資料695 『日本霊異記』中巻の第十二、第十九(原文) 



  『日本霊異記』中巻・贖蠏蝦命放生現報蠏所助縁第十二

 山背国紀伊郡部内、有一女人、姓名未詳也、天年慈心、賾信因果、受持五戒十善、不殺生物、聖武天皇代、彼里牧牛村童、山川蠏取八、而将焼食、是女見之、勧牧牛曰、幸願此蠏免我、童男辞否不聴、曰猶焼噉、慇誂乞、脱衣而買、童男等乃免之、勧請義禅師、令呪願以放生、然後入山、見之大蛇、飲於大蝦、誂大蛇言、是蝦免我、賂奉多帛、蛇不聴呑、女募幣帛、而禱之曰、汝為神祀、幸乞免我、不聴猶飲、又語蛇言、替此蝦以吾為汝妻、故乞免我、蛇乃聴之、高捧頭頸、以瞻女面、吐蝦而放、女期蛇言、自今日経七日而来、然白父母、具陳蛇状、父母愁言、汝了唯一子、何誑託故、作不能語、時行基大徳、有紀伊郡深長寺、往白事状、大徳聞曰、鳥呼難量之語、唯能信三宝耳、奉教帰家、当期日之夜、閉屋堅身、種々発願、以信三宝、蛇繞屋、蜿転腹行、以尾打壁、登於屋頂、咋草抜開、落於女前、雖然蛇不就女身、唯有爆音、如跳齧、明日見之、大蠏八集、彼蛇条然、揃段切之、乃知、贖放蠏報恩矣、無悟之虫、猶受恩返報恩、豈人応忘恩歟、自此已後、山背国、貴乎山川大蠏、為善放生也、


   『日本霊異記』中巻・憶持心経女現至閻羅王闕示奇表縁第十九

 利苅優婆夷者、河内国人也、姓利苅村主、故以為字、天年澄情、信敬三宝、常誦持心経、以為業行、誦心経之音、甚微妙、為諸道俗所愛楽也、聖武天皇御世、是優婆夷、夜寝、不病卒爾而死、到閻羅王所、時王見之、而起立床、敷蓐居之、語曰、伝聆、能誦心経、我欲聴声、暫頃請耳、願誦聞之、即誦、王聞随喜、従坐而起、長跪拝曰、貴哉、当如聞有、逕之三日、告今遄還、自王宮出、門有三人、著之黄衣、値優婆夷、而歓喜曰、唯瞥所覲、比頃不瞵、故吾恋思、何偶今逢、往矣速還、我従今日、経于三日、諾楽京東市中必逢、別還、纔見更甦之也、至三日朝、猶故欲往京之東市、往居市中、而終日待、々人不来、但賤人、従市東之門、而入市中、売経衒売、以告之言、誰経買乎、優婆夷前、遮歴而過、従市西門、而出往也、優婆夷、欲買彼経、遣使而還、開経見之、彼優婆夷、昔時奉写梵網経二巻心経一巻也、未供而失、逕之多年、求諮不得、心内歓喜、知盗経人、猶忍問経、直欲幾何、答、別巻直欲銭五百文、随乞而買、於是乃知、逢期三人者、今即是経三巻也、設会購読、増信因果、慇懃誦持、昼夜不息、噫呼奇哉、如涅槃経云、若見有人、修行善者、名見天人、修行悪者、名見地獄者、其斯謂之矣、
  


  (注) 1.  上記の『日本霊異記』の本文は、新日本古典文学大系30の『日本霊異記』(出雲路修・校注、岩波書店・1996年12月20日第1刷発行)によりました。ただし、原文についている返り点は、ここではこれを省略しました。    
2.  新日本古典文学大系30の『日本霊異記』には原文のほかに訓読文が出ています。その訓読文について凡例には、「景戒の同時代人の視点での訓読文を作成した」とあります。ぜひその訓読文を同書に当たってご覧ください。
    3.  「贖蠏蝦命放生現報蠏所助縁第十二」の本文の終わり頃に出ている「唯有爆音、如跳齧」の「」の漢字は、「漢字辞典オンライン」というサイトに拠らせていただきました。    
    4.  『日本霊異記』にほんりょういき(ニホンレイイキとも)=平安初期の仏教説話集。三巻。僧景戒撰。奈良時代から弘仁(810~824)年間に至る朝野の異聞、殊に因果応報などに関する説話116話を漢文で記した書。正しくは「日本国現報善悪霊異記」。霊異記。(『広辞苑』第7版による。)    
    5.  ウィキペディアに「日本霊異記」の項があります。
  → ウィキペディア
   →「日本国現報善悪霊異記」
   
