資料14 杜甫の詩「曲江」(「古稀」の語の出典) 



       杜甫の詩「曲江」(「古稀」の語の出典) 


    曲 江       杜甫
 
 朝 囘 日 日 典 春 衣 
 毎 日 江 頭 盡 醉 歸
 酒 債 尋 常 行 處 有
 人 生 七 十 古 來 稀
 穿 花 蛺 蝶 深 深 見
 點 水 蜻 蜓 款 款 飛
 傳 語 風 光 共 流 轉
 暫 時 相 賞 莫 相 違


(訓読)
 朝
(てう)より回(かへ)りて日日(ひび)春衣(しゆんい)を典(てん)し、
 毎日 江頭
(かうとう)に酔(ゑ)ひを尽くして帰る。
 酒債は尋常、行
(ゆ)く処(ところ)に有り。
 人生七十 古来稀なり。
 花を穿
(うが)つ蛺蝶(けふてふ)は深深(しんしん)として見え、
 水に点ずる蜻蜓
(せいてい)は款款(くわんくわん)として飛ぶ。
 伝語
(でんご)す 風光、共に流転(るてん)して、
 暫時
(ざんじ) (あひ)賞して 相(あひ)(たが)ふこと莫(なか)れ、と。

※ 読みの注
 朝
(てう)……チョウ。  回(かへ)りて……カエリテ
   江頭
(かうとう)……コウトウ。 酔(ゑ)ひ……エイ
 蛺蝶
(けふてふ)……キョウチョウ。 
 款款
(くわんくわん)……カンカン
 相
(あひ)……アイ

(通釈)
 朝廷から戻ってくると、毎日のように春着を質に入れ、
 いつも、曲江のほとりで泥酔して帰るのである。
 酒代
(さかだい)の借金は普通のことで、行く先々にある。
 この人生、七十まで長生きすることは滅多にないのだから、
 今のうちにせいぜい楽しんでおきたいのだ。
 花の間を縫って飛びながら蜜を吸うアゲハチョウは、奥のほうに見え、
 水面に軽く尾を叩いているトンボは、ゆるやかに飛んでいる。
 私は自然に対して言づてしたい、
 「そなたも私とともに流れて行くのだから、ほんの暫くの間でもいいから、
 お互いに愛
(め)で合って、そむくことのないようにしようではないか」と。 

(語釈)
 朝囘……朝廷から帰る。 點……質に入れる。 江頭……曲江のほとり。「頭」は、ほとり。    酒債……酒代の借金。 尋常……あたりまえで、珍しくない。 穿花……花の間を縫うように飛ぶ。一説に、蝶が蜜を吸うために花の中に入り込む。 蛺蝶……
(キョウチョウ) あげはちょう。また、蝶の仲間の総称。 深深……奥深いさま。 點水……水面に尾をつける。トンボが水面に尾をちょんちょんつけるさま。 蜻蜓……(セイテイ) とんぼ。 款款……(カンカン) 緩緩に同じ。ゆるやかなさま。 傳語……言伝(ことづ)てする。 共流轉……私とともに流れていく。私とともに移り変わっていく。 相賞……お互いにめでる。一説に、「相」は動詞に冠して、その動詞の及ぶ対象のあることを示す接頭語。「お互いに」の意はないとする。(王維の詩「竹里館」の「明月来相照」の「相」と同じとするわけです。) 「賞」は、めでる。ほめる。  
 相違……お互いにそむきあう。一説に、「相」は「相賞」の「相」と同じで、単に「さからいそむく」の意とする。 

《蛺蝶
(きょうちょう)・蜻蜓(せいてい) の「蛺」「蜓」という漢字が、うまく表示できないかも知れませんので、
 「蛺」=「虫」+「夾」・音
キョウ
 「蜓」=「虫」+「廷」・音
テイ
という注を付けておきます。》
        
