、上下共一同すり候はゞ、夷人も已むなく法
令の如くに相成るべく候。
一、 北地詰の旁へ
北地の儀は嚴寒の地に候へば、水府表と違ひ、木綿、綿服（めんぷく）に及ば
ず、何品にても勝手次第相用ひ、寒氣を凌ぎ御奉公取り續き候樣致さるべく
候。然りながら、七十以下の男子、紅裏等表にあらはし、或は御番相勤め候に
皮の類表へあらはし着用致し候儀は遠慮致さるべく候事。
一、一ヶ年收納（しうなふ）何程之れあり候とも、三つ分ち一つを勝手、一つを武備
（ぶび）、一つを土地相渡し、是（こ）の土地三ヶ年にて發（ひら）け申し候はゞ、
遣し物は引上げ、又餘人へ遣し申すべく、定勝手の儀は武備と一日の論には之
れなく候へ共、勝手惡敷相成り候へば、武備も衰へ候故、勝手の儀も大切也。
一、草木の生ふる所にて作物（さくもつ）出來ざる事なし。手入れと肥し次第なり。
北地ても麥、粟、稗、大根、牛蒡、にら、にんにく、らつきよ、こんにやく、
菜、蕪、三度麥等の物は必ず出來候はん。（按ずるに、麥は其の穗が短く實も
小さく候て宜しからざる樣なれども、必ず油有るべし。又、貯へるには必ずよ
ろしかるべし。粟（あは）、稗とも何れも穗は短く有るべし。稗（ひえ）は上のか
ら多く、内實は小さく有るべし。大根は此方にかはり有るばからず。牛蒡（ごば
う）には尺廻りのもの山にあるよしなれば、是は土地合つて大きく成るのみには
あらず、寒國故實を結ぶ事相成らず、年々にもちこし候故、自ら根は太く相成
る事と思はるゝ也。にら、にんにく等此方より必ずくさみつよかるべし。右の
外紫根、紅花抔必ず此方より色深かるべし。茶抔は葉小さく氣つよくして用に
立ちかね候はん。何も蒔く時手入れず、此方の心得にては相違すべし。竹筍の
出でんとする前、竹は切り捨て、根ばかり後して、山下の南向へ植うべし。）
（鼇頭）
綿は出來申す間敷候へ共、ハンヤ、楮等は必ず出來候はん故、是より綿取
り申すべく、又、蠶は桑出來申すべく候へば、夏の品故善惡はとも角も綿取
り候位に出來申さざる事は之れある間敷、又、麻、からむし等は出來申すべ
く、雪にてさらし候へば日本一なるべし。
あつしも製法により上品に出來申すべく、羽の類は綿にかへ用に相成るべ
く、又、皮類も他出を留め候はゞ綿にかへ候樣にも相成るべく、老人の敷物
には然るべき事、
又、會津抔の雪國（ゆきぐに）蝋よければ、ハセの木を多く仕立（した）つべ
し。一ツの産物に成るべし、又、國中にも有るべし。見出すべし。
（朱書）
前文ハセと認めたのは誤りなり。うるし也。ハセは寒國（かんこく）にては
根付き申す間敷、又、ハセ蝋はウルシよりも下品なり。
麻は必ず出來申すべき故、信州より人を呼びて作らしむべし。
一、公邊にて彼の地御持ちの節、南部（なんぶ）、津輕（つがる）等より松、杉數十萬
御取寄せ、度々御植に相成り候に、海中にて枯れ、或は根付かず、多分の損の
由。愚案ずるに、松、杉にかぎらず、數日をへて水をたちたる故も有るべけれ
ど、又、濱の松を山に植ゑ、山の松を濱に植ゑる時は根付き申さずなれば、其
所の地になれぬ故なり。海中鹽風（しほかぜ）に逢ふ計りにも之れ有る間敷、依て
は總（すべ）ての物、實にて多く渡し、蒔付る時は、日數をへても水をたつ患ひ
