資料596 枚乗「上書諫呉王」(『文選』巻三十九)




         上 書 諫 呉 王 
                                                  
枚 乘      

臣聞得全者昌失全者亡舜無立錐之地以有天下禹無十戸之聚以王諸侯湯武之土不過百里上不絶三光之明下不傷百姓之心者有王術也故父子之道天性也忠臣不避重誅以置直諫則事無遺策功流萬世臣乘願披心腹而效愚忠惟大王少加意念惻怛之心於臣乘言
夫以一縷之任係千鈞之重上懸之無極之高下垂之不測之淵雖甚愚之人猶知哀其將絶也馬方駭鼓而驚之係方絶又重鎭之係絶於天不可復結墜入深淵難以復出其出不出間不容髮能聽忠臣之言百擧必脱必若所欲爲危於累卵難於上天變所以欲爲易於反掌安於泰山今欲極天命之上壽敝無窮之樂究萬乘之勢不出反掌之易居泰山之安而欲乘累卵之危走上天之難此愚臣之所大惑也
人性有畏其影而惡其迹却背而走迹愈多影愈疾不知就陰而止影滅迹絶欲人勿聞莫若勿言欲人勿知莫若勿爲欲湯之滄一人炊之百人揚之無益益也不如絶薪止火而已不絶之於彼而救之於此譬猶抱薪而救火也養由基楚之善射者去楊葉百步百發百中楊葉之大加百中焉可謂善射矣然其所止乃百步之内耳比於臣乘未知操弓持矢也
福生有基禍生有胎納其基絶其胎禍何自來哉泰山之霤穿石殫極之斷幹水非石之纘索非木之鋸漸靡使之然也夫銖銖而稱之至石必差寸寸而度之至丈必過石稱丈量徑而寡失夫十圍之木始生而蘖足可搔而絶手可擢而拔據其未生先其未形也磨礱砥礪不見其損有時而盡種樹畜養不見其益有時而大積德累行不知其善有時而用棄義背理不知其惡有時而亡臣願王熟計而身行之此百代不易之道也



  (注) 1.  上記の文選所収の「上書諫呉王」(上書して呉王を諫む)の本文は、新釈漢文大系83『文選(文章篇)中』(武田晃著。明治書院・平成10年7月30日初版発行)によりました。    
    2.  枚乗(ばいじょう)の「上書諫呉王」は、『説苑』巻九、『漢書』巻五十一、『文選』巻三十九に収められているそうですから、出典としては『説苑』をあげることになるかと思います。ただ、ここには『文選』所収の本文を載せることにしました。    
    3.  文中の「」は、島根県立大学の ‟e漢字” を利用させていただきました。新釈漢文大系の語釈に、「「」は綆に同じで、なわ・つな。ここは井戸の水を汲むときに用いる釣瓶の縄」とあります。    
    4. 枚乗の「上書諫呉王」は、「間髪を容れず」の出典です。
   墜入深淵難以復出其出不出間不容髮 (墜(お)ちて深淵に入(い)れば、以て復た出で難し。其の出づると出でざると、間(かん)髪(はつ)を容れず)
 原文は「間不容髪」ですから、「間髪を容れず」は「かん、はつをいれず」と言うべきで、これを「かんぱつをいれず」と言うのは、好ましくないというか、誤りというべきでしょう。
 『広辞苑』(第7版)で「間髪を容れず」を引いてみると、
  (かん)(はつ)を容(い)れず[文選、枚乗、呉王を諫(いさ)むる書]間に髪の毛一本を入れるすきまもない。事が非常に切迫して、少しもゆとりのないことにいう。転じて、即座に、とっさに、の意。「間に髮を容れず」とも。▽冒頭の「間髪」を一語化してカンパツというのは本来誤り。    
と出ています。「本来誤り」というのは、ある程度容認しているのでしょうか。はっきり、「誤り」としてほしいところですが。
   
    5.  筆者の枚乗(ばいじょう)の「枚」の読みについて
 枚乗の「枚」は、呉音・マイ・メ、漢音・バイなので、枚乗は、漢音でバイジョウと読んでいます。
   
    6.  〇説苑(ぜいえん)=君主を訓戒するための逸話を列挙した説話集。君道・臣術・建本・立節・貴徳・復恩など20編。漢の劉向(りゅうきょう)撰。
  ※ 劉向(前77~前6)
 〇漢書(かんじょ)=二十四史の一つ。前漢の歴史を記した紀伝体の書。後漢の班固の撰。本紀12巻、表8巻、志10巻、列伝70巻。計100巻(現行120巻)。82年頃成立。妹班昭が兄の死後、表および天文志を補う。紀伝体の断代史という形式は後世史家の範となる。前漢書。西漢書。
  ※ 班固(32~92)
 〇文選(もんぜん)=中国の周から梁にいたる千年間の詩文集。体裁別・年代人順に収録。30巻、のち60巻。梁の昭明太子(蕭統しょうとう)が、正統文学の優れたものを集大成することを意図して、文人の協力のもとに編。後世、知識人の必読書とされ、日本でも平安時代に盛行。
  ※ 昭明太子(501~531)
 (以上、『広辞苑』第7版による。)
   







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