    6.   『日本霊異記』の本文は、上記の新日本古典文学大系30の『日本霊異記』のほかに、次のような本が出ています。(これらの研究書は、日本古典文学大系70『日本霊異記』や新日本古典文学大系30の『日本霊異記』に記載されているものやその他を参考にさせていただきました。)
 〇『校訳日本霊異記』(板橋倫行 校訳、春陽堂・1929年)
 〇日本古典全集『校本日本霊異記』(日本古典全集刊行会、1929年)
   これは国立国会図書館デジタルコレクションに入っているものです。
 〇『校本日本霊異記』(佐藤謙三 校本、明世堂・1943年)
 〇日本古典全書『日本霊異記』(武田祐吉 校注、朝日新聞社・1950年)
 〇アテネ文庫『日本霊異記』(松浦貞俊 校注、弘文堂・1956年)
 〇角川文庫『日本霊異記』(板橋倫行 校注、角川書店・1957年)
 〇古典日本文学全集Ⅰ『日本霊異記』現代語訳(倉野憲司 訳、筑摩書房・1960年)
 〇『校注真福寺本日本霊異記』(小泉道 校注、1962年)
 〇日本古典文学大系70『日本霊異記』(遠藤嘉基・春日和男 校注、岩波書店・1967年)
 〇『日本国現報善悪霊異記註釈』(大東文化大学東洋研究所・1973年)
 〇日本古典文学全集『日本霊異記』(中田祝夫 校注・訳、小学館・1975年)
 〇講談社学術文庫『日本霊異記(上)』全訳注・『(中)』・『(下)』(中田祝夫 訳注、1978~1980年)
 〇新潮日本古典集成『日本霊異記』(小泉道 校注、新潮社・1984年)
   
    7.  霊異記の伝本について
 日本古典文学大系70『日本霊異記』(遠藤嘉基・春日和男 校注、岩波書店・1967年)の解説に、小泉 道 氏の執筆による「諸本」があり、そこに次のように出ています。
 「霊異記の伝本には、興福寺本(上巻だけ)・真福寺本(中下二巻)・前田家本(下巻だけ)・三昧院本(高野本、3巻あるが各巻に欠脱や省略のある流布本)の4本があり、3巻揃った完本は無い。これらはそれぞれ別系統である上、その殆んどが別本を合わせ成ったとみられる。」(同書、8頁)

 ここには、それぞれの伝本について小泉氏の詳しい解説が見られますが、以下にほんの少しだけ抜き書きさせていただきます。

 興福寺本:上巻だけの巻子本で、序文と35条の説話が記されている。霊異記の伝本の最古のものという点で、貴重な資料。不用意によるとみられる誤写や脱字は少なからずあるが、他の伝本に多少とも存するような、後人の私意による省略や改訂などは見られない。
 真福寺本:中巻と下巻の巻子本。両巻とも巻頭が破損し、序文の中途から始まり、目録のあと、中巻は42条、下巻は39条の説話が目録通りに記され、各巻末に尾題を付す。
 前田家本:胡蝶装1冊の下巻だけの零本である。類聚本にない巻首201字がこれにある。前田家本の特徴の第一は、下巻の巻首が完備し、真福寺本に欠く首題・署名・序文の前半177字があること。特徴の第二は、諸本との間に説話条の異同があること。特徴の第三は、前半(下23縁まで)と後半(下24以後)とに体裁の相違があること。
 三昧院本:もと高野山金剛三昧院の所蔵の3巻の巻子本だが、現在行方を失している。摹本として、江戸時代の書写とみられる国立国会図書館本と京都府立図書館本がある。前者は原本を忠実に摹したと認められるが、後者は私意による改変が目立ち、資料価値は低い。三昧院本は、その本文は興福寺本や真福寺本よりも劣るが、これらにも誤写が少なからずあるから、この二本を底本として霊異記を校訂する場合、対校本として欠かせてはならない。特に、中巻の訓釈288は当本だけにある点、貴重なものである。
 刊本の群書類従本(狩谷棭齋「校本日本霊異記」)は、上巻は三昧院本(棭齋は高野本と称す)の摹本、中下巻は真福寺本(棭齋は尾張本と称す)の摹本の影鈔本をそれぞれ底本として校訂したものである。
 なお、書陵部に上下二巻の日本霊異記があるが、各巻の首尾に「日本霊異記」と題しながら、その内容はいわゆる霊異記とは全く異なり、神明鏡の一異本である。霊異記が延宝本によって流布される以前においては、日本霊異記という名称が、景戒撰述の書のみに限られていなかったようだ。(同書、8~21頁より抜き書き)

 以上、長々と抜き書きさせていただいたが、同書にはかなり詳しく書かれているので、詳細は同書に当たっていただきたい。
   
    8.  『日本霊異記』の写本を幾つか挙げておきます。
 〇国書データベース『日本国現報善悪霊異記』正徳4年
 〇筑波大学デジタルコレクション『日本霊異記』正徳4年
 〇国立公文書館デジタルアーカイブ『日本霊異記』正徳4年刊
 〇興福寺本『日本霊異記』奈良地域関連資料データベース(奈良女子大学)
 〇伴信友校蔵書『霊異記』京都大学貴重資料デジタルアーカイブ(中巻・下巻の中から一部が抜き書きされています。)
 〇不忍文庫本『日本霊異記』上(國學院大学図書館デジタルライブラリー)
   
 







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