春 | |||
霞 | |||
1 | よもの梢かすむを見ればまだきより花の心ぞはや匂ひぬる | ||
鶯 | |||
2 | 春をへていかなる聲に鳴くなればはつ鶯のいやめづらなる | ||
梅 | |||
3 | わがながめなににゆづりて梅の花さくらもまたでちらむとすらん | ||
柳 | |||
4 | 夕暮の春風ゆるみしだりそむる柳がすゑはうごくともなし | ||
春 | |||
5 | 春の日ののどけき空はくれがたみいたづらにきく鶯の聲 | ||
春雨 | |||
6 | 浅緑みじかき草の色ぬれてふるとしもなき庭の春雨 | ||
7 | 長閑なるむつきの今日の雨のおとに春の心ぞ深くなりぬる | ||
8 | 花も見ずとりをもきかぬ雨のうちのこよひの心何ぞ春なる | ||
9 | 夕霞かすみまさるとみるまゝに雨に成りゆく入あひのそら | ||
10 | 何事をうれふとなしにのどかなる春のあま夜は物ぞ佗しき | ||
花 | |||
11 | 散ることははやしと思ふを櫻花ひらくる程のあやに久しき | ||
12 | 軒ふかき花のかをりにかすまれてしらみもやらぬ宿の曙 | ||
13 | くれかゝる花のにほひをしたひがほにさらにうつろふ夕日影哉 | ||
夏 |
郭公 | |||
14 | なれも又此の夕暮を待ちけりな初ねうれしき山ほとゝぎす | ||
15 | 思ふ事ありあけの空の時鳥わが爲とてやいまき鳴くらむ | ||
夏 |
16 | 夏山や木だち涼しき村雨のゆふべを時となくほとゝぎす | ||
夏晝 | |||
17 | 庭のうへのまさごにみちててれる日のかげみるなへにあつさまされる | ||
夏夕 | |||
18 | 蚊遣火のけぶりまさると見る程にくれぬるならし入あひの聲 | ||
夏夜 |
19 | 秋の夜をさびしきものと何か思ふ水鷄こゑするよひの月影 | ||
夏月 | |||
20 | 更くる夜の庭のまさごは月しろし木陰ののきに水鷄聲して | ||
照射 | |||
21 | ともしするほぐしの松のつきもあへずは山が峯は雲明けぬ也 | ||
夕立 |
22 | 吹きすぐる梢の風のひとはらひこゝまで涼しよその夕 | ||
遠近夕立 | |||
23 | とほつそらにゆふだつ雲を見るなへにはや此の里も風きほふ也 | ||
螢 | |||
24 | とぶ螢ともし火のごともゆれども光をみれば涼しくもあるか | ||
秋 | |||
初秋 | |||
25 | 花もまだき草の籬のあさぼらけ露のけしきに秋は來にけり | ||
26 | 世の色のあはれはふかく成り行くよ秋はいくかもいまだあらなくに | ||
27 | 夕日さす梢の色に秋見えてそともの森にひぐらしの聲 | ||
28 | 秋はまだあさけの庭の池の面にはやすさまじき水の色哉 | ||
29 | 秋になるねざめぞいとゞうれはしき物おもふ身にはありもあらずも | ||
30 | いとはやも風すさまじみそれとなき虫も籬にやゝ鳴きたちぬ | ||
31 | 時わかぬ竹のさ枝に吹く風のおとしも秋に成りにけるかな | ||
七夕 | |||
32 | 目にちかき面影ながら年もへぬ雲井の庭の星合の秋 | ||
33 | おほかたの秋てふ秋のながき夜をこよひともがな星合の空 | ||
萩 | |||
34 | 身こそあらめ花は昔をわするなよ馴れし戸ぐちの庭の秋萩 | ||
荻 | |||
35 | 秋風ののきばの荻よなにぞこのうれへのたねを植ゑ置きにける | ||
薄 | |||
36 | ほにいでて我のみまねく糸薄くる人あれなふるさとのあき | ||
秋 | |||
37 | 秋風によわき尾花はうごけども月にのどけみふけすめる夜半 | ||
秋夕 | |||
38 | 物ごとに我をいたむるゆゑはあらじ心なりけり秋のゆふ暮 | ||
39 | しづむ日のよわき光はかべにきえて庭すさまじき秋風の暮 | ||
菊 | |||
40 | 咲きやらでしばしもあれな庭の菊待つべき花の又もあらなくに | ||
