資料398 二宮尊徳『道歌集』(その2)




           道 歌 集     
                  
二 宮 尊 徳 

     「資料373 二宮尊徳『道歌集』の歌(俳句5句を含む)」を、読みやすいように、濁点をつけ適当に漢字をあて、普通の表記に書き改めました。漢字も常用漢字体に改めてあります。  

田を深くよく耕して養へば祈らずとても米や実らん
み吉野の花も盛りは限りあり嵐を待たで散るぞ悲しき
日々日々に積もる心の塵芥(ちりあくた)洗ひ流して我を尋ねん
世の中は捨網代木(すてあじろぎ)の丈くらべそれこれともに長し短し
孝行は誰(たれ)知らずともおのづから四方(よも)の国々みな服すらむ
田の草は主(あるじ)の心次第にて米ともなれば荒地ともなる
曇らねば誰(た)が見てもよし富士の山生まれ姿で幾世経(ふ)るとも
もろともに無事をぞ願ふ年ごとに種貸す郷(さと)の賤女(しづめ)賤(しづ)の男(を)
西にせよ東にもせよ春風の誘ふかたへと靡く草々
西にせよ東にもせよ秋風の誘ふかたへと靡く草々
西にせよ東にもせよ吹く風の誘ふかたへと靡く草々
音もなく香もなく常に天地(あめつち)は一切経を繰り返しつつ
見渡せば遠き近きはなかりけりおのれおのれが住処(すみか)にぞある
見渡せば西も東もなかりけりおのれおのれが住処(すみか)にぞある
常に行く道だにさらに分かたなむ積もれば雪も黒く見ゆらん
ああああと往来(ゆきき)の人のおのづから足の止(とど)まる花の山かな
春の野に芽立つ草木をよく見れば去りぬる秋に実る草々
きのふけふあすと浮世の丸木橋よく踏みしめて渡れ旅人
百草(ももくさ)の根も木も枝も花も葉も種より出でて種となるまで
種と木と枝と花実をよく見れば松も柏もあからさまなり
身をつとめ分をおのおの譲りなば本かたまりて邦の安さよ
夕立と姿を変へて山里を恵むなさけの激しかりける
我を捨て浮世とともに楽しめば月日の数も知らぬなりけり
豊芦の深野が原を田となして米をつくりて食(くら)ふ楽しさ
田を作り食をもとめて施せば命あるものみな服すらむ
田を開き米を作りて譲りなば幾世経るともこれに止(とど)まる
蒔き植ゑて時々(じじ)に芸(くさぎ)り耕せば次第次第に楽しかるらん
姿こそ深山隠(みやまがく)れに苔むせど谷うち越えて見ゆる桜木
古(いにし)への白きを思ひ洗濯の返すがへすも返すがへすも
春は花秋は紅葉と夢現(ゆめうつつ)寝ても覚めても有明の月
天地(あめつち)の和して一輪福寿草咲くやこの花幾世経(ふ)るとも
己が子を恵む心を法(のり)とせば学ばずとても道に至らむ
掃き捨つる塵だに積めばおのづから竹の子等までみな太るらん
増減は器(うつは)傾く水と見よあちら増さればこちら減るなり
声もなく臭(か)もなく常に天地は一切経を繰り返しつつ
米蒔けば米草生えて米の花咲きつつ米の実る世の中
蒔く米と生ひ立つ米は異なれど実ればもとの米となりぬる
米草は根も米なれば種も米枝も葉も米花も実も米
秋来れば山田の稲を鳥と猿猪(しし)と夜昼争ひにけり
米の実はまた来る年も米生えて老い曲るとも米は米なり
去年(こぞ)の実は今年の種となりにけり今年の実り来る年の種
故道(ふるみち)に積もる木の葉をかき分けて天照神(あまてらすかみ)の足跡を見む
手も足も衣(ころも)に包み穴に居て坐禅する間(ま)に走る世の中
世を逃れ子供心に立ち戻り食を求めて喰(くら)ふのみなり
種蒔けば雀烏が掘り散らし恐れ気もなく声の高さよ
奥山は冬気に閉ぢて雪降れどほころびにけり前の川柳(かはやぎ)
春植ゑて秋の実りを願ふ身は幾世経るとも安さ楽しさ
咲けば散る散ればまた咲く年毎に眺め尽きせぬ花の色々
蒔けば生え植うれば育つ天地のあはれ恵みの限りなき世ぞ
来る年も貴賤老若隔てなく眺めに飽かぬ吉野山かな
寺々の鐘撞く僧の起き臥しは知らで知りなん四方(よも)の里人
身を捨ててここを先途(せんど)とつとむれば月日の数も知らで年経む
山寺の鐘撞く僧は見えねども四方の里人時を知りなん
百石の夫食(ふじき)となるも味も香も草より出来て草となるまで
丹誠は誰(たれ)知らずともおのづから秋の実りのまさる年々
身を捨ててここを先途とつとむれば貧しき事も知らで年経む
受け得たる徳をおのおの譲りなば四海の間(あひだ)父子の親しみ
生き死にと世のはかなさをよく見れば氷と水と名のみ変はりて
蔦かづら深き山路の谷越えて花咲きならふ春の恵みに
春秋も冬も我が身の宿ならで往き来の人の旅宿(はたご)なりけり
秋冬も夏も草木の宿ならで生じて滅す旅宿(はたご)なりけり
勤むべき事も思はず歌ひ舞ひ遊びすすめば不忠なるらむ
遊ぶべき時も忘れて苦しみて勤めすすめば至忠なるらむ
勤むべき事を彼これ退けて遊び過ごせば不孝なるらん
遊ぶべき時も忘れて入りつ出つ勤めつくせば至孝なるらん
勤むべき業も思はず食らひ飲み遊び過ごせば苦しかるらん
遊ぶべき時も忘れて夜昼と勤めつくせば楽しかるらん
春植ゑて秋の実りを願ふ身は寝ても覚めても安さ楽しさ
昔より人の捨てざるなきものを拾ひ集めて民に与へん
