幽谷先生次郎左衛門藤田君墓表

資料268　幽谷先生次郎左衛門藤田君墓表　

　　　　幽谷先生次郎左衛門藤田君墓表　
正氣之塞天地垂象流形其純粹者爲人人有大道大道明則天人合而其氣浩然矣大道湮晦則天人隔絶其氣亦索然而凋衰矣嗟夫天地之茫茫其氣消息盈虚由人者將安得不扶而持之乎哉我幽谷藤田先生常陸人諱一正字子定稱與介後改次郎左衛門其先自武藏徙常陸世居那珂郡飯田村蓋小野朝臣之苗裔云祖諱某徙水戸城下考諱言德稱與右衛門娶根本氏生先生於下谷宅先生生而穎悟少有大志刻苦勤學欲明忠孝之大節以振起末俗扶持正氣會東里立原先生操一國文柄誘掖獎勵薦擧尤力　文公拔之閭閻補彰考館生員　幕府執政白河源侯聞之求觀其文辭先生爲著正名論以道君臣之大義時年十八亡幾丁親憂世俗喪親者五旬乃從吉雖有服期徒存空名先生俯從國制在家則寝苦枕塊避吉從凶私持心制不御酒肉者三年讀禮之餘論著古人居衷之事以述父子之大倫當是時俄羅斯數至蝦夷地方　幕府令諸國設備然升平日久文恬武凞無復知有外患先生深察虜情奮然講膺懲之策以謂苟欲強兵當使士民有勇知方若觸去流俗好柔之失仁漸義摩崇尚名節則士民將死長上焉今北虜之警歳切一歳而欲鎭之以靜不知時亦甚矣如寛永天草之變去戰國未遠桀驁諸侯徃徃睥睨時釁驍將悍卒不甘老死牖下者所在皆是故務示無事靜以鎭之也今海内溺於宴安鼓舞作興猶恐不振乃用鎭靜之術是塗塗附也昔北條氏斬蒙古之使欲率天下以與此戰令諸國資軍用遂得殲十萬之衆於西海今虜使之來甘言重幣以誘我恫疑虚喝以嚇我豈可偸一日之安優禮厚賜以惰天下之士氣哉於是有所論建謂此言得行則大之可以振天下之紀綱小之可以明一國之政刑矣然年少位卑言渉忌諱坐不敬廢黜乃退與賢豪奇傑之士交游上下其議論如髙山正之蒲生秀實之徒相驩最深居三歳復舊職時　文公崇尚文學纉　義公之緒欲必終編纂之業先生論述修史之始末以明　義公深意之所在及　武公襲封與髙橋廣備同爲總裁鉛槧之餘出入風議頗得盡其言時　公振紀綱開言路欲大修明庶政先生素以經綸之業自任焉上自　天朝典刑以至　幕府及我　東藩祖宗法令推究其原委斟酌諸家故事食貨之政田賦之制官爵田禄禮度名數凡治敎之法擧綱維詳節目乃言仁政之要修己治人在合外内然治國以大德不以小惠破庸人之論審古今之勢一道德事業而存其大體寛猛竝用威惠兼施剛柔正直互相爲用相時弛張變化風俗如其施設之方則在厚生利用正德厚生以足食利用以足兵正德以信之此聖賢制治之大要也孔子欲爲東周其作春秋志在脩周公之法興文武之道我常陸以　幕府之懿親承　威義之緒苟能修舊制而業用之通變神化同揆於先聖庶足以明大道於天下矣而　公亦屢賜召對開城訪問既而廣備入爲政府吏先生則出爲濱田郡奉行時同列多一時名士相勉以忠義不敢少自貶以求苟合也先生嘗講究治民之策固有所持論大約以去煩擾除横斂均力役破兼併禁侈惰爲勸農之要然其言關係大體不得施之一郡一邑遂陳情辭職後再爲史館總裁而其一時共事者亦相尋罷職亡幾　公薨　哀公之時進班通事先生久在史局商榷古今治本亂幾審其所由其大自　神聖經世之迹而細至地理譜牒之類考據明確發前人所未發刊修之業其料已備年踰知命所學不行迺欲託諸文章而胸中所蘊未及吐露一斑享年五十有三文政九年十二月朔以病終嗚呼痛哉配丹氏有二男五女長子熊太郎早夭次彪字斌卿葬先生於常磐之原先生爲人状貌奇偉志氣豪邁平生恥以儒自名而經史及百家之學莫不兼綜絀異端排左道指迷辨惑皆砭其膏肓説經則歸於仁孝一本之義言治則主於政敎一致之説至論國體則謂有天地然後有君臣　天朝自開闢以來擁神器踐　天位　皇統綿綿傳之無窮民仰　天朝與天一矣以奉戴　天孫　天皇之尊宇内無二是豈夷狄邪氣之所得而于犯哉　神聖建極開基文之以堯舜周孔之道邦家之治日趨文明今學者晦於名義或指漢唐比戎狄或稱明淸爲中國皆違　朝制　東照宮平定禍亂翼戴　皇室而拘泥蔽固冥然不悟或輕關東或陋　皇室此皆學者之惑　神州之蠧也人能尊　天朝而崇周孔之道則國體以明彝倫以叙然後政敎倶全而人心純一矣　幕府尊　皇室則諸侯敬　幕府諸侯敬　幕府則卿大夫亦敬諸侯然後上下相保萬邦協和矣乃與同志之士講究所以正名明義扶植大道者其敎育子弟以砥勵名節振起士氣爲務居常履禮守規治家嚴肅而時或對客命酒撃節髙歌以洩其幽鬱之氣齡僅強仕白髮滿頭嘗竊憂　哀公鼎盛未有儲嗣論所以固國統者晩欲復有所言未果一朝溘焉嗚呼先生所以焦思腐心者毫無所施半塗而廢夫天未欲有扶持正氣耶天道是非果何如也門人會澤安盥手再拜謹表於墓上曰　生也爲英死亦爲靈先生所扶正氣分布在人若能繼遺志廣遺緒斯道之未墜地豈遂無可裨益於天下國家者耶若能明大義踐大節是氣之旁礴於天地夫孰謂待生而存隨死而亡耶
　　　　　　　　　　　　

