1. いにしへは 此世も人も なかりけり 高天
(たかま)が原に 神いましつゝ
(此世も人も……艸木も人も 神いましつゝ……神いますらん)
2. 古道につもる 木のはを かきわけて 天照す神の あしあとをみむ
3. 昨日より 知らぬあしたの なつかしや もとの父母 ましませばこそ
4. 天地の神と 皇
(きみ)との めぐみにて 世をやすくふる 德に報えや
5. 曇らねば 誰
(た)がみてもよし 富士の山 うまれ姿で いく世經
(ふ)るとも
6. 何事も 事足り過て 事たらず 德に報うる 道をしらねば
(道をしらねば……道の見えねば)
7. 豐あしの ふか野が原を 田となして 米を作りて 喰ふが樂しさ
8. 田を開き 米を作りて 施さば 命ある物 皆慕ふらん
(皆慕ふらん……皆服すべし)
9. いにしへの 白きをおもひ せんたくの かへすがへすも かへすがへすも
10. 假の身を もとの主に かしわたし 民やすかれと 願ふこの身ぞ
11. 山々の 露あつまりし 谷川の ながれ盡せぬ おとぞ樂しき
12. 夕立と 姿をかへて 山里を 惠むなさけぞ はげしかりける
13. 聲もなく 香もなく 常に天地は かゝざる經を くり返しつゝ
(くり返しつゝ……くり返すなり)
14. あら山の 深山の奧の 谷かげも 花咲にけり 春のめぐみに
15. 父母もその 父母も我身なり われを愛せよ われを敬せよ
16. 山寺の 鐘つく僧の 起き臥しは 知らでしりなむ 四方の里人
17. おのが子を 惠む心を 法とせば 學ずとても 道にいたらん
18. 世の中は 捨あじろ木の 丈くらべ 夫是ともに 長し短し
19. 北山は 冬季にとぢて 雪ふれど ほころびにけり 前の靑柳
(北山は……奧山は 前の靑柳……前の川柳)
20. 花さけば 老も若きも へだてなく 詠めにさそふ 春の山かな
21. 身をすてゝ こゝを先途と 勤むれば 月日の數もしらで年經ん
22. 西にせよ 東にもせよ 吹風の さそふ方へと なびく靑柳
(なびく靑柳……なびく葉柳)
23. おのが身は 有無の湊の 渡し舟 ゆくも歸るも 風にまかせて
24. 生死は うてばひゞくの 音ならん うたねばおとの ありや無しやは
25. 春秋も 夏も艸木の 宿ならで 生ひては枯る 旅宿なりけり
26. 見渡せば 遠き近きは なかりけり 己々が 住處にぞある
27. 増減は 器かたむく 水と見よ あちらに増せば こちら減るなり
(あちらに増せば……あちらまされば)
28. ちうちうと 歎き苦む 聲きけば 鼠の地獄 猫の極樂
29. 丹精は 誰しらずとも おのづから 秋のみのりの まさる數々
30. 日々日々に 積る心の ちりあくた 洗ひながして 我を助けよ
(我を助けよ……我をたづねよ)
31. 我と云ふ 其大元を 尋れば 喰ふと着るとの 二つなりけり
32. 天地の 捫
(もぢ)り盡せぬ 命綱 たゞ長かれと ねがへ諸人
(もろびと) (ねがへ諸人……ねがふ諸人)
33. 天地の 和して一輪 福壽艸 さけやこの花 いく世ふるとも
34. 春植て 秋のみのりを 願ふみは いく世經るとも 安さ樂しさ
35. 餌
(ゑ)を運ぶ 親のなさけの 羽音には 目をあかぬ子も 口をあくなり
36. 桃櫻 八重山吹に 勝りけり 只樂もしき 稻の花なみ
(勝りけり……勝るべし)
37. 文々と 障子にあぶの とぶ見れば 明るき方へ 迷ふなりけり
38. 諸共
(もろとも)に 無事をぞ願ふ 里毎に 種かす里の 賤女賤の男
39. 月影の へだつる里は あらねども 時雨るゝほどは くらくこそなれ
(時雨るゝほどは……時雨ふる夜は くらくこそなれ……くらくなるらん)
40. はるの野に めだつ草木を よく見れば さりぬる秋の 種にぞ有ける
41. 米まけば 米の艸はえ 米の花 さきつゝ米の みのる世の中
42. まく種と 生立艸は 異なれど みのればもとの 種とこそなれ
43. 梅の木は 根も梅なれば 種も梅 枝も葉も梅 花も實も梅
44. 松の實は 千代万代も 松はえて 老はつれども 松は松なり
(老はつれども……老まがれども)
45. 去年
(こぞ)の實は 今年の種と 成にけり ことしのみのり 來んとしの種
