資料562 常陸国風土記「筑波郡」(『上代文学選(上)』より)




          
常陸國風土記 (筑波郡)     
  

 

  古老曰筑波之縣古謂紀國美萬貴天皇之世遣采女臣友屬筑波命於紀 
 國之國造時筑波命曰欲令身名者著國而後世流傳即改本號更稱筑波者  
 風俗説曰握飯筑波之國

  古老曰昔祖神尊巡行諸神之處到駿河國福慈岳卒遇日暮請欲寓宿此
 時福慈神答曰新粟初嘗家内諱忌今日之間冀許不堪於是祖神尊恨泣詈
 告曰即汝親何不欲宿汝所居山生涯之極冬夏雪霜冷寒重襲人民不登飲
 食勿奠
者更登筑波岳亦請容止此時筑波神答曰今夜雖新粟嘗不敢不奉
 尊旨爰設飲食敬拜祗承於是祖神尊歡然謌曰
  愛乎我胤巍哉神宮天地竝齊日月共同人民集賀飲食富豐代代無絶日 
  日彌榮千秋萬歳遊樂不窮者
 是以福慈岳常雪不得登臨其
筑波岳往集歌舞飲喫至于今不絶也以下略
 
 古老の曰く、筑波の縣は古(いにしへ)紀國と謂ひき。美萬貴天皇の世に采女臣(うねべのおみ)の友屬(ともがら)筑波命を紀國の國造に遣はしし時、筑波命の曰く、身(わ)が名をば國に著けて後の世に流傳(つた)へまく欲(おも)ふと曰ひて、すなはち本の號を改めて、更に筑波と稱(い)ふといへり風俗の説に、握飯筑波國といふ。  
 古老の曰く、昔祖神(みおやのかみ)尊、諸神の處に巡り行(い)でまししに、駿河國福慈岳(ふじやま)に到り給ひて、卒(つひ)に日の暮に遇ひ、寓宿(やどり)を請ひ欲(ね)ぎ給ひき。此の時福慈の神答へてまをさく、新粟(わせ)の初嘗(にひなめ)して家内(やぬち)諱忌(ものいみ)せり。今日の間(ほど)は冀はくは許しあへじとまをしき。ここに祖神尊恨み泣きて詈告(の)り給はく、汝(いまし)が親を何ぞは宿さまく欲りせぬ。汝が居(す)める山は、生涯(いのち)の極(きはみ)、冬も夏も雪霜ふり、冷寒(さむさ)重襲(かさな)り、人民(ひと)も登らず、飲食(をしもの)も奠(まつ)(ひと)なけむと曰(の)りたまひき。更に筑波岳に登りて亦容止(やどり)を請ひたまひき。此の時筑波の神答へて曰(まを)しけらく、今夜(こよひ)は新粟嘗(にひなめ)すれども、敢へて尊旨(みこと)にたがひ奉らじとまをしき。爰に飲食を設け、敬拜(をろが)み祗承(つか)へ奉りき。ここに祖神尊歡然(よろこび)謌ひたまひしく、
 愛(は)しきかも 我が胤(みこ) 巍(たか)きかも 神宮 天地の竝
 齊(むた) 日月の共同(むた) 人民(たみくさ)集ひ賀(ことほ)ぎ 飲食
 (みけみき)
富豐(ゆたか)に 代のことごと 
絶ゆることなく 日に日に 
 彌榮えむ 千秋(ちよ)萬歳(よろづよ)に 遊樂(たのしみ)窮らじ
是を以て福慈岳は常に雪ふりて登臨(のぼ)ることを得ず。其の筑波岳は往き集ひ歌ひ舞ひ、飲み喫ひすること今に至るまで絶えざるなり。

 

   (注)  1.本文は、『国立国会図書館デジタルコレクション』所収の新制高等国文叢書
         『上代文学選(上)』(澤瀉久孝編。三省堂・昭和16年2月10日発行)によりまし
         た。   
『国立国会図書館デジタルコレクション』
                           → 『上代文学選(上)』 (58~59/95)
        2.読み下し文の初めにある「美萬貴天皇」は、『上代文学選(上)』の読み下し
         文に「美麻貴天皇」とあったのを、引用者が本文の初めにある「美萬貴天皇」
         に合わせて改めてあります。
          また、読み下し文の最後にある歌の「絶ゆることなく」は、原文に「代代不絶」
         とあるので、「不絶」の読みが落ちたものと見て、引用者が補いました。

        3.本文の振り仮名は、括弧に入れて表示しました。
        4. 国立国会図書館デジタルコレクションで、幾つかの『常陸風土記』を見ること
         ができます。  
            
国立国会図書館デジタルコレクション       
            → 
『常陸風土記』西野宣明・校、天保10年(1839)刊、和泉屋金右衛門
               題簽書名:常陸風土記
               見返し題:訂正常陸國風土記(見返しに「「天保己亥仲夏刊于水戸
                     聽松軒とある。)
               奥付に、「水府御藏版 頒行書林 江戸横山三丁目 和泉屋金右衛門」
               袋に、「(上・横書き)天保己亥新鐫 (右・縦書き)松宇西野先生校點
                 (中央・縦書き)常陸風土記  (左・縦書き)水府書林 東壁樓發兌」
            → 
『常陸豊後肥前風土記』(写本)伴信友・輯校。
            → 
『常陸國風土記』(写本) 題名:(表紙)常陸國風土記
                                   (巻頭書名)常陸風土記
            → 
『常陸風土記』(写本)[天保10年刊と合綴]小宮山氏尚存図書
        5. 『ジャパンナレッジ』に、国史大辞典の「常陸国風土記」の項が出ています。
            
『ジャパンナレッジ』 → 国史大辞典』の「常陸国風土記」
          6. フリー百科事典『ウイキペディア』に、「常陸国風土記」の項があります。 
             フリー百科事典『ウイキペディア』 → 「常陸国風土記」 
          7
. 資料561に 常陸国風土記「筑波郡」 があり、筑波郡の全文が出ています。
               → 
資料561 常陸国風土記「筑波郡」
         

   


                 
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