資料569  『徒然草』第137段「花は盛りに、月は隈なきをのみ……」



 

       徒然草   第百三十七段

 
花は盛りに、月は隈(くま)なきをのみ、見るものかは。雨に対(むか)ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛(ゆくへ)知らぬも、なほ、あはれに情(なさけ)深し。咲きぬべきほどの梢、散り萎(しを)れたる庭などこそ、見所多けれ。歌の詞書(ことばがき)にも、「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ」とも、「障(さは)る事ありてまからで」なども書けるは、「花を見て」と言へるに劣れる事かは。花の散り、月の傾(かたぶ)くを慕ふ習ひはさる事なれど、殊にかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝散りにけり。今は見所なし」などは言ふめる。
 万
(よろづ)の事も、始め・終りこそをかしけれ。男女(をとこをんな)の情(なさけ)も、ひとへに逢ひ見るをば言ふものかは。逢はで止(や)みにし憂さを思ひ、あだなる契(ちぎ)りをかこち、長き夜(よ)を独り明(あか)し、遠き雲井を思ひやり、浅茅(あさぢ)が宿に昔を偲ぶこそ、色好むとは言はめ。望月の隈(くま)なきを千里(ちさと)の外(ほか)まで眺めたるよりも、暁近くなりて待ち出でたるが、いと心深う青みたるやうにて、深き山の杉の梢に見えたる、木(こ)の間(ま)の影、うちしぐれたる村雲隠れのほど、またなくあはれなり。椎柴(しひしば)白樫(しらかし)などの、濡れたるやうなる葉の上にきらめきたるこそ、身に沁(し)みて、心あらん友もがなと、都恋しう覚ゆれ。
 すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。春は家を立ち去らでも、月の夜
(よ)は閨(ねや)のうちながらも思へるこそ、いとたのもしうをかしけれ。よき人は、ひとへに好(す)けるさまにも見えず、興ずるさまも等閑(なほざり)なり。片田舎の人こそ、色こく、万(よろづ)はもて興ずれ。花の本(もと)には、ねぢより、立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒飲み、連歌して、果(はて)は、大きなる枝、心なく折り取りぬ。泉には手足さし浸(ひた)して、雪には下(お)り立ちて跡つけなど、万(よろづ)の物、よそながら見ることなし。
 さやうの人の祭見しさま、いと珍らかなりき。「見事いと遲し。そのほどは桟敷
(さじき)不用なり」とて、奥なる屋(や)にて、酒飲み、物食ひ、囲碁、双六(すぐろく)など遊びて、桟敷には人を置きたれば、「渡り候ふ」と言ふ時に、おのおの肝(きも)(つぶ)るゝやうに争ひ走り上(のぼ)りて、落ちぬべきまで簾(すだれ)張り出でて、押し合ひつゝ、一事(ひとこと)も見洩(もら)さじとまぼりて、「とあり、かゝり」と物毎に言ひて、渡り過ぎぬれば、「また渡らんまで」と言ひて下(お)りぬ。たゞ、物をのみ見んとするなるべし。都の人のゆゝしげなるは、睡(ねぶ)りて、いとも見ず。若く末々(すゑずゑ)なるは、宮仕へに立ち居(ゐ)人の後(うしろ)に侍(さうら)ふは、様(さま)あしくもおよびかゝらず、わりなく見んとする人もなし。
 何となく葵
(あふひ)懸け渡してなまめかしきに、明けはなれぬほど、忍びて寄する車どものゆかしきを、それか、かれかなど思ひ寄すれば、牛飼(うしかひ)下部(しもべ)などの見知れるもあり。をかしくも、きらきらしくも、さまざまに行き交(か)ふ、見るもつれづれならず。暮るゝほどには、立て並べつる車ども、所なく並(な)みゐつる人も、いづかたへか行きつらん、程なく稀(まれ)に成りて、車どものらうがはしさも済(す)みぬれば、簾・畳も取り払ひ、目の前にさびしげになりゆくこそ、世の例(ためし)も思ひ知られて、あはれなれ。大路(おほち)見たるこそ、祭見たるにてはあれ。
 かの桟敷の前をこゝら行(ゆ)き交
(か)ふ人の、見知れるがあまたあるにて、知りぬ、世の人数(かず)もさのみは多からぬにこそ。この人皆失(う)せなん後(のち)、我が身死ぬべきに定まりたりとも、ほどなく待ちつけぬべし。大きなる器(うつはもの)に水を入れて、細き穴をあ明(あ)けたらんに、滴(したゞ)ること少(すくな)しといふとも、怠る間(ま)なく洩りゆかば、やがて尽きぬべし。都の中(うち)に多き人、死なざる日はあるべからず。一日(ひとひ)に一人・二人のみならんや。鳥部野(とりべの)舟岡(ふなをか)、さらぬ野山にも、送る数多かる日はあれど、送らぬ日はなし。されば、棺(ひつぎ)を鬻(ひさ)く者、作りてうち置くほどなし。若きにもよらず、強きにもよらず、思ひ懸けぬは死期(しご)なり。今日(けふ)まで遁(のが)れ来にけるは、ありがたき不思議なり。暫(しば)しも世をのどかには思ひなんや。継子立(ままこだて)といふものを双六(すぐろく)の石にて作りて、立て並べたるほどは、取られん事いづれの石とも知らねども、数へ当てて一つを取りぬれば、その外は遁(のが)れぬと見れど、またまた数ふれば、彼是(かれこれ)間抜(まぬ)き行くほどに、いづれも遁れざるに似たり。兵(つはもの)の、軍(いくさ)に出づるは、死に近きことを知りて、家をも忘れ、身をも忘る。世を背(そむ)ける草の庵(いほり)には、閑(しづ)かに水石(すゐせき)を翫
(もてあそ)びて、これを余所(よそ)に聞くと思へるは、いとはかなし。閑(しづ)かなる山の奥、無常の敵(かたき)(きほ)ひ来(きた)らざらんや。その、死に臨(のぞ)める事、軍(いくさ)の陣に進めるに同じ。