46. まく種の すぐにそのまゝ 生立て 花と見るまに 實のる草々
47. むかしまく 木の實 大木と成にけり 今まく木の實 後の大木ぞ
48. 菜かけしか 種まく手元 わかねども 花さくはるは うたがひもなし
49. 苦と樂の 花さく木々を 能見れば 心の植し 實の生
(はへ)しなり
50. 春は花 秋は紅葉と 夢うつゝ ねても覺ても 在明けの月
51. 咲けばちり ちれば又さき 年毎に ながめ盡せぬ 花の色々
52. 忘るなよ はるは耕し たねかして なつは耘り 秋はをさめを
(秋はをさめを……秋はまとひを)
53. 忘るなよ 田畑きこり塲 家やしき 喰ふときるとは 一日なりとも
54. 忘るなよ 天地のめぐみ 君と親 我と妻子を 一日なりとも
55. はや起に まさる勤ぞ なかるべし 夢で此世を くらし行く身は
56. 飯と汁 木綿着物は 身を助く 其餘は我を せむるのみなり
57. きのふけふ あすかの川の 丸木ばし よくふみしめて わたれ諸人
(あすかの川の……あすとうきよの)
58. 右にもつ はしに力を 入れて見よ 左の酒が やむかつのるか
59. おもへたゞ から學びする 人とても 我身をめぐむ この日の本を
(から學びする……天竺學びする)
60. 腹くちく 喰ふてつきひく 賤の女は 佛にまさる 悟なりけり
(賤の女は……尼かゝは)
61. 戀しやと 思ふこゝろを さとりなば 生れぬさきの 我身なりけり
62. 世の中は 草木も同じ 神にこそ 死していのちの ありかをぞしれ
(神にこそ……生如來)
63. けふけふを 暮ると知りて 眠る身は 明る日毎に 樂しかるらん
64. 蒔植
(まきうゑ)て 時に耕し くさぎりて 實法
(みの)り待身
(まつみ)は 樂しかりけり
65. 天
(あま)つ日の 惠みつみをく 無盡藏 鍬でほり出せ 鎌でかりとれ
66. その樹には 深山がくれに 苔むせど 谷うち越て 見ゆる花かな
67. 姿こそ 深山がくれに 苔むせど 谷うちこえて 見ゆる櫻ら木
68. 助くれど 又とび入て 身をこがす 火をとる虫ぞ あはれ世の中
69. 迷はずば 行
(ゆき)くれざるを 旅人の 己
(おの)がやどりを 求めかねつゝ
70. 種まけば すゞめからすが 掘ちらし 恐れげもなく 聲の高さよ
71. 植てさく 物とは知らで 子ごゝろに 花を爭
(あら)そひ 根をぬくぞうき
72. 眞實に 守る力の 弱ければ まづ我身から もてぬ世の中
73. 何事も おのがあゆみに 異ならず 右
(みぎり)進めば 左りとゞまる
74. 昔より 人の捨ざる なき物を ひろひ集めて 民にあたへん
75. はづかしや おさまる御世に 生れやひ 德に報ゆる 道の見へねば
|
(注) |
1. |
上記の「「二宮翁道歌」(福住正兄述『二宮翁道歌解』より)」は、『国立国会図書館デジタルコレクション』所収『二宮翁道歌解』(福住正兄述、明治33年12月25日・報徳学図書館編輯発行)から、歌の部分だけを採り掲載したものです。 『国立国会図書館デジタルコレクション』 → 『二宮翁道歌解』 |
|
|
|
|
2. |
歌の本文の中で濁点が落ちていると思われるものを、引用者の判断で補いましたが、清音であるべきものに誤って濁点を施してしまったものがあるかもしれません。お気づきの点を教えていただければ幸いです。 また、平仮名の「く」を縦に伸ばしたような形の繰り返し符号は、元の文字を繰り返して表記してあります(「かへすがへすもかへすがへすも」「ちうちう」「日々日々」「けふけふ」など)。 |
|
|
|
|
3. |
原文に、例えば「此世」の右脇に「一艸木」と小さく示してある、句の別の形は、ここではそれぞれの歌の下に、丸括弧に入れて「(此世も人も……艸木も人も)」のように示しました。 |
|
|
|
|
4. |
道歌(どうか)=道徳・訓誡の意を、わかりやすく詠んだ短歌。仏教や心学の精神を詠んだ教訓歌。 (『広辞苑』第6版による。) |
|
|
|
|
5. |
資料373に「二宮尊徳『道歌集』」があります。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
トップページへ