もなく、又其の地にて生きる故、必ず根付くべし。人參も山に有りと聞く。若
し有らば朝鮮と蝦夷とは東西相對たる所なれば同樣にて、必ず大人參の功驗有
るべし。若し同樣ならば、山へ多く實を蒔きて作るべし。其の外藥種朝鮮に之
れある者は必ず蝦夷には有るべし。是も開くは一つの國益（こくえき）なるべし。
（竹は内巣甚だ細く、肉厚くして、節を落せば鎗の柄によき竹出來申すべく、木
よりも折るるなし。八幡山、佐賀抔より引くべし。）
一、松前にて是迄の仕來りは、一人なり共人加るときは米も加す故、一人づゝも
人を減る工夫已（のみ）すれば、益々開けざる故也。然しながら人を加して夫れ
だけに食物を入るる事は難き故、一人加せば其の人一人前の土地を渡し、田畑
に相成るべき樣にし、子供が出來るに順て二三男へ土地を渡し分家となし、何
れも夫れぞれに取立つる時は、一人加せば一人だけの田畑（たはた）開け、何百
何千何萬何十萬人加（ま）す共食の指支（さしつかへ）はなき筈なり。精農（せいの
う）をすゝめず共怠る事能はざるなり。尤も全く百姓の外、上へ年貢取らざるは
勿論なり。（人と自分の田畑なれば、怠る事はなき事なり。）
一、一刀と半弓は、何程の下夷にても免し置き、非常の節の用に立つべし。
一、我等が收納は浮役を以て、國々の穀相場より常に多分買ひ貯へ、北地一圓先
づは納米はあてに致さず、土地は人々へ遣はし、全く何も外の業出來申さゞる
者計り百姓に申し付け、是より十分の一二を取る位にて、地は武士へのみ多く
遣はし、さて又、百姓とても刀弓を免し置きて、非常の節は足輕同樣召し連れ
ば、永世には夥敷（おびただしく）武用の人出來申すべきなり。
一、米は勿論なれ共、軍用貯へは鹽、鮭、昆布、梅干（うめぼし）（梅は寒地にても
出來申すべくば、追々には木も植ゑ立て申すべきなり。）葛の類、其の他何に
ても多く貯ふべし。一年の貯來年拂つて跡を仕込むべし。（但し貯め置いて品
によりては三ヶ年目位にも拂ひ申し候はゞ、初めは下直に相成り候べけれど
も、昆布などは外に無きの物故、十年も右の如くする時、やはり後には高値
（たかね）に拂ひに成るなり。山立しは惡敷（あしく）相成らざる物なり。）右の
外國穀は貯め申すべく、鷄、豚、牛等は多く飼ひ置くべし。
一、刀、槍、矢の根、鐵砲、甲冑其の外日用鍛物（いもの）いたす職人又は燒物炭竃
（すみがま）等、多く火をたく物を置くべし。自ら陽氣（やうき）を増す。雜木も自
然取拂ひに成るべし。（右職人多きときは、是も一つの國産にて、又武用の爲
にもよき事なり。）
一、我等奥御殿駒込へ住居する儀、是は北の内願出來申さず候とも、追々隱居（い
んきよ）致し、一同國へ下り候爲、小石川より放れ居り候方都合よし。若し火災
等も之れあり候はゞ、よき席故駒込へ兩人共住居の儀奥御殿へも申し聞かせ置
き、家老、老女へも兼ねて申し置き候事何よりも第一なり。次に北地の内願整
ひ申し候はゞ、先づ鶴千代簾中引取り置き、追て婚姻（こんいん）の儀願ひ申すべ
く、相濟み候はゞ、次に箇條書を以て（箇條書は末に出す）家老共より老中へ
さし出し、并て直筆を以て老中等へ相達す。
（鼇頭）
本文北地の願整ひ候はゞ、先づ鶴千代簾中の願を出し整ひ候上、とみ宮下
