資料142 落合直文「孝女白菊の歌」



              
                           
孝女白菊の歌      落合直文

 

 

  落合直文の「孝女白菊の歌」は、初め『東洋学会雑誌』の明治21年2月の第2編第4号に「その一」が、同年8月の第2編第9号に「その二」が掲載され、明治22年2月の第3編 第2号と同年5月の第3編第5号に「その三」が分載されました。
 その後、上記のものに加筆訂正したものが明治37年(1904年)刊の『萩之家遺稿』に収録されました。全詩552行(七五調552句)の長詩です。
 次に、初出誌『東洋学会雑誌』による本文と、『萩之家遺稿』収録の本文とを示します。




  1. 『東洋学会雑誌』
(初出誌)による本文
  2. 『萩之家遺稿』
(4版・明治38年刊)による本文


 
 

 

 

1.『東洋学会雑誌』(初出誌)による本文

 

 




    
孝女白菊の歌             落 合 直 文


井上巽軒氏のものせられたる白菊の詩ありこの歌それにならへりさて今の歌に古言をのみ用ゐるはたかへりかつ長歌は五七のしらべにてうたひくるし短歌はことばすくなく思をつくしかたしされは今よりはたゝ今樣のみやおこなはれなむおのれ兒童の唱歌にもと宇佐のつかひ檀の浦のたゝかひ吉野のみゆき湊川の子わかれなとあまたよみおけりいつれもみつから考へ出たるしらべなりつきつきにのせて人々の海鬚海呂爐海呂修里劼箸弔覆
                            落合直文 

  

 

 



阿蘇の山里秋ふけて
なかめさひしき夕まぐれ
いつこの寺の鐘ならむ
諸行無常とつけわたる

をりしもひとり門に出で
父を待つなる少女あり

袖に涙をおさへつゝ
憂にしつむそのさまは
色まだあさき海棠の
雨になやむにことならす

父は先つ日遊獵
(カリ)に出で
今猶おとつれなしとかや

軒端に落る木の葉にも
かけひの水のひゞきにも
父やかへるとうたかはれ
夜な夜なねふるをりもなし

今宵は雨さへふり出てゝ
庭の芭蕉の音しげく
鳴くなる虫のこゑこゑに
いとゝあはれをそへてけり

かゝるさひしき夜半なれは
ひとりおもひやたへさらむ
菅の小笠に杖とりて
いてゆくさまそあはれなる

八重の山路をわけゆけは
雨はいよいよふりしきり
さらぬもしけき袖の露
あはれいくたひしぼるらむ

俄にそらの雲はれて
月の光はさしそへと
父をしたひてまよひゆく
こゝろの暗にはかひそなき

遠くあなたをなかむれは
燈火ひとつそほのみゆる
いつこの里かわかねとも
それをしるべにとめてゆく

松杉あまた立ならひ
あやしき寺のそのうちに
讀經の聲のきこゆるは
いかなる人のおこなひか

籬もなかばやれくつれ
庭には人のあともなく
月の影のみさえさえて
梢のあたり風そふく

門へに立ておとなへは
かすかに應ふ聲すなり」
まつまほとなく年わかき
山僧ひとりいてきたり
しはしこなたをうちなかめ
あやしみ居たるさまなりき

少女はそれと知るよりも
やかてまちかくすゝみより
妾はあやしきものならす
父をたづねてきつるなり

あはれゆくへをしらしなは
いかてをしへて玉へかし

少女の姿をよくみれは
にほへる花の顔に
柳の髮のみたれたる
この世のものにもあらぬなり

山僧こゝろやとけぬらむ
少女をおくにさそひゆき
ぬしはいつこのたれなるか
つはらにかたれわれきかむ

をりしも風のふきすさひ
あたりのけしきものすこく
軒の梢にむさゝびの
鳴なる聲さへきこゆなり

少女はいよいよたへかたく
落る涙をうちはらひ
(ワラハ)はもとは熊本の
ある武士の女
(ムスメ)なり
はしめは家もとみさかえ
こゝろゆたかにありけれは
月と花とに身をよせて
たのしく世をはおくりにき

