ゲストブック 1
  (2005年1月 〜 2011年3月)
 

   2011年3月22日 (火) 15時57分00秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   土橋 亮
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   資料143の作成に関係された諸氏に感謝申し上げます。小生は昭和17年に京都府舞鶴市新舞鶴国民学校の1年生で初めての卒業式に、この歌を歌いました。今日、急に思い出してこの資料に出会い、全体の歌詞構成を知ると共に1番はほぼ正しく覚えていたことに安堵しました。2番と思っていたのが実は4番で、幼い1年生だから卒業生が歌うべき2番や3番は全く練習もしなかったのであろうと想像がつきました。この資料を検索した理由は4番の歌詞の<早くも谷を立ち出でて>しか知らなかったためです。昭和17年にもまだ歌われていたことは本資料と異なるのでお伝えします。

 
   2011年3月24日 (木) 20時16分33秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   土橋 亮 様
コメント、拝見いたしました。
卒業式の歌「恵みの露」が、昭和17年に、舞鶴市の新舞鶴国民学校の卒業式で歌われていたとのこと、早速、資料に付記させていただきたく存じます。

この歌を卒業式で歌っておられた方でインターネットをおやりになる方が、多くはいらっしゃらないせいか、連絡が殆んどないために、この歌が実際にいつごろ、どの範囲で歌われていたのかがはっきりしないのが、残念です。

ご連絡、ありがとうございました。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

 
   2011年2月18日 (金) 10時38分47秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   k-yone
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   最近PCをはじめて「小さな資料室」に出会いこのブログを読みました。敗戦を5年生で迎えられたようで、私と同年代ながら、室長様のエネルギッシュな生き方に感動しています。これからも折りに触れてできるだけ読ませていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

 
   2011年2月18日 (金) 11時01分40秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   k-yone 様
コメントをお送りくださり、ありがとうございました。
こうしたものを作って公開している者にとって、読んでいただけるのが一番嬉しく、そのことでコメントを頂けるのは一層の喜びです。本当にありがとうございました。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

 
   2011年1月23日 (日) 21時24分00秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   まーしー
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   日米和親条約・日米修好通商条約の資料読ませて頂きました。
大変恐縮なのですが、卒業論文に資料のページのURLを載せたりすることは可能でしょうか?

現在「日本の開国」をテーマに作成しております。

 
   2011年1月24日 (月) 10時26分40秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   まーしー 様

資料をお読みくださり、ありがとうございます。
「日米和親条約」・「日米修好通商条約」は私の個人的な著作物ではありませんから、私に著作権はありません。どうぞ引用・転載等、ご自由に利用なさってください。

その際、資料のページのURLを載せていただければ、私としてはたいへんうれしく思います。

また、資料をご覧になっていて、入力の誤り等にお気づきの節は、教えてください。よろしくお願いします。

卒業論文、どうぞ頑張ってください。

 
   2011年1月26日 (水) 08時31分38秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   まーしー 様

考えてみたのですが、論文に「日米和親条約」「日米修好通商条約」を引用する場合は、作業途中で私のホームページの資料をコピーするなどして利用しても結構ですが、最終的には、しっかりした参考文献(例えば『大日本古文書 幕末外国関係文書之五』や『大日本古文書 幕末外国関係文書之二十』など)に当たって本文を確認することを忘れないでください。
そして、論文の「参考文献」としては、例えば『大日本古文書 幕末外国関係文書之五』や『大日本古文書 幕末外国関係文書之二十』などを挙げて、私のホームページの資料は挙げなくてもよい、と思います。

なぜかと言うと、私のホームページの資料は別の資料を写したものなので、それを引用すると、資料の「孫引き」になってしまうと思われるからです。指導教官は、多分それ(資料の孫引き)は認めないでしょう。

今更私が申し上げなくても、既にお分かりのことかとも思いますが、老婆心ながら一言申し述べさせていただきました。
ご参考になれば幸いです。

 
   2010年11月23日 (火) 17時10分28秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   asukab
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://d.hatena.ne.jp/asukab/
[コメント] :    はじめまして、asukabと申します。
 このたびは、「野分」について勉強させていただきました。どうもありがとうございました。
 『源氏物語』について、深く学んでみたいと思っています。今後も知性に満ちたこの資料室に立ち寄らせていただくことがあるかと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 
   2010年11月23日 (火) 18時00分03秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   asukab 様
『小さな資料室』をご覧いただき、ありがとうございます。
少しでもお役にたつところがあれば、たいへん嬉しく存じます。資料には不備なところが多々あると思いますので、お気づきの点をご遠慮なくお知らせくださいますようお願いいたします。

なお、asukab様のホームページも、時々訪問させていただきたく存じますので、こちらもよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

 
   2010年8月4日 (水) 23時19分25秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   aoba
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   S18年小学校入学という高齢者ですが 当時の教科書を検索していてこの素晴らしい資料室に巡り合いました。豊富な内容に感動し 早速お気に入りに追加しました。文学クイズも楽しいです。
これから毎日少しずつ読ませて頂きます。

 
   2010年8月5日 (木) 08時40分32秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   aoba 様

私の資料室をご覧いただき、ありがとうございます。
資料は、個人的な好みによって集めてありますので偏りがあるのですが、少しでもご参考になるものが見つかれば嬉しく存じます。

こうした資料は、いったん入力を終えてしまうと、見直しの作業が甚だ億劫になるものでして、入力ミスなどが結構あるのではないかと、危惧いたしております。
お気づきの点をご遠慮なく教えてくださいますよう、よろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

 
   2010年7月24日 (土) 09時12分59秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   加藤廣志
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   吉田松陰の留魂録をぐぐっていて、『小さな資料室』に邂逅することができました。
一言では言い表せないですが、感動致しました。
今後は、折りにつけて、勉強させていただきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

 
   2010年7月25日 (日) 09時06分45秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   加藤廣志 様

『小さな資料室』をご覧いただき、ありがとうございます。
数えで30歳、満で言えば29歳の若さで生涯を閉じたにも拘らず、幕末・明治初期に活躍した多くの人材を育てた松陰は、いったいどんな人物だったのだろうと、私も関心を抱きかつ羨望の念を禁じざるを得ません。

資料の不備など、お気づきの点をお教えいただければ幸いです。どうぞよろしくお願い致します。
わざわざコメントを下さり、ありがとうございました。

 
   2010年7月11日 (日) 18時56分39秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   三原和秋
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://www.freepe.com/i.cgi?miyagi72888
[コメント] :   『小さな資料室』という名前のHPであるが少し読んで内容の豊富さに驚愕諤々.これから一つずつ読解していくplan.