虫 | |||
41 | 夜をさむみいねずてあれば月影のくだれるかべにきりぎりす鳴く | ||
月 | |||
42 | くるゝ空に待ちつるまゝのながめよりすだれおろさぬ月のよすがら | ||
43 | てらすらん千里の人の秋の思ひ月にやうつす影のかなしき | ||
冬 | |||
時雨 |
44 | 木の葉ぬれてそゝくともなき村時雨さすや夕日のかげもさながら | ||
落葉 | |||
45 | 木の葉こそもろくもならめ夕嵐我がなみださへたへずも有る哉 | ||
冬 | |||
46 | さむからし民のわらやを思ふにはふすまのうちの我もはづかし | ||
47 | よはさむみ嵐の音はせぬにしもかくてや雪のふらんとすらん | ||
48 | 雪はまだきたゞ冬枯の草の色の面がはりせぬ庭ぞさびしき | ||
49 | 冬をあさみまだこほらねど風さえてさゞ波寒き池の面哉 | ||
50 | 散りまよふ木の葉にもろき音よりも枯木吹きとほす風ぞさびしき | ||
51 | 霜にとほる鐘のひゞきを聞くなへにねざめの枕さえまさるなり | ||
52 | 霜のおくねぐらの梢さむからしそともの森に夜がらすの鳴く | ||
53 | 雲こほる木ずゑの空の夕附くよ嵐にみがく影もさむけし | ||
54 | 空はしもくもるとは見えぬ朝明のしもにうすぎる世の氣色哉 | ||
55 | この夜半やふけやしぬらん霜ふかき鐘のおとして床さえまさる | ||
56 | 冬枯の草木の時をあはれとやはなをあまねくふれる白雪 |
冬草 | |||
57 | それと見えし霜のくち葉も猶落ちてふる枝ばかりの庭のはぎ原 | ||
冬曉 | |||
58 | あかしかぬる時雨のねやのいくねざめさすがに鐘の音ぞきこゆる | ||
59 | かげうすき有明の月に鳴く鳥の聲さへしづむ霜のをち方 | ||
60 | 霜にくもるありあけがたの月影にとほちの鐘もこゑしづむ也 | ||
冬曙 |
61 | ひゞき殘るとほちの鐘はかすかにて霜にうすぎる曙のそら | ||
冬朝 | |||
62 | おきてみねど霜ふかからし人のこゑのさむしてふきくも寒き朝明 | ||
63 | 夜もすがら雪やとおもふ風の音に霜だにふらぬ今朝の寒けさ | ||
冬夕 | |||
64 | 嵐吹きあられこぼるゝけふの暮雪の心やちかづきぬらし | ||
65 | 霜がれのをばなが庭に風ふれてさむき夕日はかげさえぬなり | ||
冬夜 | |||
66 | 星きよき木ずゑの嵐雲晴れて軒のみ白きうす雪の夜半 | ||
冬月 | |||
67 | 空のうみ雲の波もやこほるらん夜わたる月の影のさむけき | ||
霰 | |||
68 | さえくらすあらしに雪やちかゝらしさきだつ霰軒におつなり | ||
雪 | |||
69 | 雲のゆふべ嵐のこよひふりそめぬ明けなば雪のいくへかも見む | ||
70 | 野山皆草木もわかず花のさくゆきこそ冬のかざり成りけれ | ||
71 | 朝日さす松のうれよりおつる雪にきえがたにしもつもる木のもと | ||
曉雪 | |||
72 | ふりうづむ雪の野山は夜ふかきにあくるかとりのとほ里の聲 | ||
曙雪 | |||
73 | 目にちかき軒のうへよりしらみそめて木ずゑかをれる雪の曙 | ||
朝雪 | |||
74 | うつりにほふ雪の梢の朝日影今こそ花の春はおぼゆれ |
風前雪 | ||||
75 | 吹きみだしはらひもあへぬ竹の葉の嵐のうへにつもるしらゆき | |||
夜雪 | ||||
76 | 軒の上はうす雪しろしふりはるゝ空には星のかげきよくして | |||
雨後雪 | ||||
77 | けさの雨のなごりの雲やこほるらんくれゆく空の雪に成りぬる | |||
山雪 | ||||
78 | 岩も木もすがたはさすが見えながらおのが色なき雪の深山べ | |||
野雪 | ||||
79 | ながめやるかぎりも見えずかすみゆく野原が末は雪としもなし | |||
浦雪 | ||||
80 | 浪の上はあまぎる雪にかきくれて松のみしろき浦の遠方 | |||