りの儀等の願を出し申すべく、鶴千代の簾中出來候上は、とみ宮下りは整ひ
申すべく候。さて、右樣相成り候はゞ、京都より向ひ候ならば國元より迎の
供を致させ、其の者歸りの節とみ宮をば下し申すべく候。
此の儀相整ひ申し候はゞ、次には是迄永續并に年々五千兩づゝ下され置かれ候
處、此の度北地領地に下し置かれ御引かへに相成り候儀有りがたき仕合に候
處、是迄の姿に致し置き候ては、御任せに相成り候甲斐（かひ）も之なく候へ
ば、先達て申し達し候箇條書の趣きに存ぜられ候處、何を申し候も遠路（ゑんろ）
の儀、何程手輕に城郭を初め備場等出來候ても餘程の入用、猶ほ又彼の地へ引
移られ、家中共も一同引移させ候には、莫大の入用相掛り申し候處、北地内願
の儀は狄人防禦いたし、天下の御爲にもいたし、次には勝手の爲にも致され候
心願に御座候處、一時に是迄下し置かれ候永續（えいぞく）等御引上にては、如
何にも指し支へられ候故、永續の名目等は勿論土地と御引きかへに相成候へば
相止め候迄、是迄の通り七ヶ年の間年々に下され候とも、又年々二萬兩づゝ五
ヶ年下され候とも、何れとか相成り候へば、其の餘は何れとか仕方をも仕り申
すべく候故云々と申す趣きにて相願ひ、右の儀相整ひ候はゞ、とみ宮事宜しき
時節（じせつ）先づ水戸へ下し、我等松前（まつまへ）へ渡り候後、追々松前迄引き
移らせ申すべく、家中の家内も追々松前へ引き移らせ申すべく、又、氣候（きこ
う）よろしき節、我等はイシカリを登り燒き拂ひ、イウイ邊へ城郭に相成るべき
地を見立て、直ちに城普請（しろぶしん）に取りかゝり申すべく、秋の末より春迄
は普請出來る迄松前へ住居し、又、夏より秋迄蝦夷へ參り指圖いたし、普請出
來の上、奥向き等迄引移らせ申すべく、家中の儀も家内々々は先づ松前へ指し
置き夫れぞれ住居成るべくにも出來候てより蝦夷へ引き取り申すべき事、先づ
右の手續きにて然るべく心得なり。
一、老中へ遣し候直書案文左の如し。
此の度、松前、蝦夷地一圓領地に仰付けられ、誠に以て御懇（ごねんごろ）の御
儀、年來の至願（しぐわん）成就いたし、天下永世迄の大幸、次には勝手の爲にも
相成るべきと有り難き仕合に存じ奉り候。右に付き候ては、兼ねがね内存の通
りに仕まつらず候ては、譬へば農工へすき、鍬（くは）のみ、かんな等渡さずし
て勤農（きんのう）普請申付け候如く、道具之れなく候ては、強夫、良工にても如
何とも致し兼ね候へば、非常の任仰付けられ候上は、又、非常の願も御叶ひ下
し置かれ候樣仕り度く、依て條々左に認め申し候故、御相談の上相整へ候樣御
申上げ等、よろしく御願ひ申し候也。
一、北狄より是迄追々蝦夷地を蠶食し候儀、蝦夷の地は嚴寒にて住居致し兼ね候
故、不毛の地と相成り居り候故の事に候處、是迄の仕來りの如く南の海岸に
のみ居城之れあり候ては、東西北海へ隔り手當も行屆かず候處、此の度不肖な
がらも拙者へ命を蒙り候上は、仰付けられ候甲斐之れある樣仕り度く候へば、
何卒領分蝦夷地の内便宜の地を見立て城郭を築き、東西南北の海岸何れに非常
の儀之れあり候ても直ちに人數さし出され候樣致し、右城に永住いたし申さず
候ては迚も模通り相成り申さず候。家來共彼の地へ交代いたし候樣にては、往
