資料560「登筑波岳丹比眞人國人作歌」(万葉集巻三)




 
     登筑波岳丹比眞人國人作歌一首 并短謌
  
鷄之鳴 東國尒 高山者 左波尒雖有 朋神之 貴山乃 儕立乃 見石山跡 神代從 人之言嗣 國見爲 築羽乃山矣 冬木成 時敷時跡 不見而徃者 益而戀石見 雪消爲 山道尚矣 名積叙 吾來煎
     反 謌
築羽根矣 卌耳見乍 有金手 雪消乃道矣 名積來有鴨
   
       


  (注) 1.  本文は、『日本古典文学大系4『萬葉集 一』(高木市之助・五味智英・大野晋 校注、岩波書店・昭和32年5月6日第1刷発行、昭和38年8月15日第9刷発行)によりました。 (『国歌大観』の番号は、382・383)
 なお、 の漢字は、島根県立大学の “e 漢字” を利用させていただきました。     
   
    2.  底本については、凡例に、「本書は竹柏園複製西本願寺本萬葉集を底本とした」、「桂本・天治本・金沢本・元暦校本・藍紙本・尼崎本・伝壬生隆祐筆本・嘉暦伝承本・紀州本・類聚古集・古葉略類聚鈔など現存古写本の複製及び校本萬葉集によって、新たに校訂を加えた」とあります。
 上記の歌に関するものは、次の通り。
  萬葉集童蒙抄によって 底本「明神」→「朋神」
  誤伝による誤りと見て 底本「見果石」→ 「見石」
  類聚古集・温故堂本・大矢本によって 底本「筑」→築
  類聚古集・紀州本(旧神田本)・温故堂本によって 
    底本「時敷跡(下の「時」ナシ)→「時敷時跡」
  紀州本(旧神田本)・定本萬葉集によって
    底本「前一」→ 「煎」  
   
    3.  「筑波(つくは)」の「は」は、奈良時代には清音とのことです。    
    4.  反歌の「卌」について、新日本古典文学大系の『萬葉集一』の脚注に詳しい解説があります。
 「諸本「卌耳見乍」であるが「外のみ見つつ」の意であることは確実と思われる」として、<「外」の意の「よそ」は、仮名書きの例は「よ」も「そ」も必ず乙類であるのに、「卌」即ち「四十」の「よそ」は「四」乙類、「十」甲類であって、「外」の語とは仮名遣いが合わない(有坂秀世『上代音韻攷』)>そこで、「「卌」を「外」の字の写し誤りと認めて改訂する」としてあります。

 また、「見果石」についても考察があり、抄記すると、
 「果」は「杲」の誤りかとする説もある。あるいは「皃」の誤りか。また、「果」を「楽」の草体から見誤った形と見なして、原本文を「見楽石」と復原することも可能であろう。
 「楽」字は願う意。「楽 ネガフ」(名義抄)。東大寺諷誦文稿に「楽見」を「ミガホシク」と訓む。同じく「在果石」(1059)も、「在皃石」あるいは「在楽石」が原形であっただろう。

 
 (以上、詳しくは同書脚注を参照してください。)
   
    5.  作者の丹比眞人國人は、天平8年(736)従五位下。民部少輔・大宰少弐・右大弁を経て、天平宝字元年(757)従四位下で摂津大夫となり、更に遠江守に任ぜられたが、同年の乱に連坐して伊豆に流された。(以上、日本古典文学大系4『萬葉集 一』の頭注による。)    
    6.  長歌の最後の句「名積叙吾來煎」の「來煎」は、「來(け)る」で、「「来てここにいる意。ケルはキアルの約。kiaru→keru 」と古典文学大系の頭注にあります。この「來煎」は、「來並二」となっている本文もありますが、この「並二」は契沖の『万葉代匠記』の、「前を「並」の誤字とする説によったもので、この説は最近採用されていないようだ」と、「資料39 万葉集の戯書(戯訓)」の「3.数の遊戯によるもの」にあります。           
    7.  『日本古典文学大系4『萬葉集 一』の読み下し文を次に示しておきます。(詞書の「作る歌」を「作りし歌」としました。また、「并びに短歌」は、「短歌を并せたり」と読むのが妥当とする『日本古典文学大系5『萬葉集二』の「校注の覚え書」の「八 短歌を并せたり」(同書、43~44頁)によって、「短歌を并せたり」としました。)

 筑波(つくは)の岳(たけ)に登りて丹比眞人國人(たぢひのまひとくにひと)の作りし歌一首 短歌を并せたり     
 
 鷄(とり)が鳴く 東(あづま)の國に 高山は 多(さは)にあれども 朋神(ふたがみ)の 貴き山の 竝(な)み立ちの 見が欲(ほ)し山と 神代より 人の言ひ繼ぎ 國見する  筑羽(つくは)の山を 冬ごもり 時じき時と 見ずて行(ゆ)かば まして戀(こほ)しみ  雪消(ゆきげ)する 山道すらを なづみぞわが來(け)る
      反 歌
 筑羽嶺(つくはね)を外(よそ)のみ見つつありかねて雪消の道をなづみ來(け)るかも
   
    8.  『古事記正解』というサイトがあり、そこに「『萬葉集』テキスト」があって、万葉集 の全巻の原文と読み下し文とを見ることができます。
  残念ながら現在は見られないようです。(2023年8月19日)        
   
    9.  山口大学教育学部表現情報処理コースの作成による 『万葉集検索』というサイトがあり、そこで萬葉集の語句による本文検索ができて便利です。
 ということでしたが、現在、このサイトが利用できない状態にあります。その代わりに、『万葉集検索(山口大)の代用品 web version 文責 浜田裕幸』というサイトがあって助かります。
 →『万葉集検索(山口大)の代用品 web version 文責 浜田裕幸』
   
    10.  群馬県立女子大学名誉教授・北川和秀先生の『北川研究室』というサイトに、「万葉集年表」「万葉集諸本(写本・版本)一覧」「万葉集の主な注釈書一覧」などがあって参考になります。    
    11.   『壺齋閑話』(今は『続壺齋閑話』)というサイトがあり、そこに「古典を読む」があって、この歌は取り上げてありませんが、他の歌の評釈(万葉集を読む)があって参考になります。    
 『壺齋閑話』
   →『続壺齋閑話』 
   →「万葉集を読む」
            
   




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