資料66 正岡子規の句碑「この家を鴨ものぞくや仙波沼」



        
この家を鴨ものぞくや仙波沼

                  
子 規 

 

 平成17(2005)年3月、水戸市梅香1丁目に、正岡子規の句碑が建てられました。
 句碑には、「この家を鴨ものぞくや仙波沼 子規」と彫られています。
 この句は、明治22(1889)年4月5日に、友人と二人で、学友菊池謙二郎を訪ねて水戸を訪れた子規の詠んだものです。当時、子規たちは、第一高等中学校の学生でした。
 あいにく謙二郎は一足違いで上京したあとで会えませんでしたが、この句は、謙二郎の実家を訪れたときのものと思われます。 
  建てられた場所は、菊池謙二郎の実家跡(旧・大坂町、現・梅香1丁目)です。
 
碑の下部に嵌め込まれている説明板の文を下に写しておきます。

  『水戸紀行』の明治の俳聖、正岡子規は23歳の明治22年
  (1889年)4月5日、旧制一高(現東大)同級生の菊池
   謙二郎(水戸学の権威)をこの地にあった実家(旧大坂
     町菊池屋敷、現Gコート梅香)に訪ね、庭先から眼下に
   広がる千波湖の眺望をこの句に詠んだ。
                            平成17年3月吉日
                        書 / 吾妻蒼遥
       
  ここに「23歳」とあるのは数え年での年齢(満では21歳)、また「旧制一高」とあるのは、正確には、旧制一高の前身の「第一高等中学校」ということになります。

 この時の旅の様子は『水戸紀行』に記録されていますが、「この家を……」の句は、『水戸紀行』にはなく、ノートに記録されているものです。
 『子規全集』によれば、「ノート」には、明治22年4月5日のこととして、次のような記載が見られます。

     
五日 快晴     
     けふ見めや昨日の雨にさいた花
     これもまた花の一ツや春の霜 
     うれしさや梅の盛を二度も見て   
(注)「うれしさや」と 
     今年は二度まて見たり梅の花    
「今年は」の二つの 
     公 園  の梅か香くはる風のむき  
句は、上下を中括
     さむくとも                        
弧で括ってあります。
                         
          二日路ハ筑波にそふて歩みけり
     春寒し風の動かす床の軸
     梅の記ハ昔の香にも匂ひけり
     この家を鴨ものそくや仙波沼
     春水の四澤にみつる常陸哉
     山と水扨ハ自然の文もあり
     泣く皃も笑皃も見たり筑波山 
     日和にも雨にも見たり筑波山
     雲よりも一段上やつくは山
     白雲の蒲團の中につゝまれて
        ならんて寐たり女體男體

講談社版『子規全集』第21巻  草稿 ノートの「ノート」の部「11〔明治22年4月7日〕」)

 水戸市内の子規の句碑は、偕楽園にある「崖急に梅ことごとく斜なり」が有名ですが、この句碑が建てられたのは昭和28(1953)年3月のこと、52年ぶりに子規の句碑が建てられたことになります。


 資料1に、「正岡子規の『水戸紀行』(全)」があります。
 
 

 













 

 

 

 

 

 

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