 
   2010年7月12日 (月) 14時51分08秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   三原和秋 様

わたくしのホームページをご覧くださり、ありがとうございます。
自分の好みに合うものだけを、大部分は注釈もなしに集めてありますので、あまり役に立つ資料はないかもしれませんが、少しでもご参考にしていただけるものがあれば幸いです。

お気づきの点などございましたら、ぜひ教えてくださいますよう、お願い致します。
ありがとうございました。

 
   2010年6月4日 (金) 06時05分44秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   酒井富雄
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   驚きました、そして感謝です。
よくもまー、ここまでお作りになられたとあきれるくらいです(失礼)。昨日の日経記事「斃れて後已む」から、ここにきましたが、今日からは、読ませていただきます。「お気に入り」登録もしました、ありがとうございます。

 
   2010年6月4日 (金) 09時03分20秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   酒井富雄 様

お読みいただき、本当にありがとうございます。
資料を集めている者にとって、読んでいただけるのが何よりの喜びです。
ただ、一旦入力を済ませてしまいますと、見直しをするのが誠に億劫になりますので、入力ミスや記述の誤りが結構あるのではないかと気になっております。お気づきの点がありましたら、どうぞ御遠慮なく指摘して教えてくださいますよう、お願いいたします。

コメントをお寄せくださり、ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 
   2010年2月7日 (日) 15時36分05秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   藤村 眞樹子
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   朱舜水を調べておりましたところ、
この資料がたくさんあってご労作のHPに
導かれて参りました。

探しているものの多くが見つかりそうな
ほんとうにありがたいHPだと
感激してしまいました。

大変厚かましいことで恐縮ですが、
ブログ本文に朱舜水碑文のページのリンクを
直接貼らしていただきましたので
どうぞよろしくお願い申し上げます。
http://blog.livedoor.jp/dorci/archives/51524570.html

 
   2010年2月8日 (月) 13時11分32秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   藤村 眞樹子 様

私のHPをご覧くださり、ありがとうございます。
リンクの件、貼ってくださったことに対して、こちらから御礼申し上げます。資料が少しでもお役に立てれば、こんなうれしいことはありません。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 
   2010年1月10日 (日) 12時47分13秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   浜口 裕美
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   山村暮鳥の詩(風景)を探して、ここにたどり着きました。暮鳥の詩に感じ入り、思わず涙があふれ、私はいちめんまなのはなの中にいました。

他にもこんなにもたくさんの資料(たからもの)が詰まっているこの部屋へ、また時々尋ねてこようと思います。

ありがとうございます。

 
   2010年1月10日 (日) 15時32分13秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   浜口裕美 様

私の『小さな資料室』の資料をご覧いただいてコメントまで下さり、ありがとうございます。

資料室の資料は、今までに私の頭をよぎった様々なもののうち、記憶に残っているものや気になるものなどを取り上げて雑然と集めたものですが、少しでも参考にしていただければ、こんなにうれしいことはありません。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 
   2009年9月18日 (金) 19時10分05秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   早川洋治
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   先生の高校時代の教え子です。文学の問題に「友情」を発見し、懐かしく高校時代を思い出しました。それにしても素晴らしいホームページですね。ありがとうございます。

 
   2009年9月18日 (金) 19時31分14秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   私のホームページをご覧いただいたうえに、お褒めの言葉までいただき、ありがとうございます。
残された時間はそう多くはありませんが、有用な資料をできるだけたくさん集めたいと考えています。
よろしくお願いします。

(コメントの文言を一部変更させていただきました。悪しからず。)

 
   2009年9月12日 (土) 23時44分14秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   http//.othicom 様
だいぶ前に、学制序文の現代語訳についてのコメントをいただきましたが、このたびやっと、取り敢えずの訳を「注」のところに掲載しましたので、お知らせいたします。
まだ十分推敲していないので間違いがあるかも知れませんので、そのお積もりでご覧くださいますように。
なお、お気づきの点を教えていただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

 
   2009年8月4日 (火) 08時21分07秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   http//.othicom 様

昨年10月に、コメントをいただきましたが、どういうわけか、メールが半年も経って届いたため、今年の4月になってご返事を差し上げました。ご覧頂けたでしょうか。

取り敢えずご連絡申し上げます。

 
   2009年7月8日 (水) 11時55分43秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   さるしばい
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   はじめまして。貴HPを下記拙blogの「天璋院篤姫」を読む9にリンク致したくお願いします。
http://blog.zaq.ne.jp/mura339/
ご承諾頂けるようであれば、返信は不要です。どうぞよろしく。

 
   2009年7月8日 (水) 19時41分14秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   さるしばい様
リンクのご連絡を下さり、ありがとうございました。
早速、ブログを拝見させていただきました。
ご勉強振りに圧倒される思いが致しました。小生、最近いささか気力の衰えを感じて来ていましたが、これではいかんと、励まされた思いがいたします。
時々、拝見させていただきたく存じます。

なお、『小さな資料室』のトップページでもよろしいのですが、資料177「日米修好通商条約(付・貿易章程)」のページへ直接、リンクを貼って下さったほうが、読者の方には便利ではないかと思いますので、もしよろしかったら、そうなさって下さい。

