資料528 北大路魯山人「納豆の茶漬け」
 

 

 

              納豆の茶漬け               
                      
北大路魯山人 


 納豆の茶漬けは意想外に美味いものである。しかも、ほとんど人の知らないところである。食通間といえども、これを知る人は意外に少ない。といって、私の発明したものではないが、世上これを知らないのはふしぎである。
 
納豆の拵え方
 ここでいう納豆の拵え方とは、ねり方のことである。このねり方がまずいと、納豆の味が出ない。納豆を器に出して、それになにも加えないで、そのまま、二本の箸でよくねりまぜる。そうすると、納豆の糸が多くなる。蓮から出る糸のようなものがふえて来て、かたくて練りにくくなって来る。この糸を出せば出すほど納豆は美味くなるのであるから、不精をしないで、また手間を惜しまず、極力ねりかえすべきである。
 かたく練り上げたら、醤油を数滴落としてまた練るのである。また醤油数滴を落として練る。要するにほんの少しずつ醤油をかけては、ねることを繰り返し、糸のすがたがなくなってどろどろになった納豆に、辛子を入れてよく撹拌する。この時、好みによって薬味(ねぎのみじん切り)を少量混和すると、一段と味が強くなって美味い。茶漬けであってもなくても、納豆はこうして食べるべきものである。
 最初から醤油を入れてねるようなやり方は、下手なやり方である。納豆食いで通がる人は、醤油の代りに生塩を用いる。納豆に塩を用いるのは、さっぱりして確かに好ましいものである。しかし、一般にはふつうの醤油を入れる方が無難なものが出来上がるであろう。       

 お茶漬けのやり方
 そこで以上のように出来上がったものを、まぐろの茶漬けなどと同様に、茶碗に飯を少量盛った上へ、適当にのせる。納豆の場合は、とりわけ熱飯がよい。煎茶をかけ、納豆に混和した醤油で塩加減が足りなければ、飯の上に醤油を数滴たらすのもいい。最初から納豆の茶漬けのためにねる時は、はじめから醤油を余計まぜた方がいい。元来、いい味わいを持つ納豆に対して、化学調味料を加えたりするのは好ましいやり方ではない。そうして飯の中に入れる納豆の量は、飯の四分の一程度がもっとも美味しい。納豆は少なきに過ぎては味がわるく、多きに過ぎては口の中でうるさくて食べにくい。
 これはたやすいやり方で、簡単にできるものである。さっそく、秋の好ましい食べ物として、口福を満たさるべきではなかろうか。 

 納豆のよしあし
 納豆には美味いものと不味いものとある。不味いのは、ねっても糸をひかないで、ざくざくとしている。それは納豆として充分に発酵していない未熟な品である。糸をひかずに豆がざくざくぽくぽくしている。充分にかもされている納豆は、豆の質がこまかく、豆がねちねちしていないものは、手をいかに下すとも救い難いものである。だから、糸をひかない納豆は食べられない。一番美味いのは、仙台、水戸などの小粒の納豆である。神田で有名な大粒の納豆も美味い。しかし、昔のように美味くなくなったのは遺憾である。豆が多くて、素人目にはよい納豆にはなっているが。
                          (昭和七年)
                                

 

 

 
  (注) 1.  「納豆の茶漬け」の本文は、新装愛蔵版『魯山人著作集』第3巻、料理論集(初版第1刷1980年12月30日、新装愛蔵版1997年12月18日、五月書房発行)によりました。
 初出は、月刊雑誌『星岡』22号(昭和7年9月、木瓜書房発行)だそうです。          
 
    2.  本文「納豆のよしあし」の最後のところは、この文章の書かれたのが昭和7年であることを考慮して読む必要があります。蛇足ながら申し添えます。  
    3.  「納豆の茶漬け」は、青空文庫にも入っていて読むことができますが、この資料室にも入れておきたいと思って、『魯山人著作集』の本文を入れました。青空文庫の本文は、中公文庫『魯山人味道』(1980(昭和55)年4月10日初版発行、1995(平成7)年6月18日改版発行、2008(平成20)年5月15日改版14刷発行)によっています。
 両者の違いは表記に一部違いがあるだけです
。(中公文庫『魯山人味道』に「拵
(こしら)え方」「早速」「たべもの」とあるものが、『魯山人著作集』には「拵え方 (ルビなし)」「さっそく」「食べ物」となっています。)
   青空文庫
   → 「納豆の茶漬け
 
    4.  北大路魯山人(きたおおじ・ろさんじん)=陶芸家。本名、房次郎。京都生れ。はじめ書・篆刻で名をなし、のち料理・食器の研究にあたる。北鎌倉に窯を築き多彩な陶磁器を製作。(1883-1959)  (『広辞苑』第6版による。)  
    5.  フリー百科事典『ウィキペディア』に、北大路魯山人の項があります。
  『ウィキペディア
    → 「北大路魯山人
 
 
         
         
         

    
        

         
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