資料82 広瀬淡窓「桂林荘雑詠示諸生」



      
桂林莊雜詠示諸生  廣瀬 淡窓

 

休道他郷多苦辛
同袍有友自相親
柴扉曉出霜如雪
君汲川流我拾薪




  
桂林荘雑詠 諸生に示す   広瀬 淡窓

(い)ふを休(や)めよ 他郷苦辛(くしん)多しと、
同袍
(どうほう)友有り 自(おのづか)ら相(あひ)親しむ。
柴扉
(さいひ)暁に出づれば 霜 雪の如し、
君は川流
(せんりう)を汲め 我は薪(たきぎ)を拾はん。

 

 

 

 




   (注)  1.  詩の本文は、新釈漢文大系 46 『日本漢詩 下』 (猪口篤志著、明治書院
         昭和47年9月25日初版発行)により、作者・語釈等についても、同書を参考に
         して記述しました。
        2.広瀬淡窓(ひろせ・たんそう)=江戸後期の儒学者。初めの名は簡、後に建
             と改めた。天明2(1782)年、豊後日田の生まれ。26歳の時、日田に塾
             舎桂林荘をつくり子弟を教育、36歳の時、塾生の増加により堀田村に
             移り咸宜園(かんぎえん)と言った。門人四千余人の中から多方面に
             人材を輩出、幕府は育英の功を賞し士籍に列し、苗字帯刀を許した。
             安政3(1856)年没、年74。『広辞苑』第6版には、敬天の説を主として、
             諸学を総合した、とある。著書に「約言」「迂言」「義府」「析玄」「遠思楼
             詩鈔」「淡窓詩話」などがある。          
        3.語釈  同袍=親しい仲間。友人。「袍」は綿入れの着物。戦場で一枚の袍
                  (どてら)を共用する親しい間柄の意。
                柴扉=柴で編んだ門の扉。
               君汲川流我拾薪=現在まで咸宜園での読み方は、「君は川流を汲み
                  我は薪を拾ふ」だそうです。しかし、普通は、上記の訓読の如く、
                  「君は川流を汲め我は薪を拾はん」と読んでいます。
        4. 江戸詩人選集第9巻『広瀬淡窓・広瀬旭荘』(岡村繁・注、岩波書店  1991年
         12月20日第1刷発行)によれば、この詩は「桂林荘雑詠、示諸生 四首」の2番
         目の詩だそうです。
(語釈・口語訳・解説等は同書を参照してください。なお、書き下し文の
          漢字の読みは現代仮名遣いのまま、詩の本文の仮名遣いを歴史的仮名遣いに改めました。)


               
桂林荘雑詠、示諸生 四首
                   一
                幾人負笈自西東  幾人か笈(きゅう)を負ひて西東(さいとう)自(よ)りす
                両筑双肥前後豊  両筑 双肥 前後の豊(ほう)
                花影満簾春昼永  花影 簾(すだれ)に満ちて春昼(しゅんちゅう)永く
                書声断続響房
   書声 断続して 房(ぼうろう)に響く
                   二
                休道他郷多苦辛  道(い)ふを休(や)めよ 他郷 苦辛多しと
                同袍有友自相親  同袍(どうほう) 友有り 自(おのずから)相親(あいした)しむ
                柴扉暁出霜如雪  柴扉(さいひ) 暁に出(い)づれば 霜 雪の如し
                君汲川流我拾薪  君は川流(せんりゅう)を汲め 我は薪(たきぎ)を拾はん
                   三
                遙思白髪倚門情  遙かに思ふ 白髪(はくはつ) 門に倚(よ)るの情(じょう)
                宦学三年業未成  宦学(かんがく)三年 業(ぎょう)未(いま)だ成らず
                一夜秋風揺老樹  一夜(いちや) 秋風(しゅうふう) 老樹を揺(ゆる)がし
                孤窓欹枕客心驚  孤窓(こそう) 枕を欹(そばだ)てて 客心(かくしん)驚く
                   四
                長鋏帰来故国春  長鋏(ちょうきょう) 帰りなん 故国の春
                時時務払簡編塵  時時(じじ) 務(つと)めて払へ 簡編(かんぺん)の塵(ちり)
                君看白首無名者  君看(み)よ 白首(はくしゅ)にして名無き者を
                曾是談経奪席人  曾(かつ)て是(こ)れ 経(けい)を談じて席を奪ひし人

             * 房(ぼうろう:れんじ窓。格子窓)の「」(木+龍)の漢字は、島根県立大学の
               “e漢字”を利用させていただきました。

        5. フリー百科事典『ウィキペディア』に「広瀬淡窓」と、「咸宜園」の項があります。
        6.
『全日本漢詩連盟』のホームページに、石川忠久会長の会長通信(2006年01月
         01日)
日本の漢詩 広瀬淡窓「桂林荘雑詠 諸生に示す」其の一がありま
         す。

        7. 西郷隆盛のホームページ 敬天愛人』というホームページがあり、そこの『幕末・
         維新の町を行く』に、第5回大分県日田市「広瀬淡窓と咸宜園」があって、参考に
         なります。
            
西郷隆盛のホームページ 敬天愛人』   →  幕末・維新の町を行く
                                        →  第5回大分県日田市「広瀬淡窓と咸宜園」






                      
トップページ(目次)  前の資料へ  次の資料へ