資料650 仏説譬喩経 (『大正新脩大蔵経』第4巻による)



        佛説譬喩經 
                  大唐三藏法師義淨譯

如是我聞。一時薄伽梵。在室羅伐城逝多林給孤獨園。爾時世尊於大衆中。告勝光王曰。大王。我今爲王略説譬喩。諸有生死味著過患。王今諦聽。善思念之。乃往過去。於無量劫。時有一人。遊於曠野爲惡象所逐。怖走無依。見一空井。傍有樹根。即尋根下。潜身井中。有黑白二鼠。互齧樹根。於井四邊有四毒蛇。欲螫其人。下有毒龍。心畏龍蛇恐樹根斷。樹有蜂蜜。五滴墮口。樹搖蜂散。下螫斯人。野火復來。燒然此樹。王曰。是人云何。受無量苦。貪彼少味。爾時世尊告言。大王。曠野者喩於無明長夜曠遠。言彼人者。喩於異生。象喩無常。井喩生死。險岸樹根喩命。黑白二鼠以喩晝夜。齧樹根者。喩念念滅。其四毒蛇。喩於四大。蜜喩五欲。蜂喩邪思。火喩老病。毒龍喩死。是故大王。當知生老病死。甚可怖畏。常應思念。勿被五欲之所呑迫。爾時世尊重説頌曰
  曠野無明路  人走喩凡夫
  大象比無常  井喩生死岸
  樹根喩於命  二鼠晝夜同
  齧根念念衰  四蛇同四大
  蜜滴喩五欲  蜂螫比邪思
  火同於老病  毒龍方死苦
  智者觀斯事  急可厭生津
  五欲心無著  方名解脱人
  鎭處無明海  常爲死王驅
  寧知戀聲色  不樂離凡夫
爾時勝光大王聞佛爲説生死過患。得未曾有。深生厭離。合掌恭敬。一心瞻仰。白佛言。世尊如來大慈。爲説如是微妙法義。我今頂戴。佛言。善哉善哉。大王。當如説行。勿爲放逸。時勝光王及諸大衆。皆悉歡喜。信受奉行
佛説譬喩經


  (注) 1.  上記の「佛説譬喩經」は、『大正新脩大蔵経』第4巻本縁部下(大正13年7月15日、大正一切経刊行会発行)によりました。
 これは「国立国会図書館デジタルコレクション」に入っています。ただし、これは個人送信サービス資料なので、これを見るには、国立国会図書館の利用者登録をする必要があります。
 国立国会図書館デジタルコレクション
  →『大正新脩大蔵経』第4巻本縁部下
   
    2.  文中、「樹有蜂蜜。」のところは、原本に「樹根蜂蜜。」とある「根」を、注によって宋本・元本・明本の「有」と直してあります。
 また、頌の中の「急可厭生津」の「急」も、同じく注によって、「象」とあるのを明本によって「急」と直してあります。
   
    3.  『大正新脩大蔵経』第4巻本縁部下の注によって、本文の他本との異同を示しておきます。
  (『大正新脩大蔵経』第4巻 → 他本)
 大唐三蔵法師義淨 → 宋本・元本・明本「三蔵法師義淨奉詔譯
 室羅城逝多林給孤獨園 → 明本「室羅城逝多林給孤獨園」
 樹蜂蜜 → 宋本・元本・明本「樹蜂蜜」
 蜂比邪思 → 明本「蜂比邪思」
 可厭生津 → 明本「可厭生津」
 常爲死王 → 明本「常被死生驅」
 時勝光王及諸 → 明本「時勝光王及諸衆」
   
    4.  トルストイが『我が懺悔』でこの「仏説譬喩経」を引いていることは、よく知られています。
 岩波文庫に、原久一郎訳で『懺悔』が出ていますが、現在品切れだそうです。
 → 岩波文庫『懺悔』トルストイ著 原久一郎訳(1935年6月15日発行)
 岩波書店の紹介文は次の通りです。
 『懺悔』は一大回心の記録である。大作『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』を著し名声の絶頂にあったトルストイ(1828ー1910)は、自らの人生の意義について烈しい疑問にとらわれ、これまでの生活・著作・価値観などの一切を否定し、新しい信仰にめざめてゆく。苦悩する自己の姿を赤裸々にさらけだした真摯な魂の軌跡。

 〇 なお、この岩波書店の原久一郎訳『懺悔』の、トルストイが「仏説譬喩経」を引いている部分は、次のサイトで見ることができます。
 → VIVEKA   For All Buddhist Studies
     →「仏説譬喩経」とは