(注) １．　上記の「幽谷先生次郎左衛門藤田君墓表」は、『會澤正志齋文稿』（名越時正編、国書刊行会・平成14年９月21日初版第１刷発行）掲載のものによりました。　
　ただし、本文についている句読点はこれを省略しました。また、本文中には、36か所の闕字があります。　　　　　　　　

２．　会沢正志斎は、この「幽谷先生次郎左衛門藤田君墓表」の他に、「幽谷藤田先生墓誌銘」も書いています。

３．　藤田幽谷の墓は、水戸市松本町の常磐共有墓地にあります。　　　　　　

４．　「幽谷藤田先生墓誌銘」が、資料267にあります。

５．　〇藤田幽谷（ふじた・ゆうこく）＝江戸後期の儒学者。名は一正。水戸の商家生れ。東湖の父。立原翠軒に学び、１８歳で「正名論」を著し、水戸学の立場を確立。のち翠軒と対立。彰考館総裁。著「修史始末」「勧農或問」など。（1774～1826）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　〇会沢正志斎（あいざわ・せいしさい）＝江戸後期の儒学者。名は安（やすし）。水戸藩士。藤田幽谷に学ぶ。彰考館総裁・弘道館総教。著「新論」で尊王攘夷を唱え、幕末期の政治運動に大きな影響を与えた。（1782～1863）（以上、『広辞苑』第６版による。）
             　　　

    　
　　　　　　　　
　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　    　　トップページ（目次）へ　

(注)	１．	上記の「幽谷先生次郎左衛門藤田君墓表」は、『會澤正志齋文稿』（名越時正編、国書刊行会・平成14年９月21日初版第１刷発行）掲載のものによりました。　　ただし、本文についている句読点はこれを省略しました。また、本文中には、36か所の闕字があります。
	２．	会沢正志斎は、この「幽谷先生次郎左衛門藤田君墓表」の他に、「幽谷藤田先生墓誌銘」も書いています。
	３．	藤田幽谷の墓は、水戸市松本町の常磐共有墓地にあります。
	４．	「幽谷藤田先生墓誌銘」が、資料267にあります。
	５．	〇藤田幽谷（ふじた・ゆうこく）＝江戸後期の儒学者。名は一正。水戸の商家生れ。東湖の父。立原翠軒に学び、１８歳で「正名論」を著し、水戸学の立場を確立。のち翠軒と対立。彰考館総裁。著「修史始末」「勧農或問」など。（1774～1826）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　〇会沢正志斎（あいざわ・せいしさい）＝江戸後期の儒学者。名は安（やすし）。水戸藩士。藤田幽谷に学ぶ。彰考館総裁・弘道館総教。著「新論」で尊王攘夷を唱え、幕末期の政治運動に大きな影響を与えた。（1782～1863）（以上、『広辞苑』第６版による。）