資料699 「ルーズベルトニ与フル書」市丸海軍少将(読み仮名つき)

       
    硫黄島で玉砕した海軍航空部隊指揮官・市丸利之助少将は、時の米国大統領ルーズベルトに宛てて日文・英文の遺書をのこした。この手紙は激烈な戦火をくぐり抜け、米国に現存する。出門堂刊 平川祐弘著『米国大統領への手紙 市丸利之助伝』の紹介文より)
市丸少将が硫黄島で戦死されたのは、昭和20年3月27日だそうです。

漢字に現代仮名遣いで読み仮名をつけました。
読み仮名なしの本文が資料698にあります。

 
 




         「ルーズベルト」ニ與(あた)フル書(しょ)
                 

日本海軍(にほんかいぐん)市丸海軍少將(いちまる・かいぐんしょうしょう)書(しょ)ヲ「フランクリン  ルーズベルト」君(くん)ニ致(いた)ス。我今(われ・いま)我(わ)ガ戰(たたか)ヒヲ終(おえ)ルニ當(あた)リ一言(いちごん)貴下(きか)ニ告(つ)グル所(ところ)アラントス
日本(にほん)ガ「ペルリー」提督(ていとく)ノ下田入港(しもだ・にゅうこう)ヲ機(き)トシ廣(ひろ)ク世界(せかい)ト國交(こっこう)ヲ結(むす)ブニ至(いた)リシヨリ約百年(やくひゃくねん)此(こ)ノ間(かん)日本(にほん)ハ國歩艱難(こくほ・かんなん)ヲ極(きわ)メ自(みずか)ラ慾(ほっ)セザルニ拘(かかわ)ラズ、日清(にっしん)、日露(にちろ)、第一次歐州大戰(だいいちじ・おうしゅうたいせん)、滿洲事變(まんしゅうじへん)、支那事變(しなじへん)ヲ經(へ)テ不幸(ふこう)貴國(きこく)ト干戈(かんか)ヲ交(まじ)フルニ至(いた)レリ。之(これ)ヲ以(もっ)テ日本(にほん)ヲ目(もく)スルニ或(あるい)ハ好戰國民(こうせんこくみん)ヲ以(もっ)テシ或(あるい)ハ黄禍(こうか)ヲ以(もっ)テ讒誣(ざんぶ)シ或(あるい)ハ以(もっ)テ軍閥(ぐんばつ)ノ專斷(せんだん)トナス。思(おも)ハザルノ甚(はなはだし)キモノト言(い)ハザルベカラズ
貴下(きか)ハ眞珠灣(しんじゅわん)ノ不意打(ふいうち)ヲ以(もっ)テ對日戰爭(たいにちせんそう)唯一(ゆいいつ)宣傳資料(せんでんしりょう)トナスト雖(いえど)モ日本(にほん)ヲシテ其(そ)ノ自滅(じめつ)ヨリ免(まぬが)ルヽタメ此(こ)ノ擧(きょ)ニ出(い)ヅル外(ほか)ナキ窮境(きゅうきょう)ニ迄(まで)追(お)ヒ詰(つ)メタル諸種(しょしゅ)ノ情勢(じょうせい)ハ貴下(きか)ノ最(もっと)モヨク熟知(じゅくち)シアル所(ところ)ト思考(しこう)ス
畏(かしこ)クモ日本天皇(にほんてんのう)ハ皇祖皇宗(こうそこうそう)建國(けんこく)ノ大詔(たいしょう)ニ明(あきらか)ナル如(ごと)ク養正(ようせい)(正義(せいぎ))重暉(ちょうき)(明智(めいち))積慶(せきけい)(仁慈(じんじ))ヲ三綱(さんこう)トスル八紘一宇(はっこういちう)ノ文字(もじ)ニヨリ表現(ひょうげん)セラルヽ皇謨(こうぼ)ニ基(もとづ)キ地球上(ちきゅうじょう)ノアラユル人類(じんるい)ハ其(そ)ノ分(ぶん)ニ從(したが)ヒ其(そ)ノ郷土(きょうど)ニ於(おい)テソノ生(せい)ヲ享有(きょうゆう)セシメ以(もっ)テ恒久的世界平和(こうきゅうてき・せかいへいわ)ノ確立(かくりつ)ヲ唯一(ゆいいつ)念願(ねんがん)トセラルヽニ外(ほか)ナラズ、之(これ)曾(かつ)テハ