杜雪 | ||||
81 | 雪にだにつれなくてやは山城のときはの森も色かはる也 | |||
山家雪 | ||||
82 | 人はとはぬみやまの庵にあはれ猶ところもわかずふれる白雪 | |||
田家雪 | ||||
83 | すゑとほきかり田のおもの雪の中にたてるや庵の見るもさびしき | |||
閑居雪 | ||||
84 | 軒の松にかよふ嵐の音だにもたえていくかの雪のふるさと | |||
社頭雪 | ||||
85 | たのむゆゑのふかき心はへだてぬをいつかみかさの山のしら雪 | |||
松雪 | ||||
86 | ときは木のその色となき雪の中も松はまつなるすがたぞみゆる | |||
雪中鳥 | ||||
87 | 降りつもる雪の梢にゐる鳥の羽かぜもをしき庭の朝明 | |||
雪中獸 | ||||
88 | 起きいでぬねやながらきく犬のこゑのゆきにおぼゆる雪のあさあけ | |||
雪中懷舊 | ||||
89 | むかしをばうづみや殘す白雪のふりにし世のみうかぶおもかげ | |||
雪中述懷 | ||||
90 | いたづらにふる白雪をあつめもたぬわが光なみ世さへくもれる | |||
炭竈 | ||||
91 | 立ちのぼるけぶりの末をあはれともたれかはとはむをのの炭竈 | |||
除夜 | ||||
92 | 年くると世はいそぎたつ今夜しものどかにもののあはれなる哉 | |||
戀 | ||||
初戀 | ||||
93 | しらざりしながめやなにぞよしなしに物おもふ身にはならじと思ふを | |||
忍戀 | ||||
94 | 人まなみたゞにはいはぬそこの色を見しらぬにして過ぎんとやする | |||
不逢戀 | ||||
95 | 我はおもひ人にはしひていとはるゝこれを此の世のちぎりなれとや | |||
待戀 | ||||
96 | あすのうさも我が心からかなしきにこよひよ今夜とへやとぞおもふ | |||
互忍待戀 | ||||
97 | 待つもとふもつゝむにふくる時のまよあぢきなからぬ一夜ともがな | |||
別戀 | ||||
98 | これ程も又はいつかの別れ路をくれよのちよのやすのたのめや | |||
僞戀 | ||||
99 | いまぞおもふたのみしうちのいくあはれかざるがうへのなさけなりける | |||
誓戀 | ||||
100 | うきがうへになげくぞ猶もあはれなるちかひし末を人の爲とて | |||
恨戀 | ||||
101 | をしや我もあはれかなしのいくふしをひとつうらみのうちになしぬる | |||
102 | うきにたへずうらむれば又人も恨むちぎりのはてよたゞかくしこそ | |||
絶戀 | ||||
103 | 我やたそあやしやつひにたえはてばあらじと思ふをけふまでの身よ | |||
戀涙 | ||||
104 | こひあまり我がなく涙雨とふるやこのくれしもの雲とづる空 | |||
戀契 | ||||
105 | うしとすつる身をおもふにも更に猶あはれなりける人に契りよ | |||
戀恨 | ||||
106 | あさくしもなぐさむる哉と聞くからにうらみの底ぞ猶ふかくなる | |||
戀 | ||||
107 | 思ひつくしあはれに物のなりたちてすべて涙のおちもとまらぬ | |||
108 | 思ひつくす思ひのゆくへつくづくと涙におつる燈のかげ | |||
戀獸 | ||||
109 | 里の犬のこゑをきくにも人しれずつゝみし道のよはぞ戀しき | |||
寄春戀 | ||||
110 | いろねにもうれへのすゝむたねとして我に物うき花鳥の春 | |||
寄冬戀 | ||||
111 | とぢつもる氷も雪も冬のみをとけむごもなき我が思ひ哉 | |||
寄曉戀 | ||||
112 | 今も此の有明のそらに鳥はなけどわかれし人にまたあはぬ哉 | |||
寄朝戀 | ||||
113 | 如何になるけさのながめぞこよひ我がみるとしもなきゆめのなごりに | |||
寄夕戀 | ||||