ひと年いくさはしまりて
悗千草も血にまみれ
ふきくる風もなまくさく
砲のひゝきもたえまなし

親は子をよひ子は親に
わかれわかれて四方八方に
はしりにげゆくそのさまは
あはれといふもあまりあり

この時母と諸共に
そこを出て立ちはるはると
阿蘇のおくまてのかれきて
しはしそこにはすみにけり

後にしきけば父上は
賊にくみしてましますと
いふよりいとゝ胸つふれ
袖のひるまもあらさりき

あけくれ父を待つほどに
はやくも秋の風たちて
雲井のかりはかへれとも
おとつれたにもなかりけり

母はおもひにたへかねて
やまひの床につきしなり
日こと日ことにおもりゆき
つひにはかなく世をさりぬ

父の生死もわかぬまに
母さへかへらすなりぬれは
夢にゆめみしこゝちして
おもへは今猶身にそしむ

いかにつれなきわか身ぞと
思ひかこちてありつるに
去年の春またゆくりなく
父は家にそかへり來し

母のうせぬときゝしより
たゞになげきてありけれは
世のならはしとなくさめて
この年月はすきにけり

さきつ日かりにと出しより
まてとくらせどかへらねは
またもこゝろにたのみなく
かゝる山路にたつねきぬ

妾の姓は本田なり
名は白菊とよひにけり

父は昭利母は竹
兄は昭英その兄は
行あしく父上の
怒りにふれて家出せり

風のあしたも雨の夜も
しのはぬ時のなきものを
いつこのそらにまよふらむ
今猶ゆくへのしれぬなり

これをきくより山僧は
にはかに顔のけしきかへ
ものをもいはす墨染の
袖をしほりて居たりけり

しはらくありて山僧の
少女に向ひいひけるは
夜もはやいたくふけぬれは
あくるあしたをまたるへし

すゝむることはにおのつから
ふかき情の見えければ
さすかに少女もいなみかね
一夜はそこにかりねせり

ねふるほとなく戸をあけて
あやしく父そいりきたる

枕邊ちかくさしよりて
こゑもあはれに涙くみ
われあやまりて谷におち
今は千尋の底にあり

谷は荊棘のおひしけり
いてゝきぬべき道もなし

明日さへしらぬわかいのち
せめてはこの世のわかれにと
おもふおもひにたへかねて
なくなくこゝにはたつねきぬ

ことは終らぬその先に
裾ひきとめて父上と
呼はむとすれはあともなく
窓のともし火影くらし

夢かうつゝかあらぬかと
おもひみたれてあるほどに
曉ちかくなりぬらむ
木魚の聲もたゆむなり


夜もやうやうに明はなれ
こゝろもなにかありあけの
月のひかりの影おちて
庭のやり水音すごし

少女は寺をたち出て
またもの暗き杉村を
たとりてゆけは遠かたに
きつねのこゑもきこゆなり

道のゆくての枯尾花
おとさやさやにうちなひき
ふきくる風の身にしみて
さむさもいとゝまさりけり

岩根こゝしき山坂を
のほりつおりつゆくほとに
み山のおくにやなりぬらむ
人かけたにもみえぬなり

梢のあたりなくなるは
いかなる鳥のこゑならむ
木陰をはしるけたものは
熊のたくひにあるならむ

こゝは高根かしら雲の
袖のあたりをすきてゆく
わか身をのせてはしるかと
思へはいとゝおそろしや

はるはる四方をみわたせば
やままた山のはてもなし
父はいつこにおはすらむ
かへりみすれとかひそなき

をりしもあとよりこゑたてゝ
山賊あまたよせきたり
にくる少女をひきとらへ
かたくその手をいましめぬ

あなおそろしとさけべとも
人なき山のおくなれば
山彦ならでほかにまた
こたへむものもなかりけり

山のかけちををれめくり
谷の下道ゆきかよひ
ともなはれつゝゆく程に
あやしき家にそいたりける

やれかゝりたる竹の垣
くつれかちなる苔の壁
あたりは木々にとざされて
夕日のかけもてりやらす

うちよりしれものいてきたり
をとめのすかたをみてしより
めてたきえものとおもひけむ
ほ手うちはらう
(ママ)さまにくし
かねてまうけやしたりけむ
酒とさかなをとりいてゝ
のみつくらひつするさまは
世にいふ鬼にことならず

かしらとおほしきものひとり
少女のもとにさしよりて
ひげをなてつゝいひけるは
われはこの家のあるしなり

汝のこゝにとらはれて
きたるはふかき縁
(えにし)なり
今よりわれを夫とたのみ
この世のかきりつかへてや

わか家に久しくひめおける
いとも妙なる小琴あり

幾千代かけてちきりせむ
今日のむしろのよろこひに
かなてゝわれにきかせてよ
うたひてわれをなくさめよ

かりにもいなまむその時は
劒の山にのほらせて
針のはやしをわけさせて
からきうきめをみせやらむ

少女はいなとおもへとも
いなみかたくやおもひけむ
なくなく小琴をひきよせて
しらべいてしそあはれなる

風や梢をわたるらむ
雁やみそらをゆくならむ
軒はを雨やすきつらむ
岸にや波のよせくらむ

いとも妙なるしらべには
かしこき神もまひやせむ
いともめてたき手ふりには
ひそめる龍もをとるらむ

嵯峨野のおくにしらべたる
想夫戀にはあらねとも
父のゆくへをしのふなる
こゝろはなにかかはるべき

みねのあらしか松風か
たつぬる人のことの音か
ひとり木かけにたゝすみて
きゝゐし人やたれならむ

たつぬる人の妻
(ママ)音と
いよいよ心にさとりけむ
しらべの終るお
(ママ)りしもあれ
きりていりしそいさましき

刃のひかりにおそれけむ
とみのことにやおぢにけむ
きられてさけぶものもあり
おはれてにくるものもあり

きりていりにしその人の
すかたはそれとわかねとも
身にまとひしはすみそめの
ころもの袖としられたり

わなゝく少女の手をはとり
月の影さすまとにきて
なおとろきそおとろきそ
われは汝の兄なるそ

いざこまやかにかたらはむ
心をしつめてきゝねかし

父のいかりにふれしより
こゝろにおもふことありて
東の都にのほらむと
つくしの海をは船出しぬ

あらき波路のかちまくら
かさねかさねて須磨明石
淡路のしまをこきめくり
むこの浦にそはてにける

こゝより陸路をたとりしに
ころは彌生の末なれば
並木のあたり風ふきて
ころものそてに花そちる

都につきしその後は
たゝ文机によりゐつゝ
朝夕ならひし千々のふみ
はしめて人の道しりぬ

父のめくみをしることに
母のなさけをしるたびに
くやしきことのみおほかれは
なきてその日をおくりけり

こゝろをあらため仕へむと
ふるさとさしてかへりしに
いくさのありしあとなれは
そのさひしさそたゞならぬ

みわたすかぎりは野となりて
むかしのかけもあらしふく
尾花の袖もうちやつれ
露の玉のみちりみたる

こゝやわか家のあとならむ
そや父母の死體
(カラ)ならむ
てらす夕日のかけうすく
ちまたの柳にからすなく

たのみすくなきわか身ぞと
思ひわぶればわぶるほと
うき世のことのいとはれて
かの山寺にのがれけり

朝夕讀經をするごとに
はかなきことのみかこたれて
よみゆく文字の數よりも
しけきは袖のなみたなり

たちまちそなたのたつねきて
ことのよしをはきゝし時
そのうれしさはいかなりし
そのかなしさやいかなりし

たゝにわか名を名のらむと
おもひしかともしかすかに
名のりかねたる身のつらさ
名のるより猶つらかりき

あかつきふかくわかれしを
道にてこともやありなむと
あとをおひきて今こゝに
汝をかくはたすけたり

そなたをたすけし上からは
こゝろにのこることもなし
この後なにのおもてにて
父にふたゝびまみえまし

かの世にありてまたなむと
いひもはてぬに劒太刀
ぬく手もみせず一すちに
はらをきらむのさまなりし
少女はみるよりこゑたてゝ
かたくその手をおさへつゝ
なきつさけひつなぐさむる
こゝろのそこやいかならむ