  (注) 1. 「古稀」の語の出典
「古稀」の語の出典は、杜甫の「曲江二首」と題する詩の、その「二」の詩です。この詩は杜甫47歳の時の作。詩形は、七言律詩。 当時、杜甫は宰相が敗戦の責任を問われたのを弁護して肅宗の怒りに触れ、朝廷へ出ても楽しまない日々が続いていました。「曲江」は、長安の東南にあった池の名前です。景勝の地で、長安随一の行楽地として賑わっていたそうです。
古稀という語が有名なわりには、この詩はそれほど知られていないように思います。この詩で杜甫は「人生七十古来稀なり」と言いましたが、彼は大暦5(770)年、59歳で湘水(湖南省)の舟中で病没したそうです。
   
2. 杜甫の詩 「曲江」の出典
この詩は、『杜工部集』(20巻、補遺1巻。北宋、王洙編)の巻十に出ています。
○早稲田大学図書館の『古典籍総合データベース』で、5種類の『杜工部集』を画像で見ることができます。ここには、そのうちの『杜工部集:五家評本』を挙げておきます。
  『杜工部集 巻九・十』の 46 / 79 

 早稲田大学図書館 → 『古典籍総合データベース』
 → 「杜工部集」と入力して検索 → 『杜工部集:五家評本』をクリック  → 上部の表紙の画像をクリック →  9の表紙画像の「HTML」又は「PDF(26.4MB)」をクリック →  『杜工部集 巻九・十』46 / 79 
    3. この詩の最後の二句には、いくつかの解釈があるようです。上の「通釈」では、「私は自然に対して言づてしたい、そなたも私とともに流れて行くのだから、ほんの暫くの間でもいいから、お互いに愛(め)で合って、(お互いに)そむくことのないようにしようではないか」としましたが、これを、「自分はこの風光にことづてをする、私は汝風光と共にここに徘徊して、しばしその眺めをめでるから、汝は自分にそむかぬようにしてもらいたい」とする人もいます(岩波文庫『杜詩』第二冊、鈴木虎雄訳注)。そのほか、「伝語」する相手を「同僚」とするものや「時人(その時代の人)」とするもの、「共」を「風光が花蝶とともに」とするものや「風光が物情とともに」とするものなどがあるそうです(同文庫、200ページの〔余論〕参照)。

○参考までに、手元にある本からこの部分の訳を抜き出してみます。
「目の前に飛ぶ蝶よトンボよ。春の風光よ。人生も君たちも共に流転をまぬかれないのなら、しばらくの間ぐらいは互いにめであい、心にそむかないようにしようではないか──」(新潮選書『杜甫の旅』田川純三著、183頁)
「この春景色にことづてしたい。わが身も春光も、もろともに移り流れて行く上は、しばしが程は賞(め)であって、お互いにそむかぬようにしようではないかと。」(中国 名詩鑑賞4『杜甫』目加田誠著、111頁)
   
    4. 上の詩の本文や訓読・通釈・語釈等は、次の書籍を参考にさせていただきました。
〇中国詩人選集9 『杜甫 上』黒川洋一・注(岩波書店、昭和32年12月20日第1刷発行)
〇岩波文庫『杜詩 第二冊』鈴木虎雄・訳注(昭和38年5月16日第1刷発行、昭和43年11月20日第4刷発行)
〇『NHK 漢詩をよむ』(昭和61年10月~昭和62年3月)石川忠久著(日本放送出版協会・昭和61年10月1日発行)
〇『漢詩鑑賞読本』志賀一朗編著(東洋書院・平成元年7月30日第1版発行)
〇『研究資料漢文学 第四巻 詩Ⅱ』堀江忠道・大地武雄著(明治書院・平成6年1月20日初版発行)
〇新潮選書『杜甫の旅』田川純三著(1993年4月15日発行、1993年5月25日2刷) 
〇中国名詩鑑賞4『杜甫』目加田誠著(小沢書店・1996年7月20日第1刷発行)
   
    5.  詩の「訓読」の漢字の読みは、現代仮名遣いで示しました。    
    6.  なお、『詩詞世界』碇豊長の詩詞というサイトで、この詩の詳しい注釈・解説、その他が見られます。
 『詩詞世界』碇豊長の詩詞  → 曲江
   