114 | にしの山にくだる夕日の影みればけふはたくれぬ妹をみなくに | |||
寄風戀 | ||||
115 | なにぞこのうはの空より吹く風の身にあたるさへ物のかなしき | |||
寄雨戀 | ||||
116 | いもがうへにおもひうらぶれねずてあかす此の夜すがらの雨の音はも | |||
寄霜戀 | ||||
117 | あさ霜のむすびもはてぬ契ゆゑさてこそけなめ知る人をなみ | |||
寄煙戀 | ||||
118 | 我が戀よけぶりもせめてたちななんなびかぬまでも君に見ゆべく | |||
寄山戀 | ||||
119 | あはれ今はかくて契やつくば山しげきうらみの我もそふ比 | |||
寄松戀 | ||||
120 | 人やうきさもいはしろのむすび松むすばぬ世々の身の契りこそ | |||
寄庭戀 | ||||
121 | 妹待つと時ぞともなきながめして蓬が庭も霜がれにけり | |||
寄苔戀 | ||||
122 | そのまゝにはらはぬ庭の苔の色にたえにし人の跡も見えけり | |||
寄鷄戀 | ||||
123 | わかれましつらからましと聞くもつらし八こゑの鳥の明方のこゑ | |||
寄鴉戀 | ||||
124 | 月に鳴くやもめがらすは我がごとく獨りねがたみつまやこひしき | |||
寄犬戀 | ||||
125 | 人しれずわがたちすまむ宿のあたりとがむる犬もせめてなつかし | |||
寄人戀 | ||||
126 | 思ひとりしその僞のならひゆゑ人にもひとの猶たのまれぬ | |||
寄夢戀 | ||||
127 | ゆきてかよふ夢てふもののあるならばこよひの心見えざらめやも | |||
寄心戀 | ||||
128 | うきはさぞなあはれなるさへくるしきよ人に心のなべてならなん | |||
寄言戀 | ||||
129 | 人を思ふ世にふりざらむことのはの君にはじめていはまほしきを | |||
寄鏡戀 | ||||
130 | 思ふ色のいはれぬきはをうつしみせむかゞみもがなや君が心に | |||
寄衣戀 | ||||
131 | こひしとてかへさむとはたおもほえずかさねしまゝの夜の衣を | |||
寄燈戀 | ||||
132 | さぞやげにわれぞつれなき待ちよわる明方の窓にきゆる燈 | |||
寄書戀 | ||||
133 | 見しぞかしかゝることの葉そのふしとさらに涙もふるき玉づさ | |||
戀 | ||||
134 | 戀といふ名のみはなべてふりぬめり我が思ひをばいかゞいはまし | |||
135 | 戀しきはしのびがたきをいかゞせんうきは身をしるなぐさめもあり | |||
雜 | ||||
曉 | ||||
136 | 雲の色星のひかりも同じ空の長閑になるやあかつきになる | |||
竹 | ||||
137 | もゝしきや庭に見馴れし呉竹のみじかきよこそ猶あはれなれ | |||
河 | ||||
138 | よどみしも又立ちかへりいすゞ川ながれの末は神のまにまに | |||
橋 | ||||
139 | とまる名はながらの橋のはしばしら朽ちてのちしも猶殘りける | |||
旅 | ||||
140 | たびにして妹を戀しみながめをれば都の方に雲たなびけり | |||
雜 | ||||
141 | さ夜ふくる窓の燈つくづくとかげもしづけし我もしづけし | |||
142 | 心とてよもにうつるよ何ぞこれたゞ此のむかふともし火のかげ | |||
143 | むかひなす心に物やあはれなるあはれにもあらじ燈のかげ | |||
144 | ふくる夜の燈のかげをおのづから物のあはれにむかひなしぬる | |||
145 | 過ぎにし世いまゆくさきと思ひうつる心よいづらともし火の本 | |||
146 | ともし火に我もむかはず燈もわれにむかはずおのがまにまに | |||
雜曉 | ||||
147 | かねのおとに夢はさめぬる後にしもさらに久しき曉の床 | |||
雜夕 | ||||
148 | 鳥かへるそともの森のかげくれてゆふべの空は雲ぞのどけき | |||
