資料95 師説(韓愈)


 

     師 説          韓 愈

 

 

                    

 

 

古之學者必有師師者所以傳道授業解惑也人非生而知之者孰能無惑惑而不從師其爲惑也終不解矣生乎吾前其聞道也固先乎吾吾從而師之生乎吾後其聞道也亦先乎吾吾從而師之吾師道也夫庸知其年之先後生於吾乎是故無貴無賤無長無少道之所存師之所存也嗟乎師道之不傳也久矣欲人之無疑惑也難矣古之聖人其出人也遠矣猶且從師而問焉今之衆人其去聖人也亦遠矣而恥學於師是故聖益聖愚益愚聖人之所以爲聖愚人之所以爲愚其皆出於此乎愛其子擇師而敎之於其身也則恥師焉惑矣彼童子之師授之書而習其句讀者也非吾所謂傳其道解其惑者也句讀之不知惑之不解或師焉或不焉小學而大遺吾未見其明也巫醫樂師百工之人不恥相師士大夫之族曰師曰弟子云者則羣聚而笑之問之則曰彼與彼年相若也道相似也位卑則足羞官盛則近諛嗚呼師道之不復可知矣巫醫樂師百工之人君子鄙之今其智乃反不能及可怪也歟聖人無常師萇弘師襄老耼郯子之徒其賢不及孔子孔子曰三人行必有我師焉故弟子不必不如師師不必賢於弟子聞道有先後術業有專攻如是而已李氏子蟠年十七好古文六藝經傳皆通習之不拘於時請學於余余嘉其能行古道作師説以貽之

 

 

 

 

 


 

 

  (注)  1. 「師説」の本文は、新釈漢文大系18『文章軌範(正篇)下』(前野直彬著、
        明治書院 昭和37年9月15日初版発行、昭和45年5月10日12版発行)に
        よりました。
          ただし、本文についている訓点・句読点、段落分け等は省略しました。
       2. 作者の韓愈(768~824)は、唐の文章家・詩人。唐宋八家の一人。字は
        退之。号は昌黎。諡は文公。河南南陽の人。儒教を尊び、特に孟子の功を
        賞賛。柳宗元とともに古文の復興を唱え、韓柳と並称される。詩は白居易の
        平易な作風に反発し、晦渋・険峻な作を多く残した。憲宗のとき「論仏骨表」
        を奉って帝の仏教信仰を批判したため、潮州に左遷された。「昌黎先生集」が
        ある。                         
(『広辞苑』第6版による)

 

 

 

 



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