資料642  先春館(『野口勝一日記』より)



    先春館に会す   『野口勝一日記』より

明治三十四年四月の日記です。

 二十八日、日
晴、在水戸、終日作書画、野口量平、大塚義次等来、日夕与多賀郡長辻永光、雨宮久蔵、根本竜四郎、大部鋭次郎、志賀文太、小川卯太郎、岡部環等会于先春館小酌、館前有老梅樹、係佐竹氏時代之物、老幹横披古色可愛、景山公有記題、曰、先春亭、旧園主児玉某彫之石樹梅樹之傍、其土地今帰中崎某造割烹店、改亭為館、梅樹依然園庭易主、梅若有知必有滄桑之感

 ※「景山公有記題、曰、先春亭」とあるのは、「景山公有記題、曰、先春梅」の誤植ではないかと思われますが、如何。(引用者記す)

 


  (注) 1. 本文は、『国立国会図書館デジタルコレクション』所収の『北茨城市史 別巻8 野口勝一日記Ⅳ』(北茨城市教育委員会編、北茨城市・平成6年3月31日発行)によりました。
 
『国立国会図書館デジタルコレクション』『北茨城市史 別巻8 野口勝一日記Ⅳ』

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    2. 『北茨城市史 別巻8 野口勝一日記Ⅳ』の「あとがき」に、「明治期の茨城県会議員、衆議院議員を歴任した野口勝一の日記を四分冊で刊行することとし」たとあります。    
    3. 本文の注にも記しましたが、「景山公有記題、曰、先春亭」とあるのは、「景山公有記題、曰、先春梅」の誤植ではないかと思われます。
   
    4. 本文によれば、「先春亭」は明治34年当時は「先春館」といっていたのでしょうか。
なお、七月四日と十月二十八日にも、「先春館」で会合したことが書かれています。
   
           
           





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