資料473 鎭州普化禅師本則並びに往来手形
         



       鎭州普化禅師本則並びに往来手形
        

 

   本 則

明頭來明頭打暗頭來暗
頭打四方八面來旋風打虚
空來連架打
一日臨濟令僧把住曰或遇
不明不暗來時如何
師托開曰來日大悲院裏
齊僧回擧似濟々曰我從
來疑着這漢矣

普化禅師
法燈國師
  

  理正居士
  僧恕居士
  霍丈居士
  國作居士
四居士嗣法而各々別而爲
十六派血脉貫通而至于
當山開基梅持居士
 野州河内郡宇都宮
 清凮山松岩十六世現住
            
如柳秀展
 
明和七庚寅
    六月吉辰
      
竹名
        
自来

  
附与
   
○○氏



   
徃 来
 
一 此虚無僧者當寺門弟紛無御座候
   国々 御関所海陸共
無相違
  御通
可被下候行暮之一病是又
  頼入候以上
       
野州宇都宮
           
松 岩 寺 ㊞ 
  明和七
庚寅
        六月

   国々
   御関所
    御番所中
   
普化家門
    御寺院中

 

 

 

     刕々
         問屋      
       御   中

         庄屋

 

 

 

 
    (注) 1.上記の「鎭州普化禅師本則並びに往来手形」は、ある資料によって記述しました。本則
        の「
○○氏」の○○のところには、付与された人の姓が入っています。包み紙の表に、「鎭
        州普化禅師本則」と書いてあります。「本則」とは、虚無僧の認可証のことです。
        2. 平仮名の「こ」を押しつぶした形の繰り返し符号は、ここでは「々」に置き換えてあります。
        また、本則の「霍丈居士」の「丈」には、点(、)の付いた漢字が用いられています。往来手
        形の中の「国々 御関所海陸共
」の「国」には、「囦」に似た形の漢字が用いられていま
        す。「刕」は、「州」の異字体です。
        3. 本則にある「
來日大悲院裏齊」の「齊」は、正しくは「齋」だと思われます。また、「齊」
        の前に「有」がほしいところですが、脱字なのか、あるいは「齊」だけで「齊(齋)あり」と
        読ませるのか、よく分かりません。

        4. 「明頭來明頭打暗頭來暗頭打四方八面來旋風打虚空來連架打」は、普通「みょうとう
        らいや、みょうとうた。あんとうらいや、あんとうた。しほうはちめんらいや、せんぷうた。こ
        くうらいや、れんかだ」と読んでいるようです。
        5. 『尺八備忘帳』というサイトに、「邦楽豆辞典」があり、そこの「本則」に、次のように出て
        います。
           本則:虚無僧の認可証である。本来、虚無僧は町人等には尺八を教えないのが
             建前なのだが、有力な収入源として弟子をとっていた。この弟子が臨時に虚無
             僧になることを望んだときに本則を与えるが、本当の虚無僧とは違い、本則弟
             子という。
             また、虚無僧が他国に旅する場合、寺から“往来”という手形を出すが、本則弟
             子の場合、“通印”という手形を出す。ただ、本当の虚無僧であるにはこの他に
             “会判”(会合印)が無ければならない。
                   『尺八備忘帳』「邦楽豆辞典」「本則」
        6. 明和七年は、西暦1770年です。
       7. 宇都宮の松岩寺については、『尺八古典本曲練習帳』というサイトに、「松巖寺跡と
        正安寺跡、そして天蓋修行」というページがあって参考になります。
            『尺八古典本曲練習帳』  → 「松巖寺跡と正安寺跡、そして天蓋修行」
       8. 普化(ふけ)=唐代の禅僧。普化宗の開祖。鈴を振って遊行し、衆生を教化した。
                (─860)
          普化宗(ふけしゅう)=江戸時代に盛行した禅宗の一派。唐の普化を祖とし、
                1254年(建長6)に東福寺の覚心が伝来。その徒を虚無僧
(こむそう)
                といい、尺八を吹いて諸国を巡行。下総一月寺・武蔵鈴法寺を本山
                としたが、1871年(明治4)廃宗。
                                       
(以上、『広辞苑』第6版による。)
       9. 資料345に、「臨済録「明頭来明頭打……」(勘弁 七)」があります。
          



  
    


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