來の費のみならず、いつもいつも寒になれ申さざる人のみに相成り、永世の模
通りも宜しからず候。右の地嚴寒にて、耳、鼻等腐り入り候程の由に候へば、
一通りの者は男子にても參り候儀なげき申すべく、能くよく日本の御爲と厚く
存じ入り候者に之れなく候ては住み兼ね申すべき儀にて、ましてや女子の儀は
勿論に候處、女子遣さざる樣にては永世の模通りに相成らざる儀指し見え候
故、第一爲手（原文ノママ）見簾中の儀も、兼ねがね一同下り度き由申し聞えも御
座候事故、時宜に水戸迄下し、墓參等をも爲し仕り、追々彼の地へ住せ申し度
く願ひ奉り候。江戸の繁榮なる地に居り候ものは、是迄もわづか三十里隔て候
水戸へ下りさへなげき悲しみ申し候へば、況や蝦夷へ住み爲し候儀は、人々迷
惑（めいわく）に存じ候儀指し見え申し候。去りながら拙者は勿論簾中迄も右樣艱
難辛苦（かんなんしんく）致し見せ申し候へば、家中の男女一口にも申し出させ申
さず、永世の模通りに相成り申すべく候。内室の御儀は御座候はんが、此の度
鶴千代麿簾中も願濟みに相成り候上は、近々下向に相成り、且つ又、三家の儀
は外々大名とは譯も相違にて、且つ又、恐れながら近き御續き柄にて非常の任
仰付けられ候からは、右の儀を願ひ相整ひ候。江戸は御膝元の儀、尾紀初め連
枝も之れあり、又近き御續きがらの大名も數多之れあり、且つは太平無事の御
經綸に候處、五ヶ年に一度とか十ヶ年に一度とか參府致し御機嫌伺ひ申し度く
候。
一、官位等の儀、拙者は日本の御爲と元來張り込み、北地の鎭撫（ちんぶ）防禦致し
度き至願に候へば、官位を望み候處には之れなく、たとへ雷雨中に身命（しんめ
い）を失ひ候とても、聊か厭（いと）ひ申さず程に存じつめ候へども、又、行く末
の事相考へ候へば、拙者の存じ候程に張込み候者計りも之れある間敷（まじく）候
へば、彼の地に居り候へば官位も進み、萬一、江戸へ出で、病氣等申し立て長
く居り候儀も之れあり候はゞ官位等も任せられずと申す樣、兎角（とかく）何事に
依らず北地に居り鎭撫防禦致し候樣御仕向に仕り度く候。若し又官位は進まず
候ても江戸に居り度し抔申す愚孫も之れあり候はゞ、御沙汰の上隱居仰付けら
れ、彼の地へ御下しに相成る樣願ひ奉り候。
（附箋）
とみ宮は我等行く處へは何れに成りとも參り申すべく候處、北地の儀仰出
され候はゞとみ宮にも參り申すべく候處、北地の儀仰出され候はゞとみ宮に
も參る心かと所々より承り申すべく、夫れを參り度き由申すは惡敷（あしく）、
又、北地を嫌ひ候樣にては成就致さず候へば、御守殿へ御別れ申し候儀、竝
に鶴千代等成長を見申さずのこりをしき樣には候へども、我等北地へ參り候
上は此の方にちがひ、萬一不快其の外にても連枝（れんし）と申すも之れなく、
萬一の事之れあり候へば天下の御爲と存じ候儀も行屆かず候へば彼の地に付
添ひ居り申し度く、又、遠方より此方へ縁付け候へば久々はるばる放し候も
不安心云々抔分らぬ樣に申し置くがよろしく。一、又家老等よりは、此の地
と違ひ、北地に連枝と申すも之れなく、北方へは數百里へだて候事故、萬一
不快の節抔、さし切り世話致し候者も之れなく、心配に存じ候處、鶴千代簾
中にても下り候上は、江府にても鶴千代簾中之れあり、外大名ともちがひ三