ご連絡、ありがとうございました。

 
   2009年5月13日 (水) 13時54分04秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   三浦商店
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :    「二宮翁夜話」が読みたくて、近代デジタル・ライブラリー(http://kindai.ndl.go.jp/BIBibList.php)のPDFで読んでいたのですが、かなり厳しくて、こちらにテキスト文がありたすかりました。昔の本を読んでいると原理原則が、まともに書いてあり安心感があります。

 
   2009年5月13日 (水) 15時27分25秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   三浦商店 様
コメントありがとうございました。お読みになってお気づきの点がございましたら、ぜひ教えてくださいますようお願いいたします。

なお、BE AN INDIVIDUAL という方の『GAIA楽天ブログ』というところに、口語訳の付いた「二宮翁夜話」の本文がありますので、もしよろしかったらこちらもご覧になってみてください。
(「GAIA 楽天ブログ」で検索 → 左側の目次の下のほうに「二宮翁夜話」がありますので、これをクリックすると「二宮翁夜話」のページへ移動します。)

 
   2009年5月7日 (木) 07時02分42秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   銀河 秋彩
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://hitomaro.air-nifty.com/
[コメント] :   「貧窮問答歌(巻5・896〜7)」は、【山上臣憶良に借名の、君臨者・聖武太上天皇】の、終焉地・隠岐島流罪時を謳った歌。

【隠岐島西郷町加茂山(歌木)と藤原不比等妃・賀茂姫の掛詞】鴨山の岩根し枕ける【倭根子の皇統を枕の】我をかも知らにと妹【(桜児)持統太上天皇】が待ちつつあるらむ  人麻呂・【聖武天皇】(巻2・223)

泣血哀慟歌(巻二・二○七〜一九)」は【(桜児)持統挽歌】。
「〜 我妹子(桜児)が 肩身に置ける みどり児(藤原北家房前)の 〜」

 
   2009年5月7日 (木) 19時22分33秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   銀河 秋彩 様
コメントをありがとうございました。ホームページもざっとですが拝見させていただきました。
先日、NHKラジオ第2で、中国で生まれた漢字が日本にとり入れられた経緯についての研究をしておられる高松政男氏の「日本語漢字音の不思議」という放送がありましたが、万葉集の漢字による表記には、まだまだ分からないことが多いようですね。

高松氏は、旧態の漢字音に関する見解を洗い直し、これまで考えられていた漢字音に関する誤りを修正する点で大きく貢献しておられるということですが、氏の話を伺って、時間があれば(若ければ)私もこういう点について少し調べてみたいのだが、という思いがしたことでした。

コメントを頂いて、感想を述べさせていただきました。

 
   2009年4月24日 (金) 09時28分17秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   歩く煩悩
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   はじめまして、「情」の一文字で検索して知恵袋経由でここによらせていただきました。般若心経のひらがな版があり非常にうれしく思い早速コピーさせていただきました。ついでに世界一暇な所も見てきました。
普段あまり気にしない事に気づかせていただいた事に
感謝いたします。
またよらせていただきます。

 
   2009年4月24日 (金) 10時58分50秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   歩く煩悩 様
私のホームページをご覧いただき、ありがとうございます。
資料は一旦入力してしまうと見直すのがとても億劫になってしまいますので、入力ミスや記述の誤りなどがそのまま残っているおそれがあります。もしお気づきの点などございましたら、どうぞお知らせくださいますように。
今後ともよろしくお願いいたします。

 
   2009年4月20日 (月) 13時06分25秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   スノッブ爺 様
本日、『光厳院御集』を入力・公開させていただきました。
入力ミスや、こうしたほうがいいのでは……等、お気づきの点をお教えいただければ幸いです。

取り急ぎ、ご報告申し上げます。

 
   2009年4月11日 (土) 19時33分18秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   http//.othicom 様
2008年10月27日付で、学制布告の現代語訳についてのコメントをいただきましたが、このメールがどういうわけか5か月以上も経って、2009年4月8日に私のところに届きました。そこで、急いでご返事を書き記しましたので、どうぞご覧ください。
ご返事がこんなに遅くなってしまい、申し訳ありません。

 
   2009年4月7日 (火) 17時58分32秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   スノッブ爺
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   楽しく拝見しております。
若しも和歌などお好みでしたら、光厳上皇の現代にも通ずる秀歌(光厳院御集)の集録など如何でしょうか。
個人的な好みを押し売りするつもりはありませんが、ご参考までに。

 
   2009年4月8日 (水) 23時18分17秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   スノッブ爺 様
ホームページをご覧いただき、ありがとうございます。
「光厳院御集」については、不勉強で今まで名前も知らず、ましてや読んだこともありませんが、折を見てぜひ読んでみたいと思います。
ご教示ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 
   2008年11月15日 (土) 18時48分54秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   Webup管理人
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://lian.webup08.jp/
[コメント] :   大変ご無沙汰しております。
実は自主サーバーでサイト運営をしていましたが、
サイバー攻撃に遭い、Mailは長期にわたり悪用され、
9月30日にサーバーが壊れてしまい、
以降WEB上から隔離をしていました。
資金面などを熟考し、昨日(14日)、
レンタルサーバーで復旧しました。
URLが少し変わりましたので、
お手数ですがリンクの修正をお願いしたいのです。
http://lian.webup.co.jp/→http://lian.webup08.jp/
になりました。
田中女史及び「信太妻」のアドレスは、
http://lian.webup08.jp/ 以降、同じです。
お手数をおかけし、誠に申し訳ありません。
こちらからのリンクは、そのまま継続しています。

 
   2009年4月8日 (水) 23時26分07秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   Webup管理人 様
ご連絡、ありがとうございました。
どういうわけかメールがうまく届かず、今日になって拝見したため、ご返事がたいへん遅くなってしまい、誠に申し訳ありません。早速リンクを修正させていただきました。
どうもありがとうございました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