山家 | ||||
149 | 聞き侘びぬ枕の山の夜のあらし世のうきよりは住みよけれども | |||
150 | 軒につゞく檜原が山に雲おりてくるゝ木ずゑに雨おちそめぬ | |||
田家 | ||||
151 | 伏見山かど田の末は明けやらで松のこなたの空ぞしらめる | |||
懷舊 | ||||
152 | しのぶべきむかしはさりな何となく過ぎにし事のなぞあはれなる | |||
述懷 | ||||
153 | たゞしきをうけつたふべき跡にしもうたてもまよふ敷島の道 | |||
154 | 舟もなく筏もみえぬおほ川にわれわたりえぬ道ぞくるしき | |||
夢 | ||||
155 | 花のうちにあそぶこてふのもゝ年よさむるうつゝは猶やみじかき | |||
竹 | ||||
156 | 風になびく竹のむらむら末見えて夕日にはるゝ遠の山本 | |||
山 | ||||
157 | 山松の梢をわたる夕嵐軒の檜原に聲おちぬなり | |||
あつき | ||||
158 | 庭の日は木陰も見えずてりみちて風さへぬるみ暮れがたき比 | |||
はかなき | ||||
159 | 我もさぞあすともなしのけふの世にあればあるてふさゝがにの露 | |||
おもしろき | ||||
160 | 時にふるゝなさけのうちも心すむは月にしらむる糸竹の聲 | |||
物名 | ||||
紅葉のが | ||||
161 | おりみだれよもの山べに雲もみち野風はげしみ雨になる暮 | |||
ほたる | ||||
162 | ふりうづむ雪に日数はすぎのいほたるひぞしげき山陰の軒 | |||
藤ばかま | ||||
163 | ふるさとやちくさが庭の花の秋かきねの露に松虫の聲 | |||
たけかは | ||||
164 | ことし又はかなく過ぎて秋もたけかはる草木の色もすさまじ | |||
やどりぎ | ||||
165 | 月影はまだなか空にのどけきをはやとりきこゆあけぬこのよは |
(注) | 1. | 上記の『光厳院御集』(こうごんいんぎょしゅう)は、岩佐美代子著 『光厳院御集全釈』(私家集全釈叢書27、風間書房、平成12年11月30日発行)によりました。 | |||
2. | 岩佐美代子氏の 『光厳院御集全釈』は、2000年第52回の読売文学賞 研究・翻訳賞を受賞しています。同書巻頭には、「伝本、光厳院の生涯、光厳院御集」等の詳しい解説があります。 | ||||
3. | 『光厳院御集全釈』の底本は、宮内庁書陵部蔵「花園院御製」です。ただし、この表題は誤りで、光厳院の御集であることは明らかであるそうです。 | ||||
4. | 同書の「凡例」に、歌頭に通し番号(『新編国歌大観』の番号に同じ)を付け、用字は通行の字体を用い、仮名遣いを歴史的仮名遣いに改め、漢字には送り仮名を補い、濁点を施した、とあります。(詳しくは同書巻頭の「凡例」を参照してください。) | ||||
5. | 同書から歌を引用するにあたって、常用漢字を旧漢字の字体に直してあります。また、平仮名の「く」を縦に伸ばした形の繰り返し記号も、普通の仮名に直してあります(「きりぎりす」「つくづくと」「まにまに」「むらむら」)。 | ||||
6. | 『光厳院御集』の意義について、『光厳院御集全釈』の著者・岩佐美代子氏は、同書の解説の中で、「本集が風雅集以前、更に言えば康永元年十一月以前、作者三〇歳までの成立であろうと推定する、前述原田(芳起)・國枝(利久)氏の論は、歌風面の検討からも支持し得るところである」(63頁)として、次のように書いておられます。 「つばくらめ簾の外にあまた見えて春日のどけみ人影もせず (風雅129) 更けぬなり星合の空に月は入りて秋風うごく庭のともし火 ( 同 471) を極北とする風雅集光厳院詠の、歌柄大きく穏やかに、一見新奇さを感じさせぬおちついた詠みぶりの底には、人生の真と美と、それが無常の相を呈しな ら実は永遠に常住である事とを、胸奥に徹する寂しみの中に悟り得た人の、稀な精神が宿っている。