資料559 萩原朔太郎の詩「旅上」 





         旅 上 
                  萩 原 朔 太 郎

  ふらんすへ行きたしと思へども
  ふらんすはあまりに遠し
  せめては新しき背廣をきて
  きままなる旅にいでてみん。
  汽車が山道をゆくとき
  みづいろの窓によりかかりて
  われひとりうれしきことをおもはむ
  五月の朝のしののめ
  うら若草のもえいづる心まかせに。



  (注) 1.  上記の詩「旅上」は、『日本現代詩大系 第6巻』近代詩(三)(河出書房、昭和26年11月15日発行)によりました。    
    2.  「旅上」は、朔太郎の第4詩集『純情小曲集』(大正14年8月12日、新潮社発行)の《愛憐詩篇》に収められています。
 《愛憐詩篇》の詩について、作者は自序に、「「愛憐詩篇」の中の詩は、すべて私の少年時代の作品であつて、始めて詩といふものをかいたころのなつかしい思ひ出である。この頃の詩風はふしぎに典雅であつて、何となくあやめ香水の匂ひがする。」と書いています。
 初出については、 『現代詩の解釈と鑑賞事典』(小海永二編、旺文社・1979年初版)に、「「旅上」は最初北原白秋主宰の『朱欒(ザンボア)』大正2年5月号に、「夜汽車」など4編とともに発表、詩壇へのデビューとなった詩編の一つである」とあります。
   
    3. 「旅上」の意味について
 伊藤信吉氏の『鑑賞現代詩Ⅱ大正』(筑摩書房、1968年2月15日新版第2刷発行)に、「旅上というのは特殊な字使いだが、この詩の発想からいえば「旅立ち、旅に出る、旅に上る」という意味になる。「旅情」の気分もある。なお、室生犀星にも「旅上」と題する抒情小曲がある」とあります。
 また、 小海永二氏の『現代詩の解釈と鑑賞事典』に、「旅上─旅に上る、旅立ちの意か。旅情に通じる」とあります。
 参考までに、室生犀星の「旅上」を引いておきます。(『国立国会図書館デジタルコレクション』所収の『抒情小曲集』より)

     旅 上

  旅にいづらば
  はろばろと心うれしきもの

  旅にいづらば
  都のつかれ、めざめ行かむと
  緑を見つむるごとく唯信ず
  よしや趁はれて旅すこころなりとも
  知らぬ地上に印す
  あらたなる草木とゆめと唯信ず。

  神とけものと
  人間の道かぎりなければ
  ただ深く信じていそぐなりけり。

『抒情小曲集』(大正12年7月5日、アルス発行)所収。
 趁……音・チン。「趁はれて」は、「おわれて」と読む。「趁」のここでの意味は「追う」。
   
    4. 「五月」の読みについて
 「五月」の読みには「ごがつ」「さつき」の二つがあって、確定していないようです。今まで「ごがつ」と読んでいましたが、『萩原朔太郎全詩集詩語用例索引』(菅邦男編、風間書房・1986年2月発行)では「さつき」と読んでいるそうです。
 ただ、『現代詩の解釈と鑑賞事典』には、「『朱欒(ザンボア)』誌上では題がなく〇印を付しただけであったが、その年の九月ごろまでに詩人自身が保存用に浄書した「習作集第八巻」には、〈一九一三、四〉という制作日付と題も「五月」と表記されている」とあります。ここに題とした書いた「五月」に振り仮名がつけてないことから考えると、作者自身も「ごがつ」と読んでいたのであろうと考えられます。
 また、『鑑賞現代詩Ⅱ大正』の伊藤信吉氏も、『現代詩の解釈と鑑賞事典』の小海永二氏も、いずれも「五月」の読みに特に触れておられないのは、お二人ともこれを「ごがつ」と読んでおられるからであろうと思われます。
      
ということで、詩中の「五月」は「ごがつ」と読むのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
 ついでに言うと、作曲家の團伊玖磨氏も、「旅上」の「五月」を「ごがつ」と読んで作曲しておいでです。   
   
    5.  萩原朔太郎(はぎわら・さくたろう)=詩人。群馬県生れ。慶大中退。口語自由詩を芸術的に完成して新風を樹立。詩集「月に吠える」「青猫」「氷島」、詩論集「新しき欲情」「虚妄の正義」など。(1886~1942) (『広辞苑』第6版による。)    
    6.  早稲田大学図書館の『古典籍総合データベース』に、大正14年8月12日新潮社発行の『純情小曲集』が入っていて、「旅上」のページを画像で見ることができます。
 早稲田大学図書館『古典籍総合データベース』
  → 『純情小曲集』
  → 「旅上」26/60)
   
    7.  フリー百科事典『ウィキペディア』に、萩原朔太郎の項があります。
   フリー百科事典『ウィキペディア』
    → 「萩原朔太郎」    
   

 

 

 



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