 
   2008年10月27日 (月) 22時10分36秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   http//.othicom
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :    少し興味があり学制布告書を現代語訳してみようと思うのですが『サレハ學問ハ身ヲ立ルノ財本共云ヘキ者ニシテ人タルモノ誰カ學ハスシテ可ナランヤ夫ノ道路ニ迷ヒ飢餓ニ陷リ家ヲ破リ身ヲ喪ノ徒ノ如キハ畢竟不學ヨリシテカヽル過チヲ生スルナリ』
というところがどうもうまく現代語訳・説明できません。
いろいろとサイトを巡ったのですがなかなか良いサイトがないので現代語訳のご尽力をしていただけないかと
書き込みさせていただきました。
ご多忙とは思いますが手助けしていただけると
助かります。
どうぞ、よろしくお願いします。

 
   2009年4月8日 (水) 20時49分26秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   http//.othicom 様
ご返事が大変遅くなってしまい、誠に申し訳ありません。
実は私のメールボックスが複数あって、その扱いが混乱しているために、コメントを頂いたことに今日まで気がつかずにいたのです。今日、コメントの書き込みがいくつか来ていることが分かって、あわてて対応した次第です。どうぞお許しください。

ところで、「サレハ〜過チヲ生スルナリ」の部分ですが、ここを書き直してみると、「されば、学問は身を立つるの財本とも云ふべきものにして、人たるもの誰か学ばずして可ならんや。夫(か)の道路に迷ひ飢餓に陥り家を破り身を喪(うしな)ふ徒(と)の如きは、畢竟(ひっきょう)学ばざるよりしてかかる過ちを生ずるなり。」となると思います。(つづく)

 
   2009年4月9日 (木) 00時03分24秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   (前からのつづき)
試みに、口語訳してみますと、「だから、学問は身を立てる財産・資本ともいうべきものであって、人たるものは誰が学ばないでよいということがあろうか(人たるものは誰もが学問をしなければならないのである)。あの、道路に迷い、飢餓におちいり、家を破産させ、身を滅ぼす輩(やから・人たち)のような者たちは、結局、学問をしないことから、このような過ち(不幸な結果)を生ずるものなのである。」
どうも、あまりこなれた訳になっていませんが、大体の意味はこんなところでしょうか。

それにしても、どうしてゲストブックへのメールがうまく私のところに届かなかったのか、理由はともかくとして、ご返事がこんなに遅くなって、本当に申し訳ありません。
少しでもご参考になれば幸いです。

 
   2009年4月9日 (木) 11時10分00秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   今、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』の「学制」を見てみたら、次のようなルビがついていましたので、写してみます。
 (ざいほん)財本(もとで)、(どうろ)道路(みち)、(きが)飢餓(くひものなき)、(うしなふ)喪(なくする)、(と)徒(ともがら)、(ひつきやう)畢竟(つまり)、(ふがく)不学(がくもんせぬ)
これによって本文を読みやすく書き直してみると、
「されば、学問は身を立つるの財本(ざいほん・もとで)とも言ふべきものにして、人たるもの誰(たれ)か学ばずして可ならんや。夫(か)の、道路(どうろ・みち)に迷ひ、飢餓(きが)に陥り、家を破り、身を喪(うしな)ふの徒(と・ともがら)の如きは、畢竟(ひつきやう・つまり)不学(ふがく・がくもんせぬ)よりしてかかる過ちを生ずるなり。」

 
   2009年4月25日 (土) 00時19分37秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   http//.othicom 様
今日(4月24日)、「学事奨励に関する被仰出書」の、普通表記に近く書き改めた文を、資料61の注の最後に書き足しましたので、ご覧ください。
ご参考になれば幸いです。

 
   2008年9月15日 (月) 07時08分33秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   夏
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   久世光彦『蕭々館日録』を読み芥川の歌に惹かれ、検索したところこのサイト(資料9芥川龍之介の詩「相聞」)に出会いました。たいへん面白く読ませていただきました。作中、芥川がなぜ「九鬼」なのかも知りました。 

 
   2008年9月15日 (月) 09時52分48秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   夏 様
コメントを、ありがとうございます。
芥川のこの詩は、私が若い頃、佐藤春夫・吉田精一編の『近代日本抒情詩集』という、中央公論社から出ていた瀟洒な感じの本で初めて読んだものです。鷗外の「沙羅の木」という詩も、この本で知りました。(今、久しぶりにこの本を捜してみましたが、姿を隠して出てきません。)
最近は本も読まなくなって、久世光彦氏の『蕭々館日録』も読んでいませんが、今度図書館に行ったときに見てみたいと思います。

どうもありがとうございました。

 
   2008年8月30日 (土) 22時40分21秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   Xuto
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :    早速、返事をいただき、ありがとうございます。高校の授業では、今回教えていただきました李白の詩に関連する詩として、教わったと記憶しています。おそらく、後世の詩人が、李白の有名な詩をコピーしたのではないでしょうか。もし、僕の記憶違いだとすれば、40年以上も勘違いしてきたことになります。しかし、「三年三月下三巴」のSの音の連続のほうが、間に「憶」をはさむよりは、ずっと歯切れがよいのではないかと思います。自分の記憶違いかもしれないのに、勝手なことを申し上げてすみません。

 
   2008年8月30日 (土) 23時49分23秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   Xuto 様
了解しました。おっしゃるように、「三年三月下三巴」という詩句は、李白の詩を下敷きにして作られたものと考えられますね。
誰の詩なのか、私も心にとめておきたいと思います。折角お尋ねいただいたのに、お力になれず残念です。

これが誰の詩かお分かりになりましたら、私にも教えてください。

 
   2008年8月28日 (木) 23時43分40秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   Xuto
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   偶然にこのサイトにぶつかりましたが、若い頃に記憶していた、でも今は忘れてしまった数々の作品にであえて感激しています。ところで、高校時代に憶えていた漢詩で、どうしても探し出せないものがあります。

「三年三月下三巴」という歯切れのよい音の一節を含む漢詩です。もし、ご存知のようでしたら、作者、原文、若干の解説をお願いできませんでしょうか。

 よろしく、お願い致します。

首藤康至/ダラト、ベトナム
28/Aug 08

 
   2008年8月29日 (金) 10時20分32秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   Xuto 様