このようなすぐれた風雅集作品も、それのみを見ては、その真の価値と、作者光厳院その人を理解するには必ずしも十分ではあるまい。おそらくは勅撰の企図の心に動きはじめたある時期に、半ば実験的に詠出した作品群の中から、我が好むままの形に自ら楽しんで編纂したであろう本集を、風雅集の前段階として味わい読み込む事によって、帝王にして人間であり、その劇的な一生を誠意をもって生き抜いた、この稀有な一人の人格、その歌人としての全容を、うかがい知る事ができるであろう。「光厳院御集」存在の価値は、まさにそこにあると言ってよい。」(同書64~65頁) |
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7. | 〇光厳天皇(こうごん・てんのう)=鎌倉末期の天皇。後伏見天皇の皇子。名は量仁かずひと。元弘の乱で後醍醐天皇の笠置落ち後、鎌倉幕府の申入れをうけ、後伏見上皇の院宣により践祚。建武新政で廃されたが、1336年(建武3)足利尊氏の奏請で弟の光明天皇を即位させ、院政を開始。のち出家。(在位1331-1333)(1313~1364)(『広辞苑』第6版による。) 〇光厳天皇(こうごんてんのう)=1313-64(正和2-貞治3) 北朝第1代。在位1331-33。後伏見天皇の第1皇子。母は藤原寧子。名は量仁、法名勝光智・無範和尚。1326(嘉暦1)後醍醐天皇の皇太子となり、31(元弘1)9月北条高時に擁立されて践祚。33(元弘3)5月北条氏の滅亡により退位し太上天皇となる。36(建武3)足利尊氏の奏請で弟光明天皇が即位し、上皇は院政を開き、51(観応2)に至る。52(文和1)後村上天皇の行宮に移り落飾、禅道にはいる。和漢儒仏の学に詳しく宸記などをのこした。陵墓は京都府北桑田郡山国陵。 〇光厳院宸記(こうごんいんしんき)=現存3巻。光厳天皇の日記。1332(元弘2・正慶1) 1・2・3・5・6月の記事の断簡で、正月の朝儀、即位、琵琶の名器玄象・牧馬の弾奏のことなどが記されている。(以上、『角川日本史辞典』第2版による。) |
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8. | フリー百科事典『ウィキペディア』に、「光厳天皇」の項目があります。 | ||||
9. |
参考までに、『新編国歌大観 第七巻 私家集編
III 歌集』(角川書店、平成元年4月10日初版発行)所収の『花園院御集─光厳院─(書陵部蔵書151・370)』(同書の解題に、『花園院御集』は宮内庁書陵部蔵御所本を底本にしており、この本の外題には「花園院御製」とあるが、「原田芳起氏が「光厳院御集と花園院御集」(「史学文学」昭和35年6月)で詳細に考証・推察され結論づけられたごとく、光厳院の御集とみて間違いないものと思う、という記載があります)と、『光厳院御集全釈』の歌の読みの異同をいくつか記してみます。 『光厳院御集全釈』 『新編国歌大観』 28 秋はまだあさけの庭の 秋はまたあさけの庭の 45 たへずもあるかな たえずもあるかな 58 鐘の音 鐘の聲 60・61 とほちの鐘 とほぢの鐘 72 夜ふかきに 夜ぶかきに 102 人も恨む 人も恨み 106 なぐさむる哉 なぐさむるや 113 我がみるとしもなき 我みるとしもなき 142 たゞ此のむかふ ただ此れむかふ 161 雲もみち 雲もみぢ (注記) 読みの違いでなく、単なる誤植である可能性もありますので、その点付記しておきます。 なお、106 の「なぐさむる哉」については、『全釈』の岩佐氏は、「あさくしもなぐさむる哉」を、「(私の気持も知らずに)一通りの恨みであるように浅はかに慰めることよ」と訳しておられますので、「なぐさむるかな」と読ませておられるものと思われます。 |
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10. | 資料303に「『風雅和歌集』所収の光厳院の和歌」があります。 |