 〇 また、国立国会図書館デジタルコレクション所収の相馬御風訳『我が懺悔』があります。これも、見るには国立国会図書館の利用者登録をする必要があります。
 → 国立国会図書館デジタルコレクション 
  → 新潮文庫『我が懺悔』(トルストイ著 相馬御風訳)
  → 新潮文庫『我が懺悔』の該当部分16-17/79)

 〇 『六大新報』第1209号(昭和2年3月20日発行)の中に、「涅槃の彼岸へ」(谷口乗禅)」が掲載されており、そこにトルストイ全集『我が懺悔』からの「仏説譬喩経」を引いている部分の引用があります。これは個人送信サービス資料なので、これを見るには、国立国会図書館の利用者登録をする必要があります。
 → 国立国会図書館デジタルコレクション 
  →『六大新報』第1209号
  →「涅槃の彼岸へ」(谷口乗禅)
 このトルストイの文の翻訳は、細田源吉氏によるものと思われます。
   
    5.  古い本によったものですが、「仏説譬喩経」の書き下し文が次の資料にあります。
  → 資料652 仏説譬喩経(書き下し文)
   
    6.  「岐阜聖徳学園大学/大学院 岐阜聖徳学園大学短期大学部」のホームページに、蜷川祥美氏による「黒白二鼠(こくびゃくにそ)の喩え」(法話 81号6・7月 発行)が出ていて参考になります。
 →「岐阜聖徳学園大学/大学院 岐阜聖徳学園大学短期大学部」
 →「黒白二鼠(こくびゃくにそ)の喩え」(法話 81号6・7月 発行)
   
    7.  資料659に『衆経撰雑譬喩』巻上第八があります。 
 → 資料659『衆経撰雑譬喩』巻上第八
   
    8.  板橋倫行著『万葉集の詩と真実』淡路全書4(1961年5月15日第1刷発行)には、奈良時代の文学中でニ鼠四蛇にちなむ用例として、次の4つが挙げられています。
 〇山上憶良の挽歌の序(巻五、794 日本挽歌の前に出ている)にある句。
   二鼠競争而度目之鳥旦飛
   四蛇争侵而過隙之駒夕走
 〇「貞慧伝」(藤原鎌足の子の貞慧─定慧にも定恵にも作られる─の伝)にある句。
   鼠藤易絶、蛇篋難停
 〇東大寺大仏殿に掲げられた西曼荼羅の左右の縁の銘文中にある句。
   恐二鼠侵害、四蛇來纏故 (東大寺要録八)
 〇唐招提寺所蔵の宝亀十年の大般若波羅蜜多経176の奥書にある一句。
   豈是謂四蛇侵命二鼠催年

 板橋倫行著『万葉集の詩と真実』淡路全書4は、国会図書館デジタルコレクションで見ることができます。(ただし、これは送信サービスで見ることになるので、見るには利用者登録が必要です。)
 → 国会図書館デジタルコレクション
  → 板橋倫行著『万葉集の詩と真実』淡路全書4
     → 奈良朝芸文に現われた「二鼠四蛇」について
   
    9.  次の参考資料があります。
 → 資料661 白石大二氏の「たとえ尽くしー「とら(虎)」の巻 ー」から
 → 資料660 「日本挽歌」の序(万葉集巻五)
   
    10. (参考)
 月の鼠(つきのねずみ)=(翻訳名義集によると、人が象に追われて木の根を伝って野中の井戸に隠れたところ、四匹の毒蛇がかみつこうとし、また木の根を黒白二匹の鼠がかじろうとする。象は無常、黒白の鼠は日月に、毒蛇は四大(地・水・火・風)にたとえる)月日の過ぎ行くことをいう。月日の鼠。久安百首「のどけかれ─よ露の身を」(『広辞苑』第7版による)
   ※ 引用者注:のどけかれ月のねずみよ露の身をやどす草葉の程もなき世に(藤原清輔)

  
〖慣〗つきの鼠(ねずみ)=(仏教で、人が象に追われて、木の根を伝わって井戸の中に隠れたところ、井戸の周囲には四匹の毒蛇がいてその人をかもうとし、また、木の根を黑・白二匹の鼠がかじろうとしていた賓頭盧説法経の話で、象を無常、鼠を昼と夜、毒蛇を地・水・火・風の四大にたとえているところから)月日の過ぎゆくことをいう。月日の鼠。《季・秋》
 *高光集(994頃か)「頼む夜か月のねずみの騷ぐまの草葉にかかる露の命は」(『精選版 日本国語大辞典』による)

 
(参考)
  → 
資料658 賓頭盧為優陀延王説法経
   
→  資料662 『俊頼髄脳』の「月の鼠」の歌二首
   








         トップページへ