サイトを訪問してくださって、ありがとうございます。少しでもお役に立てれば、うれしいです。
ところで、お尋ねの漢詩ですが、「三春三月憶三巴」という句なら、『全唐詩』に出ている李白の「宣城見杜鵑花」という詩にありますが、この詩である可能性はありませんか。

    宣城見杜鵑花 (宣城に杜鵑(とけん)の花を見る)

   蜀國曾聞子規鳥 (蜀國曾(かつ)て聞く 子規の鳥)
   宣城還見杜鵑花 (宣城還(ま)た見る 杜鵑の花)
   一叫一廻腸一斷 (一叫一廻 腸(はらわた)一斷)  
   三春三月憶三巴 (三春三月 三巴(さんぱ)を憶ふ)

取り急ぎ、ご連絡申し上げます。

 
   2008年7月18日 (金) 19時15分07秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   濃沼吉弘こいぬまよしひろ
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   小さな資料室 拝見させて頂きました
ありがとうございます
大変な熱意が 伝わってきました
貴重な資料をブログやメールに
引用させて頂きたいのですが
宜しいでしょうか
日本の多くの人に ご紹介したいと 思います
ご許可を 頂ければ 幸いです
宜しくお願い致します

 
   2008年7月18日 (金) 21時29分14秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   濃沼吉弘 樣
私の『小さな資料室』をご覧下さり、ありがとうございます。少しでも皆様のお役に立つことができれば、こんなうれしいことはありません。

資料の引用の件ですが、ここに取り上げてある資料の著作権は、殆んどが切れているはずですので、どうぞご自由にお使い下さい。
資料そのものには、私の著作権はありませんので、特に私にお断わりにならなくても、引用ができるはずのものですから。

一部、私の書いた文章が入っていて、それに著作権があるのかもしれませんが、その場合は、『小さな資料室』から引用、とでも一言触れていただければ幸いです。

ということで、どうぞご自由に引用なさってご利用ください。
わざわざご連絡いただいて、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

 
   2008年6月25日 (水) 20時36分22秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   北條時雨の父・北條秀の墓表(墓誌)を、資料271に掲載しましたので、お知らせいたします。
 資料271 某山北條先生墓表
某山(ばいざん、某は梅の本字)は、秀の号です。
よろしかったらご覧下さい。

 
   2008年6月8日 (日) 20時25分23秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   Shochandas
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   HPサイト「私的数学塾」をご紹介下さり、ありがとうございます。今後とも、どうぞよろしくお願いします。

 
   2008年6月8日 (日) 21時32分27秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   Shochandas 樣
ご連絡ありがとうございました。
「私的数学塾」というサイトは、文系の人間の私にも興味深く読める記事が豊富に掲載されていますので、これから楽しみに読ませていただきます。
どうぞよろしくお願い致します。

 
   2008年6月2日 (月) 20時14分41秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   飯塚様
お待たせしました。昨日分かったことをお知らせいたします。

北條時雨(ほうじょう・しぐれ)=書家。水戸藩士・北條秀の子。父・秀は、豊田天功(江戸時代後期の水戸学者で、彰考館総裁をつとめた)の門人で、歐陽詢の楷書を善くした。天功の文章の清書は、多く秀の手になるものの由である。子の時雨も亦、歐陽詢の書風を善くし、大日本史の版下を書いた。
明治から大正にかけて、偕楽園にある「故茨城縣參事關君遺碑」や「二名匠之碑」の碑文のほか、県内各地の多くの碑文・墓碑などの文字を書いている。

以上の大部分は、弘道館の北澤売店の方に教えていただいた『常総古今の学と術と人』(大内地山著、水戸学研究会・昭和51年11月25日復刻発行)という本によりました。最後の一文だけ、私の付け足しです。

生没年や経歴などがもう少し分かるといいのですが、意外に北條時雨に触れた本が見当たりません。
というわけで、取り敢えず以上、ご報告申し上げます。

追伸 「故茨城県参事関君遺徳碑」の注に、注13〜15を補いましたので、ご覧下さい。

 
   2008年6月12日 (木) 12時24分25秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   追伸
北條時雨について分かったことを、少し追加しておきます。
常磐共有墓地に北條家のお墓があることを知人に教えて頂きましたので、昨日訪ねてまいりました。北條時雨と夫人のお墓に、大正11年(1922)3月2日歿、享年66とありました。
このことから推し量りますと、生年は安政4年(1857)だと考えられます。
安政4年(1857)生まれ〜大正11年(1922)歿、享年66。
また、墓石に「梅硯北條時雨君曁婦人舟橋氏之墓」とありますので、「梅硯」と号したようです。
なお、佐佐木壽という人の書いたお父上の北條秀氏の墓誌(墓表)はあるのですが、時雨氏の墓誌は残念ながらありませんでした。お父上の生没年は、天保元年(1830)〜明治29年(1896)、享年67でした。
以上、現在までに分かったことをお知らせ致します。

 
   2008年6月24日 (火) 10時43分13秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   追伸の追伸

北條時雨については、資料270に「北條時雨について」としてまとめて記載しましたので、お知らせ致します。
「故茨城県参事関君遺徳碑」の注13〜15にあったものも、すべてこちらに移しました。
時雨の詳しい経歴はまだ分からないのですが、分かり次第補っていきたいと考えています。
お気づきの点をお知らせ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。

 
   2008年5月29日 (木) 22時09分52秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   飯塚
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   碑文に興味がある田舎者ですが、いろいろ資料を読ませていただき、いつも親切な解説に触れ、本当に有難く感謝しております。資料の「関君遺徳の碑」中で、北條時雨という書家の名前がみえますが、どのような方なのでしょうか? 私は県南に住んでいますが、近くにある記念碑にも、その名が見受けられますので、教えて頂ければ本当に有難いです。

