(注) | 1. |
上記の岑文本作文・褚遂良書「孟法師碑」の本文は、書聖名品選集6『褚遂良 孟法師碑 太宗哀冊 枯樹賦 倪寛賛』(マール社、1986年4月20日第1刷発行)によりました。貞觀十六年は西暦642年です。 同書には、手本とする書・手本に対応する原文・書き下し文・訳文のほか、訳注がついています。 |
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2. | 冒頭に出ている「崦嵫」の「嵫」の漢字は、辞典オンライン「漢字辞典」からコピーさせていただきました。「崦嵫」(えんじ)は、古来、日の沈むと想定された山の名だそうです。 → 辞典オンライン「漢字辞典」 |
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3. | 岑文本(しんぶんほん)について 末尾にある「中書侍郎江陵縣開國子岑文本」については、書聖名品選集6の訳註に、「中書侍郎は官名。江陵縣開國子は爵号。因みに江陵は現在の湖北省江陵県。「旧唐書・岑文本伝」等によれば、岑文本は顔師古免職のあとをうけて中書侍郎となり、太宗の信頼あつく詔書の作成などにあたったとある」とあります。 |
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4. | 褚遂良(ちょ・すいりょう)=初唐の能書。字は登善。浙江銭塘の人。博学で楷隷の書を能くし、また太宗に仕えて諫議大夫兼起居郎に進む。高宗の時、尚書右僕射(うぼくや)。武氏(則天武后)の皇后冊立に反対し愛州(今のベトナム北部)に左遷。作「雁塔聖教序」。(596~658) (『広辞苑』第7版による。) | ||||
5. | 「孟法師碑」の解説として、フリー百科事典『ウイキペディア』の「褚遂良」の項を挙げておきます。この中で「孟法師碑」について簡単に触れてあります。 → フリー百科事典『ウイキペディア』 →「褚遂良」 |
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