飯と汁木綿着物は身を助くその余は我を責むるのみなり
腹くちく食ふてつきひく尼母(あまかか)も仏にまさる悟りなりけり
天地のもじり尽きせぬ貢繩(みつぎなは)ただ長かれと願ふこの身は
あるなきは打てば響くの音ならん打たねば絶えてあるやなきやは
今日今日を暮るると知らで眠る身は明くる日ごとに楽しかりける
山々の苔集まりし瀧川の流れ尽きせぬ音ぞ楽しき
世の常に歎き悦ぶ源(みなもと)は氷と水と名のみ変はりて
天つ日の恵み積みおく無尽蔵鍬で掘り出せ鎌で刈り取れ
世を捨てて山を住処(すみか)と楽しめば月日の経つも知らぬなりけり
餌運ぶ親のなさけの羽音には眼を開(あ)かぬ子の口をみな開く
恥づかしや治まる御代に巡り合ひ徳を報ゆる道の見えねば
昔蒔く木(こ)の実大樹(おほき)になりにける今蒔く木の実後は大樹よ
天地は君と親との恵みにて身をやすらはん徳を報へや
去年(こぞ)の不足今年の借りに成りぬれば今年の不足来る年の貧
不足とは何をいふらん何事もうつはるありて物のなきなり
我といふその源をたづぬれば食ふと着るとのふたつなりけり
忘るなよ天地の恵み親と主(ぬし)吾と妻子をひと日なりとも
忘るなよ田畑木樵場(きこりば)家屋敷食ふと着るとはひと日なりとも
食へば減り減ればまた食ふせからしや長き保ちのなきぞこの身は
生死とは打てば響くの音ならん死すれば絶えてありやなきやを
己が身は有無のみやこの渡し舟行くも帰るも風にまかせて
仮の身を元のあるじに貸し渡せ民やすかれと守るやしろに
世の中は草木も同じ生如来(いきによらい)死して命のありかをぞ知れ
父母もそのちちははも吾が身なり我を愛して我を敬せよ
忘るなよ春は耕したねかして夏は芸(くさぎ)り秋は纏(まと)ひを
桃桜八重山吹に勝るらんただ頼もしき稲の花波
月かげの隔つる里はあらねども時雨ぬる夜は暗く見るらむ
きのふより散らぬあしたのなつかしや元の父母ましませばこそ
壌(つちくれ)を親と頼みし松茸は古郷などかたづね問ひみむ
恋しやと思ふ姿を悟りなば生まれぬさきの我が身なりける
早起きに勝る勤めのなかりけり夢でこの世を暮らす身なれば
蒔く麦と生ひたつさまは異なれど実れば元の麦となりぬる
松の実はまた来る年も松生えて老い曲るとも松は松なり
梅の木は根も梅なれば種も梅枝も葉も梅花も実も梅
蒔く種のすぐにそのまま生ひ立ちて花と見る間に実のり種々
花咲けば貴賤老若隔てなく眺めに飽かぬみ吉野の里
丹精は誰(たれ)知らずともおのづから花にありける菊の宿人
古へは草木も人もなかりけむ高天(たかま)の原に神いますらん
その昔国の名もなし国のくに世は代の世なり人の代はなし
助くれどまた飛び入りて身を焦がす火を取る虫のひとつ思ひに
迷はねば行き暮れまじを旅人のおのが宿りを人にたづねて
苦と楽の花咲く木々を思ひやれ心の植ゑし実の生えてけり
よしあしの種蒔くほどは見えねども春立つ野辺に心せよ人
さりとては善きも悪しきも心から瓜のつるには茄子(なすび)ならじな
瓜蒔くと茄子(なすび)蒔くとの争ひは実りし時の秋にぞありける
月今宵草木もともに光りけん鷺も烏も住処住処(すみかすみか)に
忘るなよ唐天竺の人とても我が身を恵むこの日の本を
植ゑて咲くものとは知らで子心に花を争ひ根を扱(こ)くぞ憂き
十月風に吹き残されし栢葉は春の嵐をいかで凌(しの)がむ
躰(たい)と気は曇れば影の映るらん曇らぬ影はなきやあるかな
寿と我は水と魚とに異ならず寿命は水よ我は魚なり
生滅は打てば響くの音ならん打たねば音のなきや有るかな
冬春も秋も草木の宿ならで生じて老ゆる旅宿(はたご)なりけり
根と草の和して一粒米の種生えよこの種幾代経るとも
忘るなよなにはさて置き御代にすむ徳を報ゆる事のひとつは
己が身はいかなるものと尋ぬれば火水と食と三ッくれの繩
花に風道も小道も分かたなん花の山路の春の夕暮れ
常に行く野辺だに今朝は白雪の積もれば道も分かたざらなん
きのふまで食らふ御恩は忘るとも今日食ふ事は忘れざりける
世の中は深き淵瀬の丸木橋踏みはづさじと渡れ旅人
蒔けば生え花は木の実とおのづから限りなきこそ楽しかるらむ
世の中は捨網代木の尺ぞろひどれこれなくて長し短かし
天(あめ)が下に住めるこの身は羽も毛もなくて濡れざる徳を報いん
蒔けば生え花は菓(このみ)となりにけり限りなき世は楽しかるらむ
きのふよりけふを明日へと旅人の橋とも知らで渡る世の中
手も足も衣につつむ祖師達の坐禅する間も老いる世の中
松に声風に響きはあらねどもさて騒がしき麓なりけり
恐るべし足るにまかせて事足らず徳を報ゆる心なければ
うらとめて幹に雨露しみつらん吹かぬ嵐に根がへりの松
右に持つ箸に心を入れてみよ左の酒が止むか募るか
垣越えて麦食ひ荒らす猪鹿(しししか)は山は住処(すみか)よ畑はふるさと
菜か芥子か蒔きつる手元わかたねど花咲くときはあからさまなり
菜か芥子か蒔きおく秋は分かたねど花咲く春は見ゆる種々
何事も己(おの)が歩みに似たりけり左進めば右り止(とど)まる
何事も己が歩みに似たりけり右踏みしめて左ゆくなり

