資料143 卒業式の歌「恵みの露」(恵みの露に潤ひて……)〔正式題名「卒業式」〕


 

  卒業式の歌「恵みの露」(恵みの露に潤ひて……)〔正式題名「卒業式」〕

卒業式の歌といえば「蛍の光」や「仰げば尊し」が有名ですが、かつて学校によっては、「恵みの露に潤ひて……」という歌詞で始まる卒業式の歌が歌われていたそうです。
昭和11年に京都の小学校に入学されたときから5年間、「恵みの露に……」を卒業式で歌っておられたという方が、覚えておられたそのメロディーを教えてくださいました。
次のリンクをクリックすると、そのメロディーが流れます。          

  卒業式の歌「恵みの露」(恵みの露に潤ひて……)〔正式題名「卒業式」〕


その小学校では、昭和16年に小学校が国民学校になった時から、この歌が「仰げば尊し」に変更になったそうです。(注8参照)


覚えておられた卒業式の歌のメロディーを、わざわざ譜面に起こして教えてくださったその方に、深く感謝いたします。

       
   
この曲をメロディー化して下さったのは、この曲を譜面に起こして下さった
   方のお知り合いの方です。ここに記して厚く御礼申し上げます。
   なお、オルガンに似た音でのメロディーは、注の最後(注7)で聞くことが
   できます。

その方が歌っておられた歌詞は次のようなものだったそうです。

   卒業式の歌「恵みの露」 

1  (全校生)               (歌い方)
  
恵みの露に潤ひて        めぐみのつゆに うるおいーて
  
教への庭に咲き匂ふ       おしえのにわに さきにおーお
  
花の色香はおしなべて      はなのいろかは おしなべーて
  
時を得るこそ嬉しけれ      ときをうるこそ うれしけれ 

2  (卒業生)
  
深き海にも優りける       ふかきうみにも まさりけーる
  
訓への親の志          おしえのおやの こころざーし
  
受けて学びの沖を漕ぐ      うけてまなびの おきをこーぐ
  
船のしるべぞ頼もしき      ふねのしるべぞ たのもしき

3  (卒業生)
  
同じ梢の百千鳥         おなじこずえの ももちどーり
  
囀る春に逢ひぬれば       さえずるはるに あいぬれーば
  
彼方此方に飛び交へど      かなたこなたに とびかえーど
  
花の塒は忘れじな        はなのねぐらは わすれじな

4  (在校生) 
  
春に先づ逢ふ鶯は        はるにまずおー うぐいすーは
  
早くも谷を立ち出でて           はやくもたにを たちいでーて
  
花の林に移るとも        はなのはやしに うつるとーも
  
雪の古巣を顧みよ        ゆきのふるすを かえりみよ

なお、その後、その方の友人が持っておられた楽譜が見つかり、それには、「めぐみのつゆ」とあって、「=88 ♭ 4/4 」となっているそうです。
(ここでは、覚えておられた方の記憶に従って、=104 にしてあります。)

     ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 
 

ところで、「恵みの露に潤ひて……」で始まる「卒業式の歌」が、いつ頃から、どの地域で、どの位の期間にわたって歌われていたのかや、作詞者・作曲者が誰なのかなどが今まで分かりませんでしたが、このほど、この歌の出典が分かり、もとの題名や作詞者・作曲者の名前がはっきりしました。(2006.9.20)

その出典は、『学校必用唱歌集』
(加藤里路著、楠美恩三郎曲。明治29年6月12日、京都・村上書店発行)です。東京藝術大学附属図書館情報サービス係の方に調べて頂いて、出典を教えて頂きました。記して深く感謝致します。

出典の『学校必用唱歌集』によれば、
   
題名「卒業式」 
   作詞:加藤里路(かとう・さとみち)
   作曲:楠美恩三郎(くすみ・おんざぶろう)
   歌詞は、4番までで、「一の歌は全員二三の歌は卒業生のみ四の歌
      は在校生徒これを唱ふて卒業生を送るものとす」となっています。

