資料418  王維「送秘書晁監還日本国竝序」(『全唐詩』巻127より)




          送祕書晁監還日本國 幷序    王 維

  舜覲羣后。有苗不格。禹會諸侯。防風後至。動干戚之舞。興斧鉞之誅。乃貢九牧之金。始頒五瑞之玉。我開元天地大寶聖文神武應道皇帝。大道之行。先天布化。乾元廣運。涵育無垠。若華爲東道之標。戴勝爲西門之候。豈甘心於筇杖。非徴貢於包茅。亦由呼耶來朝。舍於葡萄之館。卑彌遣使。報以蛟龍之錦。犧牲玉帛。以將厚意。服食器用。不寶遠物。百神受職。五老告期。況乎戴髮含齒。得不稽顙屈膝。海東國。日本爲大。服聖人之訓。育君子之風。正朔本乎夏時。衣裳同乎漢制。歴歳方達。繼舊好於行人。滔天無涯。貢方物於天子。同儀加等。位在王侯之先。掌次改觀。不居蠻夷之邸。我無爾詐。爾無我虞。彼以好來。廢關弛禁。上敷文敎。虚至實歸。故人民雜居。往來如市。晁司馬結髮遊聖。負笈辭親。問禮於老〔耼〕()。學詩於子夏。魯借車馬。孔丘遂適於宗周。鄭獻縞衣。季札始通於上國。名成太學。官至客卿。必齊之姜。不歸娶於高國。在楚猶晉。亦何獨於由余。遊宦三年。願以君羹遺母。不居一國。欲其晝錦還郷。莊舃既顯而思歸。關羽報恩而終去。於是稽首北闕。裹足東轅。篋命賜之衣。懷敬問之詔。金簡玉字。傳道經於絶域之人。方鼎彝尊。致分器於異姓之國。琅琊臺上。回望龍門。碣石館前。夐然鳥逝。鯨魚噴浪。則萬里倒回。鷁首乘雲。則八風卻走。扶桑若薺。鬱島如萍。沃白日而簸三山。浮蒼天而呑九域。黄雀之風動地。黑蜃之氣成雲。淼不知其所之。何相思之可寄。嘻。去帝郷之故舊。謁本朝之君臣。詠七子之詩。佩兩國之印。恢我王度。諭彼蕃臣。三寸猶在。樂毅辭燕而未老。十年在外。信陵歸魏而逾尊。子其行乎。余贈言者。      

積水不可極。安知滄海東。九州何處遠一作所。萬里若乘空。向國唯看日。歸帆一作途但信風。鰲身映天黑。魚一作蜃眼射波紅。郷樹扶桑外。主人孤島中。別離方異域。音信若爲通。姚合稱此詩及送丘爲下第、觀獵三首。爲詩家射鵰手。而以此篇壓巻。


  (注) 1.   上記の王維「送秘書晁監還日本国幷序」の本文は、『全唐詩』(北京・中華書局、1960年4月発行)によりました。この詩は巻127にあり、『全唐詩』第4冊の1288~9頁に出ています。    
    2.   序の中の「」の漢字は、島根県立大学の “e漢字” を利用させていただきました。    
    3.  「秘書晁監」とは、秘書省の秘書監である阿倍仲麻呂の意。秘書省は宮中の図書を掌る役所。秘書監はその長官。「晁」とは阿倍仲麻呂。彼は入唐して姓名を中国式に朝衡(ちょうこう)と改めた。晁は朝の古字である。(この項は、中国詩人選集6『王維』(都留春雄注、岩波書店・昭和33年)の注によりました。)    
    4.  『唐詩選』には、「送秘書晁監還日本」という題で、詩の本文だけが掲載されています。(序の部分はない。)    
    5.   〇王維(おうい)=盛唐の詩人・画家。字は摩詰(まきつ)。山西太原の人。年少より多芸をもって知られ、官は尚書右丞に至る。詩は勇壮豪快な作もある一方、静謐な自然を詠じ、孟浩然と共に王孟と並称される。また、晩年は禅宗に帰依し詩仏と称された。書は草隸二体をよくし、画は南宗(なんしゅう)の祖。著「王右丞集」。(701頃~761)
 〇阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)=(「安倍」とも)奈良時代の貴族。716年(霊亀2)遣唐留学生に選ばれ、翌年留学。唐名、朝衡・晁衡。博学宏才、玄宗皇帝に寵遇され、また海難に帰国をはばまれて在唐50余年、その間節度使として安南に赴き、治績をあげた。唐の長安で没。「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」の歌は有名。(698-770) 
 〇全唐詩(ぜんとうし)=唐代の詩を網羅的に集めた勅撰詩集。900巻。清の康煕帝の命により、彭定求らが撰。1706年完成。作者2200人余、詩数4万8900首余。(以上、『広辞苑』第6版による。)

 ※ 日本古典文学大系20『土左日記 かげろふ日記 和泉式部日記 更級日記』(鈴木知太郎・川口久雄・遠藤嘉基・西下經一 校注、岩波書店・昭和32年12月5日第1刷発行、昭和38年8月20日第6刷発行)の補注に、
安倍仲麻呂は養老元年、年17で遣唐留学生として唐に渡り、名を朝衡と改め、数年唐朝の玄宗に仕えた。天平勝宝年間、遣唐大使藤原清河に従い帰朝しようとしたが、風波のために果たさず、再び唐に戻った。後、蕭宗に仕え、宝亀元年彼の地に卒した。年73という。詩人として令名があり、王維、包佶、李白等と親交があった。(以下、略)(同書、69~70頁。『土左日記』の補注53)
とあります。
 引用者の注: 仲麻呂が遣唐留学生として唐に渡ったときの年齢については、16~19歳等、いろいろ書かれているようです。生年がはっきりしない関係があるのでしょうか。 
   
6.   フリー百科事典『ウィキペディア』に、「王維」「阿倍仲麻呂」「全唐詩」の項があります。    
    7.  向  詩の書き下し文を、新釈漢文大系19『唐詩選』(目加田誠著、明治書院・昭和39年3月10日初版発行、昭和47年3月1日12版発行)によって書いておきます。『唐詩選』には、題が「送秘書晁監還日本」となっています。
        
   送秘書晁監還日本 王維   
  積水不可極 安知滄海東   
  九州何處遠   萬里若乘空   
  向國惟看日   歸帆但信風    
  鰲身映天黑   魚眼射波紅    
  郷國扶桑外   主人孤島中  
  別離方異域   音信若爲通  

 
   秘書晁監の日本に還るを送る 王維       
 積水  極むべからず。安
(いづく)んぞ知らん滄海(さうかい)の東。
 九州  何
(いづ)れの処か遠き。 万里 空(くう)に乗ずるが若(ごと)し。
 国に向かつて惟
(た)だ日を看、帰帆  但だ風に信(まか)す。
 鰲身
(がうしん)  天に映じて黒く、魚眼  波を射て紅なり。
 郷国  扶桑の外
(ほか)、主人  孤島の中(うち)
 別離  方
(まさ)に異域、音信(おんしん) 若爲(いかん)か通ぜん。
   
    8.   資料416に、清の越殿成注『王右丞集箋注』による「送秘書晁監還日本国幷序」があります。    
    9.   『詩詞世界 碇豊長の詩詞』というサイトに、上に引いた王維の「送秘書晁監還日本國」の解説があります。    








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