資料679 陸游の猫の詩(欽定四庫全書『剣南詩稾』による)



      陸游の猫の詩  欽定四庫全書『剣南詩稾』より
         
(猫を詠んだ詩ばかりでなく、単に猫(貍奴・狸奴)と
           いう言葉に触れただけの詩も取り上げてあります。)



  贈猫
裹鹽迎得小貍奴盡護山房萬巻書慙愧家貧策勲薄寒無氊坐食無魚

   (『剣南詩』巻第十五)

       *

  得猫於近村以雪兒名之戲為作詩
似虎能縁木如駒不伏轅但知空鼠穴無意為魚飱薄荷時時醉氍毹夜夜温前生舊童子伴我老山村

  戲詠閒適
暮秋風雨暗江津不下書堂已過旬鸚鵡籠寒晨自訴貍奴氊煗夜相親典衣旋買修琴料叩戸時聞請藥人説與郷鄰當賀我死前長作自由身

   (『剣南詩』巻第二十三)

       *

  十一月四日風雨大作
風巻江湖雨闇村四山聲作海濤翻溪柴火輭蠻氊暖我與狸奴不出門

   (『剣南詩』巻第二十六)

       *

  贈粉鼻 畜猫名也
夕狸奴磔鼠頻怒髯噀血護殘囷問渠何似朱門裏日飽魚飱睡錦茵

   (『剣南詩』巻第二十八)

       *

  嘲畜猫
甚矣翻盆暴嗟君睡得成但思魚饜足不顧鼠縱横欲騁銜蟬快先憐上樹輕山在何許此族最知名 俗言猫為虎舅教虎百爲惟不教上樹又謂海州猫為天下第一

   (『剣南詩』巻第三十八)

       *

  贈猫
鹽裹聘貍奴常看戲座隅時時醉薄荷夜夜占氍毹鼠穴功方列魚飱賞豈無仍當立名字喚作小於菟

   (『剣南詩』巻第四十二)

       *

  鼠敗書
雲歸雨亦止鵶起窗既白秋宵未為永不寐如歳隔平明亟下榻亦未暇冠幘檢挍案上書狼籍鼠齧迹食簞與果籩攘取初不責侈然敢四出乃至暴方册坐令漢篋亡不減秦火厄向能畜一猫狡穴詎弗獲緘縢又蕩然追咎亦何益惰偸當自戒鼠輩安足磔    (原文「縢」には草冠が付いている。)

   (『剣南詩』巻第六十三)

       *

  習嬾自咎
習嬾多遺事時能害睡眠貛驕殘竹筍鼠横齧牀氊猧子巡籬落貍奴護簡編人間有俊物求買敢論錢

   (『剣南詩』巻第六十四)

       *

  鼠屢敗吾書偶得貍奴捕殺無虚日羣鼠幾空為賦此詩
服役無人自炷香貍奴乃肯伴禪房晝眠共藉牀敷暖夜坐同聞漏鼓長賈勇遂能空鼠穴策勛何止履羊腸魚飱雖薄真無媿不向花間捕蝶忙 道士李勝之畫捕蝶獅貓以譏當世
  
 
   (『剣南詩』巻第六十五)

       *

  小室
地褊焚香室窗昏釀雪天爛炊二龠飯側枕一肱眠身似嬰兒日家如太古年狸奴不執鼠同我愛青氊

   (『剣南詩』巻第六十九)

       *

  歳末盡前數日偶題長句
老向人間迹轉孤參差煙火出菰蒲數畦緑菜寒猶茁一勺清泉手自酙穀賤窺籬無狗盗夜長煖足有貍奴歳闌更喜人強健小草書成鬱壘符

   (『剣南詩』巻第七十四)

       *

  書歎
尺椽不改結茅初薄粥猶囏卒歳儲猧子解迎門外客貍奴知護案間書深林閒數新添筍小沼時觀舊放魚自笑從来徒歩慣歸休枉道是懸車

   (『剣南詩』巻第八十、二首のうち第二首)

       *

 嘉定己巳立秋得膈上疾近寒露乃小愈
半饑半飽隨時過無客無書盡日間童子貪眠呼不省貍奴戀煖去仍還

   (『剣南詩』巻第八十四、十二首のうち第六首)

       *

  贈猫
執鼠無功元不劾一簞魚飯以時來看君終日常安卧何事紛紛去又囘

   (『剣南詩』巻第八十五)

