資料495 「青取之於藍而青於藍」(『荀子』より)   


       「出藍「出藍の誉れ」という言葉がありますが、これは『荀子』の冒頭に出て
       いる文から出た言葉だとされています。しかし、通常見かける『荀子』の冒頭
       には「青取之於藍而青於藍」とあって、「出」という文字は出ていません。
       この「出藍
」「出藍の誉れ」という言葉と『荀子』との関係について考えてみる
       ための資料として、ここに『荀子』の冒頭部分を引用します。
 

           

 

      『荀子』 巻第一 勸學篇第一 冒頭

君子曰、學不可以已。靑取之於藍、而靑於藍、冰水爲之、而寒於水。木直中繩、
輮以爲輪、其曲中規、雖有槁暴、不復挺者、輮使之然也。故木受繩則直、金就
礪則利、君子博學、而日參省乎己、則智明而行無過矣。故不登高山、不知天之
高也。不臨深谿、不知地之厚也。不聞先王之遺言、不知學問之大也。干越夷貉
之子、生而同聲、長而異俗、敎使之然也。詩曰、嗟爾君子、無恆安息、靖共爾
位、好是正直、神之聽之、介爾景福。神莫大於化道、福莫長於無禍。
                            
(以下、略)

(書き下し文)

    君子曰(いは)く、「学は以て已(や)むべからず。青は之(これ)を藍より取り
    て、藍よりも青く、冰
(こほり)は水之(これ)を為(な)して、水よりも(つめ
      た)
し」と。木直(ちよく)なること縄(じよう)に中(あた)るも、輮(たわ)めて
    以て輪
ん)(な)せば、其(そ)の曲(きよく)なること規(き)に中(あた)
    り、槁暴(かうばく)有りと
(いへど)も、
(ふたた)び挺(てい)せざるは、
       (じう)(これ)をして然(しか)らしむるなり。故に木(き)(じよう)を受く
    れば則
(すなは)ち直(なほ)く、金(きん)(れい)に就けば
則ち利(するど)く、
    君子博く学びて、日に己
(おのれ)に參省(さんせい)すれば、則ち智(ち)明らか
    にして行
(おこな)ひ過(あやま)ち無し。故に高山に登らざれば、天の高きこと
    を知らざるなり。深谿
(しんけい)に臨(のぞ)まざれば、地の厚きことを知らざ
    るなり。先王の遺言
(いげん)を聞かざれば、学問の大なることを知らざるな
    り。干(かん)
(えつ)(い)(ばく)の子、生まれて声を同じくすれど、長
    じて俗を異にするは、(けう)
(これ)をして(しか)らしむるなり。詩に
    曰く「嗟
(ああ)(なんぢ)君子、安息を恒(つね)とすること無かれ。爾の位
       (くらゐ)
に靖共(せいきよう)にし、是(こ)の正直せいちよく)を好(この)み、之
      (これ)
を神(しん)にし之に聴したが)ひ、爾の景福(けいふく)を介(たす)けよ」
    と。神
(しん)は道に化するより大なるは莫(な)く、福は禍(わざはひ)無きより
    長(ちやう)なるは莫
(な)し。
    
                      

 

 

    (注)  1.  上記の『荀子』巻第一 勸學篇第一の本文は、新釈漢文大系5『荀子 上』(藤井
         専英著、明治書院・昭和41年10月5日初版発行、昭和46年8月30日8版発行)に
         拠り、その冒頭部分を掲載しました。         
        2.  ただし、新釈漢文大系本の本文に施してある返り点は、これを省略しました。また、
         書き下し文は、引用者が漢字を常用漢字の字体に改め、一部の漢字を仮名にし、引
         用符を付け加えるなど、手を加えてあることをお断りしておきます。 
        3. 本文の「靑取之於藍」については、藤井氏の語釈に、「宋蜀本・元刻本に「取」字を
         「出」字に作っている。古く異本があったらしい。久保愛の増注は後人が私かに改め
         たものであろうという」とあります。
          ただ、「取」を「出」にしただけでは、「靑出之於藍」となって、意味が取れなくなって
         しまうのではないかと思われますが、どうなのでしょうか。(「靑出於藍」となっている
         のなら、話は分かりますが。)
          『荀子増注』の注は、
           
