資料286 「老人へ教訓の歌の事」(根岸鎭衛『耳袋』巻4より)
 

 

         

  

   老人へ教訓の歌の事    根岸鎭衛『耳袋』(『耳囊』)巻4より   

 
望月老人、予が許へ携へ來りし、面白ければ記し置きぬ。尾州御家中横井孫右衛門とて千五百石を領する人、隱居して也有と號せしが、世上の老人へ敎訓のため七首の狂歌をよめり。
  皺はよるほくろはできる背はかゞむあたまははげる毛は白うなる
   これ人の見ぐるしきを知るべし
  手は震ふ足はよろつく齒はぬける耳は聞えず目はうとくなる
   これ人の數ならぬを知るべし
  よだたらす目しるはたえず鼻たらすとりはずしては小便もする
   これ人のむさがる所を恥づべし
  又しても同じ噂に孫じまん達者じまんに若きしやれ言
   これ人のかたはらいたく聞きにくきを知るべし
  くどうなる氣短になる愚痴になる思ひつく事皆古うなる
   これ人のあざけるを知るべし
  身にそふは頭巾襟巻杖眼鏡たんぽ温石しゆびん孫の手
   かゝる身の上をも辨へずして
  聞きたがる死にともながる淋しがる出しやばりたがる世話やきたがる
   これを常に姿見として、己れが老いたるほどをかへり見たしなみてよろし。
   しからば何をかくるしからずとしてゆるすぞと。いはく、
  宵寢朝寢昼寢物ぐさ物わすれそれこそよけれ世にたらぬ身は
[一本「立てられぬ身は」]
 

 ※ 横井也有の詠んだ「七首の狂歌」というのは、次の7首で、それに根岸鎭衛が
  それぞれ感想を付け加えたということだと思われます。
    皺はよるほくろはできる背はかゞむあたまははげる毛は白うなる
    手は震ふ足はよろつく齒はぬける耳は聞えず目はうとくなる
    よだたらす目しるはたえず鼻たらすとりはずしては小便もする
    又しても同じ噂に孫じまん達者じまんに若きしやれ言
    くどうなる氣短になる愚痴になる思ひつく事皆古うなる
    身にそふは頭巾襟巻杖眼鏡たんぽ温石しゆびん孫の手
    聞きたがる死にともながる淋しがる出しやばりたがる世話やきたがる


 

   (注)  1.  上記の「老人へ教訓の歌の事」(根岸鎭衛『耳袋』巻4より)の本文は、東洋文庫207
         『耳袋 1』(根岸鎮衛著、鈴木棠三編注。平凡社・1972年3月29日初版第1刷発行)に
         よりました。 ただし、漢字を旧字体に、仮名遣いを歴史的仮名遣いに改めてあります。
        2. 東洋文庫207『耳袋 1』の凡例に、「本書は、三一書房刊『日本庶民生活資料集成巻
         16』所収の10巻本を基にして、本文を作製したものである」とあります。
        3. 横井也有(よこい・やゆう)=江戸中期の俳人。名は時般
ときつら。別号に野有、知雨亭・
             半掃庵など。尾張藩の重臣。多才多能の人で軽妙洒脱な俳文に最も秀で、俳文
             集「鶉衣」によって名高い。(1702~1783)
          耳袋・耳囊(みみぶくろ)=随筆。根岸鎮衛
やすもり著。10巻。1814年(文化11)成る。
             立身して勘定奉行・江戸町奉行などを勤めた著者が、巷説・奇談・教訓話などを
             書き留めたもの。
          根岸鎮衛(ねぎし・やすもり)=江戸後期の江戸町奉行。一名、守信。随筆「耳囊
みみ
                   ぶくろ
」の著者。(1737~1815)                                 
                                  (以上、『広辞苑』第6版による) 
     



             
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