 四方(よも)の海(うみ)皆(みな)はらからと思(おも)ふ世(よ)に 
  など波風(なみかぜ)の立(た)ちさわぐらむ

ナル明治天皇(めいじてんのう)ノ御製(ぎょせい)(日露戰爭中御製(にちろせんそうちゅう・ぎょせい))ハ貴下(きか)ノ叔父(おじ)「テオドル・ルーズベルト」閣下(かっか)ノ感嘆(かんたん)ヲ惹(ひ)キタル所(ところ)ニシテ貴下(きか)モ亦(また)熟知(じゅくち)ノ事實(じじつ)ナルベシ。
我等日本人(われら・にほんじん)ハ各階級(かくかいきゅう)アリ各種(かくしゅ)ノ職業(しょくぎょう)ニ從事(じゅうじ)スト雖(いえど)モ畢竟(ひっきょう)其(そ)ノ職業(しょくぎょう)ヲ通(つう)ジコノ皇謨(こうぼ)即(すなわ)チ天業(てんぎょう)ヲ翼讃(よくさん)セントスルニ外(ほか)ナラズ 我等軍人(われらぐんじん)亦(また)干戈(かんか)ヲ以(もっ)テ天業恢弘(てんぎょう・かいこう)ヲ奉承(ほうしょう)スルニ外(ほか)ナラズ
我等今(われら・いま)物量(ぶつりょう)ヲ恃(たの)メル貴下空軍(きか・くうぐん)ノ爆撃(ばくげき)及(および)艦砲射撃(かんぽうしゃげき)ノ下(もと)外形的(がいけいてき)ニハ退嬰(たいえい)ノ已(や)ムナキニ至(いた)レルモ精神的(せいしんてき)ニハ彌(いよいよ)豐富(ほうふ)ニシテ心地(しんち)益(ますます)明朗(めいろう)ヲ覺(おぼ)エ歡喜(かんき)ヲ禁(きん)ズル能(あた)ハザルモノアリ。之(これ)天業翼讃(てんぎょう・よくさん)ノ信念(しんねん)ニ燃(も)ユル日本臣民(にほんしんみん)ノ共通(きょうつう)ノ心理(しんり)ナルモ貴下(きか)及(および)「チャーチル」君等(くん・ら)ノ理解(りかい)ニ苦(くるし)ム所(ところ)ナラン。今茲(いま・ここ)ニ卿等(けいら)ノ精神的貧弱(せいしんてき・ひんじゃく)ヲ憐(あわれ)ミ以下(いか)一言(いちごん)以(もっ)テ少(すこし)ク誨(おし)ユル所(ところ)アラントス
卿等(けいら)ノナス所(ところ)ヲ以(もっ)テ見(み)レバ白人(はくじん)殊(こと)に「アングロ・サクソン」ヲ以(もっ)テ世界(せかい)ノ利益(りえき)ヲ壟斷(ろうだん)セントシ有色人種(ゆうしょくじんしゅ)ヲ以(もっ)テ其(そ)ノ野望(やぼう)ノ前(まえ)ニ奴隷化(どれいか)セントスルニ外(ほか)ナラズ。之(これ)ガ爲(ため)奸策(かんさく)ヲ以(もっ)テ有色人種(ゆうしょくじんしゅ)ヲ瞞着(まんちゃく)シ、所謂(いわゆる)惡意(あくい)ノ善政(ぜんせい)ヲ以(もっ)テ彼等(かれら)ヲ喪心(そうしん)無力化(むりょくか)セシメントス。近世(きんせい)ニ至(いた)リ日本(にほん)ガ卿等(けいら)ノ野望(やぼう)ニ抗(こう)シ有色人種(ゆうしょくじんしゅ)殊(こと)ニ東洋民族(とうようみんぞく)ヲシテ卿等(けいら)ノ束縛(そくばく)ヨリ解放(かいほう)セント試(こころ)ミルヤ卿等(けいら)ハ毫(ごう)モ日本(にほん)ノ眞意(しんい)ヲ理解(りかい)セント努(つと)ムルコトナク只管(ひたすら)卿等(けいら)ノ爲(ため)ノ有害(ゆうがい)ナル存在(そんざい)トナシ曾(かつ)テノ友邦(ゆうほう)ヲ目(もく)スルニ仇敵(きゅうてき)野蠻人(やばんじん)ヲ以(もっ)テシ公々然(こうこうぜん)トシテ日本人種(にほんじんしゅ)ノ絶滅(ぜつめつ)ヲ呼號(こごう)スルニ至(いた)ル。之(これ)豈(あに)神意(しんい)ニ叶(かな)フモノナランヤ