  その歌詞は、次の通りです。
      卒 業 式
 (一)めぐみのつゆに。うるほひて。をしへのにはの。やちぐさの。
    はなのいろかは。おしなべて。ときをえしこそ。うれしけれ。
 (二)ふかきうみより。いやまさる。をしへのおやの。こゝろざし。
    うけてまなびの。おきをこぐ。ふねのしるべぞ。たのもしき。
 (三)おなじこずゑの。もゝちどり。さへづるはるに。あひぬれば。
    かなたこなたに。とびかへど。はなのねぐらは。わすれじな。
 (四)はるにまづあふ。うぐひすは。はやくもたにを。たちいでゝ。
    はなのはやしに。うつるとも。ゆきのふるすを。かへりみよ。

           
  この『学校必用唱歌集』は、『国立国会図書館デジタルコレクション』
で見ることができま
 すので、興味のある方は、どうぞご覧下さい。
       『学校必用唱歌集』 → 「卒業式」
/20) 

 (『国立国会図書館デジタルコレクション』から入る場合は、検索の欄に、「学校必用唱歌集」と入力して検索。以下、指示に従って進みます。)



佐賀県唐津市の
旧唐津小学校の『母校百年史』に出ている歌詞には、上の「(四)はるにまづあふ。うぐひすは。……」の前に、「高き山にもまさりける 学びの兄(姉)の慈しみ 受けて教への麓行く 道のしるべの嬉しさよ」の歌詞があります。これは、作詞者自身が後から付け足したということも考えられるのでしょうか。この辺の事情が知りたいところです。 (『母校百年史』の「第十七 校訓の制定と校旗・校歌・卒業式歌及び外町小学校の創設と唐津町青年訓練所」の項参照)

ここで、歌詞の違いを見てみますと、1番の「教への庭に咲き匂ふ」が「をしへのにはの。やちぐさの。(教への庭の八千草の)」、「時を得(う)るこそ」が「ときをえしこそ(時を得しこそ)」となっており、2番の「深き海にもまさりける」が「ふかきうみより。いやまさる。(深き海よりいやまさる)」となっている点が、異なっています。

また、メロディーの違いは、ここのメロディーの調子がヘ長調であるのに対し、『学校必用唱歌集』ではト長調になっていること、1番の「咲き匂ふ」(「八千草の」)のところの音階「35.231」が、『学校必用唱歌集』では「35.231」となっていること、の2点だけが、異なっているようです。
(数字は4分音符を、数字の下の下線は8分音符を示します。)

『学校必用唱歌集』に載せてある楽譜によってメロディー化したものが資料145に載せてありますので、ぜひ聞いてみてください。

 
   資料145 卒業式の歌「卒業式」(『学校必用唱歌集』所収)


この本が出版された当時、加藤里路、楠美恩三郎のお二人は、京都府尋常師範学校の先生をされていたそうです。
作曲者の楠美恩三郎氏は、そのあと、母校の東京音楽学校(現・東京藝術大学)の教授になっています。旧制二高(現・東北大学)の校歌「天(そら)は東北山高く」(作詞:土井晩翠)の作曲のほか、多くの校歌を作曲しているそうです。また、岡野貞一らとともに、文部省「尋常小学唱歌」の6人の編集委員の一人になって、尋常小学唱歌(いわゆる「文部省唱歌」)の作曲に参加しています。


    
 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

     
   
(注) 1.楠美恩三郎(くすみ・おんざぶろう、 1868−1927)
               明治〜大正時代の教育者、作曲家。慶応4年3月25日生まれ。陸奥(むつ)
               弘前(青森県)出身。東京音楽学校(現・東京芸大)を卒業。京都府尋常師
               範学校に勤めたあと、母校の教授となり、オルガンと作曲を教えた。明治43
               年尋常小学唱歌の編集委員。「星」などを作曲。家芸の平家琵琶の採譜も
               おこなった。昭和2年10月8日死去。60歳。旧制二高(現・東北大学)の校歌
               「天(そら)は東北山高く」
(作詞:土井晩翠)の作曲のほか、多くの校歌を作曲
               している。
                 ○
『「天は東北」旧制第二高等学校同窓生』の合唱が、Youtube で聞
                  けます。
                 ○ 「天(そら)は東北山高く」の原曲のメロディーが『第二高等學校』と
                  いうサイトで聞けます。 
                    