をりしもそらの霜しろく
夜半のあらしの音たえて
雲間さえゆく月影に
かりかね遠くなきわたる


四方にきこゆる虫の音も
あはれよわるときくほどに
あり明月夜かげきえて
みねのよこ雲わかれゆく

しづかにそこをたち出て
あたりのさまをながむれば
軒のまつ風聲かれて
あれたる庭に霜しろし

手をばとられつとりつして
かたみに山路をすぎゆけば
夕の賊のむれならむ
あとよりあまたおひてきぬ

山僧それとしりしかば
はやくもをとめを遁しやり
ひとりそこにはとゞまりて
きりつきられつたゝかひつ

しげる林ををれめぐり
谷のかけ橋うちわたり
少女はからくにげたれど
あとにこゝろやのこるらむ

きられていたではおはせぬか
兄上さきくましませと
はるかに高ねをうちながめ
しのぶこゝろぞあはれなる

道のかたへにしめゆひし
小祠はたれをまつるらむ
なみだながらにぬかつきて
いのるこゝろを神やしる

そこに柴かる翁あり
なくなる少女をみてしより
いかにあやしとおもひけむ
こなたにちかくよりてきぬ

ことのよしをばたづねしに
まことかなしきことなれば
翁はをとめをなぐさめて
わが家にともなひかへりけり

ふかくとざしゝ柴の門
なかばやれにし竹のかき
かた山里のしつけさは
ひる猶夜にことならず

木々の木葉のちりみだれ
まがきの菊のいろもなく
あらしは時雨をさそひきて
むしのなくねもいとさむし

父のゆくへに兄の身に
朝夕こゝろに
(ママ)かゝれども
ふかきなさけにかまけつゝ
しばしとそこにとゞまりぬ

ひまゆくこまのあしはやみ
二とせ三とせは夢の間に
はかなくすぎてまたさらに
のどけき春のめぐりきぬ

み山の里のならひにて
髮もすがたもみだるれと
しつか垣根に咲梅の
かほ
(ママ)りゆかしとたれもみむ
里の長なるなにがしも
ほのかにそれときゝつらむ
媒人ひとりたのみきて
ながきちぎりをもとめけり