   (注) 1. 上記の『徒然草』第137段「花は盛りに、月は隈なきをのみ……」の本文は、岩波
         文庫『新訂徒然草』(西尾実・安良岡康作校注、1928年12月25日第1刷発行・1985
         年1月16日第70刷改版発行・1989年5月16日第80刷発行)によりました。

         2. 本文中の振り仮名(ルビ)は、引用者が必要と思うものの外は省略してあります。
         また、平仮名の「く」を縦に伸ばした形の繰り返し符号は、同じ仮名を繰り返して表
         記してあります。(「おのおの」「すゑずゑ(振り仮名)」「きらきら」「さまざま」「つれ
         づれ」「またまた」)  
         3. 岩波文庫の『新訂徒然草』は、「昭和13年度・昭和40年度の校訂と同じく、烏丸
         光広本
(からすまるみつひろぼん)を底本とすることにした」と、凡例にあります。
         4. <岩波文庫の『徒然草』は、『徒然草文段抄
(もんだんしょう)』の本文を底本とする、
         昭和3年の初版発行以来、烏丸光広本による、昭和13年度・昭和40年度の改訂
         を経て、今回の第4回の新訂に至ったのであるが、すべては、前校訂者、西尾実
         先生の深い研究と高い見識にもとづくものであった。
(以下、略)>と、岩波文庫冒頭
         の「凡例」に安良岡康作氏が書いておられます。
         5. いくつかの語句の注をつけておきます。
(岩波文庫の注を利用させていただきました。
          詳しい注は、文庫の注を参照してください。)

            
椎柴……椎の木。また、その叢生しているもの。
            見事いと遅し……見物(みもの)の行列の来るのが、ひどく遅れている。
             
滴(したゞ)る……日ポ辞書に「シタダリ、ル、ダッタ」。
             鬻
(ひさ)く者……売る者。「ヒサク」は清音。
             継子立(ままこだて)
……古くからあった、算術を応用した遊戯。黒白の石を15個ずつ、一
                定の順に円形に配列し、その中の一つの黒石を起点として数え始めて、10番目の白
                石を除き、続けて、その次の石から同じ方向に数えて10番目の白石を除く。こうして
                次々に数えて除いてゆくと、最後に白石1個と黒石15個とが残る。そこで、この白石
                1個と黒石15個とについて、その白石から逆方向に、同じ方法で10番目の石を次々
                に取り除いてゆくと、最後に、白石1個だけが残る。黒石を実子(じっし)、白石を継子
                (ままこ)と見立てて「立て」即ち配置する遊びなので、「継子立」という。
 
