資料669 朱利槃特(二入素堂著『お釈迦様がやさしくといた仏教入門』より)



        朱利槃特
                    
二入素堂著『お釈迦様がやさしくといた仏教入門』より


 ある日のことであります。佛陀が祇園精舎にゐられた時分の出來ごとでありました。朱利槃特(しゆりはんどく)は兄の槃特(はんどく)に呵(しか)られて、精舎(おてら)の門前に立つて泣いてゐたのであります。その時、佛陀はこれを知られて、靜室を起(た)つて門外に出て云はれるに、
「比丘(びく)よ、お前は何故(なぜ)そう泣いてゐるのか」
 と問はれたのであります。彼は答へて、
「私(わたくし)は兄に驅逐(おは)れました。兄は私に戒律が持(たも)てないやうであるならば、もとの在家にかへれ、精舎(おてら)におくことは出來ないと申しました」
 と云ふのであります。その時佛陀は彼を慰めて、手を執(と)つて靜室(せいしつ)につれてゆき、靜かに座(すわ)らせてから、一本の箒(はうき)を與へて、
  塵(ちり)を拂はむ
  垢(あか)を除かむ
 といふ二句を敎へられたのであります。しかしながら、愚中(ぐちう)の極愚(きよくぐ)、鈍中(どんちう)の極鈍(きよくどん)な彼は容易に之(これ)を記(おぼ)へることが出來なかつたのであります。前の句を漸(やうや)く誦(とな)へることが出來れば、後(あと)の句を忘れ、また後(あと)の句を誦へることが出來れば、前の句を忘れるといふ始末で、たびたび師匠の比丘に笑はれたのであります。けれども遂には暗誦することが出來るやうになり、心も次第に熟して、垢(く)といふのは結縛(まよひ)のことで除くといふのは智慧のことであります。智慧の箒(はうき)を以て結縛(まよひ)の垢(あか)を拂ふことであると自覺して、こゝに眞智を獲(え)て如實(によじつ)に修行し終(つひ)に三毒の結縛(まよひ)を除いて證(さとり)を開いたのであります。彼は阿羅漢を得て後(のち)、佛(ぶつ)の許(もと)へ詣でて、
「世尊よ、お蔭さまで、智慧を得ました。二句の御思召(おぼしめし)が解けました」
 と申しました。すると佛陀は、
「比丘よ、どう解けたか」
 と問はれて彼は、
「世尊よ、除くといふことは智慧のことで、垢(あか)といふのは結縛(まよひ)のことだありました」
 佛陀は彼の説を認めて、其(そ)の不思議の體(さとり)を喜ばれたのであります。彼はそして更に一偈(げ)を誦(とな)へました。
   世尊の敎へのやうに
   智慧のみ
   能(よ)く垢(く)を除く
   この外に
   何の行(ぎやう)も垢(く)を除くものはない
   私(わたくし)は法句を會得(のみこ)みました。
 簡勁(かんけい)な言句(げんく)の間に彼の神興(しんこう)が動いたのであります。佛陀はまたこの偈(げ)を聞かれて喜ばれたのであります。



  (注) 1.  上記の本文は、二入素堂著『お釈迦様がやさしくといた仏教入門』(中央出版社、昭和6年3月15日発行)によりました。
 文中、平仮名の「く」を縦に伸ばした形の繰り返し符号は、同じ仮名を繰り返して表記しました(「たびたび」)。

 この本は、国立国会図書館デジタルコレクションに入っています。
 → 国立国会図書館デジタルコレクション
 → 二入素堂著『お釈迦様がやさしくといた仏教入門

 → 朱利槃特66~68/197)
   
    2.  お断り:
 本文の終わり近くに「終(つひ)に三毒の結縛(まよひ)を除いて證(さとり)を開いたのであります」とありますが、ここは原文では「終(つひ)に三毒の結縛(まよひ)を除いて證(さとり)を聞(き)いたのであります」となっています。引用者の判断で、「證(さとり)を聞(き)いた」は多分誤植であろうとして、「證(さとり)を開いた」と直してあることをお断りしておきます。
   
    3.
 朱利槃特(しゅりはんどく)について
 しゅりはんどく【周利槃特】=(梵語 Cūḍapanthaka )釈尊の弟子の一人。兄の摩伽槃特が聡明だったのに比し、非常に愚鈍であったが、仏の教えにより後に大悟したという。悟りに賢・愚の別がないことのたとえとされる。槃特。(『広辞苑』第7版による。)
 しゅうりはんどく【周利槃特・周利盤特】=(梵 Cūḍapanthaka )釈尊の弟子の一人。兄の摩伽槃特が聰明だったのに比し愚鈍であったが、後に大悟したという。十六羅漢の一人。半託迦、般陀、般兎などとも称する。しゅりはんどく。転じて、愚か者。ばか者。*方丈記(1212)「わづかに周利槃特が行にだに及ばず」(『精選版 日本国語大辞典』による。)

 引用者注:どういうわけか、どちらも「朱利槃特」とも書かれることには触れていません。。  
 梵語の Cūḍapanthaka をどう読むかによって、「しゅりはんどく」「しゅうりはんどく」の二つの読みが生まれ、漢字も「朱利槃特」「周利槃特」「周利盤特」という当て字が生まれたのでしょう。

 〇朱利槃特(周利槃特)の生い立ちや経歴については、注5に引いた日本仏教学院のサイトの「仏教ウェブ入門講座」に出ている「周利槃特(しゅりはんどく)とは?」に詳しく出ていますので、ぜひご覧ください。
   
    4.  『大正新脩大蔵経』の『増壹阿含経』に出ている朱利槃特のことが、次の資料にあります。
 → 
資料668 朱利槃特のこと(『増壹阿含経』より。『大正新脩大蔵経』による)
   
    5.  〇フリー百科事典『ウイキペディア』に「周利槃特」の項目があります。ただし、「この項目は仏教・宗教家に関連した書きかけの項目で、加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています」としてありますので、その点注意してください。
 → フリー百科事典『ウィキペディア』
 → 周利槃特

 〇日本仏教学院のサイトに、「仏教ウェブ入門講座」があって、そこに「周利槃特(しゅりはんどく)とは?」があって参考になります。
 → 日本仏教学院
 → 「仏教ウェブ入門講座」「周利槃特(しゅりはんどく)とは?」
   









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