資料51 山上憶良「貧窮問答歌」(万葉集巻五)




         
貧 窮 問 答 歌 一 首 并短歌        山 上 憶 良
  

 

風雑 雨布流欲乃 雨雑 雪布流欲波 為部母奈久 寒之安礼婆 堅塩

乎 取都豆之呂比 糟湯酒 宇知須々呂比弖 之叵夫可比 鼻毘之毘之

尓 志可登阿良農 比宜可伎撫而 安礼乎於伎弖 人者安良自等 富己

呂倍騰 寒之安礼婆 麻被 引可賀布利 布可多衣 安里能許等其等 

伎曾倍騰毛 寒夜須良乎 和礼欲利母 貧人乃 父母波 飢寒良牟 妻

子等波 乞弖泣良牟 此時者 伊可尓之都々可 汝代者和多流 天地者

比呂之等伊倍杼 安我多米波 狭也奈里奴流 日月波 安可之等伊倍騰

安我多米波 照哉多麻波奴 人皆可 吾耳也之可流 和久良婆尓 比等

々波安流乎 比等奈美尓 安礼母作乎 綿毛奈伎 布可多衣乃 美留乃

其等 和々氣佐我礼流 可々布能尾 肩尓打懸 布勢伊保能 麻宜伊保

乃内尓 直土尓 藁解敷而 父母波 枕乃可多尓 妻子等母波 足乃方

尓 囲居而 憂吟 可麻度柔播 火気布伎多弖受 許之伎尓波 久毛能

須可伎弖 飯炊 事毛和須礼提 奴延鳥乃 能杼与比居尓 伊等乃伎提

短物乎 端伎流等 云之如 楚取 五十戸良我許恵波 寝屋度麻弖 来

立呼比奴 可久婆可里 須部奈伎物能可 世間乃道


世間乎 宇之等夜佐之等 於母倍杼母 飛立可祢都 鳥尓之安良祢婆

 

 




 

 


   (注)  1.本文は、新日本古典文学大系1『萬葉集 一』(岩波書店1999年5月20日第1刷
          発行、佐竹昭広・山田英雄・工藤力男・大谷雅夫・山崎福之 校注)によりました。
        2.本文中の「宇知須々呂比弖」「伊可尓之都々可」などの繰り返し符号「々」は、原
          文では、「こ」を押しつぶしたような形の繰り返し符号が用いてあります。
        3.原文では、「鼻毘之毘之尓」の「毘」は、左に「田」、右に「比」の漢字です。
        4.同じく、「寝屋度麻弖」の「弖」は、「弖」に人偏(にんべん)のついた漢字です。
        5.漢字は、上記新大系本において、新字体のあるものは新字体を用いています。
        6.「乞弖泣良牟」(読みは、「こひてなくらむ」)は、日本古典文学大系5『萬葉集 二』
         (高木市之助・五味智英・大野晋 校注)には「吟泣良牟」としてあります(読みは、「に
         よびなくらむ」)。
        7.「飢寒良牟」を、新大系本では「うゑこゆらむ」と読んでいますが、注6に掲げた大系
         本では「うゑこごゆらむ」と読んでいます。
        8.日本古典文学大系5『萬葉集 二』・新日本古典文学大系1『萬葉集 一』とも、西本
         願寺本万葉集を底本として、それぞれ校訂を加えてある由です。
        9.新日本古典文学大系1『萬葉集 一』では、歌の題詞を「びんぐうもんだふか」と読ま
         せています。
       10. 「五十戸良」を「さとをさ」と読むのは、「戸令」に「凡そ戸は五十戸を以て里と為よ。
         里毎に長一人を置け」とあり、藤原宮木簡に「五十戸」と書いて「さと」と読ませた例が
         ある由です。また、『爾雅』釈詁下に、「良は首なり」とある由です(新日本古典文学大
         系1『萬葉集 一』の脚注による)。
       11.次に、日本古典文学大系5『萬葉集 二』と新日本古典文学大系1『萬葉集 一』の
         読み等を参考にして、「貧窮問答歌」の読みを示してみます。ただし、歌に使ってある
         漢字はなるべくそのまま使用し、原文に用いてない漢字は、仮名のあとに括弧( )に
         入れて示しました。また、「われ」には「我」の漢字を宛て、「あ」「あれ」には「吾」の漢
         字を宛てました。