翁はいたくかしこみて
こへるまにまにゆるしたり

をとめはかくときゝしとき
そのおどろきやいかならむ
袖もてなみだをおさへつゝ
たゞになきてぞ居たりける

おもひまはせば母上の
この世をさらんそのをりに
妾をちかくめし玉ひ
いひのこされしことこそあれ

ある年秋の末つかた
み墓まゐりのかへるさに
つゆけき野路をわけくれば
しら菊あまたさきみてり

にほへる花のそのなかに
あはれ泣く子の聲すなり

かゝるめてたき子たからを
いかなる親かすてつらむ
かなしき事にてありけりと
ひろひとりしはそなたなり

菊さく野邊にてあひたるも
ふかきちぎりのあるならむ
千代に八千代にさかえよと
やがてその名をおはせにき

更につぐべき事こそあれ
汝はたえてしらざれと
汝の兄ともたのむへく
夫といふべき人こそあれ

はやく家出をなしてより
今にゆくへはわかねども
老いたる父もましませは
かならずかへりくへきなり

かへりきたらむそのをりは
ゆくすゑかけてちぎりあひ
夫といひ妻とよばれつゝ
この世たのしくおくりてや

母のいまはのことの葉は
今猶耳にのこるなり
いかでか海鬚修爐べき
いかでか海砲修爐れん

さはいへこゝに來てしより
翁のめくみはいとふかし
とやせんかくと人しらず
おもひまとふもあはれなり

かれをおもひて泣きしづみ
これをおもひてうちなげき
おもふおもひはちゞなれど
死ぬるひとつにさだめけり

をりしも媒人いりきたり
をとめにおくりしそのものは
にしきの衣にあやのそで
實にもまはゆくみえにけり

をとめのこゝろのかなしさを
あたりの人はしらざらむ
みつゝ翁のよろこべば
隣の嫗も來ていはふ

雨ふりいてててる月の
かけもをくらきさ夜中に
いつこをさしてゆくならん
少女はしのびて家出しぬ

村里遠くはなれきて
川風さゆる小笹原
死をいそぎつゝゆきゆけば
水音すごくむせぶなり

雲井をかへるかりかねも
小笹をわたる風の音も
にぐる少女のこゝろには
追手とのみやきこえけむ

胸つふれしはいくそたび
胸いためしはいくたびか

橋のたもとに身をかくし
わがこしかたをなかむれは
遠里をのゝともし火の
影よりほかに影もなし

下になかるゝ川水の
底のこゝろはしらねども
少女か死をやいそくらむ
あはれかなしき音すなり

死ぬるいのちは惜まねと
かくとしらさむその折は
さこそなけかめ父上の
いかにかこたむわか兄は

父上ゆるさせ玉ひてよ
兄上うらみなし玉ひそ
この世をわれは先だちて
母のみもとに待てあらむ

南無阿彌陀佛と言すてゝ
とばむとすれは後より
まちてとよひて引とめし
人はいかなる人ならむ

おぼろ月夜のかげくらく
さやかに夫
(それ)とわかねども
春秋かけてしのびてし
兄と少女はしりにけり

夢かうつゝかまぼろしか
おもひみだるゝさ夜中に
里のわらべのふきすさぶ
笛の音遠くきこゆなり

とひつとはれつこしかたを
きゝつきかれつゆく末を
一夜かたりてあかせども
猶ことのはゝのこりけり

わがふる里のこひしさに
道をいそぎてかへらむと
野こえ山こえゆきゆけば
かすみもなびき花もさく

日數もいくかふる雨に
ぬれてやつるゝたび衣

家にかへりしそのをりは
五月ころにやありつらむ
山ほとゝぎすなきしきり
かどの立花かをるなり

しける夏草ふみわけて
軒はをちかくたちよれば
むかししのふの露ちりて
袖にかゝるもあはれなり

妻戸おしあけ内みれは
あやしく父はましましき

こなたの驚きいかならむ
かなたの嬉しさ亦いかに
父上さきくと音なへば
子等もさきくと答ふなり

ことをこまかに聞てより
父もあはれとおもひけむ
兄のいましめゆるしやり
妹のみさをゝほめにけり

親子の三人うちつどひ
すきにし事共語りあひて
くむ杯のそのうちに
うれしきかげも浮ふなり

われあやまちて谷におち
のほらむすべもあらされは
木の實を拾ひ水のみて
なかき月日をおくりにき

ある日の朝おきいでゝ
峯のあたりをみあぐれは
ながくかゝれる藤かつら
上に猿
(ましら)のなきさけぶ
なくなる聲のなにとなく
こゝろありげに聞ゆれは
神のたすけとよちのぼり
始めて峯にのぼりえつ

嬉しとあたりを見渡せば
さきのましらは跡もなく
木立のしけき山かげに
蝉のこゑのみきこゆなり

浮世のならひと言ながら
うき世の常とは聞ながら
人になさけのうせはてゝ
獸にのこるぞあはれなる

父のことはをきゝ居たる
二人の心やいかならむ
うれしと兄のたちまへば
たのしと妹もうたふなり

千代に八千代といひいひて
ともに喜ぶをりしもあれ
後の山のまつがえに
夕日かゝりてたつそなく



 

 



       (注) 1. 詩の本文は、『日本現代詩大系 第一巻』(河出書房、昭和25年9月30日発行) 
           によりました。本文は、『東洋学会雑誌』に掲載された初出の本文によったと同書
           の凡例にあります。
(『東洋学会雑誌』は、『東京大学大学院法学政治学研究科附属  近代
             日本
法政史料センター(明治新聞雑誌文庫、原資料部)』
にあるそうですが、直接の照合はして
           いません。なお、注の7 に掲載誌『東洋学会雑誌』についての記述があります。)

                        
ただし、『新日本古典文学大系 明治編 12』の本文によって、「その一」「その
           二」「その三」の文字を削除しました。
             つまり、冒頭の「阿蘇の山里」から「木魚の聲もたゆむなり」までが『東洋学会
           雑誌』第2編第4号(明治21年2月)に掲載された部分、「夜もやうやうに明はな
           れ」から「かりかね遠くなきわたる」までが、同、第2編第9号(明治21年8月)に
           掲載された部分、「四方にきこゆる虫の音も」から「水音すごくむせぶなり」まで
           が、同、第3編第2号(明治22年2月)に掲載された部分、「雲井をかへるかりか
           ねも」から最終行の「夕日かゝりてたつそなく」までが、同、第3編第5号(明治22
           年5月)に掲載された部分というわけです。
             なお、「四方にきこゆる虫の音も」から最終行の「夕日かゝりてたつそなく」まで
           は、後の『萩之家遺稿』では「その三」としてまとめられました。
          2. 全詩552行の長詩です。
          3. 本文に用いられている繰り返し符号のうち「くの字点」は、もとの文字に改めま
           した。(「夜な夜な」「こゑこゑ」「いよいよ」「わかれわかれて」「はるはると」など)
          4. 本文にはかなり多くの圏点(「。」や「、」)が施してありますが、これを省略しまし
           た。
          5. ルビは、丸括弧に入れて示しました。
          6. 仮名の清濁は、底本
(『日本現代詩大系 第一巻』)の通りにしてあります。
          7. 「孝女白菊の歌」は、上掲書の145〜158頁に掲載されていますが、145頁の「井
           上巽軒氏のものせられたる白菊の詩あり……」という序文の次に、次のような解説
           文があります。
(文中、「右の序文」とあるのは「井上巽軒氏のものせられたる白菊の詩あり…
             …」を、「次に掲げる序文」とあるのは「おのれ、二月の末つかたより、……」を指しています。)

               〔孝女白菊の歌は東洋学会雑誌にはじめて掲載されたもので、右の序文を
               附して明治二十一年二月、第二編第四号に「その一」、同年九月、第二編
               第九号に「その二」、明治二十二年二月、第三編第二号、同年五月、第三
               編第五号に「その三」が分載された。その後、萩之家遺稿には、直文が訂正
               加筆したものを、次に掲げる序文を附して収録した。東洋学会雑誌初出のも
               のとは相当の相違があるが、本書においては、全て初出の形態を保存する
               建前より、東洋学会雑誌に準拠した〕
            上記の文中、『同年九月、第二編第九号に「その二」』とあるのは、岩波書店刊の
            『新日本古典文学大系 明治編12』には、同年(明治21年)「八月」となっています。
          8. 岩波書店の『新日本古典文学大系 明治編』の1冊に 『新体詩・聖書・讃美歌』
           