大東亞戰爭(だいとうあせんそう)ニ依(よ)リ所謂(いわゆる)大東亞共榮圏(だいとうあ・きょうえいけん)ノ成(な)ルヤ所在各民族(しょざい・かくみんぞく)ハ我(わ)ガ善政(ぜんせい)ヲ謳歌(おうか)シ卿等(けいら)ガ今(いま)之(これ)ヲ破壞(はかい)スルコトナクンバ全世界(ぜんせかい)ニ亘(わた)ル恒久的平和(こうきゅうてきへいわ)ノ招來(しょうらい)決(けっ)シテ遠(とお)キニ非(あら)ズ
卿等(けいら)ハ既(すで)ニ充分(じゅうぶん)ナル繁榮(はんえい)ニモ滿足(まんぞく)スルコトナク數百年來(すうひゃくねんらい)ノ卿等(けいら)ノ搾取(さくしゅ)ヨリ免(まぬが)レントスル是等(これら)憐(あわれ)ムベキ人類(じんるい)ノ希望(きぼう)ノ芽(め)ヲ何(なに)ガ故(ゆえ)ニ嫩葉(ふたば)ニ於(おい)テ摘(つ)ミ取(と)ラントスルヤ。只(ただ)東洋(とうよう)ノ物(もの)ヲ東洋(とうよう)ニ歸(かえ)スニ過(す)ギザルニ非(あら)ズヤ。卿等(けいら)何(なん)スレゾ斯(か)クノ如(ごと)ク貪慾(どんよく)ニシテ且(か)ツ狹量(きょうりょう)ナル。
大東亞共榮圏(だいとうあきょうえいけん)ノ存在(そんざい)ハ毫(ごう)モ卿等(けいら)ノ存在(そんざい)ヲ脅威(きょうい)セズ却(かえ)ツテ世界平和(せかいへいわ)ノ一翼(いちよく)トシテ世界人類(せかいじんるい)ノ安寧幸福(あんねいこうふく)ヲ保障(ほしょう)スルモノニシテ日本天皇(にほんてんのう)ノ眞意(しんい)全(まった)ク此(こ)ノ外(ほか)ニ出(い)ヅルナキヲ理解(りかい)スルノ雅量(がりょう)アランコトヲ希望(きぼう)シテ止(や)マザルモノナリ。
飜(ひるがえ)ツテ鷗州(おうしゅう)ノ事情(じじょう)ヲ觀察(かんさつ)スルモ又(また)相互無理解(そうごむりかい))ニ基(もとづ)ク人類鬪爭(じんるいとうそう)ノ如何(いか)ニ悲慘(ひさん)ナルカヲ痛嘆(つうたん)セザルヲ得(え)ズ。今(いま)「ヒトッラー」總統(そうとう)ノ行動(こうどう)ノ是非(ぜひ)ヲ云爲(うんい)スルヲ愼(つつし)ムモ彼(かれ)ノ第二次歐州大戰(だいにじ・おうしゅうたいせん)開戰(かいせん)ノ原因(げんいん)ガ第一次大戰(だいいちじ・たいせん)終結(しゅうけつ)ニ際(さい)シソノ開戰(かいせん)ノ責任(せきにん)ノ一切(いっさい)ヲ敗戰國獨逸(はいせんこく・どいつ)ニ歸(き)シソノ正當(せいとう)ナル存在(そんざい)ヲ極度(きょくど)ニ圧迫(あっぱく)セントシタル卿等先輩(けいら・せんぱい)ノ處置(しょち)ニ對(たい)スル反撥(はんぱつ)ニ外(ほか)ナラザリシヲ觀過(かんか)セザルヲ要(よう)ス。
卿等(けいら)ノ善戰(ぜんせん)ニヨリ克(よ)ク「ヒットラー」總統(そうとう)ヲ仆(たお)スヲ得(う)ルトスルモ如何(いか)ニシテ「スターリン」ヲ首領(しゅりょう)トスル「ソビエットロシヤ」ト協調(きょうちょう)セントスルヤ。凡(およ)ソ世界(せかい)ヲ以(もっ)テ強者(きょうしゃ)ノ獨專(どくせん)トナサントセバ永久(えいきゅう)ニ鬪爭(とうそう)ヲ繰(く)リ返(かえ)シ遂(つい)ニ世界人類(せかいじんるい)ニ安寧幸福(あんねいこうふく)ノ日(ひ)ナカラン。
卿等(けいら)今(いま)世界制覇(せかいせいは)ノ野望(やぼう)一應(いちおう)將(まさ)ニ成(な)ラントス。卿等(けいら)ノ得意(とくい)思(おも)フベシ。然(しか)レドモ君(きみ)ガ先輩(せんぱい)「ウイルソン」大統領(だいとうりょう)ハ其(そ)ノ得意(とくい)ノ絶頂(ぜっちょう)ニ於(おい)テ失脚(しっきゃく)セリ。願(ねがわ)クバ本職(ほんしょく)言外(げんがい)ノ意(い)ヲ汲(く)ンデ其(そ)ノ轍(てつ)ヲ踏(ふ)ム勿(なか)レ
           市丸海軍少將(いちまる・かいぐんしょうしょう)