       *


 〇句ごとに区切った形の詩

    贈猫
  裹鹽迎得小貍奴
  盡護山房萬巻書
  慙愧家貧策勲薄
  寒無氊坐食無魚

  得猫於近村以雪兒名之戲為作詩
 似虎能縁木 如駒不伏轅
 但知空鼠穴 無意為魚飱
 薄荷時時醉 氍毹夜夜温
 前生舊童子 伴我老山村

   戲詠閒適
 暮秋風雨暗江津 不下書堂已過旬
 鸚鵡籠寒晨自訴 貍奴氊煗夜相親
 典衣旋買修琴料 叩戸時聞請藥人
 説與郷鄰當賀我 死前長作自由身

 十一月四日風雨大作
  風巻江湖雨闇村
  四山聲作海濤翻
  溪柴火輭蠻氊暖
  我與狸奴不出門

  贈粉鼻 畜猫名也
 連夕狸奴磔鼠頻
 怒髯噀血護殘囷
 問渠何似朱門裏
 日飽魚飱睡錦茵


   嘲畜猫
  甚矣翻盆暴 嗟君睡得成
  但思魚饜足 不顧鼠縱横
  欲騁銜蟬快 先憐上樹輕
  山在何許 此族最知名
  俗言猫為虎舅教虎百為惟不教上樹又謂海州猫為天下第一

   
贈猫
 鹽裹聘貍奴 常看戲座隅
 時時醉薄荷 夜夜占氍毹
 鼠穴功方列 魚作小於菟 

  
 鼠敗書
 
雲歸雨亦止 鵶起窗既白
 秋宵未為永 不寐如歳隔
 平明亟下榻 亦未暇冠幘
 檢挍案上書 狼籍鼠齧迹
 食簞與果籩 攘取初不責
 侈然敢四出 乃至暴方册
 坐令漢篋亡 不減秦火厄
 向能畜一猫 狡穴詎弗獲
 緘縢又蕩然 追咎亦何益
 惰偸當自戒 鼠輩安足磔

  習嬾自咎
 習嬾多遺事 時能害睡眠
 貛驕殘竹筍 鼠横齧牀氊
 猧子巡籬落 貍奴護簡編
 人間有俊物 求買敢論錢

  鼠屢敗吾書偶得貍奴捕殺無虚日羣鼠
  幾空為賦此詩
   服役無人自炷香   貍奴乃肯伴禪房
 晝眠共藉牀敷暖 夜坐同聞漏鼓長
 賈勇遂能空鼠穴 策勛何止履羊腸
 魚飱雖薄真無媿 不向花間捕蝶忙
   
道士李勝之畫捕蝶獅貓以譏當世

   小室
 地褊焚香室 窗昏釀雪天
 爛炊二龠飯 側枕一肱眠
 身似嬰兒日 家如太古年
 狸奴不執鼠 同我愛青氊

  歳末盡前數日偶題長句
 老向人間迹轉孤 參差煙火出菰蒲
 數畦緑菜寒猶茁 一勺清泉手自酙
 穀賤窺籬無狗盗 夜長煖足有貍奴
 歳闌更喜人強健 小草書成鬱壘符 

   書歎
 尺椽不改結茅初 薄粥猶囏卒歳儲
 猧子解迎門外客 貍奴知護案間書
 深林閒數新添筍 小沼時觀舊放魚
 自笑從来徒歩慣 歸休枉道是懸車 

  嘉定己巳立秋得膈上疾近寒露乃小愈
 半饑半飽隨時過 無客無書盡日間
 童子貪眠呼不省 貍奴戀煖去仍還

  贈猫
 執鼠無功元不劾 一簞魚飯以時來
 看君終日常安卧 何事紛紛去又囘



 お断り:元の漢字が表記できないため、漢字の形を変えた個所が数か所あります。(「怒髯噀血護殘囷」の噀、血。「夜夜占氍毹」の氍、毹。「平明亟下榻」の明。「緘縢又蕩然」の縢。「一勺清泉手自酙」の酙(原文は「」)など。)
 「」の漢字は、辞典オンライン『漢字辞典』に拠りました。意味は「くむ。柄杓(ひしゃく)で液体をくみ出す。」だそうです。→ 辞典オンライン『漢字辞典』

