資料270 書家・北条時雨について

 

    

      書家・北條時雨について

  1. 北條時雨(ほうじょう・しぐれ)=安政4年(1857)~大正11年(1922)。書家。号、
       梅硯。祖父・香雪(諱、敬。寛政11年(1799)~(1848))は水戸藩士で藤田
       幽谷の門人、弘道館手跡指南であった。父、北條秀(天保元年(1830)~明
       治29年(1896))も水戸藩士で、豊田天功
(江戸時代後期の水戸学者で、彰考館
        総裁をつとめた人)
の門人。歐陽詢の楷書を善くし、天功の文章の清書は、多く
       秀の手になるものの由である。号、梅山。子の時雨も亦、歐陽詢の書風を善
        くし、大日本史の版下を書いた。
(大日本史の書体は、歐陽詢の書風と決められて
       
いた由
です。)ある本には、時雨は書を土浦侯に仕えた関雪江に学んだと、あ 
       る。明治から大正にかけて、偕楽園にある「故茨城縣參事關君遺德碑」や
       「二名匠碑」の碑文のほか、水戸市河和田町の報仏寺南方にある「唯円坊
        之碑」など県内各地の多くの碑文・墓碑などを書いている。大正11年(1922)
           3月2日歿。享年66。常磐共有墓地の北條家の墓地に墓がある。
    以上の記述は、大内地山著『常総古今の学と術と人』(水戸学研究会、昭和51年
   11月25日復刻発行
─昭和10年に水戸学塾から発行されたものの復刻版)、斎藤新一郎編
   『水戸藩先賢烈士と其墳墓』(昭和33年、水戸学振興会発行)他に拠り、没年等は墓
   石にあたって調べました。父・秀の生年は墓誌に出ていますが、香雪と時雨の生年は、
   いずれも没年と享年からの推定です。
  2. 念のために、『常総古今の学と術と人』の本文を記載しておきます。
    
北條 香雪  水戸藩士なり名を敬といひ字を德基と呼ぶ通稱は惣五郎にして香雪
      と號す藤田幽谷の門人なり天保十二年弘道館手跡指南となり弘化五年歿す時に
      年五十其の著はす所集字孝經一冊あり。            (同書、331頁)  
    
北條  秀   水戸藩士にして豐田天功の門人なり歐陽詢の楷書を善くす天功の文
      章の淸書は多く秀の手になりしという是れ天功が自ら書に拙なるを知り文章の外
      觀を形作るがためなりしとは天功自ら言う所なり子時雨亦歐陽詢の書風を善くし
      大日本史の版下を書せり大日本史の版下は歐陽詢の書風と一定され居ればなり。
                                            (同書、333頁) 
    ここの北條香雪・北條秀の項に、香雪と秀との関係に触れていないのは、いかなる理
   由によるのでしょうか。北條秀の墓誌に「北條氏諱敬君長子」とあるので、香雪は秀の
   父ということです。(敬・香雪 ─ 秀・梅山 ─ 時雨・梅硯)
  3. 『茨城の美術史』(茨城県立美術博物館・茨城文化団体連合、昭和47年3月31日発行)
   の中で、鈴木秋嶺氏が北條秀、同時雨に触れて書いておられる部分を引用しておきます。
      また、常磐共有の墓地に苔むす、幾十基の志士たちの墓誌銘に漂う書風は、北条
     秀、同時雨など歐陽詢の書法を確実に自家のものとした、能書家の筆になるものが
     多く、この歐法がいかに水戸の地に滲透、徹底したかを物語るものといえよう。
      その由って来るところは、大日本史の記述書風を歐法によったわけで、その手本は
     長崎からだけでは充足できぬため、水戸の地でも岩田咸章堂を中心に復刻、刊行し
     てこれが便ならしめたようで、当時手本は「長崎本」と「水戸本」とまでいわれたとは、
     あながち虚構ではないようである。(同書、632頁)   
  4. 『水戸市史』下巻(一)(水戸市役所、平成5年10月20日発行)の「大日本史の完成」
   の項に、「(『大日本史』の)正字に従事した北條時雨」と名前が出ていますので、その
   部分を引用しておきます。(この部分の執筆者は、芳賀登氏です。)
     志表の標題巻数を書し、全体の目録を整えるなどして明治39(1906)年10月に至っ
     て、遂に『大日本史』全巻の完結を見たのである。12月26日、水戸徳川家13代当
     主徳川圀順は、常磐神社に詣で、義・烈二公の神前に「志表」悉く成し遂げたことを
     奉告する。また彰考館を訪れて、栗田寛死去以来、8年にわたり栗田勤を助け、校
     合に従事した寺門誠、金沢直、郡司寛敬、大内秀男や正字に従事した北條時雨、
     管庫に従事した奥谷芳辰の労をねぎらうとともに、栗田勤等の職を解き、彰考館の
     史局を閉鎖する。同日、「大日本史紀伝志表三九七巻」並びに「目録五巻」の計402
     巻を4凾に納め、栗田勤の起草による「表」を添えて朝廷に進献し、水戸にとっての
     一大事業は終了することとなる。なお、彰考館蔵書の自然散逸を防ぎ、永世保存に
     資するため、40年1月、明治天皇から金1万円、昭憲皇太后から3000円が下賜され
     た。(同書、1016~1017頁)
  5. 『水戸藩先賢烈士と其墳墓』(斎藤新一郎編、昭和33年・水戸学振興会発行)に次の
   ように出ている由です。
(2008年7月8日付記)
           