  (注) 1.  上記の「ルーズベルトニ与フル書」の本文は、平川祐弘著『肥前佐賀文庫001 米国大統領への手紙 市丸利之助伝』(出門堂、2006年5月30日初版発行)に掲載されている、米国アナポリスの米国海軍兵学校記念館に保管されている同書の原本を複製したものの写真により、漢字を旧字体のまま表記しました。複製の本文を読むにあたっては、これを活字化してある本文を参照しました。
 なるべく市丸少将の原文通りに記載しましたが、細かい点では必ずしも原文通りになっていないところがあります(漢字の字体など)。
 なお、「ルーズベルトニ与フル書」は海軍用箋に筆で書かれており、最初のページに 「ルーズベルト」に與ふる書 とあり、本文の題は ルーズベルト」ニ與フル書 と、仮名が片仮名になっています。

  → 出門堂 平川祐弘著『米国大統領への手紙 市丸利之助伝』肥前佐賀文庫001
   
    2.  平川祐弘著『米国大統領への手紙』は、初め1996年2月に新潮社から刊行されました。出門堂の2006年6月刊の『米国大統領への手紙 市丸利之助伝』は、これの増補改訂版だそうです。
 次に出門堂刊の『米国大統領への手紙 市丸利之助伝』の紹介文を引用しておきます。
 「硫黄島で玉砕した海軍航空部隊指揮官・市丸利之助(佐賀県唐津出身)は時の大統領ルーズベルトに宛てて日文・英文の遺書をのこした。この手紙は激烈な戦火をくぐり抜け、米国に現存する。本書は、この軍人の人生を遺作和歌などを通してたどった筆者渾身の一冊の増補改訂版である。わたしたちを先の戦争についてのより深い思惟へ導いてくれるだろう。」
   
    3.  漢字の読みについて
 初めにある「戰ヒヲ終ルニ當リ」の「終ル」は、「終(おわ)る」と読むのか「終(おえ)ル」と読むのか迷いますが、一応「終(おえ)ル」と読んでおきました。
 また、文中の「日本」の読みは、英文に ”Nippon" とあるので、「にっぽん」と読むのかとも思いますが、今の私たちが読むときは「にほん」と読むのが普通だと思うので、「にほん」と読んでおきました。外国に対しては「にっぽん」という言い方が普通だったかとも思いますが、日本文としては「にほん」と読むほうがいいと考えたのです。
   
    4.    「ルーズベルトニ与フル書」については、門田隆将著『大統領に告ぐ』(産経新聞出版、2025年7月31日発売)が最近出版されました。
 → 門田隆将著『大統領に告ぐー硫黄島からルーズベルトに与ふる書
   
    5.  「ルーズベルトニ与フル書」は、ネット上に多くの記事が出ていますが、ここでは Dharma さんのブログ『Smile Elims』に出ている「ルーズベルトに宛てた硫黄島からの手紙」を挙げておきます。参考になると思います。
 →『Smile Elims』
  →「ルーズベルトに宛てた硫黄島からの手紙」
   
    6.  初めにも記しましたが、読み仮名なしの本文が資料698に、また英文の本文が資料700にあります。
 → 資料698  「ルーズベルトニ与フル書」市丸海軍少将
 → 資料700 A Note to Roosevelt(英文「ルーズベルトニ与フル書」市丸海軍少将)
   
    7.  フリー百科事典『ウィキペディア』に「市丸利之助」の項があります。
 →『ウィキペディア』
  → 市丸利之助
   









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