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(注) |
1. |
詩の本文は、本山桂川著『写真
・文─忘れじの詩歌─
』(社会思想研究会出版部刊、現代教養文庫 297、昭和35年10月30日初版第1刷発行)によりました。
ただし、同書掲載の写真により、詩を3連に分かち、漢字を旧漢字に改 めました。 |
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2. |
雄鶏社版『若山牧水全集』第七巻所収及び増進会出版社版『若山牧水全集』第十二巻所収の『樹木とその葉』の「枯野の旅」とも照合しました。
散文集『樹木とその葉』には、「枯野の旅」と題して五つの詩がおさめてあり、上掲の詩はその最初の詩です。(『樹木とその葉』という散文集には、紀行文は含まれておらず、「枯野の旅」の他、数編の詩が収められています。)
※ 青空文庫で、『樹木とその葉』の「枯野の旅」の五つの詩を見ることができます(底本は雄鶏社版『若山牧水全集』第七巻)。 |
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3. |
漢字の振り仮名(ルビ)は、括弧に入れて示しました。 |
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4. |
暮坂峠は、群馬県吾妻郡中之条町と六合(くに)村の境にあります。標高1086mの暮坂峠の頂上に昭和32年10月に建てられたこの詩碑についての解説を、本山桂川氏の前掲書から次に引用させていただきます。
高さ三メートルほどの切り立ったコンクリート打込みの台石の右上方 に、一 ・三二メートルほどの牧水旅装の立像をおき、台石の正面に長方形黒御影の磨石をはめ、「枯野の旅」の詩を刻む。活字体の書は高橋錦吉氏の筆、設計および塑像は、新制作協会の西常雄氏の手に成った。
詩を刻んだ御影石の下方には、別に小さな石板をはめ、次の一文が記されている。
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上州の山川を深く愛した歌人若山牧水は、大正十一年十月十九日、草津から小雨を經て澤渡に向つたが、途中花敷温泉に下つて、一泊、翌二十日この峠を越えて、この名作を殘した。 |
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すなわちここはいわゆる「牧水行路」と呼びならわされた牧水旅程の一 路線であった。(同書30頁)
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5. |
長野県上田市を起点として、軽井沢、群馬県草津町、沼田市などを経て栃木県宇都宮市に至る全長350kmの街道は、日本における最もドイツ的自然景観を有し、近代日本の黎明期にドイツ文化の影響を受けた街道であるということで、「日本ロマンチック街道」と名づけられた由です。(「日本ロマンチック街道」の命名者は、元草津温泉協会長の中沢晃三氏。草津温泉の研究で有名なドイツ人ベルツ博士との関係から、日本で最もドイツ的な自然景観を有するというこの街道を「日本ロマンチック街道」と名づけたそうです。)
暮坂峠のある県道中之条草津線(県道55号線)は、その「日本ロマンチック街道」の一部になっています。
なお、ウィキペディアによれば、「日本ロマンチック街道」は1987(昭和62)年4月に発足、発足当時は長野県小諸市から栃木県日光市までの230kmであったが、後に延長されて現在の長野県上田市から栃木県宇都宮市までの350kmになったということです。 |
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6. |
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に「日本ロマンチック街道」の項目があります。 |
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7. |
『沼津市若山牧水記念館』のホームページがあり、年譜や牧水作品一覧(歌集は、歌集名・出版年・出版社・収録歌数・特徴、紀行文は作品名・出版年・出版社・主な収録作品、その他は作品名・出版年・出版社・主な収録作品)、その他が見られます。 |
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8. |
若山牧水記念文学館のホームページ『若山牧水』があり、年譜や牧水歌碑集、その他が見られます。
ここに、「牧水短歌検索」のページもあります。 |
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9. |
中之条町観光協会のホームページに、「暮坂峠・牧水詩碑」のページがあります。(ホームページに「牧水歌碑」となっているのを、ここでは「牧水詩碑」に直してあります。)
中之条町観光協会
→「暮坂峠・牧水詩碑」 |
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10. |
中央大学文学部文学科国文学専攻渡部芳紀研究室のホームページの中に「若山牧水文学散歩」があって、牧水の旅の足跡が紹介してあります。
残念ながら今は見られないようです。(2023年12月3日) |
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