家の儀、且つ又、非常の大任仰付けられ候上は、とみ宮をも下し申し度く、
右の外、御守殿竝に我等抔夫れぞれ鶴千代夫婦江戸に住居いたし候ては、入
用もたゝみ、北地開闢（かいびやく）の折少々づつも入用減じ度く云々抔（など）
の御達（おたつ）しにて尤もに申し 候へば、多分相整ふべき見込み也。扨て
又、何れの道にも六ヶ敷と申す事ならば、我等退隱（たいいん）なれば必ず濟
むべし。
一、拙者初め家來共度々海路（かいろ）の通行に、船宜しからず候ては、三廐の渡
しは日本第一の難場に候へば、時々破船（はせん）抔之ある樣にては人々にも恐
れ、夫れのみならず、萬々一江戸表へ御用之れあり召させられ候樣の事之れあ
り候ても、少しの風波惡敷には出船相成り兼ね候樣にては御間もかけ、且つ
又、異船（いせん）を防ぎ候儀も成らず候故、何卒大きく丈夫なる船造作御免し
に仕り度く候。（大船にていかめしく見候へば、夫れ計りにても一つには異人
共日本の威光恐れ、容易に手出し致さず、かがしにも相成るべく候。）右の儀
御免（ごめん）相成り候はゞ、出府、歸府等の節、陸地のみ通行にては國々の人
夫も痛み、入用も少なからず候故、時の模樣次第には候へ共、直ちに浦賀へ入
津、夫れより小石川御堀通り船いたし度く候。（但し、船印抔は浦賀其の外へ
も兼て指出し置き申すべく候。）
一、異船海岸に近く寄り候はゞ文政度御觸れの如く、二念なく打ち拂ひ申すべ
く、異人上陸抔の節召捕り申し候はゞ、遠路の儀別に伺ひ申さず、右一疋も殘
らず死刑に申し付け、船の儀は燒き拂ひ申すべきの處、船造作にも入費相掛り
申し候へば、右不品相用ひ、舟作りかへ申したく候。
一、何儀に寄らず、多き方へは物化し易き勢に候へば、蝦夷人を化し候には北地
の人を多くふやし申し度く候處、追々承り申し候には、八丈島抔（など）は人別
年々多く相成り、食物にも指し支へ候歟に承り及び申し候へば、扱ひ御代官（だ
いくわん）抔へ御かけの上頂戴に相成り候事に候はゞ、年々男女千人づゝ戴き申し
度く候。猶ほ又、輕き死罪、重き追放等の者、或は女にても陰し賣女抔顯（あ
ら）はれ候節、又は無宿者抔下されに相成り候へば、其の科（とが）彼の地に於て
夫れぞれ申付け、土地開き候樣仕るべく候。右樣相成り候へば、御仁惠（ごじん
けい）の一端、且つ又、江戸内にも惡者少く相成り然るべく、右の願相整ひ候
へば、國主々々へも相頼みもらひ受け申すべく候。たとへ江戸の者計り戴き候
ても、國々を其のままに致し置き候へば、交る交る國々の追放（つゐはう）人江
戸へ參り、惡者たへ申さず候半故、右の通り仕るべく候。扨て又、願ひ候とて
只今直ちに下され候ては如何にもさしつかへ申し候へば、城郭抔出來候上にて
相願ひ候節上り御濟せに致し度く存じ候。下し方などは其の節に至り、其の筋
の御役人共迄役人共上り御問合せ申し候樣致すべく候。
（附箋）
大名へ御預け仰付けられ候儀、大名の御咎とは見え候へ共、罪人へ振舞（ふ
るま）ひ候のみにて大名は痛み候へ共、上の御益に相成り候樣にも存ぜられ
ず、却て御堀さらへ等の儀仰付けられ候へば御益にも相成り申すべく云々
等、直書の方へは書き加へ候も然るべき歟。又、隱し賣女（ばいた）の儀は遊