(現在は聞くことができないようですので、リンクを外しました。2016.10.3)
                 ○ また、
『なつかしい童謡・唱歌・わらべ歌・寮歌・民謡・歌謡』という
                  ページで、「星」のメロディーを聞くことができます。
                       
 Enter  →  五十音索引の「ほ」 → 星[歌詞と演奏] 
             加藤里路(かとう・さとみち、 1840−1911)
               幕末〜明治時代の国学者、神職。天保11年10月生まれ。加賀金沢藩士。
               狩谷竹鞆に学んだ。維新後、神祇官宣教使などをつとめ、のち能登(石川
               県)白山比廖覆靴蕕笋泙劼瓠某声劼箋ぢ拭覆韻拭某声劼竜椹覆箸覆辰拭L声
               29年に楠美恩三郎と二人で『学校必用唱歌集』を出版した当時は、京都府
               尋常師範学校の国語教師であった。明治44年2月死去。72歳。通称は修理、
               図書。号は椎廼舎。著作に「神木記」など。
            (以上は、『講談社 日本人名大辞典』をもとに、その他の資料も参考にして記述しました。)
            
2.フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「楠美恩三郎」の項に、楠美恩三
            郎の経歴と代表的な作品(童謡・唱歌、校歌・自治歌)、主な著作が紹介されてい
            ます。
           
3.『平家詞曲研究室』というサイトに、「人物誌─楠美家系図─」というページがあり、
            楠美恩三郎の家系がみられ、参考になります。
        4.明治時代の「卒業式」という同じ題の別の歌がありますので、参考までに歌詞を
            引いておきます。
             これは、『小学校用新編唱歌教科書 第2編 高等科之部』(文港堂編集部編、
            新潟:文港堂、明治35年10月刊)に載っているものです。(この「卒業式」の歌詞
            は、『国立国会図書館デジタルコレクション』の画像資料によりました。)

                  『小学校用新編唱歌教科書 第2編 高等科之部』 
本文の 64 / 69
                 (
 『国立国会図書館デジタルコレクション』の検索に「小学校用新編唱歌教科書」と入力し
                て検索 
                  → 「1.小学校用新編唱歌教科書 第2編 高等科之部 / 文港堂編集部
                     編、文港堂、明35.10」をクリック 
                    → 「書誌情報」の下方にある「本文をみる」をクリック 
                      → 本文の 64 / 69 にあります。)

          
                   卒 業 式
                     第一 (在校生のみ)
               業(わざ)を果(はた)しゝうれしさは  そもそも何にかくらぶべき
               山なす人中わけゆきて       をはりのしるしを得る心。
                     第二 (卒業生のみ)
               吾等はこれよりいや遠き      まなびの道すぢふみわけて
               いさをの山に立ち入りて       みくにを飾る玉も得ん。
                     第三 (卒業生のみ)
               吾等はこれより世の中の       たづきの道にわけいらん
               のぞむはほまれの花の枝     皇國(みくに)の飾(かざり)をいでやかで。
                     第四 (在校生卒業生ともに)
               手に手をとりつゝ交(まじは)りし   親しき思(おもひ)をそのまゝに
               別れて年月(としつき)へだつとも   互にこゝろはかはらじな。


      5
 『尋常小学唱歌』(全6冊)第5学年用(大正2年5月28日刊)所収の「卒業生を
             
送る歌」。

                 卒業生を送る歌

             1 数多の年月 兄とし睦び
               姉とし慕ひし 上級生よ
               日頃のつとめ 甲斐見えて
               栄ある今日の よろこびや

             2 我等に先だち 学びを卒へて
               今日しも出でたつ 卒業生よ
               君等の面に あふれたる
               希望の色の たのもしや

             3 我等もやがては 学びを卒へて
               君等が行く道 後より追はむ
               行く手の道の しるべして
               正しきかたに 導けや