               引用者注:「逆方向に」の部分には、文庫本文には傍点がついています。しかし、なぜ
                   ここに「逆方向に」とあるのでしょうか。今までと同じ方向でも、結果は同じになる
                   はずだと思うのですが?
                    なお、ここの「継子立て」は、どの石も結局は取られることを免れないのと同様
                   に、人は誰も死を免れない、という意味で用いられています。
          継子立(ままこだて)=碁石でする遊びの一種。黒白の石それぞれ15個ずつ、
              合計30個を何らかの順序で円形に並べ、あらかじめ定められた場所にあ
              る石を起点として10番目にあたる石を取り除き、順次10番目の石を取っ
              ていって、最後に一つ残った石を勝とするもの。石の排列をくふうして、黒
              が勝つように、また白が勝つように、さらに特定の石が勝つようにすること
              ができる。白・黒を、それぞれ先妻の子・後妻の子に見立ててあるところか
              らこの名がある。継子算。*徒然草─137「ままこだてといふものを双六の
              石にて作りて、立て並べたるほどは、取られん事いづれの石とも知らねども」
              *黄表紙・文武二道万石通─下「百人にておっとりまきしは、ままこだてにこ
              とならず」  
           ままこだての算用(さんよう)に等し=(「徒然草─137」による)人間はすべて死
              からのがれられないことのたとえ。*譬喩尽─五「継子立(ママコダテ)の算
              用に等し 無常を示す也」  
                    (以上の2項は、『日本国語大辞典』〔縮刷版〕第9巻(昭和56年2月25日
                    
縮刷版第1版第1刷発行)による。
           継子立て(ままこだて)=碁石でする遊びの一種。黒白各15個の石を黒2・白1・
              黒3・白5・黒2・白2・黒4・白1黒1・白3・黒1・白2・黒2・白1の順で円形
              に並べてその中の最初に置いた石を起点として、10番目に当たるものを
              取っていくと、白だけ取れて黒が残るという遊戯。「塵劫記(じんごうき)」
              で著名となった問題。継子算。徒然草「─といふものを双六(すぐろく)の石
              にて作りて」                      
           塵劫記(じんごうき)=江戸時代初期の算術書。吉田光由著。1627年(寛永4)
              成る。中国のそろばんによる算術を参考にし、数学遊戯も交えた平易な入
              門書。明治末まで、同類の版本が多数刊行され、算術書の異名となった。
 
            徒然草(つれづれぐさ)=鎌倉時代の随筆。2巻。作者は兼好法師。出家前の
             1310年(延慶3)頃から31年(元弘1)にかけて断続的に書いたものか。「つ
             れづれなるままに」と筆を起こす序段のほか、種々の思索的随想や見聞な
             ど243段より成る。名文の誉れ高く、枕草子と共に日本の随筆文学の双璧。
            徒然草文段抄(つれづれぐさ・もんだんしょう)=徒然草の注釈書。7巻。北村季
             吟著。1667年(寛文7)刊。各段をさらに数節に小分けして説明し、注は「寿
             命院抄」「野槌」以下の旧説を取捨して穏健な自説を加える。
                                   
 (以上の4項は、『広辞苑』第7版による。)
           引用者注:「寿命院抄」とは、安土桃山~江戸前期の医学者・秦宗巴の著した、徒然草の
                   最初の注釈書。「徒然草寿命院抄」とも。また、「野槌」は、林羅山の著した徒然草
                   の注釈書。
           7.  国立国会図書館デジタルコレクションに、『新編塵劫記』3巻が入っています。
               
 国立国会図書館デジタルコレクション → 『新編塵劫記』3巻
                              「継子立て」は、 47/60 に出ています。

            また、昭和10年にこの『新編塵劫記』を謄写した本(『新編塵劫記』上巻・中巻・
           下巻)が入っています。「本書は発行者所蔵の吉田光由編 新編塵劫記(版本)に
           依り謄写す」と注記があります。
             『新編塵劫記』上巻・中巻・下巻(昭和10年10月22日、澤村寛編輯・発行。
                                 発行所:古典数学書院)
             →  
『新編塵劫記』上巻 → 『新編塵劫記』中巻 → 『新編塵劫記』下巻

           8. 『江戸の数学』に、『新編塵劫記』3巻の紹介記事があります。
               
『江戸の数学』  →  『新編塵劫記』3巻の紹介記事
           9. 『Zaco's Page』というサイトに、「国語の先生の為のテキストファイル集」というペー 
           ジがあり、そこに『徒然草』の本文が入っています。 

               『Zaco's Page』 → 「国語の先生の為のテキストファイル集」




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