 巻二十三の2首目の「煗」は「煖」の異体字。
 巻二十六の「輭」は「軟」の異体字。
 巻三十八の「衘」は「銜」の異体字。
 巻六十三の「鵶」は「鴉」の異体字。
   〃  「縢」は原文には草冠が付いていますが、草冠のない字が正しいそうです。



  (注) 1.  上記の詩は、『漢リポ  Kanseki Repository』(研究者から研究者への電子テキスト)というサイトに出ている『欽定四庫全書・文淵閣』の版本『劒南詩稾』(四庫全書・文淵閣)によりました。
 ここに取り上げた『剣南詩稿』の猫の詩は、北海道教育大学学術リポジトリに掲載されている後藤秋正先生の紀要論文「猫と漢詩 札記ー古代から唐代までー」(注6参照)に教えていただいて選んだものです。

   
    2.  〇『漢リポ  Kanseki Repository』(研究者から研究者への電子テキスト)に収録されている『欽定四庫全書・文淵閣』の『劒南詩稾』(四庫全書・文淵閣)について
 →『漢リポ  Kanseki Repository』
 →  版本『劒南詩稾 ‐ 宋 ‐ 陸游』四庫全書・文淵閣(KR4d0267)

 〇『国立公文書館デジタルアーカイブ』の『剣南詩稿』について
 →『国立公文書館デジタルアーカイブ』
 →『剣南詩稿』
   
    3.  次に、『欽定四庫全書・文淵閣』の『劒南詩稾』の紙面『国立公文書館デジタルアーカイブ』の『剣南詩稿』の紙面をリンクによって表示します。

 「贈猫」… 巻第十五
  
→『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』  (015‐7b)     
  
→『国立公文書館』の『剣南詩稿』(62/94)
    
 「得猫於近村以雪兒名之戲爲作詩」… 巻第二十三

  →『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(023‐16b)     
  →『国立公文書館』の『剣南詩稿』(55/67)
 
 「戲詠閒適」… 巻第二十三
  →
『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』023‐16b023‐17a 
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(56/67)

 「十一月四日風雨大作」… 巻第二十六
  『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』  (026‐3b) 
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(8/67)

  「贈粉鼻 畜猫名也」… 巻第二十八

  『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(028‐19a)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(26/66)
            

  「嘲畜猫」… 巻第三十八          
  『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(038‐1b)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(5/68)
 
  「贈猫」… 巻第四十二              
  →
『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(042‐21a)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(28/94)
    
  「鼠敗書」… 巻第六十三             
  →
『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(063‐8a ~ 8b)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(12/64)
   
  「習嬾自咎」… 巻第六十四              
  →
『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(064‐5a)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(41/64)
   
  「鼠屢敗吾書偶得貍奴捕殺無虗日羣鼠幾空爲賦此詩」… 巻第六十五              
  →
『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(065‐4a)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(8/65)
    
  「小室」… 巻第六十九              
  →
『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(069‐14b)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(79/91)
    
  「歳末盡前數日偶題長句」… 巻第七十四              
  →
『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(074‐13b)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(48/91)
    
  「書歎」… 巻第八十              
  →
『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(080‐9a)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(43/62)
    
  「嘉定己巳立秋得膈上疾近寒露乃小愈」… 巻第八十四              
  →
『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(084‐7a)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(41/77)
    
  「贈猫」… 巻第八十五               
  →
『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』(085‐8a)
  →
『国立公文書館』の『剣南詩稿』(69/77)
    
   
    4.  『欽定四庫全書』の『劒南詩稾』と『国立公文書館』の『剣南詩稿』の主な文字の異同を次に示します。

    『欽定四庫全書』 『国立公文書館』
 巻第十五   迎         待
 巻第三十八  銜         衘
 巻第六十四  牀         床
 巻第六十五  虗         虚
        牀         床
        暖        
              

                  畫       画
        譏      
言+几                            
 巻第六十九          
 巻第八十四  饑         飢
        煖         煗
 巻第八十五  卧         臥
   
    5. 〇1首目の「贈猫」の詩について

 題名「贈猫」は、「猫を贈らる」「猫に贈る」「猫を贈る」などと読まれているようです。
 「裹鹽」は、「鹽をつつむ」と読む字で、「裹」は音「カ」、動詞で「つつむ」、名詞で「つつみ。まるく包んだもの」の意です。「裏(リ)」(「うら」「うち」)とは別字です。
 「裹(カ)」の書き方:なべぶた(なべぶた・けいさんかんむり)の下に果を書き、その下に、衣のなべぶたの下の部分を書きます。全体で14画になります。)

