資料698 「ルーズベルトニ与フル書」市丸海軍少将

       
    硫黄島で玉砕した海軍航空部隊指揮官・市丸利之助少将は、時の米国大統領ルーズベルトに宛てて日文・英文の遺書をのこした。この手紙は激烈な戦火をくぐり抜け、米国に現存する。出門堂刊 平川祐弘著『米国大統領への手紙 市丸利之助伝』の紹介文より)
市丸少将が硫黄島で戦死されたのは、昭和20年3月27日だそうです。
 




         「ルーズベルト」ニ與フル書
                 

日本海軍市丸海軍少將書ヲ「フランクリン  ルーズベルト」君ニ致ス。我今我ガ戰ヒヲ終ルニ當リ一言貴下ニ告グル所アラントス
日本ガ「ペルリー」提督ノ下田入港ヲ機トシ廣ク世界ト國交ヲ結ブニ至リシヨリ約百年此ノ間日本ハ國歩艱難ヲ極メ自ラ慾セザルニ拘ラズ、日清、日露、第一次歐州大戰、滿洲事變、支那事變ヲ經テ不幸貴國ト干戈ヲ交フルニ至レリ。之ヲ以テ日本ヲ目スルニ或ハ好戰國民ヲ以テシ或ハ黄禍ヲ以テ讒誣シ或ハ以テ軍閥ノ專斷トナス。思ハザルノ甚キモノト言ハザルベカラズ
貴下ハ眞珠灣ノ不意打ヲ以テ對日戰爭唯一宣傳資料トナスト雖モ日本ヲシテ其ノ自滅ヨリ免ルヽタメ此ノ擧ニ出ヅル外ナキ窮境ニ迄追ヒ詰メタル諸種ノ情勢ハ貴下ノ最モヨク熟知シアル所ト思考ス
畏クモ日本天皇ハ皇祖皇宗建國ノ大詔ニ明ナル如ク養正(正義)重暉(明智)積慶(仁慈)ヲ三綱トスル八紘一宇ノ文字ニヨリ表現セラルヽ皇謨ニ基キ地球上ノアラユル人類ハ其ノ分ニ從ヒ其ノ郷土ニ於テソノ生ヲ享有セシメ以テ恒久的世界平和ノ確立ヲ唯一念願トセラルヽニ外ナラズ、之曾テハ

 四方の海皆はらからと思ふ世に 
  など波風の立ちさわぐらむ

ナル明治天皇ノ御製(日露戰爭中御製)ハ貴下ノ叔父「テオドル・ルーズベルト」閣下ノ感嘆ヲ惹キタル所ニシテ貴下モ亦熟知ノ事實ナルベシ。
我等日本人ハ各階級アリ各種ノ職業ニ從事スト雖モ畢竟其ノ職業ヲ通ジコノ皇謨即チ天業ヲ翼讃セントスルニ外ナラズ 我等軍人亦干戈ヲ以テ天業恢弘ヲ奉承スルニ外ナラズ
我等今物量ヲ恃メル貴下空軍ノ爆撃及艦砲射撃ノ下外形的ニハ退嬰ノ已ムナキニ至レルモ精神的ニハ彌豐富ニシテ心地益明朗ヲ覺エ歡喜ヲ禁ズル能ハザルモノアリ。之天業翼讃ノ信念ニ燃ユル日本臣民ノ共通ノ心理ナルモ貴下及「チャーチル」君等ノ理解ニ苦ム所ナラン。今茲ニ卿等ノ精神的貧弱ヲ憐ミ以下一言以テ少ク誨ユル所アラントス
卿等ノナス所ヲ以テ見レバ白人殊に「アングロ・サクソン」ヲ以テ世界ノ利益ヲ壟斷セントシ有色人種ヲ以テ其ノ野望ノ前ニ奴隷化セントスルニ外ナラズ。之ガ爲奸策ヲ以テ有色人種ヲ瞞着シ、所謂惡意ノ善政ヲ以テ彼等ヲ喪心無力化セシメントス。近世ニ至リ日本ガ卿等ノ野望ニ抗シ有色人種殊ニ東洋民族ヲシテ卿等ノ束縛ヨリ解放セント試ミルヤ卿等ハ毫モ日本ノ眞意ヲ理解セント努ムルコトナク只管卿等ノ爲ノ有害ナル存在トナシ曾テノ友邦ヲ目スルニ仇敵野蠻人ヲ以テシ公々然トシテ日本人種ノ絶滅ヲ呼號スルニ至ル。之豈神意ニ叶フモノナランヤ
大東亞戰爭ニ依リ所謂大東亞共榮圏ノ成ルヤ所在各民族ハ我ガ善政ヲ謳歌シ卿等ガ今之ヲ破壞スルコトナクンバ全世界ニ亘ル恒久的平和ノ招來決シテ遠キニ非ズ
卿等ハ既ニ充分ナル繁榮ニモ滿足スルコトナク數百年來ノ卿等ノ搾取ヨリ免レントスル是等憐ムベキ人類ノ希望ノ芽ヲ何ガ故ニ嫩葉ニ於テ摘ミ取ラントスルヤ。只東洋ノ物ヲ東洋ニ歸スニ過ギザルニ非ズヤ。卿等何スレゾ斯クノ如ク貪慾ニシテ且ツ狹量ナル。
大東亞共榮圏ノ存在ハ毫モ卿等ノ存在ヲ脅威セズ却ツテ世界平和ノ一翼トシテ世界人類ノ安寧幸福ヲ保障スルモノニシテ日本天皇ノ眞意全ク此ノ外ニ出ヅルナキヲ理解スルノ雅量アランコトヲ希望シテ止マザルモノナリ。
飜ツテ鷗州ノ事情ヲ觀察スルモ又相互無理解ニ基ク人類鬪爭ノ如何ニ悲慘ナルカヲ痛嘆セザルヲ得ズ。今「ヒトッラー」總統ノ行動ノ是非ヲ云爲スルヲ愼ムモ彼ノ第二次歐州大戰開戰ノ原因ガ第一次大戰終結ニ際シソノ開戰ノ責任ノ一切ヲ敗戰國獨逸ニ歸シソノ正當ナル存在ヲ極度ニ圧迫セントシタル卿等先輩ノ處置ニ對スル反撥ニ外ナラザリシヲ觀過セザルヲ要ス。
卿等ノ善戰ニヨリ克ク「ヒットラー」總統ヲ仆スヲ得ルトスルモ如何ニシテ「スターリン」ヲ首領トスル「ソビエットロシヤ」ト協調セントスルヤ。凡ソ世界ヲ以テ強者ノ獨專トナサントセバ永久ニ鬪爭ヲ繰リ返シ遂ニ世界人類ニ安寧幸福ノ日ナカラン。
卿等今世界制覇ノ野望一應將ニ成ラントス。卿等ノ得意思フベシ。然レドモ君ガ先輩「ウイルソン」大統領ハ其ノ得意ノ絶頂ニ於テ失脚セリ。願クバ本職言外ノ意ヲ汲ンデ其ノ轍ヲ踏ム勿レ
                     市丸海軍少將



