資料141 石川啄木の詩「飛行機」



         
 「飛  行 機」  石 川 啄 木

 

       

       飛  行 機     
         
 1911.6.27.TOKYO.

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。

給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母親とたつた二人の家にゐて、
ひとりせつせとリイダアの獨學をする眼の疲れ……

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。

 

 

 

 



 

 

 

    (注) 1. 詩の本文は、『日本近代文学大系23 石川啄木集』(解説:岩城之徳、注釈:今井泰子。
           角川書店・昭和44年12月10日初版発行、平成元年11月10日6版発行)
によりました。死の
          前年、明治44年(1911年)6月27日の作です。         
           講談社版『日本現代文学全集』39「石川啄木集」(
昭和39年2月19日発行)巻末の岩城
          
之徳氏作製の年譜によれば、「六月十五日から十七日にかけて、「はてしなき議論の
          後」他九編の長詩を作る。この中、一、八、九の詩を除く六編を推敲して翌月の「創作」
          
(二巻七号)に発表した。六月二十五日「家」、二十七日「飛行機」の詩二編を追加して詩
          集「呼子と口笛」を計画。」とあります。          
            詩集『呼子と口笛』は、啄木が翌明治45年(1912年)4月13日、26歳の若さで死
          んだため出版されず、翌年、東雲堂書店・大正2年(1913年)5月25日発行の『啄木
          遺稿』に収められました。
            計画された詩集『呼子と口笛』の8編の詩の題名は、次の通りです。
             「はてしなき議論の後」「ココアのひと匙」「激論」「書斎の午後」
             「墓碑銘」「古びたる鞄をあけて」「家」「飛行機」
         2. 『
群像 日本の作家7 石川啄木』(高井有一・外著、小学館・1991年9月10日初版
          第1刷発行)に、『呼子と口笛』の詩稿ノート
(明治44年6月下旬に作成・日本近代文学館蔵)
           
の画像が出ています。(扉の「石川啄木アルバム」に自筆扉絵と口絵がカラーで、本文74〜89
            頁にモノクロ写真で詩の本文が。)

         3. 『日本近代文学大系23 石川啄木集』
(解説:岩城之徳、注釈:今井泰子。角川書店
           昭和44年12月10日初版発行、平成元年11月10日6版発行)
の注釈(頭注及び補注)
          から、この「飛行機」という詩の鑑賞の参考に、一部を引用させていただきます。
            
詩「飛行機」は、「作者の分身である貧しい少年の夢を飛行機に仮託して歌」ったもので、
            飛行機は「啄木自身を含めた人類の可能性への期待の表象」である。(同書、417頁)
             「この詩には、少年が「飛行機」に仮託した夢と、少年の暗い現実が意味する作者の絶望
            感との両者が並行して提示されている。つまり一編の主題はどちらか一方のみをいうことに
            はなく、両者の関係をいうことにあったのだろう。すなわちこれは、脱出しようもない人生の暗
            さを自覚するがゆえに、いっそうそこからの跳躍を願い、また願わなければならないと思う作
            者の心情を表白した詩で」ある。(同書、556頁)
           
なお、詳しくは同書を参照してください。
         4. 資料419に、「石川啄木の詩「はてしなき議論の後」」があります。
           資料417に、「石川啄木「時代閉塞の現状」(旧字・旧かな)」があります。
         5. 石川啄木(いしかわ・たくぼく)=歌人。名は一
(はじめ)。岩手県生れ。与謝野寛夫妻
                   に師事。社会思想にめざめ、和歌の革新を志し、口語をまじえた三行書きで
                   生活感情をゆたかに盛る。歌集「一握の砂」「悲しき玩具」のほか詩・小説・
                評論など。  (1886〜1912)           
  (『広辞苑』第6版による)
                 石川啄木(いしかわ・たくぼく)=(1886-1912) 歌人・詩人。岩手県生まれ。本名、
                一
(はじめ)。与謝野鉄幹の知遇を得て明星派の詩人として出発。貧困と孤独
                にさいなまれながら明治末の「時代閉塞」に鋭く感応し、社会主義的傾向へ
                進むが、肺結核で夭折
(ようせつ)。歌集「一握の砂」「悲しき玩具」、詩集「呼子
                と口笛」、評論「時代閉塞の現状」など。     
(『大辞林』第2版による)
         6. 岩手県盛岡市玉山区渋民にある『石川啄木記念館』のホームページがあります。  
         7. 中央大学文学部教授・渡部芳紀先生の『渡部芳紀研究室』というホームページに
          『石川啄木を歩く(石川啄木文学散歩)とエッセイ』というページがあります。 
         
         8. 『啄木勉強ノート』、『国際啄木学会』などのホームページがあります。
                注:『啄木勉強ノート』は、現在リンク切れになっているようですので、リンクを外しました。
                                                    2012年6月26日)

         9. 『ぶらり重兵衛の歴史探訪』というホームページの中に、「石川啄木」が取り上げ
          てあります。


          

 



 

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