(傍注) 〇わらはにをしへられしことばなどけいすれば─淸少かの歌の上句わすれし事也 〇いみじくわらはせ給ひて─后宮也 〇さる事ぞ─后の御詞也さやうなる物そと也 〇人のなぞなぞあはせしける所に─后宮の御物かたり也 〇かたくなにはあらで─をろかならぬ事也 〇らうらうじかり─勞々也なそなそなとの功者也 〇たのむるに─約束したる也 〇えりさたむるに─此人を撰ひ定むる也 〇其詞をきかん。いかに─猶心もとなかりてとふ也 〇たゞまかせて物し給へ─勞功の人の詞也 〇さ申していと口をしうはあらし─さやうに申すとてわろき事は申さじと也 〇日いとちかう─なそ合せの日限也 〇猶この事の給へ─又心もとなかりてとふ也 〇いさしらず。さらばなたのまれそ─勞功の人のはらたちての答也 〇なみて─双ひて也 〇よういし─用意也かの勞功の人のやうだいする也 〇あなたの人─右方也 〇こなたの人─左也 〇天(てん)にはりゆみ─勞功の人のなぞ也 〇こなたのかたの人は…─左也まけぬへけれは也 〇あいぎやうなくて─愛敬なき也 〇おこに思ひて─あまりの事にあなつり思ひて也 〇やゝさらにしらず─わさとあさけりていふ也 〇さるがふ─猿樂也ざれ事也 〇さゝせつ─數さしの人に下知して也右方の詞也 〇しらずといひいでんは…─左の人々の詞也 〇つぎつぎのも…─其次々のなぞも勞功の人に任せし也 〇いみしう人の知たる事なれど…─右の人しらすといひし味方をかこつ詞也何とてさやうにはしらすといひしそと也 〇おまへなるかぎり─后宮の女房達也 〇さはおもふへし─右方にさやうに恨みとふへしと也 〇こなたの人の心ち…─左の人の彼勞功のひとをにくみし事は后宮に聞召をきけんと也 〇これはわすれたることかは。みなひと知りたることにや─淸少の斷り也 (頭注) 〇なぞなぞあはせしける─謎(ナゾ)を左方右方わかれて歌合のやうに勝負する事也。なぞの歌合といふ物もあり。其たくひなり 〇ひざうにおかしき─非常に也。さやうに奥ふかげにても。よのつねならずおかしくてわらはるゝ事もやと也 〇むつかれば─發憤(ムツカル)はらだつ也 〇みなかた人(ウド)─左右の方々の人々居分れたる也 〇あはするに─なぞなぞを合せあらそふ也 〇右のがたの人はいと興あり─此なぞ童へもしりたる事にて。ときやすけれは。勝べきにて逸興とおもへる也 〇あなたによりてことさらに─彼勞功の人右方に心よせて。わざと左にまけさせんとてしたるわさをしらでねたしと片時のほどにさまさま思ひくだきし也 〇口ひきたれて─をぞみて物いふさま也 〇數させさせ─勞功の人かちに定めて。勝の數をとらせたる也。花鳥餘情ニ云ク歌合に員指(カズサシ)とてある也。天德の歌合には金銀の藤の枝を洲濱(スハマ)にすへて。かすさしの所にをく。花の枝にて數をとれる也云云 〇此人に論じかたせける─淺き事をあざけりて態右にまけしに。左の勝は嬉しき事にはあらねど。先勝をよきにしてこの功者に任せし也 〇さこそはあれ─しらずといふからは勝に定むべき事ぞとの心也 〇つみさりける─罪去。つみをいひのがるゝ心也。右方の人に彼しらずといひし人さまさまいひわけして罪をのがれたると也 〇これはわすれたる事かは─此なぞは淸少のごとく忘れたるにはあらす。皆しりて態しらずといひしに。われはかくわらはも知たるうたを忘たる事と也 |
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(注) | 1. |
上記の「「天に張り弓」(『枕草子』のなぞなぞ。春曙抄)」の本文は、早稲田大学図書館『古典籍総合データベース』所収の北村季吟著『枕草子春曙抄』(出版地不明、出版者不明。延宝二年の跋文あり。中野幸一旧蔵。九曜文庫)によりました。 早稲田大学図書館『古典籍総合データベース』 →『枕草子春曙抄』(出版地不明、出版者不明。延宝二年の跋文あり。中野幸一旧蔵。九曜文庫) <この「なぞなぞ」の部分は、7(巻七)の26,27に出ています。> |
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2. | 本文に句点があっていいと思われるところや、濁点があっていいと思われるところがありますが、なるべく原本のとおりにしてあります。 また、仮名遣いも歴史的仮名遣いとは異なる個所が見られますが、これも原文のとおりにしてあります。 |
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3. |
本文の平仮名の「く」を縦に伸ばした形の繰り返し符号は、上の文字を繰り返して表記してあります(「なぞなぞ」「らうらうじかり」「させさせ」「つぎつぎ」。 ─「させさせ」 は、「數させさせ」なのか、「數させ數させ」なのかはっきりしませんが、ここでは「數させさせ」としてあります。 なお、最後のところに「これはわすれたることかは」とある「かは」は、三巻本系統の本には「か」を欠いていて、「これはわすれたることは」となっているそうです。日本古典文学大系の校異に、「〇かは─は(底・三本ホボ)。かは(能本)」とあり、新日本古典文学大系の脚注には、「能因本により補う」とあります。 また、日本古典文学大系の頭注には、「たゝみなしりたることゝかや」の末尾が能因本には「事にや」となっている、とあります。 |
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4. |
この「故殿などおはしまさで……」の段は、普通の本では「殿などのおはしまさで後」の段となっています。 岩波文庫本は128段、日本古典全書『枕草子』(田中重太郎校註、朝日新聞社・昭和22年6月25日初版発行、昭和31年5月15日第6版発行)では138段、岩波の日本古典文学大系本では143段、同じく岩波の新日本古典文学大系本では136段になっています。 |
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5. | 「わらはにをしへられしことば(詞)」とあるのは、清少納言が道隆の没後、彼女が同僚の女房たちから道長方に内通していると噂され、里に下がって不快な日々を送っていたときに、中宮定子から、山吹の花びらただ一重を包んだ文(ふみ)が届けられ、そこには、「いはでおもふぞ」とだけ書いてあった。清少納言がこの歌の上の句を忘れていて、「口元まで出かかっているのに言い出せないのは、どうしてなのかしら」と言うのを聞いた、前に座っていた童女が、「『下ゆく水の』と申します」と言った、ということを指しています。「心には下ゆく水のわきかへりいはで思ふぞいふにまされる」(古今六帖・五)。 | ||||
6. | 「天にはりゆみ(天に張り弓)」について、日本古典全書本の頭注に、「弓張月。弦月。これを三日月と解くことは小児でも知っているやさしい謎である」、日本古典文学大系本の頭注に、「上弦または下弦の月をいう。最も初歩の謎」、 新日本古典文学大系本の脚注に、「弓張月、つまり上弦下弦の月を心(解答)とする謎で、最も平凡なもの」とあります。 | ||||
7. | 本文の終わり近くの「さはおもふべし」は、日本古典全書本、日本古典文学大系本と新日本古典文学大系本では、「さ思ひつべし」となっています。 | ||||
8. | 岩波文庫 には、『枕草子』中巻(池田亀鑑・校訂、岩波書店・昭和6年8月15日第1刷発行、昭和27年6月30日第13刷発行) の139~142頁に出ています。 | ||||
9. |
フリー百科事典『ウィキペディア』に、枕草子の項があります。 フリー百科事典『ウィキペディア』→ 枕草子 |