[  この本の表紙の書名は『水戸藩先賢烈士と其墳墓』、標題紙には『水戸藩の先賢烈士と
             其墳墓』となっているそうです。]

     北條秀と時雨
     水戸藩儒者、水戸長町の人、豐田天功の門人、楷書を能くす、天功拙書よく代筆す、
     歐陽詢の書を習ふ、大日本史の書風之に慣ふて一定す。
     長子時雨水戸書家關雪江に就學、最も楷書に長す。大日本史を清書して版下を書し、
     史館に名高し。版下の彫刻は水戸の巧者小倉淸造之に從ふ、時雨校正最も嚴、再校
     數度にして成る、此の原稿今に遺る、其の苦勞賞嘆に價す。現主市内大工町小倉啓
     甫印舗に保存さる史書の貴重此の一端を以ても知るべし。
  6. 『茨城書画家名鑑』(瀧臺水(興治)編、大正4年11月21日発行)には、次のように出て
   います。
     北條香雪 名ハ敬、字ハ德基、通稱ヲ惣五郎ト呼フ藤田幽谷ノ門人ナリ天保十二年
          弘道館訓導トナリ弘化五年歿スノ
(ママ)年五十。
     北條時雨 水戸ノ書家關雪江ニ就テ學ビ最モ楷書ニ長ジ大日本史ヲ寫ス現時上市長
          町ニ住ス。
  7. 『水戸志士と名家集』(斎藤新一郎編、水戸学振興会・昭和11年発行。謄写版刷り)には、
   次のように出ています。

     北條香雪 名は敬、字は德基、通称惣五郎と呼ぶ、幽谷先生の門人なり、天保十二
          年弘道館訓導手跡指南となり弘化五年歿 年五十 著書は集字孝経あり
     北條 秀 水戸藩士豊田天功の門人なり、楷書を善くし天功出(
ママ、「拙」カ)
          書の故をもって代書す、秀欧陽詢の書を習う、大日本史の書風之に習(ママ)
           
うて一定す、子時雨此の書を学び、史書版下を書く
     北條時雨 水戸の書家関雪江に學ぶ、最も楷書に長じ大日本史を清写し版下を書し
          名高し 今各所に碑書を見る
  8. 北條時雨の書による碑文や墓誌等