 この詩は、淳熙10年(1183年)陸游が59歳のとき、故郷に隠居していたときの作だそうです。

 この詩の訓読や口語訳等については、次のサイトを見てください。
 (1)→『詩詞世界 碇豊長の詩詞
     → 贈猫(南宋 陸游)

 (2)→『漢詩と中国文化』
     → 陸游
     → 贈貍:陸游を読む

 (3)→『ねこと暮らす』(文献で歌われた猫たち)
     → 陸游 贈猫


〇4首目の「十一月四日風雨大作」の詩について

 この詩の訓読や口語訳等については、次のサイトを見てください。

 (1)→『ねこと暮らす』(文献で歌われた猫たち)
     → 陸游「十一月四日風雨大作」

〇6首目の「嘲畜猫」の詩について

 
最後の細字の部分は、原文2行に分かち書きされている部分です。
 
〇10首目の「鼠屢敗吾書偶得貍奴捕殺無虚日羣鼠幾空為賦此詩」の詩について
 
最後の細字の部分は、原文2行に分かち書きされている部分です。
 『
国立公文書館』の『剣南詩稿』にある「衘」は、「銜」の異体字です。

   
    6.  北海道教育大学学術リポジトリに、後藤秋正先生の紀要論文「猫と漢詩 札記ー古代から唐代までー」があって参考になります。ただし、ダウンロードして読む必要があります。
 → 北海道教育大学学術リポジトリ
 → 後藤秋正「猫と漢詩 札記ー古代から唐代までー」
    
   
    7.  陸游(りくゆう)=南宋前期の詩人。字は務観、号は放翁。山陰(浙江紹興)の人。金に対する抗戦を唱え、当局に嫌われて不遇の生涯を送る。詩は慷慨の気に満ちた愛国詩人の面と、農村の日常を愛する田園詩人の面とに特色を見る。范成大・楊万里・尤袤(ゆうぼう)とともに南宋四大家と称される。著「剣南詩稿」「渭南文集」「老学庵筆記」「入蜀記」など。(1125~1209) (『広辞苑』第7版による。)
   
    8.  資料326に 陸游の詩「客去」があります。
 → 資料326 陸游の詩「客去」
   
    9.  岩波文庫に『陸游詩選』があります。
 → 岩波文庫『陸游詩選』
   
    10.  読游会(陸游の詩を読み、よく学びよく遊ぶ会)のサイトがあります。
 → 読游会(陸游の詩を読み、よく学びよく遊ぶ会)

 読游会について知るために、読游会(陸游の詩を読み、よく学びよく遊ぶ会)のサイトに出ている『漢詩道場 読游会の記録 上』の紹介文を次に転記させていただきます。
    * * * * *
 漢詩読解の道場、読游会は1993年4月に始まった。主宰するのは一海知義先生である。大学を退官後に、先生を慕う学生が、漢詩の読みを鍛える場として設けられた。勉強会の名称「読游」は二つの意味を兼ねる。一つは南宋の詩人、陸游の詩を読む会であること。もう一つは、「読」は学習に通じ、「游」は遊に通じる。「よく学びよく遊べ」という意味を込めている。会は月に一回開き、その記録は、『一海知義の漢詩道場』と題して、2004年、そして2008年に、岩波書店より正続二冊を上梓した。その後も、会での討論を記録する者がいて、ほぼ毎回記録を取って、主宰者一海先生に加え、師範役の筧文生先生と興膳宏先生にも、お目を通して、ご意見を賜って記録に反映させるという作業を続けた。その前半部分がこの冊子である。2015年に一海先生が館を捐てられました。その後も、筧先生と興膳先生に教えを乞い、会は続けることができたが、新型コロナウイルス感染症が蔓延したため、2020年より休会が続いていた。そうして、2023年に興膳宏先生も館を捐てられました。興膳先生のお別れの会に、久しぶりに会員が集い、最後の会を設けることになりました。この冊子を上梓するのは、それを記念するためのものである。最後の会の記録を加えて、下冊も上梓する予定である。
     * * * * *    

 
   






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