[増] 已。止也、取舊作出。今據宋本韓本羣書治要大戴禮困學紀聞所
           改
之。蓋後人私改之無據者也。
         となっています。
          (この注は、早稲田大学の
『古典籍総合データベース』に収められている『荀子増注』
         
によりました。)
          久保愛は、号、筑水。宝暦9年(1759)~天保6年(1835)。『荀子増注』
(文政3年
          (1820)序、同8年刊)
を著しました。
        4. 書き下し文の「君子曰く」の君子の言葉がどこまでであるかについては、幾つかの解
         釈があるそうです。ここでは、藤井専英氏の本に従ってあります。 
          また、「參省」について、藤井氏は、「「参」を「三」と同意に見れば「参省」は、しばしば
         かえりみる意となる。諸子平議は、参は参験の意で、荀子の原文は「君子博学而日参
         己」となっていたのではなかろうかという。今ここの「参省」は、参験省察の意味にとる」
         と言っておられます。(「参験」=参検。あれこれ比べ合わせて、調べ考える。)
        5. なお、新釈漢文大系の『荀子 上』には、本文・書き下し文の他、通釈・語釈・余説
         がありますので、詳しくは本書を参照してください(15~19頁)。
        6. 『荀子』の本文と「出藍」「出藍の誉れ」という言葉との関係について
          
「出藍」「出藍の誉れ」という言葉は、『荀子』の冒頭の「青取之於藍而青於藍」から
         出たと言われていますが、本来の『荀子』の本文は「青取之於藍」であって、「青出於
         藍」とはなっていません。ただ、「青出之藍」となっている元刻本があった、という王念
         孫の説があって
(王念孫『読書雑志』。なお、王念孫は唐代の『芸文類聚』や宋代の『太平御覧』
          等の類書に採録される引用文も「青出於藍」となっていることから、『荀子』の原文は本来
「青出於
          藍」となっていたのだと主張している由です
「出藍」「
出藍の誉れ」という言葉の典拠をこ
         の元刻本とする本が多く見られます。しかし、元刻本よりも前に「出藍」という言葉は
         使われていたようで、元刻本から出たとすることは必ずしも正確ではないようです。
          この『荀子』の冒頭の言葉と「出藍」という言葉との関係については、湯浅邦弘氏に         
         「類書と成語(三)─類書の変容と「出藍」の成立─」(「島根大学教育学部紀要(人文・
         社会科学)」28巻、1994年12月25日発行)という論文があって、詳しい考察が見ら
         れますので、ぜひご覧ください。上に引いた王念孫の説も、湯浅氏の論文に拠りまし
         た。
           
島根大学学術情報リポジトリ― 
             → 
湯浅邦弘「類書と成語(三)─類書の変容と「出藍」の成立─」(内容記述
            (この本文を読むには、「公開日:2001-10-08 3.59MB」の上にある画像を
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「青取之於藍而青於藍」の意味
          
『荀子』冒頭の勧学篇に出ている「青取之於藍而青於藍」は、人間の本性は学問・
         教育によってはじめて優れたものとなる、という意味の譬えとして用いられているもの
         であって、水と冰の例と同じく、「学は以て已むべからず」(学問は途中でやめてはな
         らない)を言うための比喩というわけです。したがって、ここには、弟子が師よりも優れ         
         ること、という意味(「出藍」「出藍の誉れ」という意味)は全くないわけです。
        7. 次に、注9に挙げた注釈書を参考に、 『荀子』冒頭部分の現代語訳をしておきます。
          (お気づきの点を教えていただければ幸いです。) 
         