   
 碑文双書(一)~(六)について  
     平成20年から平成27年にかけて、鈴木健夫氏と田代辰雄氏他の皆さんによる労作『碑文・
    墓碑銘集』4巻と『碑文は語る・筑西市の歴史』『碑文は語る・笠間市の歴史』が出版されまし
    た。ここには、北條時雨の書の拓本が多く採られています。
     主としてこの『碑文・墓碑銘集』『碑文は語る・筑西市の歴史』『碑文は語る・笠間市の歴史』
   に拠り、その他の資料から少し補って、
北條時雨の書による碑文や墓誌を次に挙げてみます。
     なお、碑名・墓碑名の前にある「I、II、III、V、VI」
は『碑文双書』の(一)(二)(三)(五)(六)
    を、「岩p」は『岩間の碑』の頁数を示しています。「I、II、III、V、VI」の次の算用数字はそれぞ
    れの冊子に付けられている
碑名・墓碑名の番号です。
     なお、『碑文・墓碑銘集』
『碑文は語る・筑西市の歴史』『碑文は語る・笠間市の歴史』
       『岩間の碑』
については、
をご覧ください。

 
        
碑銘・墓碑銘(撰文者名・北條時雨書、日付け、碑等のある場所)

  
明治期

 

 

黑澤作次郎翁曁婦人柴田氏墓(寺門誠撰・北條時雨書、明治20年(?)、
                                      日立市石名坂町 共同墓地)                            

 

Ⅲ88

佐々木先生碑(岡本監輔撰・北條時雨書、明治25年8月、下妻市高道祖 常願寺

 

Ⅰ4

遺徳之碑 故茨城縣參事關君遺徳碑(手塚悳進譔・北條時雨書、明治30年12月、偕楽園)

 

Ⅰ6

獻植樹之碑(手塚悳進撰・北條時雨書、明治31年3月、常磐神社)

 

Ⅱ67

小塙翁報徳碑(手塚悳進撰・北條時雨書、明治32年12月、小美玉市下馬場 鹿嶋神社)

 

Ⅰ63

巖崎堰紀念碑(池田序介撰・北條時雨書、明治35年5月、常陸大宮市岩崎)

 

Ⅰ19

梅山北條先生墓表(佐佐木籌撰・男時雨書、明治35年10月、水戸市松本町 常磐共有墓地)

 

Ⅱ77

黒田侃君墓碑(佐佐木籌撰・北條時雨書、明治36年4月、稲敷市阿波崎 満願寺)

 

Ⅰ73

義勇奉公 戰役紀念之碑(寺原長輝譔・北條時雨謹書、明治39年4月、水戸市千波町)

 

 

凱旋記念碑(手塚悳進譔・北條時雨書、明治39年9月、水戸市吉沢町)

 

 

故中敎正宮田晩翠先生曁配小林美和比咩之墓(野口勝一撰・北條時雨書、明治39年、
                                   日立市東多賀町2丁目 日向墓地)                              

 

Ⅲ15
p32

春魁梅里君墓 梅里文夫君墓表(佐佐木籌拜撰・北條時雨敬書、明治39年11月、
                                  笠間市上郷花園 梅里家墓地)                                   

 

Ⅰ65

功全利洽 彰功碑銘(佐佐木籌撰・北條時雨書、明治41年3月、常陸大宮市辰の口)

 

Ⅰ74

戰捷紀念(栗田勤撰文・北條時雨書、明治41年4月、日立市大久保町2丁目 鹿島神社)

 

 

高鈴梓人勤戒碑(佐佐木籌譔文・北條時雨敬書、明治42年9月、
                                   日立市旭町2丁目 八幡清水跡)                             

 

Ⅰ75

忠烈 忠誠戰捷碑(佐佐木籌撰・北條時雨書、明治42年10月、行方市小幡 觀音寺)

  p6 頌徳 宇都宮君頌徳碑銘(佐佐木籌譔・北條時雨書、明治42年10月、
                                    笠間市下郷 宇都宮家敷地内)

 