(2001年12月17日発行)があり、その中に初出誌『東洋学会雑誌』による「孝女白菊の
           歌」が収められていて、ここには句読点や圏点まで示してあります。また、勝原晴希
           氏の脚注があって参考になります。
             同氏の解説に、「初出では、第三回までは散文と同じ改行のない追込み形式、
           第四回のみ七五二句が上下に二段一行となっている。」とあります。『萩之家遺稿』
           では七五一句を一段一行にしてある由です。
          9. 『日本近代文学全集 第53巻』の『近代詩集機
(角川書店、昭和47年11月10日初版
             発行・平成元年8月30日再版発行)
には、「孝女白菊の歌」の「その一」の部分だけしか
           載せてありませんが、小川和佑氏の頭注と補注があって参考になります。            
          10. 落合直文(おちあい・なおぶみ)=国文学者・歌人。萩之家と号。陸前(宮城県)
                生れ。1893年(明治26)朝香
(あさか)社を興して和歌の改革に努め、国語
                    教育に尽力。新体詩「孝女白菊の歌」、歌集「萩之家歌集」など。編「ことば
                    の泉」。(1861〜1903)                           
(『広辞苑』第6版による。)
                落合直文(おちあい・なおぶみ)=(1861-1903) 歌人・国文学者。仙台の人。
                旧姓、鮎貝。号、萩之家。国語伝習所などに出講。浅香社を結成し、和歌
                                  革新を唱えて近代短歌の基盤をつくった。長詩「孝女白菊の歌」、著「日本
                                  大文典」「ことばの泉」など。没後「萩之家遺稿」「萩之家歌集」  
                                                                                          
(『大辞林』第二版による。)
          11. 「孝女白菊の歌」=新体詩。落合直文作。「東洋学会雑誌」に明治21年2月から
                22年5月にわたって分載された。井上哲次郎の漢詩を七五調で和訳したも
                の。白菊という少女が、猟に出て帰らぬ父をたずねて、苦労の末、行方不明
                の兄に会い、帰宅すると、父も帰っていたというあらすじの長編叙事詩。古典
                の素養を生かした典雅流麗な詩で、当時の若い人々に愛唱された。
                                    (『日本文学史の指導
と実際』 明治書院、昭和35年7月10日発行、
                                                                                               昭和48年2月20日3訂3版発行による。

              『日本近代文学全集 第53巻』の『近代詩集機戮両川和佑氏の頭注に、「西南の
            役直後の九州阿蘇を背景とした井上巽軒
(そんけん)の長篇漢詩『孝女白菊詩』をかなり
            自由に和文の物語詩に訳出したもの。直文の代表作の一つ。初出以来「少年園」その
            他に転載され広く愛唱された。」とあります。
           12. 井上哲次郎(巽軒)の「孝女白菊詩」は、明治17年1月18・19・21日の『郵便報知新
            聞』に掲載され、『巽軒詩鈔』(明治17年2月、鈎玄堂)に収録されている由です。
          13. この詩には曲が付けられていて、いくつかのサイトでメロディーを聞くことができます。
                 
 例えば、「なつかしい童謡・唱歌・わらべうた・寮歌・民謡・歌謡」 
                          → 「こ」で検索して「孝女白菊の歌」へ
                             → 「孝女白菊の歌〔歌詞と演奏〕」の〔歌詞と演奏〕をクリック 
            
14. 講談社文庫『日本の唱歌〔上〕明治篇』の金田一春彦氏の解説によれば、「歌詞は
            国文学者落合直文の長編詩として著名であるが、作曲者はわからない。曲がはじめ
            て載った文献も未詳で、ここには堀内敬三氏が『世界音楽全集』の中の一冊『流行歌
            曲集』に氏が聞き伝えているところを採譜されたものに従った」とあります。また、「作
            曲者の知れないのが残念であるが、明治期に生まれた日本調の曲として、単純なが
            ら最も美しいものの一つと考える。」と書いておられます。



              ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※




     2.『萩之家遺稿』(4版・明治38年刊)による本文




 

    孝女白菊の歌      落 合 直 文


おのれ、二月の末つかたより、病にかゝり、たえて、筆とらざりしかば、
この歌も、半にてさしおきたり。こたび、こゝにきて、湯あみせしに、
そのしるしにやあらむ、こゝちも、やうやう、もとにかへりぬ。さては
とて、しひてものしつ。されど、みづからも、あかぬふしおほかり。ま
いて、見む者は、いかゞあらむ。ゆるしてよ。をりしも、さ夜ふけわた
り、枕にひゞく水音、いとたかし。四月十三日箱の山なる萬翠樓にて。

  

 

 