 

 

     貧窮問答歌一首 短歌を并(あは)せたり

                                    山上 憶良

風雑
(まじ)り 雨ふるよ(夜)の 雨雑(まじ)り 雪ふるよ(夜)は すべ(術)もなく 寒くしあれば 堅塩(かたしほ)を 取りつづしろひ 糟湯酒(かすゆざけ) うちすす(啜)ろひて しはぶ(咳)かひ 鼻びしびしに しか(然)とあらぬ ひげ(鬚)かき撫(な)でて あれ(吾)をお(除)きて 人はあらじと ほこ(誇)ろへど 寒くしあれば 麻ぶすま(衾) 引きかがふ(被)り 布かた(肩)(ぎぬ)
(有)りのことごと きそ(着襲)へども 寒き夜(よ)すらを われ(我)よりも 貧しき人の 父母は 飢ゑ寒(こご)ゆらむ 妻子(めこ)どもは 乞(こ)ひて泣くらむ 此の時は いか(如何)にしつつか 汝(な)がよ(世)はわた(渡)る 天地(あめつち)は ひろ(広)しといへど あ(吾)がためは 狭(さ)くやなりぬる 日月(ひつき)は あか(明)しといへど あ(吾)がためは 照りやたまはぬ 人皆か あ(吾)のみやしか(然)る わくらばに ひと(人)とはあるを ひとなみ(人並)に あれ(吾)も作(な)れるを 綿もなき 布(ぬの)かた(肩)(ぎぬ)の みる(海松)のごと わわけさ(下)がれる かかふ(襤褸)のみ 肩に打ち懸け ふせいほ(伏廬)の まげいほ(曲廬)の内に 直土(ひたつち)に 藁(わら)解き敷きて 父母は 枕のかた(方)に 妻子(めこ)どもは 足(あと)の方(かた)に 囲(かく)み居(ゐ)て 憂(うれ)へ吟(さまよ)ひ かまど(竈)には 火気(ほけ)(吹)きた(立)てず こしき(甑)には くも(蜘蛛)のす(巣)(懸)きて 飯(いひ)(かし)く 事もわす(忘)れて ぬえ(鵼)(どり)の のどよ(呻吟)ひ居(を)るに いとのきて 短き物を 端(はし)(切)ると 云(い)へるが如(ごと)く 楚(しもと)取る さとをさ(里長)がこゑ(声)は 寝屋ど(処)まで 来立ち呼ばひぬ かくばかり すべ(術)なきものか 世間(よのなか)の道 

世間
(よのなか)をう(憂)しとやさしとおも(思)へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば  

 

      
      12 『古事記正解』というサイトがあり、そこに「『萬葉集』テキスト」があって、万葉集
          の全巻の原文と読み下し文とを見ることができます。
       13. 山口大学教育学部表現情報処理コースの作成による 『万葉集検索』というサイト
         があり、そこで萬葉集の語句による本文検索ができて便利です。
       14. 群馬県立女子大学名誉教授・北川和秀先生の
『北川研究室』というサイトに、
        「万葉集年表」「万葉集諸本(写本・版本)一覧」「万葉集の主な注釈書一覧」など
        があって参考になります。 
       1
5. 『壺齋閑話』というサイトがあり、そこに『万葉集を読む─壺齋散人の万葉集評釈─』
        があり、「山上憶良:その生涯と貧窮問答歌」というページがあって、たいへん参考に
        なります。

           
『壺齋閑話』  → 『続壺齋閑話』 
                    →   『万葉集を読む─壺齋散人の万葉集評釈─』
                          →   
「山上憶良:その生涯と貧窮問答歌」

 

 

 

        

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