Ⅲ92

遺芳百世 武藏原記(關戸覺藏撰文・北條時雨書、明治42年11月、行方市小貫)

 

 

金澤伊勢神社碑(栗田勤譔文・北條時雨書、明治42年12月、
                                   日立市金沢町6丁目 伊勢神社)

 

Ⅱ27

報本(栗田勤譔文・北條時雨書、明治42年12月、日立市金沢町 伊勢神社)

 

Ⅱ16

兵左衛門富田先生碑銘(爲我流柔術)(佐佐木籌撰・北條時雨書、明治43年2月、
                                    那珂市飯田 宮之台墓地
                                     

 

Ⅰ81

修繕記 二十三夜尊通路并馬場修繕記(大越孝範誌・北條時雨書、明治43年3月、
                                    水戸市松本町 二十三夜尊)                                  

 

Ⅱ1

間宮先生埋骨之處[間宮林蔵顕彰碑](志賀重昂譔・北條時雨書、明治43年4月、
                 つくばみらい市上平柳 [旧・筑波郡伊奈町上平柳] 専称寺)

 

Ⅱ78

加治翁碑 孚舟加治翁碑(三島毅撰并篆額・北條時雨書、明治43年4月、
                                    水戸市松本町 常磐共有墓地)                                

 

Ⅰ2

二名匠碑(菊池謙二郎撰・北條時雨書、明治43年11月、偕楽園)

 

Ⅱ39

再興江連用水記念之碑(坂仲輔撰文・北條時雨謹書、明治44年5月、下妻市羽子)

 

Ⅱ10

唯圓坊之碑(近角常觀謹識・北條時雨書、明治44年、水戸市河和田町 報仏寺南方・道場池跡)

 

 

忠魂碑[日立村](永田克之撰文・北條時雨謹書、明治44年9月、日立市本宮町2丁目)

 

Ⅱ92
VI 51

共樂園 共樂園記(荒木桂南譔・北條時雨書、明治44年10月、笠間市石井 旧市役所裏)

 

Ⅱ100

從六位海後宗親墓(髙橋諸隨撰・北條時雨書、明治45年5月、水戸市松本町 常磐共有墓地)

 

 

助兵衛大窪君之碑(栗田勤撰文・北條時雨書、明治45年7月、日立市大久保町4丁目 正伝寺)                          

 

大正期

 

 

 

幟旗「奉獻 鹿島神社祭禮 大正元壬子八月 北條時雨敬書 産子中」
           (北條時雨敬書、大正元年8月、日立市大和田町 鹿島神社拝殿)

 

Ⅰ64

舟生堰改良工事記念碑(佐佐木籌撰文・北條時雨謹書、大正元年8月、常陸大宮市舟生)                         

 

Ⅰ83

正傳寺舊址碑(栗田勤撰文・北條時雨書、大正2年7月、日立市大久保町4丁目 正伝寺)

 

Ⅱ28

神習[吉田神社碑](宮田篤徳撰文・北條時雨謹書、大正2年12月、
                                   日立市森山町3丁目 吉田神社)

 

Ⅱ41

忠魂碑[日高村](栗田勤譔文・北條時雨書、大正3年2月、
                             日立市日高町2丁目 報徳集会所前)                      

 

 

笠原神社再建記念碑(佐佐木籌敬撰・北條時雨謹書、大正3年4月、水戸市笠原町)

  V 15 稱徳 秋山君稱徳碑(下岡忠治撰・北條時雨書、大正3年12月、筑西市羽方 河間小学校)

 

 

贈從五位黑澤五郎君碑(野口勝一撰文・北條時雨書、大正4年1月、
                               日立市東多賀町2丁目 日向墓地)                        

 

 

報恩謝德[藥王院藥師堂修繕碑](佐佐木籌撰・北條時雨書、大正4年3月、
                                     水戸市元吉田町 薬王院)                             

 

Ⅲ2

神崎寺再興之碑(加藤精神謹譔・北條時雨書、大正4年3月、水戸市天王町 神崎寺)