    7.  『語源由来辞典』というホームページがあり、そこで「古稀」の解説が見られます。
 『語源由来辞典』→ 「古稀」
   
    8. 参考までに、「曲江 一」の詩とその書き下し文を掲げておきます。

 一片花飛減却春  一片の花飛んで、春を減却す。
 風飄萬點正愁人  風は萬點(ばんてん)を飄へして、正に人を愁へしむ。
 且看欲盡花經眼  且つ看る、盡きんと欲する花の眼を經(ふ)るを。
 莫厭傷多酒入脣  厭ふ莫かれ、多くを傷む酒の脣(くちびる)に入(い)るを。
 江上小堂巣翡翠  江上の小堂に、翡翠巣くひ、
 苑邊高塚臥麒麟  苑邊(ゑんぺん)の高塚(かうちよう)に、麒麟臥す。
 細推物理須行樂  細やかに物理を推(お)すに、須(すべか)らく行樂すべし。
 何用浮名絆此身  何ぞ、浮名(ふめい)もて此の身を絆(ほだ)さんや。

 この詩についても、「『詩詞世界』碇豊長の詩詞」というサイトに解説があります。(→注6「曲江」)
   
    9.  河出書房新社発行の『中国故事物語』(昭和35年6月30日初版発行)に、「古稀」についての分かりやすい解説があります。
 そこに引用された「朝より回りて……」の詩について、この項の筆者多田行夫氏は、「この詩のうち最後の二行には、古来さまざまの解釈があり、また「人生七十古来稀なり」というのは、言い伝えられた諺だろうともいう。だがともかく、この言葉は杜甫によってみごとに定着され、あるときは哀感をこめ、また稀な年に達したのを祝う意味にも使われるようになった。七十歳を古稀(こき)というのも、ここから出ている。」と書いておられます。
   
    10. なお、『陽碍山』というホームページで、上記(注9)の河出書房新社発行『中国故事物語』を読むことができます。注9に一部を引いた「古稀」も出ています。 残念ながら現在は見られないようです。(2023年6月19日現在)    
    11.  資料107「還暦について」があります。    
    12.  〇杜甫(とほ)=盛唐の詩人。字は子美、号は少陵。鞏(きょう)県(河南鄭州)の人。先祖に晋の杜預があり、祖父杜審言は初唐の宮廷詩人。科挙に及第せず、長安で憂苦するうちに安禄山の乱に遭遇。一時左拾遺として宮廷に仕えたが、後半生を放浪のうちに過ごす。その詩は格律厳正、律詩の完成者とされる。社会を鋭く見つめた叙事詩に長じ、「詩史」の称がある。李白と並び李杜と称され、杜牧(小杜)に対して老杜という。工部員外郎となったので、その詩集を「杜工部集」という。(712-770)(『広辞苑』第6版による。)    
    13. 「古稀」を「古希」と書くことがありますが、このことについて、岩波書店のホームページに『広辞苑質問箱』があり、そこに「Q 昔の「古稀」は今は「古希」?」という質問と答えがあって、参考になります。
 岩波書店「編集部だより」 → 辞典編集部 → 広辞苑質問箱
  お断り:残念ながら現在は見られないようです。(2017年10月27日) 
                   
 
このことにちょっと触れておくと、昔は「古稀」と書いていたのだが、当用漢字(現在は常用漢字)に「稀」の漢字が入らなかったため、常用漢字の範囲内で書こうとすると「古稀」と書けないので、「古希」と書くようになった。「希」という漢字にも「まれ、ごく少ない」という意味があるので、「古希」と書いても意味は同じである。だから、「古稀」「古希」どちらに書いてもよいのだが、「希」という漢字は普通は「のぞむ、ねがう」という意味で使っていて「まれ」の意味では 使われないので、年配の人の中には、「古希」を嫌って「古稀」と書くことにこだわる人もいる。
 一方、新聞などは原則として常用漢字の範囲内で書くことにしているため、「古希」と書いている。
   






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