 
   2008年5月30日 (金) 12時37分19秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   飯塚様
資料をご覧いただき、ありがとうございます。
北條時雨という書家についてお尋ねいただきましたが、資料に名前を出しておきながら、今までものぐさをして調べておりませんでした。それで、残念ながらお答えすることができません。申し訳ありません。
碑文でたびたびその名を見かけながら、確かにどういう人であったのかは、あまり知られていないようですね。
できれば、そのうち調べて、この欄でお答えできればと思っております。
これに懲りずに、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 
   2008年6月2日 (月) 20時23分38秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   飯塚様
北條時雨について、取り敢えず分かったことだけを別スレッドに記載しましたので、ご覧下さい。

 
   2008年4月22日 (火) 12時20分20秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   HUWA-BOLO様
昨日はご苦労様でした。
ご覧いただき、ありがとうございます。
差支えなかったら、ホームページへの行き方を教えてください。

 
   2008年4月11日 (金) 17時13分34秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   あっこ
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://plaza.rakuten.co.jp/turuturutururun/
[コメント] :   植民地台湾の社会教育(特に実業補習教育)を研究している者です。

佐久間富四郎(新竹尋常高等小学校や新竹小学校の教諭をつとめ、竹南郡後龍公学校や関西公学校で勤務したのち、1928年に新竹第二公学校に校長として着任。後に新竹第二公学校や大渓公学校で教鞭をとり、州督学に「栄転」されたことがわかっていますが、詳しい着任の年月日等、調べられずにいます)という人物のことを調べていてここに辿りつきました。

日本の植民地であった台湾における「民衆の生活」という視点から当時の「社会教育」を捉え直し、「民衆の主体性」についても少し考えながら、色々と書物にはあたって博士論文を書き、この3月に提出しました(これから論文の「審査」が始まります)。

後ほど、ゆっくりと「資料室」にお邪魔する予定ですが、まずはご挨拶まで、と思いコメントをしたためている次第です。

よろしくお願いします。

 
   2008年4月12日 (土) 16時24分01秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   あっこ様
コメントをありがとうございました。
私にとっての台湾は、今や遠い思い出の彼方の存在になってしまいました。思い出す機会が少なければ、それだけ記憶は失われていくものなのでしょう。写真でもあれば、記憶を繋ぎとめてくれる手助けをしてくれるのでしょうが、小学校時代の写真すら1枚もない状況では、記憶の片隅にあるはずの懐かしい思い出も、次第に忘却の淵に沈みこんでいってしまうようです。

植民地時代の台湾のことで論文をお書きになられた由、大きな成果を挙げられるようお祈り致しております。

ありがとうございました。

 
   2008年3月22日 (土) 09時00分35秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   六丸
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://blog.hjenglish.com/mykoei
[コメント] :   菅原道真殿のことが大好きです。研究していますね。いろいろな資料を探しています。
メール:17649197@qq.com

 
   2008年3月22日 (土) 10時48分17秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   六丸様
私のホームページをご覧くださり、ありがとうございます。
気の向くままに雑多な資料を集めていますので、全体としては纏まりがありませんが、少しでも見てくださる方がいらっしゃると大変うれしいです。

今後ともよろしくお願いいたします。

 
   2008年3月1日 (土) 19時25分54秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   田村様
今日、筑波大学附属図書館に行って、『中等国語一(1)』所収の荻原井泉水の「初夏の奈良」の本文を見てきました。
 奈良はいつ來てもよいが、ことに新緑のころがよい。さくらのころに來た時には、まだ黄色に枯れたまゝであったしばは、生き生きと悗なって、しかがその上に寝ころんだり、また、その悗げ蠅鬚燭戮燭蠅靴討い拭
──で始まって、
 嫩草山と春日山との間にある谷の道は、若葉の緑が顔にうつるような、ほがらかな感じの所だった。つま先あがりに、苦しくないほどの登りになって、山の奥に踏みこんで行く。ほらあなのかえでという名のついている通りに、かえでがトンネルのようになっており、高い木には、ふじがあちらにもこちらにも咲き垂れていた。奈良はふじの花の多い所だが、公園の茶屋のそれなどは、おゝかたすがれてしまっているのに、こゝだけは、まだふさふさとした紫を垂れて美しかった。奈良の若葉はいいなと、私はいまさらのように思った。
 私は緑の深い中を縫いながら、あてもなく歩いた。
──で終わっていました。
 ホームページに全文が公開できるといいのですが、著作権が切れていないので、それができないのが残念です。

 
   2008年2月16日 (土) 12時04分05秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   田村様

新制中学の国語教科書『中等国語一(1)』掲載の「初夏の奈良」(荻原井泉水)という随筆の出典は、『観音巡礼』(春陽堂・昭和4年発行)だということを、奈良県立図書情報館の方に調べていただきましたので、お知らせ致します。
『中等国語一(1)』には出典が出ていないそうですが、同じ「初夏の奈良」を掲載している『中学の国語 総合3上』(武田祐吉・斎藤清衛監修、愛育社・1954(昭和29)年発行)に、出典として『観音巡礼』が出ているそうです。

取り急ぎ、お知らせ申し上げます。

 
   2008年2月15日 (金) 00時55分48秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   新制中学国語教科書『中等国語一(1)』掲載の「初夏の奈良」について

今日、たまたま『東書文庫』のホームページを覗いていましたら、『中学の国語 総合3上』(武田祐吉・斎藤清衛監修、愛育社・1954(昭和29)年発行)という教科書の目次に、「初夏の奈良 荻原井泉水」とあるのを見つけました。
戦後、文部省の教科書がなくなって、民間の出版社から教科書が出されるようになったその中に、嘗て文部省の教科書に載せられていた文章を掲載したものと思われます。(出典は出ていませんでした。)

文部省の教科書で1年用になっていた教材が、3年用(?)になっているのも面白いと思いました。

そのうち、何とか出典を突き止めたいと考えています。

 
   2007年12月20日 (木) 15時31分32秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   田村映生
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   sybrma様

