蕃痧病の手当幷治方
近來外國の船類渡來するにより是迄 日本に無之「コレラ、モルヒユス」一名亜細亜(アジヤ)霍乱 といふ病追々 日本國中に傳染(ウツリ)々々老少男女の差別なく此病煩ひて急死するもの數百萬人に及べり是まて 日本國中に無之病なれば其名もしらす俗に「コロリ」病といふ良醫良藥無之片田舎にては其手當もなく見殺にする事なれは右病によろしき方を記して萬民の助とするものなり
第一大酒大食膏味の食を用る事あしく輕き物を内ばに食し稼穡を勵み逸居(ヒマニオラス)をせす筋骨をつかひ早く食物のこなるゝ樣に心懸へし 胡瓜(キウリ) 西瓜(スイクワ) 李(スモヽ) 杏子(アンス) 桃(モヽ) 柿(カキ) すべてこなれ難きものを忌
右病をふせぐには 豫防方(マヘカタニフセグ) 冷水一盃 上酢一匕 砂糖一匕
右をよくまぜ毎朝用ゆれは必す病をうけず
又方 住居を清淨に掃除し 杜松子 生*硝 砂糖 右三味を合せて折々燒べし 〇又方 丁子龍腦の類を少しつゝ口にふくみ度々嗽する時は傳染する事なし 〇又方 五苓散へ呉茱萸を加へ日々一服つゝ用ゆるもよし 〇又方 桂枝 縮砂 肉豆蔲 右三味各等分燒酒へひたしとくりへ入置七日へて少しつゝ日々用ゆれは邪氣を受ず 〇又方 常に麝香或は雞冠石を懷中してよし 〇又方 雄黄 白木 菖蒲各十銭 白芷 虎頭骨各三銭 雌黄 皂莢 竜骨各四銭 鬼臼 蕪荑各五銭
右十味極細末となし〇是種に丸し絹袋に入男は左女は右の肌に付る萬一毒に中る心地すれは大人は三ツ一小児は四ツ一白湯にて用ゆべし又朝夕一粒つゝ家の中にて燒てよし
萬一此病を受吐瀉あり筋つまる時は早く胡麻油を煖め目口の邊をよけて惣身へぬり付戸を閉風にあたらぬ樣にして汗をとれは愈るなり但し胸腹と背すちへ第一に塗るべし 又温石にても塩温石にても腹腰のあたりを度々あたゝめ灸を臍の上下幷に臍からみへすへ芥子をとき紙へ付手のひら足の土ふまずふくらはきへ張置べし 甚しき症には臍の中へ艾を大にし灸すべし塩灸味噌灸韮(ニラ)灸いつれもよし臍からみの灸前方にすへれは尤もよし 〇又 燒酒一二合の中へ樟腦一二匁を入れあたゝめ木綿のきれにひたし腹幷に手足へ靜かにすり込へし 〇又 芥子粉 温飩粉 右等分あつき醋にてかたくねり木綿切にのばし腹と手足へ張べし但間に合ざる時はあつき湯にて芥子粉ばかりぬりてもよし 〇又 桂枝 益智 乾姜右細末等分に合せ二三分つゝ時々さゆにて用ゆへし 〇又 桂枝 白木 人參各大 乾姜中 甘草小 右常の如く煎し用ゆへし
右の外藥方色々ありといへとも其症によつて小異あるゆゑ餘は醫に就て問へし 水府 醫学館 印 印
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「生*硝」の*は、稲の禾の代わりに石が来ている字。
「焔」の字と同じか。
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