  天地や無言の経を繰り返す
  馳馬(はせうま)に鞭打ちいづる田植かな
  世の中の善惡(さが)をば聞かず山桜
  明月や烏はからす鷺はさぎ
  嵐吹くや烏の中の鷺まじり 


  (注) 1.  上記の二宮尊徳『道歌集』(その2)は、資料373「二宮尊徳『道歌集』」を、読みやすく普通の表記に書き改めたものです。漢字も常用漢字体に改めてあります。
 → 資料373「二宮尊徳『道歌集』」

(二宮尊徳『道歌集』は、『国立国会図書館デジタルコレクション』所収の『道歌集』(興復社蔵版、明治30年6月10日・二宮尊親編輯・発行、発売所:有隣堂)に拠っています。)          
   
    2.  変体仮名の読み誤りや、漢字の当て方の誤り、漢字の読み(振り仮名)の誤りなどがあるかもしれませんので、お気づきの点を教えていただければ幸いです。    
    3.   なお、最後に掲げてある俳句の「明月や烏はからす鷺はさき」「あらし吹や烏の中の鷺ましり」の「烏」は、「鳫」(「雁」の異体字)と書いてあるように見えますが、他の本に従って「烏」としてあります。    
    4.   道歌(どうか)=道徳・訓誡の意を、わかりやすく詠んだ短歌。仏教や心学の精神を詠んだ教訓歌。 (『広辞苑』第6版による。)    
           
           






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