  岩44 頌徳 梅里君父子頌徳碑(菊池謙二郎撰文・北條時雨書、大正4年3月、
                                   笠間市上郷 葉梨山神社前)

 

Ⅲ6

吉田君功績記(栗田勤撰文并題額・北條時雨書、大正4年6月、水戸市元山町 雷神宮)

 

Ⅱ31

即位大禮 記念石華表建立碑(佐佐木籌譔・北條時雨書、大正4年11月、
                                     水戸市八幡町 八幡宮境内)                           

 

Ⅲ31

紀恩碑(檜垣常伯謹識・北條時雨敬書、大正4年11月、日立市河原子町 天満神社)

 

Ⅰ88

貞婦也須之碑 節婦也須碑銘(佐佐木籌譔・北條時雨書、大正4年11月、
                                    常陸大宮市野上 諏訪神社)                            

 

Ⅱ72

大川君功績碑[大川健介紀功碑]漁業功労者(栗田勤撰文・北條時雨書、大正4年11月、
                                    ひたちなか市海門町 湊公園)                       

 

Ⅲ96

山崎君功徳碑(栗田勤撰文・北條時雨書、大正5年5月、鉾田市造谷 JA茨城旭村本所)

  VI 59 頌徳碑 [鈴木瓢翁頌徳碑](佐佐木籌譔・北條時雨書、大正5年9月、
                                      笠間市 吾国山参道口)

 

Ⅱ85
VI 20

旭旦山本翁墓(佐佐木籌譔・北條時雨書、大正7年8月、笠間市笠間 玄勝院)

 

Ⅱ66

頌徳碑 吉田君父子頌徳之碑(栗田勤撰文・北條時雨書、大正7年9月、常陸太田市町屋)

 

岩88

頌徳碑 幽谷加藤君頌徳碑(文園栗橋保孝拜撰・梅硯北條時雨書、大正8年2月、
                                    笠間市市野谷 加藤家敷地内)

 

 

悳燿古今[天神社由来碑](佐佐木籌拜譔・北條時雨謹書、大正8年9月、水戸市吉沢町)

 

 

大杉碑(佐佐木籌譔・北條時雨書、大正8年10月、水戸市上国井町)

 

Ⅱ21

第二世東武先生墓碑銘(渡邊正順撰・北條時雨書、大正9年5月、
                                    水戸市松本町 常磐共有墓地)                          

  岩82 架橋記念之碑 石橋架設の碑(北条時雨先生篆額、大正9年12月、
                                    笠間市泉平の不動尊敷地内)

 

Ⅱ52

石塚町発展記念碑(名越時孝撰・北條時雨書、大正10年2月、
                               東茨城郡城里町石塚 薬師寺鳥居脇)                       

 

建碑年未詳

 

 

Ⅰ18

香雪北條先生墓表(男 秀謹篆額・孫 時雨謹書、弘化4年8月20日歿、
                                       水戸市元吉田町 薬王院)                              

 

Ⅱ17

帆平海保君墓(寺門誠撰・北條時雨題額及書、文久3年10月14日歿、
                                    水戸市酒門町 酒門共有墓地)                           

 

Ⅲ24

橋本筑後翁碑(手塚悳進撰・北條時雨書、慶応元年8月4日歿、
                                     小美玉市小川 橋本家墓地)                             

 

Ⅱ20

東武先生墓碑(内藤耻叟撰文・北條時雨書、明治24年8月2日歿、
                                    水戸市松本町 常磐共有墓地)                             


 