『荀子』冒頭部分の現代語訳
          君子は言う、「学問は途中でやめてはならない。青い色は藍という草から取り出すの
         であるが、しかも原料の藍よりも青い色をしており、氷は水からできるのであるが、水よ
         りも冷たい」と。墨縄に当てて引いた直線のようなまっすぐな木でも、外部から力を加え
         て曲げて輪にすると、その丸い曲線は、コンパスで描いた曲線とも一致するようになる。
         その木が乾ききってしまってからは、決してもとのまっすぐな形に戻らないのは、曲げる
         という外部からの力が木をそのように変化させたのである。だから、木は墨縄を使って
         引いた直線に合わせられればまっすぐな木材に作り上げられ、金物は砥石で磨きあげ
         れば鋭利な刃物になり、同じように、優れた人になろうと努力する人士(君子を目標に
         努力する人)は、博く学んで該博な知識を身につけ、日に何度も自分を反省するなら、
         物事をはっきり見極める智慧もついてくるし、行為にも過ちがなくなるであろう。
          だから、高い山に登らなければ、天は高いものだということが分からないし、深い谷の
         中に下りて行ってみなければ、大地は厚みのあるものだということが分からない。同じ
         ように、人間も、上代のすぐれた先王の残した言葉を聞かなければ、学問が偉大なもの
         であることが分からないのである。
          干・越・夷・貉という全く異なった異民族国家の人々の赤ん坊が、生まれた時には(我
         々の子どもたちと)同じ産声を上げて泣くのであるが、成長すると風俗習慣が違ったもの
         になるのは、教育というものが彼等をそのように変えるのである。
          『詩経』に、「ああ、汝ら大志を抱く人たち(君子を目標に努力する人)よ、目先の安逸
         に常に耽っていてはならない。心静かに汝の現在の地位・状態を慎み、正しくまっすぐ
         な道を愛好し、それによって汝の大いなる福を享ける助けとせよ」とある。心を精微にす
         ることは、道に同化することが最も究極の姿であり、人生の幸福は、禍のないことが最
         も優れたことである。 (※注: ここでは「参省」を「三省」とみて訳してあります。)

        8. 荀子(じゅんし)=(1)中国、戦国時代の思想家。名は況
きょう。荀卿また孫卿と尊
                 称。趙の人。50歳にして初めて斉に遊学し、襄王に仕え祭酒となる。
                 讒
ざんに遭って楚に移り春申君により蘭陵の令となったが、春申君の
                 没後、任地に隠棲。(前298?~前238以後)  
          荀子(じゅんし)=(2)荀子
(1)の編著書。20巻32編。性悪説を唱え、礼を以て
                 秩序を正すべしと説く。
    
          青は藍より出でて藍より青し=[荀子
勧学](青色の染料は藍の葉から取るが、
                 もとの色よりも美しくなることから。荀子では、学問・努力によって天
                 性以上の人になるというたとえに使う)弟子が先生よりすぐれること
                 にいう。出藍
(しゅつらん)の誉(ほま)れ。対句に「氷は水より出でて水よ
                 りも青し」がある。           
(以上は、『広辞苑』第6版による。)          
          
荀子(じゅんし)=(1)(前298-前238頃)中国、戦国時代、趙(ちょう)の思想家。
                 名は況。荀卿
(けい)・孫卿とも尊称される。斉の襄(じょう)王や楚(そ)
                 春申君に仕えた。孟子
(もうし)の性善説に対して性悪説を唱え、また
                 それまでの諸子の学を大成し、儒学を倫理学から政治学へ発展させ
                 た。
                 (2)中国、戦国時代の思想書。20巻。荀子著。成立時代未詳。礼・
                 義を外在的な規定とし、それによる人間規制を重く見て性悪説を唱
                 えた。のち、韓非
(かんぴ)などに受け継がれ、法家思想を生む。
                                   (以上は、『大辞林』第2版による。)
        9. 参考にした『荀子』の参考書を挙げておきます。
           新釈漢文大系5『荀子 上』(藤井専英著、明治書院・昭和41年10月5日初版発行、
                                           昭和46年8月30日8版発行)  
           鑑賞中国の古典 第5巻『荀子・韓非子』(片倉望・西川靖二著、角川書店・
                                           昭和63年6月30日初版発行)
       10.荀子の性悪説については、資料277 荀子の「性悪説」をご覧ください。
               → 
 資料277  荀子の「性悪説」      
       
               



           
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