里衰への爲に相成り候へば、顯はれ候節は是迄も夫れぞれ罪に相成り候處戴
き度き由認むべく候。
北地の儀整ひ候はゞ、江戸三屋敷、水戸は弘道館を初め制札場（せいさつぢや
う）へは高札（かうさつ）出し申すべく、文儀左の趣たるべし。
一、此の度水戸殿儀、松前、蝦夷一圓領知に拜領致され、北狄鎭撫（ほくてき
ちんぶ）の儀等厚く尊慮を蒙られ候所、人力少くしては土地切り開き、北狄防
禦の儀も行屆かせられず、依ては浪士を初め、共に一心を同じ本朝の御爲夷
狄（いてき）防禦致すべし。有志の輩は何人たりとも參り次第士分に召抱へ、
夫れぞれ土地相渡し申さるべき事。
一、今日の經營（けいえい）に指し支へ候下々の者たりとも、北地へ來り候はゞ
土地を渡し、夫れぞれの職業を以て召使せらるべく候。依ては江戸内は勿
論、諸國共窮迫（きゆうはく）等にて據なく或は乞食（こじき）に成り、又は火
付（ひつけ）盗賊などいたし、人の金穀（きんこく）抔を奪ひ數人へ難儀（なんぎ）
をかけ、終に其の身も刑に相成り候樣の事致さず、經營に指し支へ候者は、
妻子迄も召し連れ來り候はゞ、夫れぞれに土地を渡し使はせられ候事。
右の條々浪民へ觸れ候間御意を得べき事。
一、防備等にて入用少からず候事故、御手傳の儀は何に依らず御免に致し度く候
事。
一、拙家二三男抔追々要路の場へ分家に致し指置き、海防の儀申し付けたく候
處、終身登城にて尊眼（そんがん）を拜し奉る事之れなく候ては人々不本意（ふほん
い）にて、皆北地に居り候事は好まず、大名へ養子に相成り度き樣成行き申すべ
く候へば、當人願ひにより候ては、參府の上御序（おついで）の節御目見えを仰付
けられ候樣、席の儀は大學頭（だいがくのかみ）、播磨守同樣に願ひ奉りたく候。猶
は又、彼の地へ德川の御威光（ごゐくわう）押し弘め候事に候へば、何れも丸御紋
を用ひさせ申し度く、扨て又、參府の節獻上（けんじやう）品竝に御役人への贈品
抔は、其の節に至り彼の地産物にて認め出で申すべく候へば、夫れぞれ御指圖
（おさしづ）之れある樣致し度く候。高の儀は、北地一圓無高に候へば、分家とし
ても勿論之事に御座候。
（附箋）
家中の者二三男抔之れある者は、此方へ一人指置き、外を彼の地へ召しつ
れ候儀、親々の勝手（かつて）次第也。但し、彼の地にて召し出し候へば、親の
跡を直ちに取り候事故、彼の地を本家と致し、たとへ此方に兄殘り候とも、
殘り候者を連枝（れんし）と定め申すべく候。
一、老女抔は、夫の墓此方に之れあり候へば此方へ指置き候方然るべく候へ
ども、是は行くも行かぬも人々の心に任せ然るべき事。
一、開け候模樣（もやう）にも存ぜられ候はゞ國名を撰び願ひ度く候故、何卒相濟み
候樣致し度く候。右の條々何れも非常の願ひには候へども、非常の任仰付けら
れ、當家の面目（めんもく）此の上も無き儀と有りがたき仕合に存じ奉り候處、萬
一にも仕損じ之れあり、天下の笑ひ物と相成り候樣にては恐入り、且つは殘念
の至りに御座候故、存じつめ候儀存分相認め申し候。何卒御周旋にて相整ひ候
樣頼入り存じ候也。
月 日
泉州殿
越州殿 水 戸
備州殿
中書殿
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