貴サイトにて得た、「初夏の奈良」は荻原井泉水の随筆のようです。 頂いた情報で愛知県の扶桑町にある
教科書資料館扶桑書店に問い合わせた所、快く知らせていただきました。

この店はかなり前から教科書を集めておられるようで3万余の資料があり、外国からも問い合わせがあるとのことです。

愛知県丹羽郡扶桑町の扶桑書店でそのホームページに到達できると思います。
いろいろとお世話になりました。

 
   2007年12月20日 (木) 17時04分55秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   田村様
お知らせ、ありがとうございました。
荻原井泉水の随筆だったのですか。

実は、あれから「奈良はいつ来てもいいが、殊に新緑のころがよい」という文でネット検索してみましたら、志賀直哉がそう書いている、というページがあったので、図書館で『志賀直哉全集』を見てみたのですが、そういう文章は見当たりませんでした。

講談社の『日本教科書大系』にも、新制中学の「中等国語」は載っていないので、これはもう実物をどこかの図書館で見るしかないか、と考えていたのでした。

『教科書資料館扶桑書店』のホームページも拝見しました。こういうところも、あるのですね。今まで知りませんでした。

そのうち、井泉水のこの随筆を、どこかで読んでみたいと思っています。

いろいろ勉強になりました。ありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。

 
   2007年12月16日 (日) 11時53分58秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   田村映生
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   以前から探していました新制中学一年生の最初の国語教科書の内容がこのサイトで分かり大変うれしく思っています。ありがとうございました。
なかでも、私共の中学時代は新教育制度の始まりで、まさに教育現場の混乱期でして、色々な思出が強く残っております。その為か、「初夏の奈良」の文章は私達の奈良への修学旅行と重なり懐かしいものでした。
できればその出典を知りたいと思います。勝手ながら
よろしくお願いします。

 
   2007年12月16日 (日) 15時09分20秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   田村様
ホームページの資料をご覧いただき、ありがとうございます。
私も新制中学で学んだ者なのですが、手元に教科書がなく(実家にもあるかどうか)、教科書の本文が見られないでいる状態です。それで、他の資料によって、取り敢えず教科書の目次だけを掲載している次第です。
将来、できれば教科書本文をすべて掲載したいと思うのですが、果してそれが時間的に可能かどうか、いささか自信がありません。
どういう訳か、私には新制中学の国語の教材については、殆んど記憶がなく、お尋ねの「初夏の奈良」についても、どういうことが書かれていたのか、さっぱり覚えておりません。
どこかで教科書そのものは無理としても、その内容・本文を探してみたいと思います。もしそこで「初夏の奈良」の出典がわかれば、お知らせ致したいと思います。

お役に立てずに申し訳ありませんが、取り敢えずご返事申し上げます。

 
   2007年12月16日 (日) 17時32分25秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   田村映生
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   sybrma様
早速、ご親切にご返事ありがとうございます。あまりお手数をお掛けしては恐縮に存じますので、何かの都合で結構です。
ただ、私の記憶では書き出しが以下のような印象深い
もので、「奈良はいつ来てもよいがことに新緑の頃が良いーーー」で始まり、奈良公園の新緑、鹿の角の情景、春日大社への道なりなどと新緑の奈良の情景が鮮やかに描写されております。それらは正に私達が訪れた奈良そのものでした。英作文の例題などにも出てきます。
和辻哲郎の随筆ではないかと見当をつけてはいますが
今のところ探しあぐねております。

 
   2007年11月25日 (日) 19時58分57秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   日本初の女性教師
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://jyoketu.seesaa.net/
[コメント] :   「日本初の女性教師 黒澤止幾」のサイト管理者のSHUと申します。
すごい情報量ですね。感心しました。
中に、黒澤止幾の内容も書いてあったので、覗かせて頂きました。

貴重な資料ありがとうございました。

 
   2007年11月25日 (日) 21時36分11秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   SHU様
ご連絡、ありがとうございました。
今まで「黒澤止幾子」でばかり検索していて、「黒澤止幾」で検索するのを忘れておりました。そのため、『黒澤止幾 日本初の女性教師』というサイトがあることを見過ごしておりました。(尤も、「黒澤止幾子」で検索しても、注意深く見ていれば、サイトの存在に気づいた筈なのでしょうが、うっかりしておりました。)大変失礼致しました。

早速、貴サイトを拝見させて頂きました。詳しい経歴や和歌・俳句の紹介、種々の資料の写真など、豊富な資料が収められていたのですね。今まで気づかないでいた自分の迂闊さに呆れております。
これから、楽しみにゆっくり読ませて頂きます。

なお、私の黒澤止幾子関係のページの記載の誤りなど、お気づきの点を教えて頂ければ幸いです。

今後とも、よろしくお願い致します。
どうもありがとうございました。

追伸
私の黒澤止幾子関係のページから、『黒澤止幾 日本初の女性教師』のサイトへ、リンクを貼らせて頂きましたので、ご報告申し上げます。どうぞよろしくお願い致します。

 
   2007年10月7日 (日) 16時30分52秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   vasanta
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://vasanta.cocolog-nifty.com/blog/
[コメント] :   「小さな資料室」はとっても大きな資料庫です。様々なジャンルの作品が載せられていて便利でもあります。ブログ、最近始めたばかりですが、自分のための備忘録としての要素もあるので、「小さな資料室」をリンクさせていただき、利用させていただきます。

 
   2007年10月7日 (日) 22時01分28秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   vasanta様
ご覧いただいた上に、リンクまでしていただいて、ありがとうございます。
部門を絞ったほうがいいのかもしれませんが、自分の関心のあるものを気の向くままに雑然と集めていますので、何ともまとまりのないものになっています。
vasanta様のブログを、早速拝見させていただきました。これからも時々訪問させていただきたく存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 
   2007年6月7日 (木) 14時14分21秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   近藤 鉄次
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   日米修好通商条約締結(調印)150周年記念事業を佐倉市で明年に具体化したいと、やみくもに動き回っている中、資料検索の際に、室長の思い出や作詞を拝見しました。
何とも穏やかで柔らかく暖かい空気を感じて心身が休まる想いがいたしました。ありがとうございました。また休息に立ち寄らせていただきます。