  その一

阿蘇の山里秋ふけて
眺さびしきゆふまぐれ
いづこの寺の鐘ならむ
諸行無常と告げわたる

をりしもひとり門にいで
父を待つなる少女あり

年は十四の春あさく
色香ふくめるそのさまは
梅かさくらかわかねども
末たのもしく見えにけり

父は先つ日遊獵
(かり)にいで
今なほおとづれなしとかや

軒に落ちくる木の葉にも
筧の水のひゞきにも
父やかへるとうたがはれ
夜な夜な眠るひまもなし

わきて雨ふるさ夜中は
庭の芭蕉のおとしげく
なくなる虫のこゑごゑに
いとゞあはれをそへにけり

かゝるさびしき夜半なれば
ひとりおもひにたへざらむ
菅の小笠に杖とりて
いでゆくさまぞあはれなる

八重の山路をわけゆけば
雨はいよいよふりしきり
さらぬもしげき袖の露
あはれいくたびしぼるらむ

にはかに空の雲はれて
月のひかりはさしそへど
父をしたひてまよひゆく
こゝろの闇にはかひぞなき

遠くかなたをながむれば
ともし火ひとつぞほの見ゆる
いづこの里かわかねども
それをしるべにたどりゆく

松杉あまたたちならび
あやしき寺のそのうちに
讀經
(どきやう)のこゑのきこゆるは
いかなる人のおこなひか

籬もなかばやれくづれ
庭には人のあともなく
月のかげのみさえさえて
梢のあたり風ぞふく

門べにたちておとなへば
かすかにいらふ聲すなり

待つまほどなく年わかき
山僧ひとりいでて來ぬ
いかにあやしと思ひけむ
しばし見てありこなたをば

少女はそれと知るよりも
やがてまぢかくすゝみより
(われ)はあやしきものならず
父をたづねてきつるなり

ゆくへを君のしりまさば
海悗討茲しそのゆくへ

少女の姿をよく見れば
にほへる花のかほばせに
やなぎの髮のみだれたる
この世のものにもあらぬなり

山僧こゝろやとけぬらむ
少女をおくにさそひゆき
ぬしはいづこの誰なるか
つばらにかたれ家も名も

をりしも風のふきすさび
あたりのけしきものすごく
軒の梢にむさゝびの
なくなる聲さへきこゆなり

少女はいよいよたへがたく
おつる涙をかきはらひ
妾はもとは熊本の
ある武士
(ものゝふ)のむすめなり
はじめは家も富みさかえ
こゝろゆたかにありければ
月と花とに身をよせて
たのしく世をばおくりにき

一とせいくさはじまりて
悗千草も血にまみれ
ふきくる風はなまぐさく
砲のひゞきもたえまなし

親は子をよび子は親に
わかれわかれてあちこちに
にげゆくさまはあはれとも
うしともいはむ悲しとも

この時母ともろともに
阿蘇のおくまでのがれしが
ながめられけり朝夕に
なれし故郷
(ふるさと)その空を
人のことばに父上は
賊にくみしてましますと
きくよりいとゞ胸つぶれ
袖のひるまもあらざりき