           6. 『尋常小学唱歌』(全6冊)第6学年用(大正3年6月18日刊)
             所収の「
卒業の歌」。

                 卒業の歌

             1 うれしうれしや うれしやな
               人の子供の おしなべて
               踏むを御国の 掟なる
               学びの道の 六年をば      
               卒へし今日こそ うれしけれ     
               柳桜の 春匂ふ           
               錦を添へて 野も山も        
                    
             2 うれしうれしや うれしやな 
               いろはのいをも わきまへぬ 
                 身のいつしかに 積み得たる 
                 西も東も 知らざりし 
                 身のいつしかに 分け得たる 
                 世の人並の 文字の数 
                 世の人並の 道の筋

             3 うれしうれしや うれしやな
               六年の月日 手を取りて
               教へ給ひし 師の君の
               導きなくば いかで我が     
               心に開く 智は 徳は        
               思へばうれし 師の情        
               思へばうれし 師の恵        
                    
             4 うれしうれしや うれしやな
                  師の賜の 智を徳を
                  舵に栞に 世の海を
                  渡りて行かむ なほ高き
                  学びの高嶺 攀てみむ
                  師の君さらば 健やかに
                  我が友さらば 健やかに
          
           7. オルガン音色のメロディーは、次のリンク先で聞くことができます。   
                                    →  卒業式の歌「恵みの露」
           8. 京都府舞鶴市新舞鶴国民学校では、昭和17年の卒業式で、この「恵みの露」と
            いう卒業式歌が歌われた、ということを土橋亮氏が教えてくださいました。国民学
            校でも、この「恵みの露」が歌われていた、ということになります。ご教示ありがとう
            ございました。
(2011年3月14日)
               
京都府与謝郡与謝野町岩屋にある岩屋小学校で、昭和31〜36年頃に卒業式
            で「恵みの露」を歌った、とS様が教えてくださいました。戦後10数年経っても卒業
            式でこの歌が歌われていたことになり、たいへん貴重な情報です。お知らせいただ
            き、ありがとうございました。
(2014年4月21日)
           9. 有本真紀著『卒業式の歴史学』(講談社、2013年3月10日第1刷発行。講談社選書
             メチエの中の1冊)
の中に、この「恵みの露」(正式題名は「卒業式」)が、次のように
            出ています。
(第6章 卒業式歌─「私たちの感情」へ捧げる歌 の中の「わが師の恩」の項。)

               
国家に代わって卒業式歌の前景に現れるのは「思い出」である。(中略)これは、
            師や友へ向けた唱歌にはさらに顕著である。では、師はどのような思い出として歌
            われたのだろう。
             「いつしか過ぎゆく四年五年
(よとせいつとせ)受けたるめぐみハ海山高し」で始まる《師
            の恩》は、大和田建樹・奥好義編『明治唱歌』第三集
(1889)に掲載された。1886
            
(明治19)年の第一次小学校令で高等科と尋常科に改編された小学校では、尋常科
            で《師の恩》が、《仰げば尊し》は高等科で歌われたケースが多い
(嶋田1993)。教師
              
への感謝を主題とする唱歌はほかにもあり、卒業式を曲名に含む多くの唱歌にも、歌
            詞に教師のことが含まれる。そこには、師が「恵み」や「情け」を与えてくれる存在とし
            て、「ふかきうみより。いやまさる。をしへのおやの。こゝろざし。うけてまなびの。おき
            をこぐ。ふねのしるべぞ。たのもしき」
(《卒業式》楠美恩三郎作曲、加藤里路『学校必用唱歌
              集』1896)
のように、海や山、あるいは親(父母)に譬えられている。(同書、197頁)

             ※ 
引用者注:引用文中に「嶋田1993」とあるのは、巻末の参考文献に、嶋田由美 1993 
                    「卒業式歌『蛍の光』と『仰げば尊し』の研究──明治期小学校唱歌教授細目にお
                    けるその位置付けと他の卒業式歌との関係性」 『大阪女子短期大学紀要』第18号
                    PP.21‐36 とあります。
                           
                                                  
(2013年6月8日付記)





 

 
          
                
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