  (注) 1.  上記の「ルーズベルトニ与フル書」の本文は、平川祐弘著『肥前佐賀文庫001 米国大統領への手紙 市丸利之助伝』(出門堂、2006年5月30日初版発行)に掲載されている、米国アナポリスの米国海軍兵学校記念館に保管されている同書の原本を複製したものの写真により、漢字を旧字体のまま表記しました。複製の本文を読むにあたっては、これを活字化してある本文を参照しました。
 なるべく市丸少将の原文通りに記載しましたが、細かい点では必ずしも原文通りになっていないところがあります(漢字の字体など)。
 なお、「ルーズベルトニ与フル書」は海軍用箋に筆で書かれており、最初のページに 「ルーズベルト」に與ふる書 とあり、本文の題は ルーズベルト」ニ與フル書 と、仮名が片仮名になっています。

  → 出門堂 平川祐弘著『米国大統領への手紙 市丸利之助伝』肥前佐賀文庫001
   
    2.  平川祐弘著『米国大統領への手紙』は、初め1996年2月に新潮社から刊行されました。出門堂の2006年6月刊の『米国大統領への手紙 市丸利之助伝』は、これの増補改訂版だそうです。
 次に出門堂刊の『米国大統領への手紙 市丸利之助伝』の紹介文を引用しておきます。
 「硫黄島で玉砕した海軍航空部隊指揮官・市丸利之助(佐賀県唐津出身)は時の大統領ルーズベルトに宛てて日文・英文の遺書をのこした。この手紙は激烈な戦火をくぐり抜け、米国に現存する。本書は、この軍人の人生を遺作和歌などを通してたどった筆者渾身の一冊の増補改訂版である。わたしたちを先の戦争についてのより深い思惟へ導いてくれるだろう。」
   
    3.  漢字に読み仮名をつけた本文が資料699に、英文の本文が資料700にあります。
 → 資料699「ルーズベルトニ与フル書」市丸海軍少将(読み仮名つき) 
 → 資料700 A Note to Roosevelt(英文「ルーズベルトニ与フル書」市丸海軍少将) 
   
    4.    「ルーズベルトニ与フル書」については、門田隆将著『大統領に告ぐ』(産経新聞出版、2025年7月31日発売)が最近出版されました。
 → 門田隆将著『大統領に告ぐー硫黄島からルーズベルトに与ふる書
   
    5.  「ルーズベルトニ与フル書」は、ネット上に多くの記事が出ていますが、ここでは Dharma さんのブログ『Smile Elims』に出ている「ルーズベルトに宛てた硫黄島からの手紙」を挙げておきます。参考になると思います。
 →『Smile Elims』
  →「ルーズベルトに宛てた硫黄島からの手紙」
   
    6.  フリー百科事典『ウィキペディア』に「市丸利之助」の項があります。
 →『ウィキペディア』
  → 市丸利之助
   
           









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