あけくれ父を待つほどに
はやくも秋の風たちて
雲井の雁はかへれども
音づれだにもなかりけり

母はおもひに堪へかねて
やまひの床につきしより
日毎日毎におもりゆき
つひにはかなく世を去りぬ

父の生死もわかぬまに
母さへかへらずなりぬれば
夢にゆめみしこゝちして
おもへば今なほ身にぞしむ

いかにつれなきわが身ぞと
思ひかこちてありつるに
神のたすけか去年の春
父は家にぞかへり來し

母のうせぬときゝしより
たゞになげきてありけるが
うき世のならひとなぐさめて
この年月はすぐしたり

先つ日遊獵
(かり)にといでしより
待てどくらせどかへらねば
またも心にたのみなく
かゝる山路にたづねきぬ

妾の氏は本田にて
名は白菊とよびにけり

父は昭利母は竹
兄は昭英その兄は
おこなひあしく父上の
いかりにふれて家出しぬ

風のあしたも雨の夜も
しのばぬ時のなきものを
いづこの空にまよふらむ
今なほゆくへのわかぬなり

これをきくより山僧は
にはかに顔のけしきかへ
ものをも言はず墨染の
そでをしぼりて泣き居たり

とにもかくにもこの寺に
一夜あかせとすゝめてし
この山僧のこゝろには
ふかき思ひのあるならむ

少女はそれと知りたるか
はた知らざるかわかざれど
さすがに否ともいなみかね
その夜はそこにかりねせり

ぬる間ほどなく戸をあけて
あやしく父ぞ入りきたる
まくらべ近くさしよりて
聲もあはれに涙ぐみ
われあやまりて谷におち
今は千尋のそこにあり

谷は荊棘
(いばら)のおひしげり
いでてきぬべき道もなし

明日だに知らぬわが命
せめてはこの世のわかれにと
子を思ふてふ夜の鶴
泣く泣くこゝにたづねきぬ

ことばをはらぬそのさきに
裾ひきとめて父上と
呼ばむとすればあともなく
窓のともしびかげくらし

夢かうつゝかあらぬかと
思ひみだれてあるほどに
あかつき近くなりぬらむ
木魚のこゑもたゆむなり


   その二

夜もやうやうにあけはなれ
心もなにかありあけの
月のひかりの影おちて
庭のやり水おとすごし

少女は寺をたちいでて
まだものぐらき杉むらを
たどりてゆけば遠かたに
きつねの聲もきこゆなり

道のゆくての枯尾花
おとさやさやにうちなびき
ふきくる風の身にしみて
さむさもいとゞまさりけり

巖根こゞしき山坂を
のぼりつおりつゆくほどに
みやまの奥にやなりぬらむ
人かげだにも見えぬなり

梢のあたりきこゆるは
いかなる鳥のこゑならむ
木かげをはしるけだものは
熊てふものにやあるならむ

こゝは高嶺かしら雲の
袖のあたりをすぎて行く
わが身をのせてはしるかと
思へばいとゞおそろしや

はるばる四方を見わたせば
山また山のはてもなし
父はいづこにおはすらむ
かへりみすれどかひぞなき

をりしもあとより聲たてゝ
山賊
(やまだち)あまたよせきたり
にぐる少女をひきとらへ
かたくその手をいましめぬ

あなおそろしとさけべども
人なき山のおくなれば
山彦ならで外にまた
こたへむものもなかりけり

山のがげぢををれめぐり
谷の下みちゆきかよひ
ともなはれつゝゆくほどに
あやしき家にぞいたりける

やれかゝりたる竹の垣
くづれがちなる苔の壁
あたりは木々にとざされて
夕日のかげもてりやらず

内よりしれものいできたり
少女のすがた見つるより
めでたきえものと思ひけむ
ほてうち笑ふさまにくし

かねてまうけやしたりけむ
酒と肴を取りいでて
のみつくらひつするさまは
世にいふ鬼にことならず

(かしら)とおぼしきものひとり
少女のもとにさしよりて
汝のこゝにとらはれて
きたるはふかきえにしなり
今よりわれを夫
(せ)とたのみ
この世のかぎり仕へてや

わが家に久しく秘めおける
いとも妙なる小琴あり
幾千代かけてちぎりせむ
今日のむしろの喜びに
かなでてわれにきかせてよ
唄ひてわれをなぐさめよ

かりにも辭まむその時は
劒の山にのぼらせて
針の林をわけさせて
からきうきめを見せやらむ

少女はいなとおもへども
いなみがたくや思ひけむ
なくなく小琴をひきよせて
しらべいでしぞあはれなる

風やこずゑをわたるらむ
雁やみそらをゆくならむ
軒端を雨やすぎぬらむ
岸にや波のよせくらむ

いとも妙なるしらべには
かしこき神もまひやせむ
いともめでたき手ぶりには
ひそめる龍もをどるべし

嵯峨野のおくにしらべけむ
想夫戀にはあらねども
父のゆくへをしのぶなる
心はなにかかはるべき

峯のあらしか松風か
たづぬる人の琴の音か
ひとり木陰にたゝずみて
きゝ居し人やたれならむ

たづぬる人のつま音と
いよゝ心にさとりけむ
しらべの終る折しもあれ 
斬りて入りしぞいさましき

刃のひかりにおそれけむ
とみのことにやおぢにけむ
斬られて叫ぶものもあり
逐はれてにぐるものもあり

斬りて入りにしその人の
すがたはそれとわかねども
身に纏ひしは墨染の
ころもの袖と知られたり

わなゝく少女の手をばとり
月のかげさす窓にきて
なおどろきそおどろきそ
われは汝の兄なるを

いざこまやかに語りなむ
心をしづめてきゝねかし

父のいかりにふれしより
こゝろにおもふことありて
東の都にのぼらむと
筑紫の海をば舟出しぬ

あらき波路のかぢまくら
かさねかさねて須磨明石
淡路の島をこぎめぐり
武庫の浦にぞはてにける

こゝより陸路をたどりしに
ころはやよひの末なれば
並木のあたり風ふきて
衣のそでに花ぞちる

都につきしその後は
たゞ文机によりゐつゝ
朝夕ならひし千々のふみ
はじめて人の道知りぬ

父のめぐみを知るごとに
母のなさけを知るたびに
悔しきことのみおほかれば
泣きてその日をおくりけり

こゝろあらため仕へむと
ふる里さしてかへりしに
いくさのありしあとなれば
そのさびしさぞたゞならぬ

見わたすかぎりは野となりて
むかしのかげもあらしふく
尾花が袖もうちやつれ
つゆの玉のみちりみだる

こやわが家のあとならむ
そや父母の遺骸
(から)ならむ
照らす夕日のかげうすく
ちまたの柳に鴉なく

たのみすくなきわが身ぞと
思ひわぶればわぶるほど
うき世のことのいとはれて
かの山寺にのがれけり

朝夕讀經をするごとに
はてなき事のみかこたれて
よみゆく文字の數よりも
しげきは袖のなみだなり

昨夜そなたのたづねきて
かたる言葉をきゝしとき
わがうれしさはそもいかに
わがかなしさはまたいかに

たゞにわが名を名のらむと
おもひしかどもしかすがに
名のりかねたる身のつらさ
名のるよりなほつらかりき

あかつきふかくわかれしを
道にてこともやありなむと
汝を追ひきて今こゝに
汝をかくはたすけたり

そなたを助けし上からは
心にのこることもなし
この後なにのおもありて
父にふたゝびまみえまし

彼の世にありてまたばやと
いひもはてぬに腰がたな
ぬく手も見せず一すぢに
切らむとすなりわが腹を

少女は見るより聲たてゝ
かたくその手をおさへつゝ
泣きつさけびつなぐさむる
こゝろの底やいかならむ

をりしも空の霜しろく
夜半のあらしの音たえて
雲間きえゆく月かげに
かりがね遠くなきわたる


   その三

四方にきこゆる虫の音も
あはれよわるときく程に
ありあけ月夜かげきえて
峯のよこ雲わかれゆく

しづかにそこをたちいでて