  
 (注) 1. 北條時雨については、その経歴がよく分かっていません。分かり次第、補っていきたいと考
        えています。情報をお寄せ頂ければ幸いです。
       2. 『常総古今の学と術と人』のことは、弘道館の北澤売店の北澤さんに教えていただきました。
         なお、弘道館の北澤売店については、
資料65「弘道館記(原文)」の注8に簡単な紹介記事
        を記してありますのでご覧下さい。
       3.上に引用した 『茨城書画家名鑑』『水戸志士と名家集』のことは、水戸市立博物館の寺門
        寿明氏に教えていただきました。 
       4. 「北條時雨の書による碑文や墓誌等」は、次の資料・サイト・その他を参考に記述させてい
        ただきました。
           『日立の碑(いしぶみ)』(日立市郷土資料館、2006年8月20日第1刷発行)
           『常陸野散策…いしぶみは何処』(サイト)
           『郷土の神社・寺院めぐりページ』(サイト)
           
碑文双書(一)~(六) 『碑文・墓碑銘集』『碑文は語る・筑西市の歴史』『碑文は語る・
              笠間市の歴史』
(訓読・鈴木健夫 拓本・田代辰雄、他)、『岩間の碑』
       5. 上記の『日立の碑(いしぶみ)』には、日立市内の碑文や一部の墓誌が本文と書き下し文で
        紹介されていて参考になります。
       6. 
『常陸野散策…いしぶみは何処』というサイトには、水戸市近辺の碑が、碑の本文や写真・
        地図とともに数多く紹介されています。
          主宰者の酒造之介
(みきのすけ)様には、『水戸藩先賢烈士と其墳墓』という本のことや、その
        ほかいろいろ教えていただきました。記して謝意を表します。
       7. 日立市大和田町の鹿島神社拝殿にある幟旗は、『郷土の神社・寺院めぐりページ』というサ
        イトによって記述しました。
                
 (注:現在リンクが繋がりませんので、リンクを外しました。2012年6月27日)
       8. 碑文双書(一)~(六) 『碑文・墓碑銘集』については、編著者の鈴木健夫様に教えていた
         だきました。ありがとうございました。 

          
碑文双書(一) 『碑文・墓碑銘集』茨城県内版(漢文編)(鈴木健夫・田代辰雄 編著。
                                                 平成20年7月25日発行)
          
碑文双書(二) 『碑文・墓碑銘集』茨城県内版(漢文編)(鈴木健夫・田代辰雄 編著。
                                                 平成20年9月16日発行)
          碑文双書(三) 『碑文・墓碑銘集』茨城県内版(漢文体)(鈴木健夫・田代辰雄 編著。
                                    水府金石文研究所、平成23年3月26日発行)
          碑文双書(四) 『碑文・墓碑銘集』 漢文体 (鈴木健夫・田代辰雄 編著。
                                    水府金石文研究所、平成22年8月1日発行)
          碑文双書(五) 『碑文は語る・筑西市の歴史』 (鈴木健夫・田代辰雄・塙節子 編著。
                                   水府金石文研究所、平成24年10月1日発行)
          碑文双書(六) 『碑文は語る・笠間市の歴史』 (鈴木健夫・塙節子・横山進 編著。
                                   水府金石文研究所、平成27年3月23日発行)
          『岩間の碑』(横山進 編、岩間歴史懇話会、平成27年2月17日発行)

         碑文双書(一)~(三)には、それぞれ茨城県内の100基の碑文・墓碑銘の拓本とその訓読文
        が収められています。
         碑文双書(四)には、東京都内57基、埼玉県内5基、千葉県内6基、群馬県内9基、栃木県内
        16基、茨城県内10基、福島県内7基、宮城県内2基、長野県内5基、新潟県内3基、計120基
        の碑文・墓碑銘の拓本とその訓読文が収められています。
         碑文双書(五)には、筑西市内の32基の碑文・墓碑銘の拓本とその訓読文が収められています。
         碑文双書(六)には、笠間市内の60基の碑文・墓碑銘の拓本とその訓読文が収められています。
         『岩間の碑』には、岩間地区にある32基の主として漢文体の碑文・墓碑銘の拓本とその訓読文
        が収められています。
                                                   
(2019年1月18日付記)

       9. 資料271に
「梅山北条秀先生墓表」 (北條時雨の父・北條秀の墓表)があります。

    



                  
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