 
   2007年6月7日 (木) 16時13分26秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   近藤 鉄次 様

ご覧いただき、ありがとうございます。
雑多なホームページですが、少しでも見てくださる方がおられると、本当にうれしく思います。
資料は一旦公開してしまうと、見直すという作業が億劫になってしまいますので、誤りも多いと思いますが、お気づきの点がございましたら教えてくださいますよう、お願いいたします。
室長室のものは、昔の思い出のような古いものばかりで恐縮です。
よろしかったら、また時々覗いてみてください。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。

 
   2007年5月23日 (水) 23時17分35秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   Hy
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://plazapoetry.com/
[コメント] :   私ども 「詩誌・東西南北 (Poetry Plaza in Japanese)」 のなかの 「私たちの名詩朗読喫茶室 http://plazapoetry.com/OurPoem0705.htm 」 のページではこの度、サミュエル・ウルマンの青春を取り上げその朗読を日・英両国語で収録致しました。宜しかったら一度お立ち寄り下さいましてその朗読をお楽しみ下さい。

ご案内まで。

Hy H. Yokokawa
Poetry Plaza: http://plazapoetry.com/

 
   2007年5月24日 (木) 11時25分55秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   Hy様
ご案内ありがとうございました。
早速、拝見させていただき、朗読を聴かせていただきました。素敵なホームページですね。
自分の気がつかないところに優れたサイトがたくさんあるという、インターネットの世界の広さには、いつも驚かされています。
私の「サミュエル・ウルマンの詩『青春』(原文)」の頁から『詩誌・東西南北』と『私たちの名詩朗読喫茶室』へリンクさせていただきましたので、ご報告申しあげます。どうぞよろしくお願いいたします。
『詩誌・東西南北』のページも、ゆっくり拝見させていただきます。
ありがとうございました。

 
   2007年5月3日 (木) 20時07分35秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   元水戸一高生
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   初めて知った蓮如の「白骨の御文章」、繰り返し拝見しております。元同僚や知人の死を知るたびに、これを読み、わが身の死の近いことを知り、一日一日を大切にしなければと思っています。それにしても、先生の「小さな資料室」がどんどん充実していくのを喜び
先生がお元気なのを知ります。ここに使用している文字、購入したパソコンでは無理ですが、どうすればこんな、いろいろの文字が使えるのでしょうか、よろしかったら教えてください。

 
   2007年5月3日 (木) 20時57分01秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   コメントをありがとうございました。
いつのまにか私も齢をとってしまい、いつまで資料の入力ができるか、心許ない次第ですが、もう少し頑張っていたいと思っています。
ところで、入力文字の件については、私もパソコンにあまり詳しくないので、うまくお答えできないのですが、今までは特殊な漢字は、「IMEパッド」を使って入力していたのです。
それで、少なくとも自分のパソコンにはうまく表示できていたのですが、最近geocitiesの入力方法が変更になったらしく、特殊な漢字が「?」になって、うまく表示できなくなってしまいました。
森鴎外の「鴎」の正字「區+鳥」も、今まではちゃんと表示できていたのに、今度は「?」になってしまうようになりました。(つづく)

 
   2007年5月3日 (木) 21時23分24秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   (前からのつづき)
そこで、対策としては、今まで表示ができた「入力の場所」を使って入力することが、一つ考えられます。(そうすれば、今まで通り表示できるのではないかと思っています。)

次に、島根県立大学の「e漢字フォント」というのがありますので、これを利用して、文字を画像として貼り付ける方法が考えられます。
しかし、これは他の文字とのバランスが一寸とりづらいのが難点です。

よく鴎外の「鴎」の正字を、「區+鳥」のように表示してあるのを見かけますが、これは文字が「?」に化けるのを避ける方法なのだろうと思います。

とり急ぎ、ご返事申し上げます。参考になったでしょうか。

 
   2007年1月9日 (火) 10時48分34秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   教え子
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   先生、「最終更新日」が「2006年」のままに3日からなっていますが、そのうち気づくかと思いましたら、依然訂正されないので、「2007年」にしてほしく、コメント?しました。

 
   2007年1月9日 (火) 13時30分37秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   いやあ、ご注意をどうもありがとうございます。早速訂正させていただきました。
年をとると(?)、細かなところに気がまわらなくなるので、この他にもいろいろ訂正すべきところがあるのではないかと気になっております。
「できるだけ正確に」をモットーに、とうたっている上からも、お気づきの点を教えていただけると大変ありがたいので、これからもどうぞよろしくお願いします。

 
   2005年4月6日 (水) 23時22分29秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   小泉清美の日本百名山管理人
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://www.hstech.net/~koizumi/
[コメント] :   こんばんは&はじめまして
小泉清美の日本百名山管理人の木村と申します。
リンクをお貼りいただきましてまことにありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

又当HPの岳友のコーナーにリンクを貼らせていただきましたのでご確認ください。
また不都合がございましたらご一報くだされば幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

 
   2005年2月1日 (火) 10時11分23秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   sybrma
[URL(記入しなくても結構です)] :   
[コメント] :   はまなかさん、ありがとうございます。
資料34『報任少卿書』(司馬遷)のページから、
はまなかさんの『史記總論』(太史公事歴)のページへリンクさせて頂きました。
(この『史記總論』(太史公事歴)のページで、瀧川龜太郎博士の考証による『漢書』の「任安に報ずる書(任少卿に報ずる書)を読むことができます。)
これからもよろしくお願い致します。

 
   2005年1月31日 (月) 19時51分05秒
[名前(ニックネームでも結構です)] :   はまなか
[URL(記入しなくても結構です)] :   http://www.geocities.jp/laihama/index.html
[コメント] :   こんにちは。リンクありがとうございます。こちらも、ゆっくりと進んで行きます。今後ともよろしくお願い致します。

 
  
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