あたりのさまを眺むれば
軒の松風聲かれて
あれたる庭に霜白し

手をばとられつとりつして
かたみに山路をすぎゆけば
ゆふべの賊のむれならむ
あとよりあまた追ひてきつ

山僧それと知りしかば
はやくも少女を遁しやり
おのれはこゝにとゞまりて
きりつきられつたゝかひつ

しげる林ををれめぐり
谷のかけ橋うちわたり
少女はからくにげしかど
あとに心やのこるらむ

きられて痛手はおはせぬか
兄上さきくましませと
はるかに高嶺をうち眺め
しのぶこゝろぞあはれなる

道のかたへにしめゆひし
小祠
(ほこら)はたれをまつるらむ
涙ながらにぬかづきて
いのるもあはれその神に

そこに柴刈る翁あり
なくなる少女を見てしより
いかにあはれとおもひけむ
こなたに近くよりてきぬ

事のよしをばたづねしに
まことかなしきことなれば
翁は少女をなぐさめて
わが家にともなひかへりけり

深くとざしゝ柴の門
なかばやれにし竹の垣
片山里のしづけさは
ひるなほ夜にことならず

木々の木葉のちりみだれ
まがきの菊のいろもなく
あらしは時雨をさそひきて
虫のなく音もいとさむし

父のゆくへに兄の身に
朝夕こゝろにかゝれども
ふかきなさけにほだされて
しばしはそこにとゞまりぬ

ひまゆく駒の足はやく
二とせ三とせは夢のまに
はかなく過ぎてまた更に
のどけき春はめぐりきぬ

み山の里のならひにて
髮もすがたもみだせども
色香はいかでかうせやらむ
あはれ名におふ菊の花

若菜つみにとうちむれて
ちかき野澤にゆく道も
ならの林に一もとの
花のまじるがごとくなり

里の長なるなにがしは
はやくもそれときゝつらむ
媒介
(なかうど)ひとりたのみきて
長きちぎりをもとめしが
翁はいたくかしこみて
こへるまにまにゆるしたり

少女はかくときゝしとき
そのおどろきやいかならむ
袖もて顔はおほへども
とゞめもかねつその涙

思ひまはせば母上の
この世をさらむそのをりに
妾をちかくめしたまひ
いひのこされしことぞある

ある年秋の末つかた
御墓まうでのかへるさに
つゆけき野路をわけくれば
白菊あまたさきみてり

にほへる花のその中に
あはれなく子の聲すなり

かゝるめでたき子だからを
いかなる親かすてつらむ
悲しきことにてありけりと
ひろひとりしはそなたなり

菊さく野べにてあひたるも
ふかきちぎりのあるならむ
千代に八千代に榮えよと
やがてその名をおはせにき

更に告ぐべき事こそあれ
汝はたえて知らざれど
汝の兄ともたのむべく
夫といふべき人こそあれ

はやく家出をなしてより
今にゆくへはわかねども
この世にあらばかへり來む
老いたる父もましませば

かへり來らむそのをりは
ゆくすゑかけて契りあひ
(せ)といひ妻とよばれつゝ
この世たのしくおくりてよ

母のいまはの言の葉は
今なほ耳にのこりけり
いかでか海悗鬚修爐べき
いかでか海悗砲修爐れむ

さはいへこゝに來てしより
翁のめぐみはいとふかし
とやせむかくと人知れず
思ひまどふもあはれなり

かれを思ひて泣きしづみ
これを思ひてうちなげき
思ふおもひはちゞなれど
死ぬるひとつにさだめてむ

をりしも媒介入り來り
少女におくりしそのものは
にしきの衣あやの袖
げにもまばゆく見えにけり

少女のこゝろのかなしさを
あたりの人は知らざらむ
見つゝ翁のよろこべば
隣の嫗も來て祝ふ

時雨ふりきて照る月の
かげもをぐらきさ夜中に
いづこをさして行くならむ
少女はしのびて家出しぬ

村里とほくはなれきて
川風さむき小笹原
死ぬるいそぎてゆきゆけば
水音すごくむせぶなり

雲井をかへるかりがねも
小笹をわたる風の音も
にぐる少女のこゝろには
追手とのみやきこゆらむ

橋のたもとに身をかくし
わが來しかたを眺むれば
遠里小野のともし火の
影よりほかに影もなし

下に流るゝ川水の
底のこゝろは知らねども
あはれかなしきその音は
少女が死をやさそふらむ

死ぬるいのちはをしまねど
かくと知らさむそのをりは
さこそなげかめ父上の
いかにかこたむわが兄は

父上ゆるさせたまひてよ
兄上うらみなしたまひそ
この世をわれはさきだちて
母のみもとに待ちぬべし

南無阿彌陀佛といひすてゝ
とばむとすればうしろより
まちてと呼びて引きとめし
人はいかなる人ならむ

おぼろ月夜のかげくらく
さやかにそれとわかねども
春秋かけてしのびてし
兄と少女は知りてけり

夢かうつゝかまぼろしか
思ひみだるゝさ夜中に
里のわらべのふきすさぶ
笛の音とほくきこゆなり

とひつとはれつ來しかたを
きゝつきかれつゆく末を
ひと夜かたりてあかせども
なほ言の葉やのこるらむ

わがふる里のこひしさに
道をいそぎて歸らむと
野こえ山こえゆきゆけば
かすみたなびき花もさく

日數もいく日ふる雨に
ぬれてやつるゝたび衣
家にかへりしそのをりは
五月頃にやありつらむ
山ほとゝぎすなきしきり
かどの立花かをるなり

しげる夏草ふみわけて
軒端をちかくたちよれば
むかししのぶの露ちりて
袖にかゝるもあはれなり

妻戸おしあけ内みれば
あやしく父はましましき
こなたのおどろきいかならむ
かなたの嬉しさまたいかに
父上さきくとおとなへば
子らもさきくとこたふなり

事をこまかにきゝてより
父もあはれと思ひけむ
兄のいましめゆるしやり
妹のみさををほめにけり

親子の三人うちつどひ
すぎにし事ども語りあひて
くむ盃のそのうちに
うれしき影もうかぶらむ

われあやまちて谷におち
のぼらむすべもあらざれば
木の實を拾ひ水のみて
ながき月日をおくりにき

ある日のあしたおきいでて
峯のあたりを見あぐれば
ながくかゝれる藤かづら
上にましらの啼き叫ぶ

啼くなる聲のなにとなく
こゝろありげにきこゆれば
神のたすけと攀ぢのぼり
はじめて峯にのぼりえつ

うれしとあたりを見わたせば
さきのましらはあともなく
木立のしげき山かげに
蝉のこゑのみきこゆなり

うき世のならひといひながら
うき世の常とはいひながら
人になさけのうせはてゝ
獸にのこるぞあはれなる

父のことばをきゝ居たる
二人のこゝろやいかならむ
うれしと兄のたち舞へば
たのしと妹もうたふなり

千代に八千代といひいひて
ともによろこぶをりしもあれ
うしろの山の松が枝に
ゆふ日かゝりて鶴ぞなく

 

 

 

 

 

          (注) 1. この 「孝女白菊の歌」の本文は『国立国会図書館デジタルコレクション』に収め
          てある
『萩之家遺稿』(東京・落合直幸、1905年刊)所収の画像本文によりました。 
                         
『国立国会図書館デジタルコレクション』 → 検索に「萩之家遺稿」と入力 
                   → 「1.萩之家遺稿 / 落合直文、落合直幸、1905 4版」 をクリック 
                      → 「書誌情報」の下の「本文をみる」をクリック → 39〜59 / 384

          2. 落合直文「楠公の歌」が資料184にあります。

 



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